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4月13日:お前にラブマックス
 「お前が俺に勝てたら、こいつらの賭けの分はチャラにしてやる。その代わり、俺が勝ったら売れ残りの早苗のパンをお前等で全て買っていけ!!」
 「「「ええ〜〜〜〜〜〜!!?」」」
 マウンド上の秋生さんの理不尽な言葉に、中坊三人組の驚きと不満の声が上がった。
 そりゃあそうだろう。
 あまりにも強引な言い分で色々ツッコミ所満載だ。
 「一人一個の約束じゃん!!」
 「あん?だから、テメエらとの賭けは俺様の勝ちだったじゃねえか。今度はそいつをチャラにする為の賭けなんだ、レートが上がるのは当然だろう?四人で割れば一人一個が二、三個になるだけじゃねえか」
 「てか、俺にメリットが何も無いんですが……」
 まだ痺れている手をブラブラさせながら、肝心な事を言っておく。
 だが、この人にまともな理屈が通用する筈も無く、あからさまにつまらなそうな顔をして俺を睨んでくる。
 「テメエには可愛い後輩の為に一肌脱ごうって気概は無えのか!?」
 「俺は極力自分のケツは自分で拭かせる主義なんで。てか、普通にもう一回づつ勝負してやらりゃあいいじゃないですか?なあ?お前らも、もう一回やりたいだろ?」
 「あっ……いや……」
 折角再戦出来る様に持って行ってやろうとしているのに、三人組は視線をそらしながら口を濁す。
 何だ!?秋生さんにビビッたのかコイツら!?
 「リベンジしたくねえのか?」
 「そりゃあ、アッキーとは勝負したいんスけど……」
 「負けた時の罰ゲームが……なあ?」
 ビビッていたのは早苗さんのパンにだった!!
 「とにかく、折角ここまでお膳立てしてやったんだ。オーキ!つべこべ言わず打席に立ちやがれ!」
 「いや、だから、俺にやるメリットが無いでしょ?」
 「俺様のリベンジだと言ってるだろうが!二年前、たまたままぐれでテメエに打たれて以来、ずっと勝ち逃げされたままだったからな。今日こそ雪辱を晴らしてやる!」
 「でも、負けたら俺も一緒に罰ゲームやらにゃならんのでしょ?」
 「当前だ。つうか、てめえは特別に今後毎朝焼き立ての早苗のパンを買っていけ!」
 「「「ヒイッ!!」」」
 無茶苦茶なレート?の吊り上げっぷりに、中坊達が代わりに悲鳴を上げる。
 さっきからメリットが無いと言ってるのに、どうしてそんな訳の解らんデメリットばかり言うのかが理解出来ん。
 「絶対やらねえ……!」
 「何ぃぃぃぃぃぃ!?」
 そこで驚く理由もわからない。
 「仕方ねえ。なら、てめえが勝ったら俺様秘蔵のエロ本を一冊くれてやる。これでどうだ?」
 そしてキリッと表情を引き締めたかと思うと、すまし顔でこれだ。
 てか、後ろには小学生も居るんだが……。
 「俺らにもくれんの?」
 そこで食い付くな遠藤!
 「ああ、一冊づつ、とびきりエロイのをくれてやる」
 「いや、こいつら中学生なんだから、とびきりはマズイでしょ?」
 「何言ってやがる?こいつらももう中坊なんだから、エロ本の10や20持ってて当然だろ?なあ?」
 持ってたんかアンタは!?
 ……いや、この人なら十分有り得るか……。
 「さすがにそんなには持って無いよ。精々四冊くらい」
 「俺アッキーに入学祝いに貰ったやつだけ」
 「俺は……貰ったやつ親に見つかって捨てられたから持って無い」
 「「何ぃ!?」」
 白石が語った悲惨な過去に、秋生さんと遠藤がハモる。
 ちなみに、この公園出身の近所のガキ共に入学祝いで秋生さんがエロ本を配っている事は、公然の秘密なのでウチらの間では驚くに値しない。
 「よく我慢出来るなお前等……!!」
 いや、そこも驚くトコじゃねえよ!
 「お袋さんに俺がやった物だってバラしてねえだろうな!?」
 アンタって人は……!!
 「い、言ってないよ!……友達が忘れてった事にはしたけど……」
 「それならいいが……よし!じゃあ、オーキが勝ったら、てめえには特別に二冊やろう!」
 「また親に見つかるとアレだから、いいよ」
 「バカ野郎!その為に二冊やると言ってるんじゃねえか!一冊づつ別々の所に隠しておきゃあ、どっちか見つかって捨てられても一冊は残るって寸法だ!」
 バカ野郎はアンタだ……!
 「てか、俺はやるとは言ってないんだけど」
 「何だとテメエ!?一冊じゃ不服だってのか!?チッ、足元見やがって……ならテメエには二冊、いや、三冊やるから、さっさと打席に立ちやがれ!」
 「だから別に欲しくないですよ!今だって“預かってる”分の仕舞い場所に困ってるのに、これ以上増えたって邪魔になるだけですよ」
 「なっ!?」
 そうなのだ。
 先日智代に発見され危うく中を見られそうになった俺の部屋に在る大きなダンボールの中身こそ、その“預かっている”大量のH本に他ならない。
 そう、あくまで“預かっている”である。
 昔秋生さんが「隠し場所がもう無いから預かってくれ」と言ってダンボールごと持って来たのだから、“預かっている”としか言い様が無い。
 一応、一通り目は通したが……。
 「むしろ、正直あの預かってるヤツ丸ごと返したいくらいです」
 「エロ本なんざ要らねえだと!?テメエそれでもチ○チン付いてんのか!?それとも何か?もうエロ本じゃ飽き足らねえから、俺様の超極秘エロビデオを寄越せってんじゃねえだろうなオイ!?」
 「おお!アッキーエロビデオも持ってるんだ!」
 「フッ、当然だ!!」
 相変わらず食い付きのいい遠藤の尊敬の眼差しに、秋生さんは胸を張って見せる。
 いい大人がエロビデオでえばるなよ!!
 「まあ、ダビングでいいなら考えてやらなくもねえが……画質はやっぱ劣化するぞ?」
 「いや、エロビデオも要りませんから」
 「な、何だとお!?」
 秋生さんは信じられない物を見たとでも言いた気な目で大げさに驚愕していた。
 だが、突然全てを悟ったかの様にうんうんと頷くと、とてもいい顔で微笑んで見せる。
 「フッそうか……そう言やそうだったな……てめえにはもう既に生身の彼女がいるんだったな!」
 「はあ?彼女なんて居ませんよ」
 内心ギクリとしながらも、素っ気無く否定しておく。
 秋生さんにはっきりと彼女が居るなんて言った覚えは無いはずだ。
 そう、そのはずだったのだが……次に秋生さんが口にした事実には、目の前が真っ暗になった。
 「とぼけるなよ。お袋さんがウチに来た時に嬉しそうに話してたぞ。お前が可愛い彼女を家に連れて来たって」
 あ・の・バ・バ・ア〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!
 脳裏に『ウチの子が彼女を連れて来た』と吹聴して回るお袋の姿が鮮明に映し出され、思わず崩れ落ちそうになる。
 どうしてあのババアはいつもいつも人がもっとも嫌がる事を平気でしやがるんだ!?
 「何でも、髪も手足も長くてスタイル抜群な人形みたいに可愛い子だって言うじゃねえか。おまけに素直で性格も良さそうだって、お袋さんべた褒めだったぞ」
 「おお、マジッスか!?」
 「おめでとうございます先輩!」
 そしてさらに感染拡大中!
 やべえ、このままじゃ母校にまで広まっちまいそうだ!
 「いや、たまたま用があって家に連れては来ましたが、ただの友達ですよ!」
 「別に隠すこたあねえだろ?めでてえ事じゃねえか!お前もついに“男”になったって訳だな!そんな可愛い娘と毎日乳繰り合えるんだ。そりゃあ、エロ本もエロビデオも興味が無くなるわな。だがな、ちゃんと避妊はしろよ!お互いの為だからな!!」
 「毎日……!?」
 「すげえ……!!」
 「やってないし、そもそも付き合ってませんて!!」
 後輩達の前で、早速尾ひれを付け始めた!!
 「おお、そうだ!じゃあ、てめえが勝ったら避妊具を三箱やろう!超極薄のヤツをな!てめえの事だ。店で買うのは恥ずかしいだろ?」
 「ああ、もう!!わかった!!やりますよ!!やりゃあいいんでしょ!!」
 「ほう、やはり超極薄に惹かれたか」
 「違いますよ!!勝負するからもう金輪際その話を人に広めたりしないで下さい!テメエらもだ!!」
 「「「は、はい!!」」」
 中坊共を睨みつけ震え上がらせながら、翼から引っ手繰るようにバットを受け取り、俺は足で書かれた打席に立つ。
 秋生さんに乗せられるのは癪だが、仕方あるまい。
 このまま放っておいたら、明日には出来ちゃった結婚するなんて話でこの界隈でもちきりになりかねん。
 「初めから素直にそうしてりゃあ良かったんだ」
 「言っときますけど、あの頃とは条件が違い過ぎるんで、ガッカリさせても知りませんよ?」
 「何だ?やる前から言い訳か?」 
 「……」
 まあ、こいつは愚問だったか。
 そう悟った俺はそれ以上の問答を止め打席に集中する。
 その事は秋生さんも解っていたから、今まで再戦の話をして来なかったのだろう。
 二年前の中三の夏、俺と秋生さんは全力で勝負をして、そして俺は秋生さんの秋生マックスを打った。
 それは、俺がキャッチャーとして秋生さんの球を誰よりも見てきたからでもあるが、それ以上にあの超豪速球に対応し得る程の集中力を発揮出来たからこそだろう。
 ずっと続けていた部活の最後の大会を控え、ようやく見出した自分自身の強さも形になりつつあったあの頃の俺は、気力体力共に充実した最高の状態だった。
 だが、その最後の大会を最悪の形で終えた俺は、いわば抜け殻も同然。
 早苗さんのおかげで何とか受験は乗り切れた物の、入学してからも空虚で怠惰な日々を過ごして来た俺の心身はすっかり鈍ってしまっている。
 それでもあいつと出会って以来、少なくとも気持ちは上向いている。
 もちろん偶然居合わせたからでもあるだろうが、それを敏感に感じたからこそ秋生さんも再戦に拘ったのだろう。
 「へッ、ようやくその気になりやがったか……手間かけさせやがって……いくぜ!!」
 キャッチャーの代わりに三人組が球拾いに入り、ニヤリとした秋生さんが投球モーションに入る。
 「食らいやがれえぇぇえっ!!」
 初球は超インハイのってぇ!?
 ガッ!!
 「「「うお!!」」」
 秋生さんの放った超インハイ、いわゆるビーンボールは仰け反った俺の前髪をかすめ、更に後ろの簡易ネットのフレームに掠り、そのままかなり後方まで飛んでいった。
 「わりいわりい!手が滑っちまった」
 今のは明らかに狙っていただろう。
 その挙句のシレッと口先だけの謝罪の言葉。
 「とりあえず、危険球で俺の勝ちですね」
 「だから、手が滑ったっつってんだろうが!今のはそこから落ちながら曲がってストライクになる予定だったんだよ!」
 「そんな魔球が在るならプロになって下さいよ!!」
 まったく、魔球はともかく、ホントにこの人は何でこんな所でパン屋なんてやってるんだろう?
 「つべこべ言ってねえで構えろ!次行くぞ!!」
 相変わらず理不尽な事を言いながら別の球を受け取った秋生さんだったが、しかしその目付きが変わった事を俺は見逃さない。
 大きく振りかぶったその背からオーラが立ち上る。
 来る!!
 「うおおおおおおおおおお!!」
 読みどおり、外角高目の秋生マックス!
 ボスッ!!
 しかし恐れず踏み込んで振ったバットは空を切り、ボールはネットに当たって転がった。
 完全に振り遅れだ。
 「ああ……!」
 「やっぱ先輩でもマックスは打てないのか……!」
 中坊達の失意の声が聞こえる。
 捕るのは面で止めればいいが、点で捉える必要のある打撃はやはり容易では無い。
 だが、今ので打席に立った時のタイミングも大体掴めた。
 後は……どこまで集中出来るか、イメージをどこまで再現出来るかだ。
 黙想……。



 想い出せ。
 俺の中には何十球、何百球と秋生さん球を受けてきた経験が在る。
 その速さと威力を身体で覚えてきた記憶が在る。
 何より、かつてその球を打ったイメージが在る。
 今の俺の身体には、あの頃程の“キレ”はない。
 だが、あいつと出会って、戦って、色々競い合った事で、今の自分の能力はほぼ把握出来ている。
 球もしっかり見えている。
 配球のクセも熟知してるし、三人との勝負からここまで読みは外れていない。
 ならばやれる筈だ。
 要はタイミング。
 キレが無いなら、より早く振り出すまでだ!



 「流石にビビらねえか……だが!」
 一球目のビーンボールでビビらせ、二球目でそれを確かめる様に外角に投げてきた。
 しかし、俺は恐れず踏み込んで打ちに行った。
 と、すると秋生さんが次に投げてくるのは……。
 「打てるモンなら、打ってみやがれえええ!!」
 ど真ん中の真っ向勝負!
 ガッ!!
 「「「当たった!!」」」
 当たりはしたが、ボールの下を叩いた打球は右斜め後方に飛んでいくファール。
 高目に浮いたのか、それとも予想以上に伸びてきたのかはわからないが、どちらにしろまだ振り遅れていた。
 「当てやがったか……だが、これで追い込んだぜ」
 そう言って秋生さんは悪戯っ子の様にニヤリと笑う。
 確かに追い込まれた。
 だが、タイミングは合ってきている。
 次こそは……打つ!
 「うおおおおおおおおお!!」
 咆哮と共にダイナミックなフォームからの四投目。
 だが、
 「「「マックスじゃない!?」」」
 秋生さんの投げたそれは、明らかに遅かった。
 ここに来てチェンジアップ!?
 いや、違う!
 ホームベース手前でボールが急激に落ちたのだ。
 秋生さんのもう一つの決め球、“落差1メートルのフォークボール”である。
 カキーン!!
 「何い!?」
 「「「おお!!」」」
 金属バット特有の快音が鳴り響き、ボールは夕暮れの空に飛んで行く。
 落ちる球をアッパースイングですくい上げる様にして打ったのだ。
 マックスにタイミングが合い始めていただけに、ここらでここまで温存していたフォークが来る事は十分読めていた。
 大きな放物線を描いたボールは、そのまま公園の外まで飛んで行って見えなくなる。
 しかし、惜しくも切れて大ファール。
 「チッ、読んでやがったか……今のはさすがにヒヤッとしたぜ。やはりテメエを倒すには、真っ向から捻じ伏せるしかねえようだな!」
 そして秋生さんは……本当に本気になった。
 ただこうして対峙しただけでも、その気炎が目に見える程に。
 そう、燃えている。燃えているのだ。
 秋生マックスにも、実は上が在る。
 秋生さんが燃えれば燃える程、その威力を増していく物だからだ。
 ひょっとしたら、本当に160キロが出るかもしれない。
 だが、火が点いているのは俺も同じだ。
 この勝負を始めてから、俺の集中力もまた一球ごとに研ぎ澄まされていく様に増していくのを感じていた。
 今なら、出来るかもしれない。
 あの時にも匹敵する境地に。
 黙想……。



 周囲の雑踏は消え、世界は灰色に染まり、形はやがてその輪郭すらも曖昧になって融けていく。
 この世界に在るのは、秋生さんと俺だけ。
 秋生さんは本当にすげえよ。
 これだけの速い球を、こんな小さなストライクゾーン目掛けて投げる事が出来る。
 フォークやカーブと言った、変化球まで投げる事が出来る。
 俺には到底真似の出来ない芸当だ。
 だが、それでいい。
 俺はただ、この棒切れを振りさえすればいいのだ。
 子供にだって出来る事単純な動作だ。
 難しい事何て何も無い。
 それだけで、この凄い秋生さんに勝つ事が出来るかもしれないのだ。
 だから俺は、その子供でも出来る単純な動作に、
 今の俺の全てをかける!!



 「行くぜ!!」
 「来い!!」
 秋生さんの気炎がついに龍となり、俺の気迫が虎と化す。
 もはやこれは技術では無く、心と心の、精神と精神の戦いだ。
 「うおおおおおおおおおおおおおおおおおお」
 「秋生さーん、オーキくーん、ファイト!ですよー!」
 「えっ!?」
 「早苗えええ、愛しているぞおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
 ズドン!! 
 不意に入ったそのあまりに美しいノイズに気を取られた一瞬の間に、秋生さんの投げた球は簡易ネットを突き破っていた……。


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