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神封巫女伝 作者:栗田隆喬
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プロローグ(3)

 あらされて、収穫をあきらめざるを得なかった、農地。
 洪水。
 害虫。
 そして、森の精霊たちによって殺された兵や民たち。
 すべて、イアの民を滅ぼそうとする、森の悪意だ。

 そうだ。
 許せない。……許せない。
 許せないっ。

 アミネは胸元から鋼の短剣を取り出した。服の袖を引き上げる。白い腕があらわになった。もともとは滑らかであったろうその肌には、蠢く虫のように盛り上がった、無数の赤い傷跡が刻まれている。そこへさらに、躊躇もせず、横一文字に刃を滑らせた。
 切り裂かれた傷口から、血が滴る。
 森の精気から、血にまみれた短剣に殺気が注がれてきた。
 強風が巻き起こり、木々の枝が折れ、飛んでくる。
「アミネ様を守れっ」
 指揮する若い兵士のひとことで、アミネを取り囲むように一斉に盾がかかげられた。
 そこへ次々と、まるで矢のように鋭い枝が突き刺さる。
(おまえは本当に、そこまでして、おまえたちが言う繁栄とやらを手に入れたいのか)
 普段ならその枝も、シルメトの結界で粉砕されるはずだった。ところが、その結界が弱まっていた。真っ先に効果が切れてくるのは、兵士たちに施された結界だった。
 鎧や盾を覆っていた力が消えていく。
(人の分際で神を殺し、精霊を封じてまで……)
 頭の中を、あの神の言葉が繰り返し繰り返し、あらわれては消えていった。そのたびに、怒りとともにあった結界が弱まっていく。
 ――だめっ。
 槍先のような枝は、結界を突き破り、楯をかかげた兵にそのまま当たってくる。
 ひとり、ふたりと傷つき、兵は倒れた。
 強風が吹いた。あおられた周囲の木が、アミネたちに向かって傾いでくる。巻き込まれた兵士の一人が、倒れて動かなくなった。
 勢いに乗って、いままで姿を見せなかった森の精霊たちも悪鬼の姿をとって次々と現れ、襲いかかってきた。
 兵はアミネを守りつつ、剣を、鉈を、懸命に振るう。しかし、シルメトの結界を失ったイアの兵は、どこからともなく次々と飛んでくる枝葉や木の実と、勢いづいた森の悪鬼に押されていた。
 戦況はあきらかにアミネたちにとって不利だった。しかも、撤退はできない。血路を開こうにも、ここは森。あたりは全て、敵だった。
 根源を封じない限り、残されたのは、死。
 アミネはあえて目を閉じた。
 薄暗い森の木々は見えなくなったが、代わりに、木々の発する光と、森全体を覆い流れてくる気配の元がより明らかになってくる。
 ここからもう少し先に、水の気を感じる。その横から敵意に満ちた気配は流れ出していた。
「もう少し耐えて。この森の主を見いだしたっ」
 アミネは背から封神の弓を下ろし、その根源を指差した。血にまみれた腕で鉄の鏑矢をつがえ、気配の元に向け、矢を放つ。
 ひょう、と音を響かせて弧を描き、さえぎる木々の枝をすり抜けて、破魔の鏑矢は飛んだ。
 手ごたえを感じた。腕の傷口には、森とのあいだに、血と鉄を介して一本の線のような繋がりができた。感覚が、溶け始める。アミネの意識は肉体を離れ、森の意識にさまよいだしていた。
 混ざり合った意識は、薄明かりの中に霧の漂っているような場所に運ばれていた。


 森の意識が、一気にアミネの意識に流れ込んできた。
 可憐に咲く花々。
 若木の芽ばえ。
 木々の生長。
 豊かな実り。
 虫たちのざわめき。
 鳥の羽ばたき。
 動物たちの、暖かな命。
 大きく流れる水。
 湧き上がる雲、ふきあれる風。
 暖かな、太陽。
 すべてを包み込む、光……。
創作物語工房
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