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水環の査察官 作者:桐谷瑞香

第一章 流れゆく首都への旅

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1‐9 消えた流水音(4)

「お忙しい中、村長自らお出まし頂き、誠にありがとうございます」
「いえいえ、国の査察官様が足を運びなさると聞き、是非ともお顔を拝見したいと思いまして。こんな美しいお嬢さんが査察官とは、世の中捨てたものではありませんな」
「嬉しいお言葉をありがとうございます」
 目の前にいる腹が飛び出ている中年の男性に促されて、レナリアはソファーに腰掛けた。結んでいない藍色の髪が脇に垂れる。髪を結ばないだけでなく、度が入っていない眼鏡もかけ、普段ははかない少し綺麗めのスカートを着ていた。仕事着とでもいうべき、服装だろう。
 ソファーの座り心地はたいそうよく、馬車で板の上に座っている時とは、まったく違う感触だった。部屋の中を見渡せば、数々の高そうな装飾品が並び、暖炉の上にある額縁は金をあしらっていた。
「どうかされましたか?」
 村長の言葉を耳に入れ、はっとしてレナリアは姿勢を正す。
「すみません、あまりにもお美しい品々が並ばれているのに少々驚きまして」
「多くの地域から集めたものです。お気に召したのなら、お一つ差し上げますよ?」
 レナリアは右手を軽く振って、辞の意を示した。
「お気持ちだけ頂いておきます。では本題に入らせていただきます。今回はこちらの村に挨拶に来たのと、水車の稼働状況について調べさせて頂きたいと思い参りました。こちらのお屋敷に来る前に、少し村の中を歩かせていただいたのですが……何かあったのでしょうか?」
 光が燦々と入り、庭にも出られる窓に視線を向けた。騒がしい声が聞こえてくる。
 村長は窓を見ることなく、答えた。
「どうやら水車が壊れたらしいです。すぐに修繕に取りかかりますので、ご心配なく」
「どの程度壊れたのでしょうか。どの時期に作られたものが壊れたのでしょうか。同じものが一斉に壊れたとなれば、国全体に関わることです。上に報告したいので、是非とも教えていただきたいのですが」
 村長がやや苦虫を潰したような顔をしていた。背後にいた眼鏡をかけた男性が、歩み寄ってきた女性に耳打ちをする。彼女は軽く頭を下げて、足早に部屋を出ていった。そして彼は屈んで村長に口を寄せた。村長は頷いた後に、レナリアに向けてにこにこした表情を向けた。
「少々お時間をいただけますか? 小さな村とはいえ水車の数は多いものですから、状況を把握するのに時間がかかるのです」
「そうですね、西と南が川に囲まれている村なので、量もそれなりでしょうね。お待ちしております」
 そして村長の隣にいた男は、レナリアの前の机の上に茶封筒を置いた。男は村長の後ろに移動し、軽く手で見るよう促す。レナリアは軽く頭を下げてから、中身を取り出した。
 村の名前と水車の絵が堂々と描かれた表紙である。
「水車で押している村なんですね」
「そうです。たくさんの種類の水車を取り寄せ、そちらを使ってもらっています。川沿いを歩けば、たくさんの物を見ることができますよ」
 村長は右手の上に左手を置いて、握り返している。にやつき加減が村長というよりも一商人のように見えた。
 レナリアは避けるかのように、再び書類に視線を落とす。パラパラと眺めていく。無難なことしか書かれていなかった。ここに不正の証拠でも書かれていれば簡単に落とせたが、さすがに相手も馬鹿ではなかったようだ。
 部屋の中には村長と側近の男、そして端には護衛と思わしき男が立っている。そして廊下の扉の近くには護衛の男が二人いたのを思い出す。
 何かあったら、最低三人の男を相手にしなければならないと思うと、少々骨が折れる案件だった。
 書類を最後まで眺めると、机の上で紙の束を整えて、静かに茶封筒の上に置いた。
「よくまとめられている資料だと思います」
「ありがとうございます。外で見せても恥ずかしくないように、編集してもらいました」
「そうですか。では読んでみて、一点お聞きしたいことがあります」
「何でしょうか」
 レナリアは背筋を伸ばして、首を傾げた。
「水車の持ち主が購入するにあたり、どの程度補助しているのですか?」
「補助……ですか?」
 村長は虚をつかれた表情をしている。レナリアは資料を広げて、村長の前に出した。
「このような資料を作る際、水環法第六十八条に規定してあるとおり、補助金額の割合を載せることになっています。水車を設置し、維持し続けるのは、大変お金がかかること。富裕層でもない限り、一国民が管理するのは厳しいと思われます。そのために村や町で補助金を出しているはずなのですが……そちらはご存じですよね?」
「は、はい、もちろん……」
「資料には割合を掲載することが必須です。さらにこのように現地調査をした際には、具体的な額を教えて頂いてもらっています」
 水車は買わせていると聞いていた。補助金額など存在しないはずだ。架空のものがあったとしても、ここで額をすぐに提示できなければ、資料作りを放棄していたことによって、多少は減点できる。
 少し間を置いて、ドアが開く音がした。村長の表情がやや明るくなる。すると間もなくして、背後から紙を一枚差し出された。レナリアはやや眉をひそめつつも、部屋に入ってきた女性からその紙を受け取った。
「ありがとうございます」
 中身をざっと見る。紙には先ほどレナリアが聞いたことが記されていた。村が所有している水車の施工金額、そしてそれを用いて国が指定している適切な割合から求められた補助額が載っている。きちんと見ていないが、ケチがつけようがない内容だった。じっくり見ても、そうそう変わらないだろう。
「資料はそちらでよろしいでしょうか?」
 村長がしたり顔で聞いてくる。レナリアは表情を崩さず頷いた。
「はい、ご丁寧にありがとうございます。こちらは持ち帰って上司に渡しても構いませんか?」
「構いませんよ。そちらの資料もどうぞ」
「ありがとうございます、そうさせて頂きます」
 手渡しされた一枚紙と一緒に、茶封筒の中に再び入れようとした。
 だが、そこで手を止めた。
 そしてレナリアは再び資料を広げて、中身を見始めた。
「何かありましたか?」
「少し気になるところがありまして」
 資料の中から、たくさんの種類の水車の絵が描かれた紙を取り出す。それを机の上に置き、二カ所指でさした。
「こちらとこちら、国からの補助金対象外のものです。これらは村で補助しているものなのですか? それとも個人で管理しているのですか?」
 水車に対する補助金、何割かは国から支出している。国を豊かにするための政策として、それは決められていた。ただしそれでもすべては賄えないため、町村に補助金を頼んでいるのである。
 しかし、あまりにも値段が高い水車に関しては、性能の他に余計な装飾が付け加えられているという理由で、補助金支給品対象外なのだ。
 村長の視線がレナリアの背後に向かれていた。それから視線を下ろして、口を開く。
「個人で管理しています」
「なるほど、個人ですか。たいそう裕福な家なのですね」
「そうです。川沿いにある、素敵な店でして、たいそう繁――」
「潰れていましたよ」
 村長の言葉をばっさりと切り捨てる。ようやく村長の顔に、困惑の色が広がり始めていた。
 レナリアは目を細めて、村長を見据える。
「ご無礼なのは承知ですが、こちらに来る際に水車を一通り拝見させていただきました。きちんと整備されている物もありましたが、だいたいがどれも古く、取り付けた後は、修繕されていないように見受けられました。さらに言えば何カ所かは完全に壊れており、所有者も去っていると聞きました」
 レナリアは自分の鞄から、村の全体が描かれ、水車の位置を示した地図を取り出す。それと村長が提示してきた地図を照らし合わせた。
「そして目で見て稼働状況を確認した結果、こちらの資料とは随分内容が違うことがわかりました」
「す、すみません。日々忙しく、現地の偵察に行くのを忘れており、古い資料を渡してしまったようです。一晩あれば最新のものを渡せますので――」
「半年、いえ最低でも一年に一度は確認しなさいと義務づけられています。それにも関わらず、この水車は稼働を停止してから二年が過ぎようとしていると聞きました。……確認の義務を怠っていませんか?」
「申し訳ありません。至急調べるように言います」
「それと現地で気になることを聞きました」
 声をやや強めて、村長をまっすぐ見据えた。ようやくぼろが出始めたのか、やや表情が強ばっている。ここからなら、突き落すのは容易だろう。
 だがその前に、対峙するのは――村長に助言している、背後で立っている女性だ。
 レナリアは書類を手早くしまい込み、立ち上がって女性を見ながらソファーの左に移動した。そして高らかに言葉を発した。

「この村では水車を村長の側近から多額の金で売りつけられ、それを仕方なく使い続けるために、川から水をとる水車の所有者以外から、金をとれと命令されている――と」

「――はっ、何を馬鹿なことを!」
 村長が眉をひそめて言い返す。そして両手を膝について、立ち上がった。
「そんなのでたらめだ。誰だ、そんなことを言っているのは!」
「村の人からです」
「そんな言葉を信じるのですか? どこに証拠があるのですか!」
「証拠? 証拠ときましたか!」
 レナリアは手を口に当てて、くすくすと笑い出す。怪訝な表情で村長は見ている。側近の女性や男、奥にいた護衛も眉をひそめていた。
 笑いをかみ殺して、レナリアは手を離した。
「ではお聞きします。なぜ水車を手放して、ここの家の人たちは消えたのでしょうか? 補助金は支給していなくても、水車の管理は所有者と同時に村の自治行政の中にも含まれています。もちろん知っているはずですよね?」
「ですから先ほども言いましたが、確認の義務を怠ったために、把握できておらず……」
「では、これは何ですか?」
 鞄の中から土にまみれた紙を取り出す。目を細めてみた村長の目が大きく見開いた。
 紙の上部には『督促状』という文字が、そして水車の使用料に関する多額の額が中央に記されている。
「水車に対して補助金は支給しますが、返納は要求していません。これはどういう意味でしょう。まさか使用料金でも村民から頂いているのですか?」
「これは私たちではない。村民同士で行ったことだろう」
「そうだとしても、使用料金に関して金銭のやりとりがあるのは違法です。水車の管理をするべき村の自治組織として、それに気づかなかったのは、かなりずさんな行為ではないのですか?」
「申し訳ありません。今後は――」
「さらに付け加えるのなら、水車の購入は国民の意志があって初めて成り立ちます。自ら買うという行為に踏み切り、補助金の申請などをしない限り、まず村長の耳には入ってきません。ですが貴方は先ほど、『たくさんの種類の水車を取り寄せ、そちらを使ってもらっています』と(おっしゃ)いましたね。水車を設置するのには国民の意志からにも関わらず、その言い方ですと、そちらから提供しているように見られますが、その点はどうなのですか?」
 いよいよ村長は押し黙った。それを見て、レナリアは口元に笑みを浮かべた。
「――まあいいでしょう。この村には後日国から正式な査察をしてもらいます。久々ですし、いい時期でしょう」
『査察承諾書』と書かれた一枚の紙を取り出し、レナリアは自分の名を書く。それを村長の前に置いた。
「これに拒否権はありません。まっとうな管理をしているのであれば、サインをしていただけますよね?」
「さ、査察は、この村ではまだのはずだ。五年に一回と言われていた。こんなこと急に言われても……」
「急ではありませんよ。報告をしなければならないので、早くても一ヶ月後になります。その間なら書類の不備程度直せますよね?」
「そ、そうだな……。一ヶ月も猶予があるのか、助かる」
「ただし現時点で見つかった不備に関しては、先にマイナス点をつけさせていただきます。あまりに酷いと国から常勤の査察官が来ます。そうなると村長としての失脚は免れませんので、よろしくお願いします」
 村長が明らかに顔を強ばらせた。
 常勤の査察官は、村長と同程度の立場となる。村長は二人もいらない。すなわち村長であった人物は、自動的に役職を剥奪されるのだ。さすがにその程度の知識はあったらしく、表情は一転して変わっていた。
「書類を修正すれば、どれも間に合う案件ですよ。サインして頂かないと、すぐさま査察官には来て頂きます」
「わ、わかった。ちょっと待っていろ……」
 村長は渋々ながらもサインをした。そして朱肉に指をのせて、拇印を施す。それを終えると、すぐにレナリアは書類を引き取り、サインと拇印を指で確認し、鞄にしまい込んだ。
「ありがとうございます。では最後に、今の金庫と収支の状況を確認させてください。それも義務づけられていますので」
「金庫……? 水環の査察官は人の村の金まで見るのか!?」
「不正が疑われるときにはする行為です。躊躇うのですか? ではさらにマイナスとさせて頂きます」
 メモ紙にコメントを書き加えようとすると、村長がレナリアによって、腕を握りしめてきた。思うように書けず、きりっとにらみ返す。
「何でしょうか。手を離していただけますか?」
「それをメモするのは、必要ないことでしょう。先ほどの発言は驚いたがための、言葉のあやです」
 にっこりと微笑まれる。腕を振り払うと、レナリアは何も書かずにメモ紙をしまい込んだ。
 そして無表情の女性がすっと近寄ってきた。
「金庫まで案内いたします」
「わかりました。よろしくお願いします」
 彼女を先頭にして歩き出した。後ろには村長と護衛の男がついてくる。周囲に気を配りながら、レナリアは廊下を進み、地下へと通じる階段を下りた。
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