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うちの娘の為ならば、俺はもしかしたら魔王も倒せるかもしれない 。 作者:CHIROLU
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前日譚。終、紫の巫女に、届く。

前日譚エピローグ一本目。
『紫の姫巫女』と讃える言葉に応えたのではない。
 自分は、そんなに優れた存在などではない。
 それでも、己自身を賭したのは、全てを懸けて護るべき我が子に、最良の可能性(みらい)を選び取る為でもある。

 そして、もうすでにいない最愛の男性(ひと)を、犠牲にした、贖罪の為だった。

 途中で心折れれば、全てを投げ捨ててしまえば、あの人となした愛娘を失うことになる。
 きっと、もう、この世界の何処にもいない、最愛の男性(ひと)の命を無駄にする。
 それは決して、許すことは出来ない。

 だから自分は、稀代の姫巫女などではなく、ただの一人の母親として我が子を守りたかっただけなのだ。
 母国と、そこに住む民の為に殉じる。
 それも確かな本心だ。そこには愛娘がいる。民を率いる王となるべく努めている愛し子がいる。側にいることが出来なかった自分だけれども、あの子の為にあの子が治める国の為に、自分は出来ることを為すと決めたのだ。


「貴方は、『八の魔王』の眷属ですね」
 自らの最期の地と視た場所で、『白金の勇者』の異名を持つ青年と逢えた時、彼女の心はとても穏やかだった。
 望んだ、最良の可能性(みらい)へと至る道筋を、今自分は進んでいる。きっとあの娘たちは、幸せになる未来を歩むことができる。

『八の魔王』という存在を知った時、我が子が受けた託宣の本当の意味を理解した。
 自分の娘たちは、二人とも、託宣の通りに『王』となった。
 そして、『魔王』を破滅へと導いてくれるのだろう。仇敵たる魔王を。あの娘は、多くの者の悲願を聞き届けることになる。
 未来を見る加護(ちから)を有する彼女にとっては、それは確信出来る未来だった。

 最愛の男性とは、もう二度と会うことはできない。彼はきっと既にこの世の者ではない。
 もう一度会いたかったけれども、娘たちと会うことは叶わない。

 それでも、この青年と逢えたことは、幸福な機会だった。
 幼い頃に引き離された、大切な娘--プラティナが選んだ男性。あの娘が確かに生きて、健やかに暮らしていたのだという証。
 そして、その彼が、死に物狂いで愛娘を取り戻そうとしている姿。自分の娘は、この青年にとても大切に想われている。人間族の国の中に広く伝わる『白金の勇者と妖精姫の物語』に、どれほど自分が安堵したのか、この青年は知らないのだろう。あの娘は大切な男性を見つけて選んだのだ。きっと、幸せになれる。
紫の神(バナフセギ)』の加護持つ神官ではなく、ただ一人の母親として、我が子の幸福を願った。

 そして、青年が示した『名』に、少なからず驚いた。
 意図せぬところで目にした、懐かしい名前に、感情を隠すことに慣れていたはずの彼女の表情が揺れる。
 仕方がない。『その人』の前でだけは、彼女は己の感情を出すことが、己自身のままで在ることが、許されていたのだから。

「貴方は、私にとって希望でした。貴方の進む未来の先に、私の望む未来があった。……それに、最期に『貴方』に逢えた」
 同じ名前を持つ青年。
 もう二度と会うことの出来ない人と、同じ名の、青年。
 なんて嬉しいことだろう。
「私の最後の『予言』です。貴方は、あの娘(・ ・ ・)と、もうすぐ逢えますよ」
 幸せにしてあげて欲しい。自分は短い時間だったけれども、本当に幸せだった。
 あの娘のことを、どうか幸せに。そう、委ねることが出来ることは、本当に幸福なことなのだと思えた。

 全身から力が抜けるのに伴い、己の身体を支えることも出来なくなった彼女を、青年は咄嗟に抱き止めた。
 少し驚くと同時に、理解してしまって笑みがこぼれる。
 外見も持つ色彩も、種族すら同じものはないというのに、自分の娘は自分と同じような男性に惹かれたのだろうと思った。
 優しいひとだ。
 誰よりも優しかったあのひとのように、この青年も優しいひとなのだろう。

 あの娘はきっと、もう大丈夫だ。
 そしてもう一人の娘も。
 あの娘たちは、生まれた時から一人ではなかった。重荷も苦しみも、あの娘たちならきっと分けあい支えあって歩むことができる。きっと一人で生まれなかったこと自体が、あの娘たちの最も大きな祝福なのだから。
 だから--

(もう、いいかな)
 頑張ったのだ。自分は、とても、とても頑張ったのだ。
 弱音を聞いてくれる貴方がいなくなってから、多くを呑み込んで。名前を呼んでくれる貴方がいなくなってから、『紫の姫巫女』という記号だけでしか呼ばれなくなっても。
 貴方が遺した、護りたい娘たちを護る為に、約束を果たす為に、精一杯頑張ったのだ。
(褒めてくれると、嬉しい……)
 だから、幼い頃のように、抱き締めて、優しい声で--

 --頑張ったね、モヴ。

 届いた声が、幻だったとしても、それだけで全てが報われた。
「……ありがとう……スマラグディ……」

 そして彼女の意識は、完全に光の中に溶けた。
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