4月14日焼きたて注意
歌は好きだった
歌うことが好きだった
人前で歌う事は恥ずかしかったけど
幼稚園で習う童謡は陳腐で好きじゃなかったけど
お遊戯なんてアホらしくて真面目にやってられなかったけど
歌は好きだった
親の話では
二歳くらいにはTVの前で歌っていたらしく
当時流行っていた女性ロックバンドがお気に入りだったそうだ
歌謡曲が好きだった
気に入った曲は歌番組をビデオに撮って覚えた
アニソンも好きだった
当時視ていたアニソンはほとんど歌えた
童謡にも好きなのはあった
“ある日パパと二人で語り合った”曲とか
“悲しみの無い自由な空へ翼はためかせ行きたい”曲とか
でも団子は子供っぽ過ぎてイマイチだった
ある日公園で何となく一人で呟く様に口ずさんでいると
「オーちゃん、こんにちは。一緒に歌いましょう!」
いきなり声をかけてきて渚ちゃんは
俺の返事も聞かずに歌いだした!
だんごだんごだんご♪
どうやらお袋→お姉さん経由で俺が歌うのが好きだと聞いたらしい
逃げても良かったんだが
前に泣かしちゃった事も有るし
悪い気がして
仕方なく俺も歌う事にした
「だ・だ・だ!だ・だ・だ団子団子!だ・だ・だ!だ・だ・だ・だ大家族!!」
「ええっ!?……オーちゃん、それ何か違います」
「僕等の大家ぞ~く!だ・だ・だ・だだ~んご大家族!!」
「そうです。だんご大家族はみんなの大家族です。でも、何か私の知ってる歌と違います」
「勇者王だんご大家族」
「ええっ!?だんご達が勇者なんですか!?」
「うん」
「確かに聴いてると勇気や元気が沸いてくる気がします」
「アン団子いいな♪みったらしもいいな♪あんな団子こんな団子いっぱいいるけど~♪」
「あっ!その歌なら知ってます!でも、だんごじゃ無かったと思います」
「そ~らを自由にとっびたいな~♪ハイ!空中コンボ!!」
「……空中コンボって何ですか?」
「空中にカチ上げて、地上に落ちない様にボコボコにするヤツ」
「よくわからないけど、だんごとは関係ないと思います」
「じゃあ、ハイ!ハイになれる薬!!」
「それは何のお薬ですか?」
「気持ちよくなって、空を飛んでるような開放感が味わえるらしい」
「そんなお薬があるんですか……オーちゃん私より小さいのに物知りです!」
「残酷なだんごの様に♪大家族よ神話になれ~♪」
「ええっ!?だんご達は残酷じゃないです!とても優しくて温ったか家族です」
「燃え上が~れ~♪燃え上が~れ~♪燃え上が~れ~大家族~♪爆発~炎上~♪」
「爆発しちゃダメです!!」
でもまともに歌うのも照れくさいので
そんなアホな替え歌を歌っては
渚ちゃんにつっこまれていた
歌が好きだった
詩が好きだった
心を揺さぶられる詩に出会える事は無上の喜びだった
曲が好きだった
心に響く曲に出会えた時には一日中でも聴いていた
そして
“あの人”の歌に出会った
それは衝撃だった
感動だった
心を曝け出すかの様な
俺の心を代弁するかの様な
ここまで自分に近い感性に出会えた事は無かった
自分は世界に一人じゃないのだと信じられた
そしてあの人の歌は
俺の心の支えとなった
あの人の歌を毎日聴いていた
金が無いから借りてきたCDからカセットにダビングして
オリジナルのマイベストを作って
それを部屋のBGMとして一日中かけていた
時折共に口ずさみながら
思わず共に叫びながら
心に刻み込むように
魂の一部となる程に
しかしあの人はTVにあまり出なくなっていた
“スランプ”だとか
“落ち目”だとか
“限界”だとか
かつて一緒になって「いい」と言ってた奴らまでが
そんな憶測を口にした
俺にとってはどうでもいい事だった
あの人の歌は“真実”だから
普遍な“真理”だから
あの人はそこに向かうと言った
そこを目指すと
求め続けると
そして戦うと言った
不条理な現実と
欺瞞に満ちた社会と
何より自分自身の弱さと
あの人は“同志”だった
“戦友”だった
例え傍に居なくとも
会った事すら無くとも
この世界のどこかであの人も戦っているのなら
俺も戦えると思った
負けられないと思った
なのに
それなのに
久々に視たあの人のニュースには
“逮捕”の二字が踊っていた
真実を目指すと言ったのに
どんなにそれが過酷でも
目を背けたくなる様な悲惨な物であったとしても
現実と向き合い戦うと言ったのに
例えどんなに無様で滑稽な姿を晒し笑われようとも
地面に這い蹲り砂を噛んでも
自分の弱さに負けないと言ったのに
“彼”は逃げたのだ
“彼”は目を背けたのだ
“彼”は負けたのだ
そして俺は
“裏切られた”のだ
4月14日(月)
徹夜が確定した。
昨晩、ネットで調べた情報や今後の事に事についての考えなどをノートにまとめていたら、バイトの時間直前までかかってしまったのだ。
幸いにもバイト中はさ程眠くはなかった物の、配り終わって気が抜けたからか、急に眠気が襲ってきてチャリを漕ぎながら意識を失いかけた。
まったく、こんな事を続けていたら、いつか死ぬなと思う。
こんな日は寄り道せずに帰って少しでも寝たい所だが、生憎月曜だし、“あの子”の事もあるのでコーヒーを飲みながら眠気覚ましも兼ね暫く森の中で時間をつぶす。
昨日秋生さんに訊いたのだが、そんな女の子は見かけなかったそうだ。
まあ、昼間は店番してただろうし、その頃に来ていたのかもしれないが。
てか、そもそも遊び場を教えたからと言って、彼女がすぐに来るとは限らないか。
今だってそうだ。昨日ここでこの時間に会えたからと言って、また会えるとは限らない。
それでも、教えた手前もあるし、もしも来て誰も居なかったらガッカリさせてしまうだろう。
そう言えば、昨日の勝負は、と言うか罰ゲームは結局うやむやになった。
「オッシャァァァァァァッ!!やったぜ早苗~~~!!」
秋生マックス、いや、“秋生ラブラブマキシマム”によって俺を見逃し三振に討ち取り、大げさなガッツポーズで喜びを表した秋生さんは、愛しの早苗さんに向かって両手を広げ走り出す。
そして早苗さんもまた駆け出した。
だが、
「早苗~~~愛してるぜ~~~オヨ!?」
その秋生さんの抱擁をスルリとかわしたかと思うと、何故か早苗さんは俺の前に来たのだ。
いや、何故かはその表情を見ればすぐに解ったが。
「ごめんなさい。私ったらつい勝負の最中に声をかけてしまって……」
案の定、長めのポニーテールを揺らしながら深々と頭を下げられる。
早苗さんとも長い付き合いだから、俺の欠点は重々承知しているのだろう。
集中すると強いが、それにムラがある事。
そして極々一部の人間の存在が、俺の集中力を著しく掻き乱す事。
「あ、いや、俺の精進不足ですから……」
「でも……」
早苗さんにそう申し訳無さそうにされると、自分の不甲斐無さに居た堪れなくなる。
「それに今のは、多分集中してても打てなかったでしょうし……」
それはお世辞では無く本気でそう思うし、事実だろう。
あの球は誰にも打てないし、誰も打っちゃいけない球だ。
「そうだぜ早苗」
早苗さんの後ろから秋生さんがつまらなそうな顔を出した。
「真剣勝負の最中に気を取られたソイツが悪い。大体、女からの声援を力に変えられねえようじゃ、男としてまだまだ半人前ってこった」
「秋生さん、それは人それぞれですから」
「いいや、俺は認めねえ!まあ、何にせよ賭けは俺の勝ちだ!さあテメエら、約束通りパンを買って行きやがれ!!」
「賭け……ですか?」
「あ、いや早苗!まあ、なんだ、ちょいとこいつらに店の売り上げに貢献してもらおうとだな……」
早苗さんの笑顔の問いかけに、秋生さんは過剰に反応して明らかに動揺を見せる。
だが、それを見計らっていたかの様に、それまで黙って成り行きを見ていた中坊共が口を開いた。
「アッキー、罰ゲームで買うパンは何でもいいんだよねえ?」
「ああん!?何を言ってやがる!早苗のパンに決まって……八ッ!!」
しまった!!と言う顔で秋生さんは恐る恐る早苗さんの様子を覗うも、当然の如く覆水盆に返らず、既に早苗さんの瞳には涙が滲んでいる。
奴等め、始めからこれを狙って、俺と秋生さんの勝負をネタに早苗さんを呼んできやがったな!
さすが中学生と言うか、すっかりこいつらも秋生さんの扱いに慣れてやがる。
「私のパンは……私のパンは……罰ゲームだったんですね~~~~~~!!」
「さ、早苗!!クッ、テメーら!!」
「あ~あ、早苗さん泣きながら走ってっちゃった」
「俺らは何も言ってないよ」
「早く追わなくていいの?」
「覚えてやがれえ!!早苗~~~俺は大好きだ~~~~~~~!!」
てな訳で、走り去った早苗さんを秋生さんが追いかけて行ってる間に、まんまと中坊共は遁走し、俺は毎度の如く暫く客の来ない店の番をする羽目になった。
そして奴等の分まで早苗さんのパンを沢山貰って帰る事で勘弁してもらえた訳だ。
まあ、さすがに毎日早苗さんのパンを買っていけと言うのは冗談だったと思いたい。
十分過ぎる程売り上げには貢献している筈だし。
それに……今日だって………………。
ハッ!
ガクンと前に倒れそうになった感覚で目を覚ます。
どうやら落ちていた様だ。
慌てて周囲を見渡してみたが、やはりあの子の姿は無かった。
恐らく今日はもう来ないだろう。
「行くか」
時計を確認するとそろそろ開店時間だ。
今から向かえば丁度いい頃合だろう。
「さて……今週はどんなんかな……!?」
大欠伸をしながら俺は、少しの期待と大きな不安を抱えて俺は務めを果しに向かった。
「おう、来たな」
「チイッ……ふあっっっふう……」
「何だあ?朝っぱらからデカイ欠伸しやがって。締まらねえ野郎だな。シャキッとしろ!」
「寝てないんれすよお……」
「あん!?何だ?徹夜でスケベな深夜放送でも視てたのか?」
「違いますよ……まあ、色々やってたんで……」
「エロエロスケベな事をか?」
「もういいです……それよりも……出来てますか!?」
半分寝ていた身体をシャキッとさせて、マジな顔で訊いた。
「ああ……今週も出来ちまったぜ……!」
秋生さんもギランと瞳を鋭く光らせる。
そして、すでに並んでいた“今週の新作パン”を一つ取ると、ほらよと俺に投げ渡す。
そう、月曜日は今週の新作パンの更新日だ。
そしてその味見……と言うか毒見をする事も俺の仕事になっている。
今回のはやや薄くて平べったい事を除けば、見た目的にも匂いも普通のパンだ。
「ある意味今のお前には丁度いいかもしれねえな。思いっきりガブッといけ!ガブッと!眠気も吹っ飛ぶぜ!!」
なるほど。
そう言われたので俺は、恐る恐る前歯を立てた。
すると、途中で明らかにパンと食感の違う硬い物に行き当たる。
「あっ、テメエ!!何甘噛みしてやがる!!」
秋生さんは既に試食して、きっとガブッといったんだろう。
でもこれは……。
噛むポイントを横にずらし奥歯で噛んでみるとバキッと鳴って、一噛み毎にボリボリと音がした。
ひょっとして……厚焼きせんべいか?
味は……まんま普通のパンとしょうゆ味のせんべいを一緒に食べた様な味だ。
食べれなくはないが、パンの柔らかい食感と、せんべいの固い食感が入り混じって何とも落ち着かない不協和音を奏でている。
それに何より……。
「これ……知らずに食べたら歯がイカレルんじゃ……!?」
「ああ……俺もさすがにヤバかった……特にまだしけってねえ焼きたてがヤベエ!!」
「いや、それは……」
「あら、オーキ君!おはようございます!」
売ったらヤバイと言いかけた所に、計っていたかの様に早苗さんがトレーを持って現れた。
咲き誇る向日葵を思わせる温かで優美な笑顔で。
しかし、そのトレーには出来立ての“歯殺しの魔パン”。
一応、月曜は興味本位で新作パンを買っていくチャレンジャーもいるから、また多目に作っちゃったんだね……。
「もう新作パンは試食してくれましたか?」
トレーのパンを棚に移しながら、やっぱり訊かれたくない事を訊いてきた。
「ま、まあ……」
「どうでしたか?美味しかったですか?」
可憐な少女そのままの姿で、期待に満ちた瞳を向けてくる。
俺とは倍以上歳の離れた人妻だと判ってはいても、思わずときめいてしまい視線を逸らす。
「び、微妙……かな?」
「微妙……ですか?」
俺のオブラートに包んだ答えを聞いて、落胆してしまった様だ。
いや、しかし、どう答えろと?
「どの辺が微妙でしたか?やはり、『おせんべいパン』と言うネーミングが微妙ですか?」
いや、名前は今初めて聞いたんですが。
「一応『ぱきぱきパン』と言うのも考えていたんですが……そちらの方がいいですか?」
「それは……おせんべいパンで!」
せめて名前で中身を警告しておく必要は有るだろう。
無論、出来れば販売中止が望ましいが……。
「では、そのままで販売しますね。それじゃあオーキ君、私はこれで。ごゆっくり見て行ってくださいね」
「はい。どうも」
結局本質に触れぬまま、ペコリと会釈をして早苗さんは奥に戻って行った。
そして行ったのを確認してから、秋生さんが待っていた様につぶやく。
「ったく、てめえはいつも『微妙』だな」
「じゃあ、秋生さんはいつも試食して何て答えてるんですか?」
「もちろん、『早苗、愛しているぞ!』だ」
それはもうパンの感想じゃねえ!
俺も人の事は言えないが……果して俺達が試食する意味があるんだろうか?
「俺も今度からそう答えようかな」
「ハッ!てめえにそれを言う度胸が有るかよ」
無論ただの軽口だったのだが、意外にも秋生さんは鼻で笑っただけだった。
もっと激怒すると思ったんだが。
「マジで言ったら殺すがな!」
たんにマジギレしていただけかよ!
「つうか、その台詞は彼女にでも言ってやれ。喜ぶぞ」
「いや、だから……」
「そうか。言われなくとも毎日の様に言ってるか。そいつはでけえお世話だったな。さては寝不足ってのも、バイトの時間まで愛を語らっていやがったな!」
「してませんて……それより、渚さんはどうですか?」
思いっきりわざとらしいが、気になっていた話題を振って話を逸らす。
長らく休学していた渚さんも、問題が無ければ今日から復学するはずだ。
「何い!?まさか渚に言うつもりじゃねえだろうな!?」
「いや、だからぁ……」
「冗談だ。……まあ、てめえじゃねえが“微妙”ってとこだな」
本当に冗談だったかは疑わしいが、さすがに愛娘の渚さんの事なので秋生さんも真顔になる。
「一応行く気にはなっちゃいるが……まあ、色々あるからな……こればっかりは実際に行かせてみねえ事にはわからねえ……」
「そうですね……」
一年留年して、回りは会った事も無い、そしてかつて後輩だった人間達と同学年として共に過ごす。
当人はもちろん、受け入れる側としても相当気まずい事だろう。
それに控え目な渚さんはあまり友達を作ったりは得意じゃ無さそうだし、確か部活とかもやっていなかった筈だから後輩に知り合いもいなそうだ。
そうすると、今の学校で渚さんの知り合いは、本当に俺だけって事になるのかもしれない。
それでも、当人が行く気になっているのがせめてもの救いか。
それが、親を心配させない為の空元気であったとしても……。
「まあ、なるようにしかならんだろ」
「そうですね……じゃあ、眠いので俺もこれで」
「おう!」
「……ああ、そうだ。新作パン、もう一個もらってもいいですか?」
帰りかけてふとある事を思いつき、実行すべく訊いてみる。
「何!?まさか、ハマッタのか!?確かに今日のは比較的食える方だが……」
「あ、いや、食わせてみたい奴がいるんで」
俺の言葉に何か思い当たったらしく、珍しく秋生さんの血相が変わる。
「オイオイ、まさか彼女に食わす気じゃねえだろうな!?」
「まあ……まだ彼女じゃないですけど」
「チャレンジャーだなおめえ……どうせ余るからもう一個くらい構わねえが……それで別れる事になっても俺は知らんぞ?」
呆れ顔の秋生さんから早苗さんのパンをもう一つ貰って、俺は古川パンを後にした。
引き続きあくまでこちらメインでいきますが、DTCの方もよろしくお願いしますw