宿泊、スイートルーム2(ハク視点)
はふぅ、と私は感嘆の溜息をもらしました。
「実に……堪能しました」
「ふふふ、ハク姉様にそう言ってもらえて光栄です! 私の宿の自慢のAランクディナーですから」
ふむ、これほどの内容、単にAランクディナーというのは、味気ないですね。
「ロクコちゃん。この料理をまとめて、何か名前とかあるのかしら。これほどの内容でただAランクディナーっていうだけじゃもったいないわ」
「……『おこ、』……じゃなくてえーっと、『欲張りセット』です!」
『たくさんの美味しい料理を食べたい』という欲に対する答え、という事でしょうか。
より大きな満足感を与えるため、あえて少量で多種多様に。素晴らしいセンスです。
「『欲張りセット』ですか、『欲望の洞窟』ともかかっていてなかなかいい名前ですね」
「でしょ? あ、ハク姉様。旗貰ってもいいかしら。集めてるの」
「あら、いいわよ。はい、どうぞ」
『おむらいす』に刺さっていた小さな旗をロクコちゃんに渡します。ついでにクロウェの分も。よく見ると旗の模様がそれぞれ違っていました。
食べる時は意味が解りませんでしたが、なるほど、コレクションアイテムでしたか。蒐集欲まで刺激するとは、恐るべしですね。
「そうだハク姉様、温泉には入った? すっごく気持ちいいのよアレ」
「まだ入ってないわね。……そうね、久しぶりだわ、温泉なんて。お風呂なら城にあるけど」
「……ハク姉様の住んでるところってお風呂ついてるの?! すごいわっ」
「あら、ここだって温泉があるんでしょう? ならお揃いよ」
「あ、ホントね! ふふふ、ハク姉様とお揃いー」
嬉しそうににっこり笑うロクコちゃん。見てて心が温かくなりますね。
「温泉、一緒に入りませんか? ハク姉様」
「あら、いいわね」
温泉……ふむ、いいですね、実にいいです。
部屋の個人用お風呂もいいですが、やはり大きいお風呂ということはロクコちゃんと一緒に入れるということです。
食後すぐですが、さっそく向かうことにしました。
「勇者が作った本場のお風呂に入ったこともある私が、本場のお風呂の入り方を教えてあげましょう」
「本場の入り方なんてあるんですね! 楽しみ!」
*
とてもいいお風呂でした。
「……本場のお風呂は湯浴み着着ないんですね」
「あらロクコちゃん、のぼせちゃった? 顔真っ赤よ?」
尚、帝都の風呂屋では湯浴み着着用してるんですけどね。
ここは温泉ですし、異世界人のケーマさんがつくったお風呂です。異世界の作法に則って入るのが正解でしょう。……素敵なものが見られました。
ただ、他に1人入っていたのだけはいただけませんでしたね。あのニンゲンさえ居なければ2人きりで貸切だったのに……ああ、今度から貸し切ればいいのね、ふふふ。次に来るときが楽しみです。
「それじゃあ寝るとしましょうか。……ロクコちゃんも一緒に来る?」
「お供しますっ」
そういえば、一緒に寝るということは今までしたことがありませんでしたね。
もっとも、そもそもがダンジョンコアは睡眠が必要ではないので、あくまで人間型としての擬似代謝と、嗜好的な意味が強いです。……疲労回復が早まる、というのももちろんありますが。
部屋に戻ると、既にクロウェがベッドで横になっていました。
……何をしているんですかこの子は。主人を差し置き寝てしまうとは……しかも執事服を着たままで。
「クロウェ?」
「……ハッ?! は、ハク様……ッ!」
一言声をかけると、バッと飛び起きて床に『セイザ』しました。
……その体勢は異世界より伝わる由緒正しい謝罪法、『ドゲザ』の前段階でもありますね。
「……まぁいいでしょう、あなたには睡眠も必要ですし」
「申し訳ありません……!」
しかし、クロウェにしては本当に珍しい失態です。一体何があったのでしょう?
「……実は、ハク様がお休みになられる予定のベッドを確認しておこうとしたのですが……その、不思議な感触に、気が付けばいつのまにか……」
「ふむ……まるで魅了に掛けられたようですね」
もし魔道具か何かの効果だとしたら……サキュバスのクロウェが魅了にかかるとは考えたくないですね。魅了の専門家であるサキュバスが気付かないほどの高度な代物ということになりますから。
「こっちはクロウェが寝ていたし、そのまま使いなさい。ベッドはもうひとつありますからね」
「はっ、ありがとうございます」
「へぇ珍しい。こんなクロウェ初めて見たわね。ま、たしかにこのベッドはとっても気持ちいいんだけど」
ロクコちゃんがぽふぽふと、先ほどまでクロウェが寝ていたベッドを叩いています。
……結構強く叩いているみたいなのに、音が柔らかい、ですね。
私も、ゆっくりとベッドに触れてみます。
……指が、やんわりと、沈む……?
何ですかコレ。綿……ではない、んですか?
思わず手の平を押し付けます。柔らかく、それでいて弾力があり……おおっと、つい私も夢中になってしまうところでした。一旦離れて改めてベッドを眺めます。
味わいのある彫刻で飾られたベッドですし、芸術品としての価値も有りそうですね。異世界の意匠ともなればそれだけで銀貨50枚くらいの価値はあるでしょう。私自身、それくらいの値段でしたら欲しいですしね。
しかし、この掛け布団では薄くて寝る時に冷えてしまうのではないでしょうか?
……あら。まだ、温かい……先ほど抜け出したクロウェの体温が残っていますね。
これほど薄くて軽いのに、結構な保温性能のようです。
ううん、ちょっとこれはクロウェが前後不覚に陥ったのも想像がつきますね。サキュバスはその性質上、寝具にかなりの拘りを持っていますし。
「ハク姉様、この掛け布団だと2人で寝るには暑いから、こっちの『たおるけっと』使いましょ」
そう言って、『マッサージ椅子』についてた触り心地のいい布を持ってくるロクコちゃん。
……なんか手慣れてますね? もしかしてケーマさん……手を出してないでしょうね?
「姉様、こっちこっちー」
一足先にベッドにあがり、私の為のスペースを空けてぽふぽふとベッドを叩くロクコちゃん。……なんとも、言葉に言い表せない幸せを感じますね。身体の内から心地よい何かがこみ上げて震える心地です。
私はロクコちゃんに誘われるままにベッドに入り、それこそ仲の良い姉妹のように――実際、仲の良い姉妹だと、私は思っていますが――身を寄せ合って、かつてない幸せな眠りにつきました。
ベッド自体心地よかったのですが、正直私にはロクコちゃんと一緒に眠ることができる方が重要でした。
ダンジョンコアは睡眠が必要ありません。が、それに加えてもロクコちゃんは今まで寝てられるほどの余裕がありませんでしたから。
神の先兵に見つからないようにするためとはいえ、そういう生活をさせてしまっていたのは、他でもない私です。……そう考えると、ケーマさんには感謝するべき、なんでしょうね。まぁ、今のところは。
今後、ロクコちゃんを不幸にするようなことがあったら絶対に許しませんよ?
金貨100枚くらい払っても足りないくらいですねこれは……ま、まぁ宿泊費の査定とは別なので、別枠でチップとして渡せばいいかしら? ロクコちゃんへのお小遣いとして、DPで直接渡してもいいかもしれませんね。
(しばらく2,3日に1話くらいのペースでのんびり書く感じになりそうです)