第03話『核融合超空母ジェファーソン・デイヴィスは機動する』
━━同時刻。
波が砕け、風が渦巻く大西洋上でのこと。
『本当にやるのですか?』
「……そういうこと、だな。この命令を見る限りでは」
それは航空母艦のS M Cで交わされた、上級職同士の会話である。
SMCは軍艦における指揮の中枢である。
α連合国海軍でも最新鋭の核融合超空母『ジェファーソン・デイヴィス』、そのSMCは、巨大な装甲で造られた球体であり、内面には360度あらゆる方向に曲面ディスプレイが貼り付けられている。
曲面ディスプレイに表示されるのは、リアルタイムの外部映像であり、それにオーバーレイして、無数の戦術情報が巧みに数値とアイコンを組み合わせてわかりやすく表示されている。
さながら透明な軍艦の中心部に乗り込みつつ、あらゆる外部情報をおいしく見ることができる状態だ。
『方位30。距離7500。味方機を識別』
「分かった」
艦長のストーナー大佐はイエスでもノーでもなく、ただ、分かったと言った。
オペレーターが告げた情報は、彼の声帯が動き出す前に、艦長が目にするディスプレイの一角に注意情報として表示されている。
文字とアイコンの色は青。視覚的にも瞬時に味方であることを示すようになっている。
「今日はがぶるな」
『はい』
曲面ディスプレイに映る洋上は高い波が逆巻いていた。しかし、艦長のストーナー大佐たちが座る椅子は微動だにすることもない。
この空母が巨大であるから━━それだけではなかった。
装甲で覆われた巨大な球体S M C。
それ自体が三軸アクティブダンパーによって支えられ、外部の動揺をほぼシャットアウトしているのである。
(大波をこえたときに、コーヒーをこぼして慌てることもない……)
従兵の運んできたマグを手に取りながらストーナー大佐は思う。
きまじめな敬礼をして、SMCから退出する従兵。彼はこの艦に乗り組む将兵のうち、0.1%にも満たない。
核融合超空母『ジェファーソン・デイヴィス』の乗員数は膨大である。
戦力の根幹である艦載機パイロットのみならず、整備・支援要員、艦のあらゆるシステムを担当する専門家たち、さらには損傷時を想定した予備……それら数千人の生活を支えるためには、三食の調理やバストイレの清掃にすら、専任の担当が必要となるのだ。
「それにしても」
ストーナー大佐はいまだ納得しかねる口調で呟きながら、首をひねった。
「いくつかプランがあったが……選択されたのは、艦隊のほぼ全戦力による本格攻撃とは」
『我々の権限でむりやり差し止めることも可能ですが』
「いや、やめておこう」
副長の言葉にストーナー大佐は重々しく首を振った。
「確かにここで我々が『ハイ・ハヴ』へ断固として拒否を告げれば、戦争の勃発は避けられるかもしれないな」
『そうです、私はこんな戦端の開き方は納得しかねます。第一、なぜ人間でなく人工知能が開戦の決定を下すのです……』
「決定はしていないさ。あくまで決定したのは、人間だ。大統領たちだ。
人工知能がプラニングし、最終的な決定を人間が下す……それが今の我が国の政治体制なのだ」
ストーナー大佐は副長を諭すように、そして自分自身を納得させるようにそう言った。
「そして、この命令が現時点でキャンセルされないということは、海軍の首脳……三軍のトップ……それら全ての人々もまた、『ハイ・ハヴ』の命令を承認したということなのだ」
『誤報やバグでは?』
「そうであれば、どんな楽なことか。
見ろ、この命令には開戦に至る経緯も決断理由も、なにもかも詳細に説明されているではないか」
『しかし……!』
「━━それでも、やらねばならないのがα連合国軍人だ」
ストーナー大佐は簡素なマイクを手に取った。
自艦のみならず、指揮下全艦へのリアルタイム放送モードへ切り替える。
この号令はひょっとしたら歴史に残るかもしれないと思った。
だが、それが英断として記録されるか、あるいはとてつもない愚行として焼き付けられるか。
(そればかりは……)
彼にも、神にも、わからないように思えた。
(……だが、あるいは)
━━人工知能になら、分かるとでも言うのだろうか?
「諸君。戦争が始まる。かつてない戦争だ。新時代の戦争だ。
これより我が艦隊は、全戦力をもって攻撃を行う。
目標、欧州各域。三次元機動部隊はフランスへの上陸準備にかかれ」
α連合国海軍第六艦隊、その擁する艨艟は大小25隻。
支援艦隊、海兵隊の上陸部隊、潜水艦をふくめたその全戦力は実に73隻にも達する。
彼らは今、その刃を、欧州大陸へと向ける。