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前日譚。拾弐、終わり、はじまる。

 罪人と定められたプラティナは、新たな王の候補者と定められたフリソスと、大神官であるモヴと会うことを禁じられた。

 ずっと一緒だった片割れを失った不安が、晒された大きな害意と共にプラティナを怯えさせた。

「ラグ……」

 聞き取ることも難しい微かな声にも、スマラグディは娘を抱く腕の力を緩めずに、答える。

「なんだい?」

「ラティナ、わるいこなの? ラティナ……よげんのわるいこだから、リッソもモヴもラティナのこと、きらいになったの?」

 娘にこんな質問をさせること自体に、スマラグディの心はざわつき、不特定の存在への憎悪を抱かせる。それでも彼は娘の為に(・ ・ ・ ・)己の心を隠して優しい声を出した。

「違うよ、ラティナ。モヴもリッソも、ラティナのことが大好きだよ。大切なんだよ」


 この子を最後まで導くこと。

 それが自分に課せられた、役割なのだからと、己に言い聞かせる。


「君のことが大切なんだよ。君がリッソとモヴのことが大切なのと同じくらいに、二人も君のことが大切だ」

「……じゃあ……なんで……?」

 震える声の意図することを察しながら、スマラグディは、娘が無くしてしまった角の根元に触れる。

「ラティナを護る為だよ。そして、リッソを護る為だ」

 大切な二人の娘たちを護る為に、自分たちはこの選択をした。少しでもこの娘たちが、幸せになれる可能性(みらい)を選び取る為に、決めたのだ。

「決して忘れないで欲しい。リッソはラティナのことが大好きだといくことを。そしてぼくとモヴは、君たちのことを深く愛していることを」

 スマラグディの言葉にも、今のプラティナはあまり反応を返さなかった。無理もないだろう。彼女の受けた傷は大きすぎる。

 唯一すがることの出来る存在である父親に、赤ん坊の頃のように抱き付き、離れることが出来なくなった娘を抱き上げたまま、スマラグディはゆっくりと歩き出した。


 スマラグディの教え子の幾人かは、追放刑に処せられる娘と共に、この国を出ると決めたスマラグディに付き従う意志を示した。

 それを断ったのは、スマラグディ自身だった。

「ぼくたちよりも、今後のモヴとフリソスに手を貸して欲しい」

 その中の一人、神官であり、彼ら家族のことを知るアスピダには、スマラグディは直に残される二人のことを委ねた。

「一人でも多く、信頼出来る者が、モヴとフリソスには必要になるだろう。……もうぼくは、彼女たちに手を貸すことは出来ないから。遺言だと思って聞いて欲しい」

 卑怯な言い方だとは思ったが、スマラグディは最後まで穏やかに微笑んで、いつも通りの様子でプラティナを抱いたまま、神殿を後にした。


 スマラグディが目指したのは、人間族の国だった。

 魔人族の国(ヴァスィリオ)の中では、何処に『二の魔王』の眷属が紛れているのかもわからない。外見でそれと知るのは難しいのだ。

(それに……噂だけは届いている)

 鎖国状態のヴァスィリオではあるが、治世の中核に近いところにいたが故に、スマラグディは他国の噂を僅かにでも得ることが出来たのだった。

(隣国であるラーバンド国には、魔王の対存在である『勇者』が、現在いると聞く……『二の魔王』から、この子を護る為には、微かな可能性にもすがりたい)

『勇者』が、他種族の幼子に救いの手を伸ばす理由などないだろう。スマラグディもそこまで楽観的ではない。それでも僅かであっても、我が子を護る為の手は打てるだけ打つつもりだった。


 回復魔法を旅の途中でプラティナに教えたのも、その一つだ。

 遊びの一環として、魔力の扱い方や制御方法は今までも教えていた。魔法を全ての者が扱える魔人族にとって、それは生活に深く根差しているものなのである。

 それでも、まだ十にもならない幼子に魔法を教えることは、まずない。

 それでも彼女自身に自らの身を守らせる為に、スマラグディは繰り返し詠唱の文句を教えた。

 全ての魔法を操れる基礎となるように、簡易式ではなく、正しく美しい呪文式を伝える。攻撃魔法や防御魔法は使いところが難しい。魔力切れを起こして、肝心な場面で昏倒することになれば、よりその身を危険に晒すことになるだろう。


 旅の最中、スマラグディはプラティナが持つ『能力』にも気付いていたからこその判断だった。

 この子は『害意』に敏感だった。

 それは旅の間も発揮され、決して旅慣れていないスマラグディをも助けるものとなっていた。プラティナは魔獣の居場所を察し、毒のある動植物を見分けた。彼女に様々なことを教えて育てたのは、スマラグディ自身だ。それが、神に与えられた加護(ちから)の如く、稀有で異質な能力であることを、察することが出来た。


「……そうだね。『王となる』という予言を受けて生まれたのは、フリソスだけではなかったね」

 嘆息と共にスマラグディは悟っていた。

『一の魔王』ではないだろう。現在、他の全ての魔王の座か埋まっていることも知っている。

 だがきっと、この子もまた、『魔王』になるのだろう。

 神によって示された運命に選ばれ、運命によって護られている、魔王という存在に。


 ならば、自分は残された時間を全てこの娘を導く為に使おう。


 あまり強い質ではないスマラグディの身体は、不慣れな長旅の間に、あちこちに不調が表れるようになっていた。

 それが--病を呼んだ。

 病は、回復魔法で癒えることはない。スマラグディはそれも承知の上で、淀み正常な働きをしなくなりつつある己の身体を、魔法で延命することを選んだ。

 根本的な解決にならずとも、最後の最後まで娘の隣にいるために、無理矢理に日々動かなくなる身体を騙し続けた。だから、終わりが近付いた頃には、スマラグディ自身にも己の病が何であるかわからなくなったのだった。


「大丈夫だよ。ラティナ。君は必ず幸せになれる」

 そうして、娘には決して辛い顔は見せなかった。


「君が生まれた日のことは、今でもはっきりと覚えている。虹が……大きな美しい虹が出ていたよ。虹は、神さまが地上を見守っている時に架かるんだ。君は……君たちは、神さまに見守られながら生まれてきたんだよ」

 祝福の言葉を綴る。

 この娘が、幸せになれるように、願いを籠めた言葉を綴る。

 絶望の果てに、全てを憎み滅ぼすことを願うような、『災厄』と化してしまわないように。

「だから、大丈夫。君は幸せになれるはずなんだから。幸せになって良いんだから」

『導師』と呼ばれる己に、生きる道筋へと導くだけの力があるのならばと、願う。

「大丈夫だよ」

 それでも、もっと一緒にいてあげたかった。

 どうすることも出来ない悔恨を、苦しみを、微笑みで隠す。娘たちもモヴも、自分の穏やかな笑みに心穏やかな心境になれるのだと、彼はよく知っていた。


 深い森の中。切れた木々の隙間に、空が見えた。

「ああ……」

 嘆息が漏れた。

 あまり信心深くない自分だが、これは神の慈悲だろうと思った。

 虹が見えた。

 自分が手を離すこの瞬間も、この子は神の御心に見守られている。きっと救われる。そう、信じた。

「ほら、虹が出てる。君は運命に護られている」

 だから願おう。

 無力な自分には、それだけしか出来ないけれども、この子の幸せを祈ろう。

「どうか、どうか。幸せに」

 最後の最後まで。

「ぼくも、これからは、虹の向こうで見守っているから」



 動かなくなった父親の前で座り込み、幼い少女は途方に暮れた。

 どうしたら良いのか、わからなかった。

 優しい両親と、誰よりも近しい双子の片割れが世界の全てだった少女は、全てを無くしてしまった。

 泣き方すら、わからない。泣いても、慰めてくれる優しい手は自分の側に何処にも無いのだ。

 このまま父親の隣で、自分も朽ちていくことが正しいのかもしれないと、思う。

 家族を喪った以上、もう、自分を必要としてくれる存在などいないのだ。


 けれども--


 父親が最期に願ってくれたのは、自分が幸せになることだった。

 どうしたら良いのかわからない。幸せになれるなんて思えない。でも、そう否定することは、大好きな父親の最後の願いを否定することだった。


 だから少女は立ち上がった。

 父親の最後の願いの為に、精一杯頑張ろうと、決めた。



 そして--独り、頑張り続けた少女は--


 彼女は彼と出会った。

 罪人の烙印を押された幼い少女は、全ての始まりとなる出会いを果たすことになる。

 物語はそうして--始まった。

『序 虹の見守る世界へ』と合わせてお読みくださいませ。そして『青年、ちいさな娘と出会う。』へと続くのであります。

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