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4月13日:クマさんの森
 「いいじゃなんか。ほら、あの『松坂』とかも“怪物”とか言われてるし」
 「男ならともかく、女の子が“怪物”とか“化け物”とか言われて嬉しい訳無いだろ!!まったく、どうしてお前はそうデリカシーが無いんだ!?」
 色々と周囲を騒がせて居辛くなった事を理由に、渋る智代の背を押してひとまずボーリング場を後にしたのだが、智代は凹んでこそいない物の依然不機嫌なままだった。
 まあ、悪いのは俺だって事はわかっているが……。
 「悪かったな……もうちょい俺も上手ければ、最初から投げ方とかコツとか教えてやれたんだが……最初に言ったけど、正直、ああゆう個人スポーツ的な物は苦手なんだよ」
 「別に言うほど下手じゃなかったじゃないか?さっきだって、たまたま最後にストライクが三回続いたから私が勝てたが、その前まではお前の方が勝っていたじゃないか」
 「隣の点数見ただろ?みんな100超えてたじゃないか。女の子でも慣れれば100点くらいはいく物なんだよ。昔仲間内でボーリングが流行った事があってよく行ってた時期があったが、俺だけちっとも上手くなれなくてな……勝負にもならないし、練習しようにも金かかるし、だからいつしか誘われても行かなくなった……」
 「……すまない。私に付き合せて……そんなに嫌だったのなら、そう言って欲しかった……」
 「いや、初心者には負けない自信は有ったんだが……俺が甘かった。まあ、今度はもっと上手い奴と来いよ。そしたら、お前ならもっと上手くなれるし、ボーリングの楽しさも判るはずだ」
 気まずい沈黙。
 相変わらずの自分の“ポンコツ”ぶりと、言い訳しか出来ない情けなさに泣きたくなる。
 きっと智代にとっての初ボーリング、そして初デート自体もあまり楽しくなかったって事になるのだろう。
 まあ、仕方無いと言えば仕方が無いか。
 お互い初めてなんだし。
 気取ってエスコートしたりはガラじゃないからな。
 さて、どうすっか?
 このまま行き先も無く、無言で町をブラブラしてても意味が無いだろう。
 「……どっか他に寄りたいトコ有るか?」
 半ば『帰ろうか?』的な含みを込めて訊いてみる。
 するとそれが伝わったのか、智代は寂しそうに少し俯いてから口を開いた。
 「カラオケは嫌なんだろ?」
 「別にお前一人で歌うつもりなら、行ってもいいけど?」
 「それは恥ずかしい……お前は歌は上手いじゃないか。歌う事は嫌いじゃないんだろ?それなのに、どうしてカラオケは嫌なんだ?」
 「それは恥ずかしい……」
 真似をして言うと、むうと可愛く口を尖らせる。
 「もちろん、お前も歌うなら私も歌うぞ?」
 「いや、だから……俺の歌は人に聞かせる為の物じゃないんだよ」
 「あんなに上手いのにか?」
 「上手い下手は関係無いだろ?それに、最近の歌とか分からんしな」
 「それなら私も同じだ。あまりTVも見ないし、歌謡曲には詳しくないんだ……」
 ホントにこいつは歌いたい訳じゃなくて、たんに他の子が行ってるから行ってみたいだけなんだな……。
 まったく、そういう事なら女友達とでも行けばいいのに。
 「……もしカラオケに行ったとしたら、何歌うつもりなんだ?」
 何となく気になったので訊いてみる。
 「え?そういえば、何を歌うかは考えていなかったな……」
 それで行きたがってたんかい!!
 「……“童謡”じゃダメか?」
 「童謡?……『森のクマさん』?」
 「うん!!よくわかったな!!正解だ!!さすがオーキだな!!」
 まさかなと思って訊いたら、案の定智代は我が意を得たりと無邪気に顔を輝かせた。
 いや判り易すぎるだろ!
 「ダメって事は無いだろうけど、俺以外の奴にはネタにしか思われないからな……てか、童謡なら、それこそわざわざ店に行かなくてもいいだろ?金かかるし」
 「それもそうか……」
 「……なら、森に行くか?」
 「森……?」
 「俺のとっておきの場所だ」
 




 緑豊なこの町は、少し住宅地を離れると森が広がっている。
 俺は智代を“あの場所”に連れて行く事にした。
 自分からは、誰にも教えた事の無いあの場所に。
 こいつなら、いいだろう。
 こいつしか、いないだろう。
 「なあ、森の中に何をしに行くんだ?ひょっとして、クマさんが居るのか?」
 そんな物騒な事を期待を込めた目で訊くな!
 「クマは俺とお前だ」
 「んん?」
 「今までダチにも教えた事が無い、俺の秘密のアジトみたいな物だ」
 「そ、そうか……そこを私にだけ教えてくれると言うんだな……嬉しい」
 どうやら“秘密のアジトを教える意味”を理解してくれたらしく、はにかみながら智代が身を寄せて来る。
 そういえば今日、あまりベタベタしてなかったな……。
 ま、まあ、もう林道に入ったしいいだろう。
 「ここなら滅多に人が来ないから、多少大声出しても平気だ」
 「なっ!?やっぱりHな事が目的で来たのか?そんな事を言われたら、行ける訳無いだろ!あ、いや、お前とそういう事をしたく無いと言ってる訳じゃないんだ。ただ、その……初めてだし、やっぱり外でなんて嫌だ。いくら滅多に人が来ないとは言え、誰か来ないとも限らないだろ?」
 それは部屋の中ならOKと言う意味か!?
 照れ隠しに含みの有る事を言うと、狙い通りの答えが返ってきた。
 「それにいつも言ってるじゃないか。そういう事をするのは、まず、ちゃんとそういう関係になってからじゃないとダメだと」
 「いや、歌っても平気って意味だったんだが?」
 「……」
 暴走している所につっこむと、半眼で睨んでくる。
 「……そう言ったからには、お前も歌うんだな?」
 「まあ、森のクマさんくらいなら……」
 「うん!一緒に歌おう!ある〜日〜♪」
 森に着く前に、いや、まあ、もう森の中だが、早速無邪気に歌いだした!
 そんなに歌いたかったのか……?
 仕方無い。俺も続こう。
 「旋風舞うティーグラウンドで〜♪」
 「待て!何処だそれは?」
 「ゴルフ場?」
 「ゴルフ場にクマは居ないだろ?」
 いや、例え森で遭遇しても、普通楽しい雰囲気にはならんだろ。
 「俺なりにアレンジを加えてみたんだ。お前は構わず続けてくれ」
 「……クマさんに〜出合った〜♪」
 不承不承智代が歌い始める。
 「天然芝のゴルフ場で〜クマさんに出合った〜♪」
 「語呂が悪くないかそれは?」
 「いや、でも『花咲くゴルフ場で』とかだと統一感が無いだろ?」
 「まあ、そうか……クマさんの〜言う事にゃ〜♪」
 「ワイはサルや!クマゴルファーサルや!!」
 「待て!クマなのか、ゴルファーなのか、サルなのか判らない!」
 「『サル』という名前のゴルファーなクマかな」
 「クマなのに名前がサルなのか?」
 「本名は『サルバトール・クマ・三世』なんだ」
 「三代目なのか?」
 「多分」
 「そもそもクマがゴルフをやる訳……でも、それも可愛いかもしれないな……すまない。今のは無しだ」
 ゴルフをやってるクマを想像して、“あり”だと思ったらしい。
 「スタコラサッサッサ〜のサ〜♪って、ゴルフなのにスタコラサッサは変か?」
 「いや、あんま気にしなくていいって……多分OB打った後の移動だ」
 「なるほど」
 ついに智代も意識しだした様だ。
 「ところが〜クマさんが〜後から〜ついて来る〜♪」
 「ヘッヘッヘッ、待てやネーちゃん」
 「待つのはお前だ!クマさんはそんなにガラは悪くない。もっと紳士的だ」
 そうなの!?
 「てか、次と被ってたな……」
 「そうだ。お嬢さん〜お待ちなさい♪」
 「結婚してくれ!!」
 「ええっ!?い、いきなり何を言い出すんだ?た、確かにちゃんとした関係になってからとは言ったが、さすがに……その……結婚は早過ぎだ。私達はまだ高校生じゃないか。あ、いや、お前としたく無いと言ってる訳じゃ……」
 「いや、歌だから」
 「へっ……!?ああ、歌の歌詞か……そうか……」
 再び暴走しだしたのでつっこむと、納得してバツが悪そうに顔を背けた。
 もちろん半分狙って言った訳だが……。
 ヤバイ、俺も意識しだして頬が熱くなってきてる。
 「白い貝殻の〜小さなイヤリング〜♪……ここは指輪の方がいいだろうか?」
 「ん〜、心がこもってればいいんじゃないか?相手もクマだから指輪は無理だろ」
 「お嬢さんもクマだったのか!?」
 「そりゃあ、クマが人間にプロポーズするのも変じゃないか?」
 「そんな事は無いだろう?とても素敵な事だと思う」
 自分がクマに告られるシーンを想像したのか、クマ娘は恍惚とした表情でそんな事を言ったかと思うと、
 「クマさん、ありがとう!嬉しい。私もクマさんの事が好きだ。さあ、一緒に歌おう!ララララ〜ラ〜ラ〜ラ〜ラ〜♪」
 一人で五番を終わらせると、俺の両手を取り、歌いながら楽しそうに回り出した!
 「ララララ〜ラ〜ラ〜ラ〜ラ〜♪フフフッ、クマさん!」
 すっかりご満悦の様だ。
 そして、そのまま回転しながらクルンと腕を絡めてくる。
 「楽しいなあ……でも、よく考えると、ゴルフはあまり関係無いな」
 「ゴルフ場でプロポーズしたんだろ」
 「そうか……なあ、オーキ」
 「ん?」
 「さっきお前は、今度は他の奴とボーリングに来ればいいと言っていたけど……確かに私はボーリングやカラオケがしてみたかった。でも、それはお前とだからだ。お前と一緒にやりたかったんだ。お前となら、きっと楽しいと思ったんだ。だって、こうしてお前と一緒に変な歌を歌ったりしているだけで、こんなにも私は楽しいんだ」
 そこで智代は笑みを消して顔を上げ、真剣な表情で続ける。
 「だからなオーキ。他の奴と行けだなんて言わないでくれ。別にお前が嫌な所には、無理に行かなくても構わない。特別な場所じゃなくていい。私はただ、お前と一緒に居たい。お前と一緒に笑って居たいんだ」
 「智代……!」
 目から鱗の思いだった。
 俺とした事が、初デートで舞い上がって変に意識していたのかもしれない。
 元々普通の人間が普通にやれる事が苦手な“ポンコツ”の俺だ。
 無理に出来もしない普通のデートをしようとしたのが間違いだったんだろう。
 俺は俺らしく、あくまで俺の得意な分野で勝負する。
 世間一般のやり方だとか、流行廃りは関係無い。
 それが俺だろう。
 そしてここに、俺に匹敵する変わり者が居る。
 こいつは規格外の化け物だ。
 だからこそ、はみ出し物の俺としっくりくるのだろう。
 「まあ、ボーリングとかは苦手だが、他に行ってみたい所とかやってみたい事が有ったら言えよ。俺も興味が沸くかもしれないし」
 「うん!」
 極上の笑顔で頷いて、智代は肩に頭を預けてきた。





 「先客が居るな……」
 “あの場所”の手前で数台の自転車が停めてあるのを目にし、俺は足を止めた。
 大きさから言って小学生の物だろう。
 住宅街から少し離れているので一般の公園や広場程メジャーではないが、ここもそれなりに広さはあるし遊ぶにはいい所だから、昼間に人が居る事は珍しい事じゃ無い。
 「滅多に人が来ない、秘密のアジトじゃなかったのか?」
 「あ、いや、穴場ではあるが普通の広場だからな……昼間はたまに誰か遊んでる」
 「それもそうか……」
 「俺がよくここに来るのは、日が落ちてからか、明け方だな。その時間ならほぼここを貸切に出来る」
 そう答えて、ふと今朝出合った少女の事を思い出した。
 古川パンの前の公園の事を教えておいたが……後で確認に行ってみるか。
 「お前はそんな時間に遊んでいるのか?」
 「遊んでると言うか、もっぱら秘密の特訓、自主トレだな」
 「秘密の特訓?ああ、なるほど」
 最初は白い目を向けて来たが、自主トレと聞いて一転感心した様に頷く。
 「小学生の頃にここを見つけてから、ほぼ毎日通ってるかな」
 「毎日!?そうか。ここでお前は自分を鍛えていたんだな……」
 「まあ、自主トレばっかじゃないし、結構サボったりもしてるけど、何つうか、もうここに来る事が日課になってる感じだな。ここに来て、自然の中で心を落ち着けていると、天地と、世界と一体となった様な気分になる。それで色々と考えるんだ。世界についてとか、人や生命についてとか」
 「自然と一体に……なるほど。やはりそうか……」
 智代は何故か考え込む様子で一人何かに納得していた。
 「何が?」
 「いや、お前に借りた本で、昨日読んだ老荘思想について何だが……」
 それを聞いて、俺もああと納得する。
 金曜の別れ際に智代に貸した本。
 それは『マンガ サルでもわかる中国思想シリーズ』である。
 やはり日本人のベースにあるのは古代中国思想であり、入門書としては読み易いマンガで十分だろうと言う事でチョイスしたのだ。
 それを一日に一冊のペースで読むように言っておいた。
 初めは“孔子”、次に“老子・荘子”、そして順当にいけば今日は“孫子・韓非子”。
 「ああ、どうだった?」
 「正直、孔子に比べると初め読んだ時は漠然としすぎてよく分からなかったんだ。でも、お前を見てると何となく分かる気がする。世界と一体となった様な、そんな広い心と視野を持てと言う事なのだろう?」
 「まあ、そんな感じでいいんじゃないか?孔子の教えは、“真心と思いやり”だ。ただ、いき過ぎるとそれは、人を雁字搦めにする。相手を思いやり過ぎて、自分を犠牲にしてしまう。そして権力者達はその精神を逆手に取り、親や上司には絶対服従と教え込む事で人を支配しようとした歴史がある。それに対して、老荘はもっと大らかに生きようって事だ。どっちが強いとか、どっちが優れてるとか、そんな物世界の広さに比べたらちっぽけな物だってな」
 「それはそうかもしれないが、実際はそんな風にはとても生きられないんじゃないか?」
 「そりゃそうだ。現実には目鼻立ちの数ミリの差に一喜一憂し、若い内からやれテストの点だの、通信簿だの、部活の成績だので将来が左右され、社会に出れば“金”でソイツの価値が決まっちまう」
 「お金は確かに大切だが、それが全てと言う訳じゃないだろ?」
 「でも、金がなきゃ幸せを維持していく事は出来ない。そもそも暮らしていけないのが現実だ。何のしがらみも無く生きたければ、世捨て人にでもなって自給自足の生活を送る他無い。でもだからこそ、老荘思想は根強い人気が有るのかもな。現実には無理でも、せめて心だけはそうありたいって事だ」
 「心だけは……か」
 「もちろん、老荘はそんな理想論だけじゃない。『弱よく強に勝ち、柔よく剛を制す』の様に逆転の発想や、物事を色んな方向から見て考える大切さを学べる。知っておいて損の無い思想だ」
 「うん。難しいが、何となく解った気がする」
 「そっか……じゃあ、帰るか?」
 俺は広場を一度見渡して、そこに女の子が居ない事を確認してからそう言った。
 「ん?広場に入らないのか?」
 「ガキどもが遊んでるトコ邪魔してもな……また今度にしよう」
 「ここの事をもっとよく知りたかったんだが……残念だが仕方が無いか……」
 名残惜しそうに時折振り返る智代を促しながら、俺達は森を後にした。


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