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第04話『S・パーティは講釈する』

「これは原初のコンピューター、ENIAC。

 あれは古のメインフレーム、UNIVAC I。こっちはスーパーコンピューター、Cray I。コウはご存じ?」

「いや、全然」


 スミソニアン博物館の航空宇宙博物館から、コンピューター館が分離したのは、意外に最近のことである。

 2020年代も終わろうという頃になって建てられたそのビルは、隣接する航空宇宙博物館とは打って変わって、伝統よりも先進性を━━そう、2035年の現在を生きるものにとっても、SFのような外観を呈している。


 もっとも、内部に入れば、あくまでもオーソドックスな博物館の構造をしているのだが。


「でも、こっちは知ってるかな。

 地球シミュレーター。あと、スーパーコンピューター京」

「そうよ、まあこれらもほんの一部に過ぎないけれどね」

「さっきのAlphaGOみたいに?」

「航空機みたいに完成状態で展示しにくいのが、大型コンピューターの弱点よねえ……」


 両手を広げれば、一抱えできそうなほどの大きさしかない、地球シミュレーターと京の展示ノードを見つめて、パーティは困ったように肩をすくめた。


 もちろん、それは博物館に展示する際の弱点であって、コンピューターとしてのウィークポイントではない。

 むしろ、人間が抱えられる程度のノードを大量に束ねて、性能を叩き出せること自体が、巨大な革新と言えた。


 だが、それにしても━━それらを設計した人々に『博物館に入れるとき、具合が悪いですね』などと言ったら、大いに憤慨されるだろうと、川野コウには思えた。


「ここに並んでいるのはあくまでコンベンショナルな……そして歴史的なスーパーコンピューターに過ぎないわ。

 けれど、20世紀末には個人用コンピューターの世界で革新が起こったわの」

「IT革命、だね」

「革命という言葉を使っているのは日本人くらいよ。

 ITによるイノベーション。それが正しいわね」


 そう言いながら、パーティは一台のノート型コンピューターを手に取った。

 メーカー名はSONYと刻まれ、その金属質なボディは紫がかっている。


「触ってもいいの?」

「これはプリンタで出力したレプリカだもの。

 505シリーズ。ソニーがもっともイノベーティブで輝いていた時代の一品よ」

「ずいぶん小さいね…でもキーボードとパッドがついている。

 よっぽど古い時代のコンピューターかな」

「1995年くらいかしら。まあ、どうあれ遠い昔よ」


 こんなものにもう価値はない。そう言うようにパーティは手に持ったSONY VAIO 505を黄色に塗りたくられたボックスへ投げ落とした。

 すると、プリンタ(3Dプリンター)で出力されたVAIO 505のレプリカは、バラバラに砕ける。


「あっ」


 思わずコウは声を上げた。

 しかし、その次の言葉をつむぐより早く、パーティの行動を予測していたように、小さなリング状のロボットがやってきて、破片を集め始める。


「びっくりした? バラバラになった破片をまた材料にして、出力するのよ」

「なるほどね……それにしても説明が欲しかったな」

「説明ならここに書いてあるけれど、すらすらとは読めないのね」


 からかうようにパーティは、『出力したレプリカはここに捨ててください。直ちにリサイクルされます』と書かれた掲示を、指先で小突いてみせた。


「英語は程ほどでね……次は何を見せてくれるんだい?」

「もう私たちの時代よ。

 ごらんなさい。スマートフォン。そしてタブレット。

パーソナル(パソ)コンピューター(コン)』という単語が『大きくて邪魔な』ノート型マシンを指すようになってきた時代。

 つまり、手のひらにおさまる、ポケットに入るものが当たり前になってきた世界よ」

「僕たちが持っている『THE・フォン』のような時代だね」

「そして、この辺りでハードウェアとしてのコンピューターの進化はいったんおしまい」


 がっくりと。オーバーアクションにパーティは肩を落としてみせる。

 近くで立っている学芸員が『いや、そんなことはないのです』と説明したそうな顔で、彼女をちらちらと見ている。


「まあ、あっちはいいわ」

「何か言いそうにしてるけど、いいのかい?」

「アカデミックな領域と実際的な領域は往々にして別よ。

 熱問題。プロセス技術の停滞。バッテリの限界……それに『大停電』から始まった世界的な不況……まあ要因はいろいろとあるけれど。

 昔からあるノイマン型コンピューターの進歩は、おおむね2020年代の終わりには止まってしまったわ」

「だけど、それまでに十分すぎるほど進歩したんじゃないかい?」

「ヒト個人一般の用途にはそうでしょうね」


 パーティは不意にコウの持つ『THE・フォン』を奪い取ると、手慣れた様子で動画を再生してみせる。


「これはあなたも好きな日本のアニメーション」

「……そうだけど」

「どう? この『THE・フォン』の表示ピクセルは。

 横方向で3000くらいはあるかしら。十分細かいわよね。

 だから動画の画質もいいわ。

 だけど、これ以上細かくなったとしたら、どうする? ハリウッド映画を見ているとして、字幕とか読める?」

「いや、これくらいで十分だね。目が疲れちゃうよ」

「ディスプレイ。タッチ。

 古くはキーボード。マウス。そして、このセンサーや物理的なボタン」


 パーティは『THE・フォン』のディスプレイ表面を手袋をつけたまま、ゆっくりとなぞった。

 遠い昔にはそれをスワイプ操作と認識できなかった『THE・フォン』内蔵のプロセッサは、様々な環境情報を元に自分を撫でているのが正しく指であると認識し、動画再生の画面をクローズする。


 そして、パーティは『THE・フォン』の側面にある電源ボタンを軽く押した。

 マイクロスイッチが正しく動作を伝え、『THE・フォン』の画面はブラックアウトする。


 最後に彼女は手袋をとりさると、電源ボタンのすぐ隣にある汎用センサーへ指を滑らせた。

 読み取られる彼女の指紋。ブラックアウトしていた『THE・フォン』の画面には認証できない旨のメッセージが表示される。


「これらは全てマン・マシン・インターフェイスと呼ばれるもの。

 簡単にいえば、操作するための要素よ。

 これらはすべてヒトがヒトである大きさ、個人差、能力の限界から逃れられないわ。

 ペッパーの一粒より小さな画像を表示しても何の意味もないわけね」

「なんだが、『コンピューティング史』の講義を受けているような気分になってきたけど……」


 苦笑しながらもコウはパーティの言葉を待つ。

 現金な奴だな自分は、としみじみ思う。脂ぎった日本人のデブ親父が同じ説明をしていたなら「いいから本題を聞かせろ」と、にらみ付けていたかもしれない。


(でも……)


 その長ったらしい説明をつむぐのが、自分の好みにどストライクのゴスロリちゃんであるだけで、苦痛が苦痛でなくなる。

 まったく現金なものだと思う。


「それじゃあ、問題」

「………………っ」


 そう、このようにぐっと身を寄せ、上目遣いに見つめてくるその仕草のひとつひとつまでも。

 やはり川野コウの好みを知り尽くしているとしか思えない。


「ハードウェア技術。そして、マン・マシン・インターフェイス。

 それらの制約の中で、極限まで進歩し尽くした私たちのよく知っている『コンピューター』なるもの。

 それは『極限』のあと、どこへ向かったでしょう」

「……どこって」


 ごくりと生唾を呑み込みながら。その鎖骨のラインに思わず勃き上がろうとするものを、理性で必死に押さえ込みながら。


(こんな状況で……どうしろって言うんだ)


 彼は━━川野コウは、欲望と誘惑に99%を支配された脳の残り1%で、必死に答えを探るのだった。


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