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4月14日ただ今冬眠中
 「オーキ!朝だぞ!」
 遠くでそう呼ばれた気がした。
 薄っすらと目を開ける。
 白いハイソックス。
 白いふともも。
 白い……。
 「……何だ……智代か……」
 侵入者の正体に安心した俺は、少々名残惜しい気はした物の、まぶたの重さに耐えきれず瞳を閉じる。
 「うん。私だ。ほら、起きるんだ」
 「……お前また……勝手に…………」
 「勝手にじゃないぞ。今日もお前のお母さんによろしくと頼まれたんだ」
 「……クー……」
 「言ってるそばから寝るなー!早く起きて朝御飯を食べないと、遅刻してしまうぞ」
 そう言って智代は、俺の布団を一気に剥がしてきた。
 いきなり依るべき物を奪われた俺は、全身を襲う寒気から逃れようと、団子蟲の様に丸くなる。
 「んん~……寒い~……!」
 「だろ?さあ、起きて着替えるんだ」
 しかし、今の俺にとっては寒気<眠気だった。
 むしろ、かえって寒さで加速度的に意識が遠のいて行く。
 「……眠いよパトラッシュ……クー……」
 「だから寝るなー!」
 ついに実力行使に出た智代は、逝きかけた俺の肩に手をかけ上体を起こしにかかる。
 だが、
 「うわっ!!」
 半ば反射的かつ生存本能的に、逆に俺は智代を引き寄せていた。
 そして俺に覆いかぶさるように倒れた智代の胸に、すがり付く様に顔を埋める。
 それはまさに極寒地獄から一転、天使達と共に昇天していくかの様な心地だった。
 堪らなく柔らかく、温かで、いいにおいで、とても安らげる極楽浄土。
 人肌がこんなにも温かく、恋しく思った事は無いだろう。
 いや、一度だけあったかもしれない。
 幼い頃のもうすでに風化しつつある記憶。
 形を失っても、想いだけは残っている記憶。
 「オ、オーキ……!」
 「ぬくぬくふわふわ~……」
 「ダ、ダメだオーキ……別にお前とこういう事をしたくないと言ってるんじゃない……でも、こんな朝からなんてダメだ。学校に遅刻してしまう……」
 「……ク~……」
 「!!私を布団にするなー!!」
 極楽気分で眠りについた俺に気付き、上体を起こそうとしながら真っ赤になって智代がつっこむ。
 だが下から俺に抱きつかれている為、智代もそれ以上の身動きが取れない様だ。
 「コ、コラ、いつまで抱きついているつもりなんだ?いい加減に放すんだ」
 「ん~……眠いんらよ~……」
 「眠くても、もう起きる時間だ。学校に遅れてしまうと言ってるじゃないか」
 「学校休む……」
 「そんなのはダメだ。ズル休みは良くない」
 「寝てないんらよ~……」
 「どうして?お前も鷹文の様にずっとパソコンをしていたのか?」
 「ノート書いてた……」
 「ノート?勉強をしていたのか?」
 「違う……智代に見せようと思って……」
 「私に?」
 「机の上にある……」
 「机……?」
 俺の言葉を確かめようと、智代は首だけ捻りながら伸ばして机の上を見ようとする。
 「ここからじゃ見えないな……オーキ、重いから放してくれ」
 「ん~、ふかふか布団~」
 「だから私はお前の布団じゃない!まったく……仕方の無い奴だな……ほらオーキ、布団だ。少しの間だけ返してやるから、私を放すんだ」
 このままでは埒が開かないと悟ったのか、不承不承智代は布団に手を伸ばして引き寄せると、俺に掴ませようと布団を俺の頭に被せた。
 「んん……布団……」
 思わずそれに反応して俺が布団を手をした隙に、智代は離れて立ち上がると、机にあったノートを手に取り開く。
 俺は取り返した布団を頭から被ると、その裾を掴んで巻き込み、繭の様にして全身を包む。
 「これは……!!」
 直ぐにその内容に気付いた智代はペラペラとページをめくって暫く中身を確かめると、感極まった様にぎゅっとノートを抱きしめた。
 「嬉しい……!お前は本気で桜並木を守ろうとしてくれているんだな……!でもな、オーキ。お前が本気で考えてくれる事は本当に嬉しいんだが、徹夜してまで頑張るのはもう無しだ。お前がそれで身体を壊してしまったら、元も子も無いだろ?」
 「うん……でも、いつまでいられるかわからないし……」
 「それは……どう言う意味だ?」
 「……クー……」
 俺の言葉に不安を感じて智代の顔が上がる。
 しかし俺はその問いかけに、布団の中から寝息で答えた。
 今の俺の意識は波間を漂っているかのように浮き沈みを繰り返し、ほとんど無意識の会話、いわゆる“寝言”を言ってるに過ぎない。
 「オーキ……?……寝てしまったのか……」
 智代は暫く所在無さ気に俺とノートを交互に見ながら逡巡していたが、しかし、うんと自分の出した答えに頷いて、俺の傍らに女座りで腰を下ろすと、そっと俺の繭に手を置いた。
 「寝不足の理由は解った。私も出来れば好きなだけ寝かしておいてやりたい。でもな。やっぱりズル休みは良く無い事だ。ほら、私が手伝ってやるから、頑張って起きて学校に行こう」
 そう言って智代は、俺の頭の方に移動して正座に座り直すと、そこからブルドーザーの様に前に進みながら俺の頭と肩を持ち上げてそこに自分の膝を入れ、寄りかからせる様にして俺の上半身を起こしにかかる。
 「ん~ふかふか枕~……」
 「だ、だから私のおっぱいは枕じゃない!ほら、起きて朝御飯を食べるんだ。部屋に来る時に持ってきてあるからな」
 「んんん~……眠いんだよ~……」
 「でも、朝御飯は食べないと身体に毒だぞ。ほら、私が食べさせてやるから」
 「ん~ん、いらない……」
 「折角お母さんが作ってくれた物をそんな風に言ってはダメだ……じゃあ、こうしよう。朝御飯を済ませたら、時間ギリギリまで寝ても構わない。それでどうだ?」    
 「ん~~~……食べる……」
 今の俺は寝ることが最優先事項であり、その為には手段は選ばなかった。
 無論、論理的思考なぞ出来ない状態だが。
 「よし!じゃあ、チョット待っていてくれ。今近くに持ってくる」
 智代は寄りかかっていた俺の上半身をそのまま前に倒して背後から退くと、立ち上がって側のテーブルの上に置いてあったお盆を取り、それを持って今度は俺のすぐ隣に座った。
 「お待たせ!オーキ、ご飯だぞ。あ~ん」
 どこか張り切った様子で智代はおかずの一つを箸で摘むと、嬉しそうに俺の口元に持ってくる。
 「あ~ん……」
 俺は目をつぶったまま、それを確かめもせず口を開け、放り込まれたそれを咀嚼して飲み込む。
 「次はご飯だ。あ~ん」
 「あ~ん……」
 「美味しいか?」
 「うん……」
 「そうか。良かった。次はお味噌汁だ。こぼさない様に気をつけるんだぞ」
 「うん……」
 そう言われてもやはり目を開けることは無かったが、智代が巧く口に運んでくれた為、味噌汁もこぼす事はなかった。
 「次はご飯だ。あ~ん」
 「あ~ん……」
 「……ふふっ、そうやってると、本当のクマさんみたいだな」
 「うん……」
 「それにいつもよりも素直だ……やばい、何か凄く可愛いく思えてきた……」
 智代は少し困った様に言って頬を赤らめる。
 「あ、いや、普段のお前が可愛くないと言ってるんじゃないんだ。ただ、普段のお前はどちらかと言えば“意地っ張りクマさん”だからな……もう少し自分に素直になってもいいんじゃないかと思っていたんだ……あっ、だからと言って、Hな事に素直になっていいと言う意味じゃ無いぞ!」
 「うん……」
 「ただ、もっとお母さんに対してとか、その……私に対しても、もっと素直になって欲しいと言うか……お前の本当の気持ちを聞きたいんだ……」
 「うん……」
 恥ずかしそうにそこまで言った智代は、意を決した様に唾を飲み込んで俺に熱い視線を向けた。
 「……なあ、オーキ……お前は……私の事……」
 「うん……」
 「ま、まだ何も訊いて無いじゃないか!!」
 「うん……」
 「……なあ、オーキ、お前はクマか?」 
 「うん……」
 「……ハチミツが好きなのか?」
 「うん……」
 「……私と一緒に生徒会に入ってくれるのか?」
 「うん……」
 「何でも『うん』か?」
 「うん……」
 「……ハア……素直になり過ぎだ……」
 「……クー……」
 「ああっ、済まない!寝たらダメだ!ほら、ご飯だぞ!あ~ん」
 今の俺に意識が無い事を知って嘆息した智代は、俺が座ったまま寝始めた事に気付いて慌てておかずを俺の口につっこんだ。



 「よく頑張ったな。さあ、少しだけだが眠っていいぞ。ご褒美に膝枕をしてやろう。特別だ」


 
 「オーキ、坂上さん、まだ居るの?学校遅れちゃうわよ!」
 「!!んぐっ!!」
 ドアをノックする音と共に聞こえてきたお袋の声に条件反射的に瞬時に覚醒した俺だが、しかしとてつもなく柔らかい物が顔に乗っている事に気付いてギョッとなる。
 「はっ!!うわあ、しまった!!つい私までうとうとしてしまった!!」
 上の方で可憐な少女の叫び声が聞こえた。
 それでその声と乗っけられていた物の主は誰かは直ぐに判った物の、肝心の何故こいつが俺の部屋に居て、何故膝枕と胸の極上プレスをしていたのかが直ぐに理解出来ない。
 てか、頭の中真っ白だ!
 いや、落ち着け!!
 思い出せ俺!!
 「済まない!私が食器を下げてくるから、お前は直ぐに用意をしてくれ!」
 「あ、ああ」
 幸か不幸か腹筋で上体を起こし膝から退くと、智代は慌てて空の食器の乗ったお盆を持って部屋を出て行ってくれた。
 どうやら朝食は済ませたらしい。
 だんだんと靄のかかったままだが思い出してきた……。
 確か寝てたらアイツが来て、布団取られたから抱きついて……うわわっ……!!
 いくら寝ぼけていたとは言え、あまりの自分の痴態に顔から火が出そうになる。
 忘れよう……いや、俺は何も覚えていない!!
 うん!何も覚えていないぞ!!
 それよりも今は学校に行かねばと、自分に言い聞かせながら俺は慌しく用意を始めた。


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