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水環の査察官  作者: 桐谷瑞香
第一章 流れゆく首都への旅
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1‐8 消えた流水音(3)

 レナリアとアーシェルが宿に戻ってくると、キストンは彼女らを部屋に呼んで、情報交換をし始めた。まず、彼女たちが浮かない顔で馬車の状況を話す。

 馬車も水車と同様の被害を受け、少なくとも今日は出発できないということ。そして部品が見つからなければ、さらに何日も馬車は動かせないということ。

 キストンは眼鏡の頭を指で触れて、軽く上下した。

「おそらく二つの事件は同一犯によるものだろう」

「それは同感。同一犯人というよりも、同一集団と見た方がいいと思う」

 レナリアは右手を腰に当てて、肩をすくめた。彼女を見ながら、キストンは頷いた。

「ああ、もちろんそう思っている。何らかの共通の考えを持って動いている人間たちだ」

「こんな小さな村で、何がしたいのかしら……」

 窓の近くにいたレナリアは近くにあった椅子に座り、窓枠に右肘をついた。そしてぼんやりと外を眺める。

「水車が使えなければ、自由に水を送り出すことができない。川から水を汲んで、水瓶に貯めておくという、前世紀に戻った生活を強いられることになる。けど無くなった部品さえ手に入れれば、すぐに元通りになる。本気で生活をどん底に突き落としたいのなら、壊す方が手っ取り早いのに……」

「レナリアって、時々物騒なことを言うよね」

 キストンがさりげに呟くと、レナリアは自嘲気味な笑みを浮かべた。

「事実だから。ここら辺は首都に近いから生活は穏やかな方だけど、国境近くに行けばもっと血なまぐさい光景を見ることになる」

 視線を外に向けると、レナリアはあっと声を漏らした。そして食いつくようにして、窓枠にしがみつく。

「何かあったのかい?」

 キストンとアーシェルは移動して、窓の近くに寄る。外では川の近くに住んでいる者たちと、川から少し離れたところに住んでいる者たちとの格差を訴えている人たちがいた。皆で眉を潜めながら、話に耳を傾ける。

 どうやらこの村では、川から離れて住んでいる者たちが川の水を取ろうとした際、川の近くに住んでいる者への金銭の受け渡しを強いられているようだ。

 昔はそういうことはなかったが、ここ数年で川に接して土地を持っている人間の多くが、お金を取り始めたらしい。また村に接している川では、共用の地域ももちろんあった。しかしその部分すら、村の有力貴族が私有化し始めたようだ。

「自然界で溢れる水をとるのに、お金がかかるなんて……」

 アーシェルは軽く目を伏せて、状況を憂えている。

 窓を見据えていたレナリアとキストンは、お互いに顔を見合わせた。

「案外簡単に犯人は見つかりそうね」

「ああ。ただもう少し詰めていかないと、問いつめ切れないだろう。――レナリアたちは地図を手にして、金銭のやりとりが発生している地域を調べてくれ」

「キストンは?」

「僕は……とある団体に興味があるから、そこに顔を出してくる」

「一緒に行かなくても大丈夫?」

「怪我している君からの援護なんて、いらないよ」

 レナリアがむっとした表情をしたのが目に入った。キストンは頭をかきながら立ち上がる。

「僕の師匠はガリオットさんだ。それなりの状況でも突き進められる心得は持っている」

「へえ、頼もしい発言。まあ何かあったらすぐに言ってよ。こういう状況なら、私の身分を明確にすれば堂々と取り押さえられるから」

「水の循環に関して視察をし、場合によっては実力行使できる査察官様の力は、極力借りないようにするさ。アーシェルさんを無事に連れていくまで、騒ぎ立てたくないんだろう」

「……査察官という肩書きを使った方がうまく事が終わるなら、使ってもいい」

 そう言い捨ててから、レナリアはアーシェルを連れて、部屋から出て行く。

 キストンはその後ろ姿をぼんやり眺めつつ、大きなリュックから物をいくつか肩掛けバックに移した。



水環すいかんの査察官』というのは、水を重要視している民主主義国家ウォールト国の国家機関の中でも、かなり強い権限を持っている。

 たった一人の人間でもその者が声明を発すれば、瞬時に国家のお触れへと変わるのだ。

 それに逆らった者は、水に関しての利権に後々大きな影響を与えることになる。処罰の内容もいくつかあるが、一番厳しい処罰内容は、砂漠化が進んでいる国境付近への強制送還だった。水を手にするのも難しくなり、干からびてしまう可能性が高い地域でもある。そのため多くの者が生き抜けないことから、極刑に近いとも言われていた。

 そんな刑のきっかけが、たった一人の人間の言葉から生まれる。人によっては死神にも見える人間たち――。

 油断をすれば後ろから刺されてしまう立場でもあるため、レナリア必要な時以外は己の身分を明らかにしないと言っていたのだ。

「あの人は、人によっては救世主にも見えるし、破壊者にも見えるんだろうな」

 キストンは町の中で話を聞きながら、村の端にあるパブに向かっていた。

 昨日はばたばたしていたため、村の情報を得ることはできなかった。だが少し耳を傾けるだけで、さらに歪んだ村の実体が明らかになってくる。

 水の営利権を搾取しようとする村長派と、それをよしとしない村民の有志団体の対立。

 水車の買い取りを村長派が独占し、それを購入しようとする川沿いの村民に対しては、高額の金を支払わせている状況。

 そしてすべて根本である村長は、もともとは国の官僚であったが、とある失態をし、首都から追い出された人間であるということ。彼はこんな小さな村ならば、多少横暴な権力を振るっても大丈夫だろうと、踏み込んだようだ。

「レナリアが聞いたら、僕たちの言うことも聞かずに、踏み込んでいきそうだ。連れてこなくてよかった」

 アーシェルを彼女の傍に置いておくのも、正解だっただろう。十代半ばでありながらも自分の意志をはっきり持っている少女は、いざとなればレナリアを説き伏せるに違いない。

 レナリアは水環の査察官としての誇りを持っているし、口調や行動から正義感が強い人間だと察していた。だからこそ、直情的になって己の立場を使い、腐敗している村を叩き潰す恐れがある。おそらくそうならないよう教育は受けているだろうが、彼女はキストンと対して歳の変わらない少女だ――万が一も考えられた。

 村の大通りを通り過ぎ、さらに道の間を進んでいくと、奥まったところにあるパブを発見できた。夕方からの営業なので中は薄暗い。だがキストンは躊躇いもなくドアをノックした。

 返事はない。ある意味当然だろう。

 一呼吸置き、肩掛けバックを背負いなおして、今度はドアを押す行為に踏み切った。予想していたとおり、ドアは開かれた。

 周囲をきょろきょろと見ながら、中に踏み込んだ。薄暗い店内を壁に触れながら進んでいく。わざと足音をたてて進んでいくと、奥の部屋から気怠そうな青年がでてきた。

「お客さん、まだ昼前。しかもここは昼の営業はしていない。また夜にでも出直してくれ」

「――水車に埋め込まれている杭を抜いたのは、こちらにいる人たちですか?」

「……はあ?」

 訝しげな目で見られる。だが僅かに見られた躊躇った反応を、キストンは感じ取っていた。

 キストンは一歩詰め寄る。

「馬車の車輪部分にも手を加えましたね。おそらくお偉いさん方を外に出したくないための仕業でしょうが……。僕たち、すぐにでもこの村をでたいのです。せめて馬車だけでも部品を戻してくれませんか?」

「何を言っているのか、さっぱりわからないんだが」

「このパブは村長のやり方が気にくわない村民たちが、密かに集まっている場所なんですよね?」

「さっきから何を言ってやがる。ほら、帰った帰った。これから掃除を始めるんだよ」

 男はかなり不機嫌な表情で近寄り、キストンを追い出そうとする。キストンはこのままでは埒が明かないと判断すると、声の質を一段落とした。

「……そちら様の事情を詳しく話してくれないと、僕が馬車や水車の杭を作って、直してしまいますよ?」

 男は足を止めた。そしてキストンのことをじっと見てくる。

「お前、何者だ?」

「見習い整備士。水車はよく触れている案件なので、何がなくなったかは既にわかっていますよ」

 にやりと笑みを浮かべると、奥から手を叩く音が聞こえてきた。中年の女性がドアの陰から出てきている。そして鋭い目つきで見据えてきた。

「お前さん、村長の犬か?」

「首都に向かっている旅人です。昨日来たばかりで、今日もすぐに移動しようとしたら、こんな状況になり、ほとほと困っているんです」

「そうかい。それを証明できる物はあるかい?」

 キストンは胸ポケットを探り、この村に来た際に使った乗車券と、次の村に行くための乗車券を取り出した。

 男がそれをむしり取り、文面をじろじろと見た。そして券をひらひらとなびかせながら、女性に視線を送った。

「本当っぽそうだよ」

「わかった。少し話をしてやる。ただし、もしお前が村長の犬だったら、明日は川に流されていると思っていな」

「おお、怖いですね……。僕も用事があるので、すみませんが手早く事情を聞かせてください」

 男の脇を通り抜けて、女の元へと歩いていく。彼女は溜息を吐きながら、地下へと続く、奥にあるドアを広く開け放ってくれた。



「なるほど、たいそう酷い村長ですね」

 キストンは温かい飲み物が入ったカップを片手で持ちながら、口に付けた。深い味わいのするコーヒーだ。眠気覚ましではないかと思えるほど濃かった。

 腕と足を組んだ先ほどの女性が、机を挟んでキストンの前に座っている。彼女の口から、キストンが仕入れた情報以上の話を聞くことができた。

 簡略化して結論を言えば、村長はより酷い権力を振りかざしているというものだった。

「私たちだってね、好きでこんなことしたんじゃないんだよ。お得意さんにも高い金で水車を買わされて、それを維持するために金をとっている人がいるからねぇ。その人たちには迷惑をかけていると思っている」

「思っていても、結局実行したんですよね、あなたたちは」

 キストンと女性を囲んでいた青年たちが、一斉にむっとした表情になった。周囲にいるのは筋肉質の屈強な男ばかり。下手に刺激を与える言葉を出せば、ひょろ長いキストンなどすぐに床に組み伏せられてしまうだろう。

 息を吐き出して緊張を緩めながら、キストンは続けた。

「水車からとられた部品は、小さいながらも特注であり、珍しい材質を使ったものです。この中に水車に関して知識が深い人がいると見受けられました」

 視線を奥に向けると、びくっと反応した青年がいた。彼を見たキストンは目を丸くして、立ち上がる。

「貴方は……!」

 青年はキストンと視線が合うと、仕方なく前に出てきた。

「キストン……か。久しぶりだな」

「どうして先輩がこんなところにいるんですか!?」

 一年前までガリオットの元で共に学んでいた先輩だった。一年前、諸般の事情があると言って、ガリオットの元を去っている。

「どうしてって言われても、ここは俺の地元だ。親父が倒れたっていう連絡が入ったから、村に戻ってきた。そしたら既にこの有様だ……」

 今の村長になったのは、約三年前。ちょうど彼が出て行ったあとらしい。彼は右手をぎゅっと握りしめた。

「水は均等に配分されるもんだろう。師匠もそう言っていた。なのに、この村では……!」

 キストンは先輩の右手に軽く触れた。

「だから水車や馬車の機能を一時的に止められるよう、小さな部品を外した。常人から見れば、たいしたことのないような部品を」

 背後で座っている女性に視線を送った。

「部品はまだあるんですよね。村長との交渉でも終えたら、戻す気だったんでしょう?」

「ああ。水車を使っている人間も大半が犠牲者だ。いつまでも苦しい思いをさせるわけにはいかないよ」

「そうですか……」

 さて、どうするか。

 適当なことを言って、馬車の部品だけでももらおうと思っていたが、このまま放っておくのは気分がよろしくない。

 かといって彼らの行動を待っていたら、出発はかなり先になる。なるべくなら、彼らには手早く事を起こしてほしいが、念には念を入れて動いている集団に無理は言えなかった。

 ふと、地上から続く階段を誰かが駆け下りてくる。十歳程度の少年だ。彼は男たちに取り囲まれているキストンに寄った。

「お兄さん、整備士のキストン・ルーベルク?」

「そうだよ。何だい?」

「お連れさんが来ているんだけど……」

「連れ?」

 視線を階段に向けると、剣を布袋に入れて背中に背負っている藍色の髪の少女と、彼女の後ろから顔を出している銀髪の少女が降りてきていた。

「ちょっ、どうして二人とも……!?」

 慌てて寄ると、レナリアはふっと笑った。

「アーシェルと話していてね、条件付きだったらこちらのお手伝いをしようかなと思い直したのよ」

「どうやってここに辿り着いたんだ!?」

 細心の注意を払って来たつもりだった。レナリアは口元を手で押さえて、軽く笑った。

「朝、キストンの部屋に行ったじゃない。その時、机の上にここの店の名前が書いてあったメモが見えたのよ。片づけくらい、もう少しきちんとしなさいね」

 レナリアはキストンを横にどかして、中年の女に近づこうとする。するとがたいのいい男たちが前に立ちはだかった。

「通してくれないの? キストンとは彼女と話をしていたのに?」

「何者だ」

 腕を組んでいたレナリアは、自分の服の中に手を突っ込んだ。そして薄く伸ばした金属を段円形に切られたペンダントを取り出して、男たちに見せつけた。男たちの目の色が変わった。足を組んでいた女性も立ち上がっている。

「私は水環の査察官レナリア・ヴァッサー。こちらの条件を飲んでいただければ、私から村長の不正を首都に報告しますよ」

 そう言って、彼女はにこりと微笑んだ。

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