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4月13日:成人の儀

 智代と別れて公園に着いた頃には、既に夕暮れ時になりつつあった。

 入り口からざっと中を見回すも、居るのは遊んでいる秋生さんといつものガキ共、それと数名珍しく割と大きなガキ共も混じっていたが、今朝会った白い羽の様なリボンの少女は見当たらなかった。

 「おう、オーキ!丁度いい!捕れ!」

 秋生さんに見つかったらしく、そんな風に呼ばれる。

 何が丁度よくて何を捕れなんだか。

 まあ、彼女の事を訊いときたいから、こちらとしても丁度いいが。

 「チッス、先輩。じゃあ、お願いします」

 ホームベースの方に向かうと、それまでキャッチャーをしていた男の方から小走りでやってきて、長目のスポーツ刈り頭を下げながらキャッチャーミットを差し出してきた。

 久々に見る顔である。

 『三浦 翼』

 三浦で翼なのに野球が得意な不届き者として?この辺りじゃ有名な中坊だ。

 小学生の頃からリトルリーグに所属しており、この公園にも昔はちょくちょく来ていて一緒に野球をして遊んだ事もある。

 その頃から打撃センスは群を抜いていたが、部活でも活躍しているらしく、スラッガーとして結構名を馳せているらしい。

 「ああ。お前は捕れないのか?」

 「守備は専門外なんで。さすがに“マックス”やフォークは無理っスよ」

 いや、専門外って、中学でDHとか無いだろ……。

 ちなみに“マックス”とは“秋生マックス”、秋生さんの本気のストレートを内輪で勝手に命名してそう呼んでいる。

 自称『MAX160km』のプロもビックリなその直球は、草野球でも捕れる人間が居ない為、永らくストライクゾーンの書かれた簡易ネット相手に子供の前で投げて見せるくらいしか用をなさなかった。

 しかしそれだけに、それに挑戦し打つ事がこの公園で育った子供達の目標、“一人前”と認められる為のちょっとした儀式になってもいる。

 だが、未だそれを打てた人間を俺は知らない。

 ただ一人を除いては。

 「なるほど。捕れないけど、専門だから打てると言う訳か」

 「そのつもりで来たっス」

 生意気にも自信に満ちた表情で言い切りやがった。

 なるほど、こいつらは今日はその為に来たのか。

 まあ、こいつはガキの頃からずっと期待されてきたし、真面目に野球に打ち込んでそれなりに結果を出している自負もあるだろう。

 「バツゲームかかってるっスからね……三人居れば誰か一人くらい前に飛ばせるんじゃないかと……」

 かと思うと一点弱気になって黄昏る。

 さっきのはカラ元気かよ。

 「まあ、頑張れ」

 「ウッス!」

 翼はもう一度頭を下げて小走りで一度仲間の元に戻って行った。

 「オーキ、捕球練習いくぞ!」

 「捕球すか……」

 秋生さんに促され、はめたミットを叩いて馴染ませながらホームベースに向かう。

 まあ、実際それが正しいのだろう。

 俺が秋生さんの球を捕るのは二年ぶりくらいだからな。

 もっとも、正確には“逃げずに止めるのは”だが。

 「久々だからな。まずは軽めにいってやる」

 そう言いながらもニヤリとした秋生さんは大きく振りかぶり、

 「いっくぜええええええっ!!」

 と、いきなり雄叫びを上げて投げてきた!

 確かに秋生マックスでは無いが、十二分に早い速球。

 バンッ!!

 分厚いキャッチャーミットを通して尚かなりの衝撃が手の平から伝わり、そのまま反動で後方にもってかれそうになるのをグッと押さえ込む。

 さすがに速い!

 そして痛え!!

 でも、秋生さんはそれ程コントロールも悪くないから、ビビッて逃げ腰になり目をそらしたりしなければ捕る事はそう難しくは無いのだ。

 もっとも、この速球にビビら無い事がなによりも難しいのだが。

 「へッ、さすがにそらさねえか」

 俺が投げ返した球を満足気に捕りながら、秋生さんは次のモーションに入る。

 秋生マックスはゲームの様にいきなりぽんぽん投げれる物じゃなく、やはりテンションも最高潮に達してないとそこまでのスピードはとても出ない。

 まずは気持ちよく投げてもらって、気分を盛り上げていく事が肝要だろう。

 その後もテンポよく俺達の投球&捕球練習は続いた。

 「ようし、小僧共、そろそろ入れ」

 「ヨッシャー!」

 秋生さんに促されてまず土に書かれたバッターボックスに入ったのは、翼では無く『遠藤』さんとこの悪ガキだった。

 やはりな。

 翼と同い年同じ野球部のお調子者で、こういう時に我先にやりたがるタイプだから一番はこいつだろうと思っていた。

 運動神経もかなり良く、野球部では一番でショートらしい。

 「お願いしまっス」

 「おう」

 遠藤は球児らしい坊主頭をガバッと頭を下げて、荒れてもいない足場を直すと、左手で持ったバットを伸ばし秋生さんの後方の空を指した。

 「小僧が……面白れえ!」

 おお、と守備についてる近所の子供達の唸り声。 

 挑発的なホームラン予告に、秋生さんは一度顔をしかめたが、すぐに不敵に笑いながら一度足場をならして構える。

 こういう芝居染みた事がとことん好きな人なのだ。

 この程度の挑発で、燃える事はあっても怒る事はありえない。

 遠藤もその辺をよく心得ての事なのだろう。

 ダイナミックな投球フォームからの緊張の一球目。

 直球ど真ん中。

 バンッ!!

 意外と慎重なのか、見送ってストライク。

 「はえ〜!!わかっちゃいたけど、実際に打席に立つとやっぱ違うわ!」

 単に予想以上に速くて手が出なかっただけか。

 「まだマックスじゃ無いぞ」

 「マジッスか!?」

 返球しながら言ってやると、遠藤は本当に驚いているようだった。

 こいつらも秋生さんとの付き合いは長いが、“本気の秋生さん”と相対するの初めてだろうから無理も無い。

 秋生さんはとても大人気無い人だが、流石に子供相手に全力を出すような事は無いし、いつもはちゃんと手加減して子供がギリギリ打てる球を投げている。

 そしてまた、こいつらも中学に上がってからは公園で一緒になって遊んだりはしていないだろうし、その一方で自分達は中学で部活をやって自信と経験を積んで来た。

 秋生さんを舐めていた訳では無いだろうが、どんなに速いと言っても、まさか未だに手も足も出ないとは思うまい。

 バンッ!!

 二球目の内角への直球に今度はバットを振るも、バットは虚しく空を斬る。

 「クソ!」

 何キロ出てるかは知らないし、本当に160出るとは思わないが、少なくとも秋生さんの球はバッティングセンターの最速設定より速いし、中学レベルでこれ以上の球と出会う事はまずあるまい。

 バンッ!!

 半ば破れかぶれの強振で打てるはずも無く、三球三振。

 「あーチクショー!!アッキーの球マジはえーよ!!」

 「カッカッカッ!当たり前だ小僧!俺様を誰だと思っていやがる!?」

 いや、ただのパン屋の主人でしょ……。

 「よし、次!」

 「はい!」

 二番手に打席に立ったのは、やはり翼と遠藤の同級生で、俺にとっては二人以上に馴染みのある奴だった。

 「どうも、先輩」

 「おう。今年の部はどうだ?」

 「まあ、ボチボチです。相変わらず部員少ないんで、今年は沢山新人入ってくれないと厳しいかもですね」

 控え目に他の二人より長めの天パー頭を下げたのは、サッカー部、つまり俺の直接的な後輩に当たる『白石』だった。

 やや大人し目だが三人の中で一番背が高く、サッカー部ではその長身と長い手足を活かしてキーパーをやっている。

 「行くぞー!」

 振りかぶって一球目、やはりど真ん中。

 バンッ!!

 ビクンとそのデカイ身体を強張らせて見送ってストライク。

 「マ、マジで速いっすね……!」

 「おいおい、キーパーが球にビビんなよ」

 「いやあ、流石にあんな速いシュートは来ませんし、球小さいんで余計速く感じます」

 「でも、このスピードに慣れれば、そこらの奴のシュートなんて止まって見えるぞ」

 「な、なるほど……」

 そう、実際に俺は、そうやってスピードと恐怖と言う物に慣れたのだ。

 あれは十歳くらいだったか。

 サッカーが上手くなりたかった、そして男として強くなりたかった俺は、マンガか何かで優れた動体視力の優位性を知り、それを養うトレーニングを始めた。

 踏み切りに張り付いて走る電車の窓の中を見る特訓をしたり、樹の幹を蹴って落ち葉を掴むつもりが、代わりに大量の毛虫が落ちてくる地獄を味わったりと色々やった物である。

 そうして行き着いたのが、キャッチャーをやる事だった。

 当然初めは子供への手加減した球。

 でもそれでも、間近でバットを振られながら速球を捕ると言う事は、動体視力だけでなく判断力や反射神経、そして何より“胆力”度胸を与えてくれた。

 サッカーの守備は怖い物だ。

 時に目の前で打たれたシュートを、“手を使う事無く”身体で止めなければならない。

 例え顔面に当たるとしても、避けたり手で防ぐ訳にはいかないのだ。

 だが、もしそこで怖いからと相手にケツを向けていたら、シュートを止められないかもしれないし、何より“格好悪い”だろう。

 これは意外と大事な事である。

 そのプレーで味方を鼓舞し敵にプレッシャーを与えられるか、それとも点をやり“チキン”となるかが決まるのだ。

 ある意味俺の“カテナチオ”の原点は、この秋生さんの球を捕る事だったのかもしれない。

 やがて、ほぼ完全に俺が球を捕れる様になると、秋生さんは徐々に本気を出してそのスピードを上げていった。

 さすがに初めは捕れなくて幾つも身体に痣を作ったが、絶対に恐れず、怯まず、ゴールを守っている様な意識でそれに臨み、やがてそれにも慣れ、ついには秋生マックスでもビビッて目を逸らす様な事は無くなったのだ。

 バンッ!!

 一応振ってはいたが、まだ白石の身体は逃げていた。

 「まだ腰が引けてる」

 「勘弁して下さいよ」

 まあ、野球部の二人と違って打席に立つ事に慣れていないのだから仕方が無いか。

 結局、白石も成す術も無く三振し、いよいよ真打登場となる。

 「お願いします!」

 前の二人の体たらくを見てプレッシャーで緊張したのか、翼は先程よりもやや強張った表情で打席に立った。

 だが一度構えると、やはり堂に入ってると言うか、どこか雰囲気を感じさせる。

 「行くぜ!」

 この勝負を心底楽しんでいると判る男臭い笑み。

 今まで以上に豪快な投球モーションで、秋生さんが一投目を放つ。

 ど真ん中のストレート、いや、カーブ?

 ガッ!!

 バットの先に当たったボールは、そのまま斜め後方に飛んで行き後ろの茂みの中に消えた。

 「チョッ!いきなりカーブって!?」

 「別にストレートだけで勝負してやるとは言ってねえだろ?」

 出た!大人気無さ炸裂!!

 やや遅めのストレートと思いきや、ボールが右打席に立つ翼から逃げて行くかの様に変化したのだ。

 ここに来て温存していた変化球から来るとは……あわよくば引っ掛けさせて終わりにしようとしたのだろうか?

 何て姑息な。

 もっとも、それだけ秋生さんも本気と言う事か。

 ボールを捜しに行った遠藤と白石を他所に、注目の二球目。

 内角低めのストレート。

 バンッ!!

 鋭い振りながらも、バットは空を斬ってツーストライク。

 「まだ遅いのか……」

 バットをジッと見つめながら翼が呟く。

 一球目のスピードなら打てていただろうが、秋生さんの速球を打つには振り始め自体が遅いのだ。

 翼が構えなおした所で、勝負の三球目。

 外角低めのストレート。

 カン!!

 「!」

 金属バットの快音が響き、おおっ!!と子供達の感嘆の声が上がる。

 力強い踏み込みと共に打たれたその打球は、ぐんぐんと伸びて行き公園のフェンスに直撃した。

 しかし、フェアグラウンドからは大きく右にそれての大ファール。

 「やるじゃねえか。さすがにチョットヒヤッとしたぜ」

 新しいボールを受け取りながら、言葉とは裏腹に秋生さんは余裕の表情。

 いや、違うな。

 遠目からでも解る程ギラギラとした目。

 あれは、あの目はそう、ようやく、いよいよ、ついに、本当の本気になった目だ。

 「来るぞ……マックス」

 「はい!」

 俺の警告に、翼は怯んだ様子も無く秋生さんから視線を外す事無く答えた。

 さすがに中々肝が据わってやがる。

 「行くぜ!!目の穴かっぽじって、その目に焼きつけやがれ!!」

 いや、心の眼で見ろと?

 台詞は滅茶苦茶だったが、大きく振りかぶったその背にはオーラが立ち上り、それが足を上げた“タメ”の動作でボールへと集約してゆく。

 「うおおおおおおおおおおおお!!」

 咆哮と共にまさに入魂の一球が放たれた。

 「!!」

 ドゴンッ!!

 勝負は一瞬。

 後には周囲は静まりかえり、焼け焦げた様な臭いが鼻をつく。

 ど真ん中に放られた秋生マックスは、俺のミットに到達して尚ギュルギュルと暫く回転した後、俺の握力をすっかり奪ってポロリと落ちる。

 翼はバットを振ろうとしたまま、茫然として固まってしまった。

 見逃し三振である。

 「見たか!!俺のマックス160キロ!!」

 お〜〜〜〜〜〜!!

 止まっていた時が動き出し、子供達の歓声が上がる。

 この子達は改めて思い知らされた事だろう。

 いつも自分達と遊んでくれる、おかしな不良親父の凄さを。

 「ハア〜……負けか……」

 遠藤と白石が揃って肩を落とした。

 そういや罰ゲームがどうとか言ってたな。

 まあ、大体想像つくが。

 「よ〜し、テメエら、約束通り早苗のパンを買っていけよ!」

 ほらな。

 「だが、特別にお前らにもう一度チャンスをやろう」

 ん?

 「リベンジさせてくれんの?」

 「いや、どちらかと言やあ、リベンジするのは俺の方だ」

 まさか……!?

 「オーキ、打席に立ちやがれ!!俺と勝負だ!!」

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