旅人B、いろいろ考える
元勇者の旅人Bさん視点です。
あと2日は晴れらしい。
星霊に聞いたと彼女が言っていたので、それは真実だろう。
結局、隊商とまだ行動を共にしている。昨日後にしてきた町に辿り着くまでの付き合いだと思っていた。ここまで関係が続くのは、正直なところ誤算だった。そもそも、同行の許可を俺ではなく彼女に取るあたりが目端が利いている。交渉事に慣れているのだろう。
今は道端で休憩中だ。人々は思い思いにくつろいでいた。陸馬に商人たちが餌をやり、道の相談をしている。
俺はそれをやや離れた場所で眺めていた。一応、周囲を警戒している。
彼女は少し離れた花畑で、子供たちと花輪を作っていた。自分の背の半分もないほどの子供たちと一緒になって笑い合っている。彼女は本当に順応が早い。
魔物はもういない。それが事実であっても、やはり警戒を完全に解くまでは至っていない。
以前ほど旅は危険ではないものの、獣の襲撃もある。先日まで太陽が隠れていた影響で、植生に変化があった。そのため、草食動物が減り、腹を空かせた肉食動物が現れるらしい。それでも魔物よりは危険性は低いのだが。
とはいえ、俺にとっては獣も退けることはたやすい。隊商との同行は、必ずしも必要ではないことだ。が、彼女が楽しんでいるなら、それでいい。
「兄さんも座って休憩すればいいのに」
樹にもたれて立っていると、そんな言葉をかけられた。
にこにこ笑いながら、商人の一人が飲み物を手にやってくる。赤い頬をした、憎めない容貌の初老の男性だ。
飲み物をこちらに差し出してくる。
「ほらよ」
「ありがとう」
受け取った器の中には、絞りたての果汁が入っていた。酒精は入っていない。じっとこちらを見るので、仕方なく口をつける。独特の酸味が舌に広がった。純粋に果汁だけのようだ。潜ませた薬剤などを感知しようとしてしまう。いまだ残る悪い癖だ。
「兄さんはあの子にかまいたくて仕方ないのかい?」
男は彼女の方を指しながら、そんなことを言ってくる。その言葉の意図はどこにあるのかと目線を送ると、
「ずっと見てるじゃないか」
慌てた風に男は付け加えた。目で追っているのは自覚がある。ただ、今までが今までだ。彼女から目を離したすきに何が起こるか、そのほうが恐ろしい。
「……最近まで、寝込んでいたので」
当たり障りのないことを告げる。
「旅に出て大丈夫かい?」
「ええ。今は回復していますから」
男は納得したのか、しきりに頷いた。
周囲の商人たちが、荷物の検査へ動き始めている。荷物が痛んでいないか、定期的に調査をするのだ。
ただ、この男は動こうとせず話を続けた。俺たちの周りに、人がいなくなる。
「じゃあ、しばらくは一緒のほうがいいだろう? そのほうが安全だと思うがね」
同行を促す言葉に、ここで切り出すべきか、考える。
周囲に聞こえないように、声を抑える。
「同道は、……主神殿からの、命令ですか?」
告げれば、沈黙が返ってきた。
遠くで子供たちとあの子が笑う声が響いた。天高くで鳥の声が風と共に渡ってくる。平和な光景だ。この場所の空気の重さとは違う世界が広がっていた。
ちらりと見ると、男は熟考しているようだ。ややあってから、
「……いつから、お気づきに?」
唇を動かさない独特のしゃべり方で返事があった。神殿に所属する、影と呼ばれる人間の独特の所作だ。幼馴染と同道していると、彼らとの接触によく立ち会っていた。
さすがにこれより先の会話は、漏れればまずい。
そう判断し、星術を使用する。
仕草で傍らの男へ黙るように告げ、簡単な防音を施す。
「K0* hxxx Chvvvkxxxkwwnvvvshvvvkxxx T0d0kxxxnxxxvvv./」――声は近くにしか届かない。
厳密な定義ではないが、今のところはこれでいい。
男の疑問へ答える。
「神殿の棒術使いは、独特の足運びをしています。あとは常の目線の動きと食事前の祈りのしぐさでしょうか。外からみれば違いが見えます」
男は険しい表情でこちらの言葉を聞いている。まさか、気付かれるとは思っていなかったのだろう。
「なによりも、私は一度見た人間を忘れません。主神殿で一度、お会いしましたよね」
「……はい、一度ご挨拶をしました。しかし、あの時、私は仮面でしたが……よくお分かりで」
勇者殿、とこれも唇を動かさずに呼びかけられた。男は頭を困ったように掻く。そのしぐさは作られたものか、彼本来のものかはわからない。各地の情報を集めるために、夜闇の時代に作られた組織だ。間諜であるとも言える彼らは、正体を晒さずに活動をしている。
「それで、同道は命令ですか?」
男から視線を外し、彼女を眺める。出来上がった花輪を、隣の少女の頭に載せていた。大きすぎてずれている。それも楽しいのか、笑い声がまた弾けた。
「いいえ。一応、猊下にはご報告差し上げましたが。想像よりもあの方が危うい気がしまして」
あの方、というのは彼女のことだろう。神との約束を知っているのかは分からない。が、
「信じていただきたい。我らは他言しないことを名に誓っております」
そう言葉を重ねる。よく『視る』と、確かに名前の制約で縛られている。違えれば命がないだろう。
「大神官は、何と?」
「望むように、とのことです。あなた方が望まれる手助けだけをするように、と」
色を喪った幼馴染のことを考える。あの都で、彼と別れてまだ一月も経たない。懐かしく思うには早すぎる。が、これほど長く離れたのも久しぶりだと思う。
「なら、彼女が望むようにしてください」
「……よいのですか?」
彼女が流されやすいのを知っているのだろう。微妙な思惟が声に滲んでいる。
「ええ」
もともと俺には目的もない。彼女が望む限りはともにあろうと考えている。
「これから先はどうされるんですか?」
探られているのか、と視線を投げれば、あわてた風に付け加えられた。
「い、いえ、気になっただけですよ、少しね。ただの好奇心です!」
それほどたいそうなことでもないだろうに。
「いくつか、約束があります」
「約束、ですか」
彼女が先日指折り数えていた、これからしてみたいこと。それに付き合うと約束した。
「それを果たして……」
話の途中に、明るい声が割り込む。防音を施しているので、話していることに気付かなかったのだろう。
「ねえ、これどうですかっ」
彼女が少女たちと一緒に走ってきた。いくつか花輪を持っている。上手に作ったそれは、桃色の冠のようになっていた。黒く星術で染まった髪に、それが乗っている。
「上手に作っている」
正直な感想を述べると、傍らの少女が肩をすくめた。
「お兄ちゃん、それはポイントが違うと思うのっ。かわいいねーとかほめるところよ」
小さな背を逸らして、少女が教え諭すように言った。これは、別のことを口にしたほうがいいのだろうか。彼女はその少女の言葉に、真剣に考えこんだ。
「……逆に、言われてもビビりますよね」
どんな認識だ。
「ちょっと、かがんでくださいっ」
ころっと表情を変えて彼女が言うので、頭を少し下げる。そこに、花輪がばさりと置かれた。何がしたいのか。
小さすぎて頭に斜めに引っかかっている状態の花輪を抑える。花を頭に乗せた俺の姿を見て、彼女と子供たちがものすごくがっかりした表情になっていた。
「ビックリするぐらい、似合わないです」
似合っても困るだろう。
「……そうか」
花輪を壊さないように慎重に持ち上げ、彼女の頭の上に乗せる。もともとあったものの上に重ねれば、もっさりと頭の上に花が咲いたように見えた。
「お姉ちゃん、ものすごく頭に花が咲いてるみたい!」
「それってどうなんですかっ」
さらにがっかりした表情で彼女がうなった。仕草に合わせて花弁が揺れる。
「もっと大きいのを作れば、かぶれますよねっ」
俺にどうしてもかぶせたいらしい。似合わないと言わなかったか?
周りの子供たちも、やるぞ、と闘志をみなぎらせていた。
「嬢ちゃん、休憩はもうすぐ終わりだぞ」
「じゃあ、次回に持ち越しですね!」
楽しそうに彼女と子供たちが去っていく。それを見送りながら、傍らの男が、
「あなた方には、感謝しています。なので、しあわせになっていただきたいんですよ」
と呟いた。それに返す言葉がすぐに見つからず、果汁の器を呷った。喉を通る酸味と甘さが、漠然と脳裏にこびりついた。
~ちょっと離れたところでの会話~
「お兄ちゃん、もうちょっと笑顔だったら、お花が似合うかもしれないのに!」
女の子が唇をとがらせて言います。でも、それは頷けませんね!
「王子様っぽい笑顔が怖いこともあるんですよっ」
前の勇者スマイルの恐ろしさを思い出しながら、私は身震いするのでした。あれ思い出しただけで怖いですから。