陰にて
『ということがあったっすよ!』
「で、それを見てるだけだったのかお前は」
『実体無いんで止めようがないっすわ。憑依するにもマスターの協力もないとできないですし』
宿に戻って気持ちよく眠りから覚めた、と思った俺だったが、サキュバスに魅了されて記憶を失っていたらしい。
ロクコたちの、そしてネルの証言から俺がホイホイ魅了されたことはすぐに分かった。さらに俺の肉筆メモが決め手だった。『俺は魅了されて記憶を失っているぞ』と書かれたメモ。ロクコに預けておいたこのメモで、一部の記憶が戻ってきた。
戻ってきた記憶というのは、スイラとのやり取りではなく、その準備の段階の話だった。
スイラに失わされた記憶については思い出せなかったので、そこを一旦部屋に戻ってネルに記憶を補完してもらっていた。……部屋に戻って来てよかったよ。下手にロクコに聞かせられない秘密じゃないか。
『というか、これ予定通りっすよね?』
「まぁそうなんだけどな」
俺がサキュバスに魅了される所。ここまでは予定通りだった。
想定していた作戦はこうだ。
一旦、ピンク髪幼女に魅了されたフリをする。
姉をおびき出し、魅了されてないことをバラし、改めて魅了される。
可能であればネルは俺の正気を取り戻させ、無理なら情報収集に徹する。
※尚、ニクが隠れて尾行。可能であればサキュバスの拠点を突き止めるため追跡する。
一旦魅了されてないことをバラしてからの魅了を食らうのは、相手を油断させるための揺さぶりだ。
そして、この作戦を行うにあたり俺は自分の記憶を軽く封印し、作戦後半の概要を忘れておくという保険をかけていた。俺の手書きメモを鍵に思い出すようにもして。
封印した方法はスイラが行った方法と全く同じ、魅了による命令である。
これによりほぼ無意識にうっかり行動をとり、自然に魅了されたわけだ。
ついでにダンジョンの事は「話すまでもない事」というようにした上で漏らさないようにロックしていた。
ロクコ立会いの下でドールに憑依したネルが俺に魅了をかけたわけだが……記憶があやふやな所があるな。……俺、変なことしてないよな? むしろ変なことされてないよな?
「しかし、弱みとして宿の倉庫に色々埋めておいたことにしてあったんだが……そのことは一切言わなかったのか。くそう、うまく行かないもんだな」
『そりゃ、魅了された時の思考回路はそうそう読み切れないと思いますよ? 魅了が解けた時意味不明になりますし』
予測を完璧にできるとは思ってなかったけどさ。
一応出た『用意していた弱み』は、「人(山賊)を殺してダンジョンに食わせたことがある」というのだけだった。しかもポロリと漏らす形だからギリギリのセーフだ。かえって信憑性は増したか?
俺はロクコの待つマスタールームに戻った。
俺が入ってきたところで、なにやら本を読んでいたロクコが顔を上げた。
ニクも戻って来ている。ダンジョン領域に戻ってきたところでロクコが回収していたようだ。
「もういいのケーマ?」
「ああ。記憶の方は一応補完できたと思う」
指輪を外しロクコに渡す。用が済んだ以上俺が持ってても仕方ないからな。
「それで、ニクの方の首尾は?」
「拠点を見つけました。いつでも始末できます」
「そうか。よくやった」
俺がニクを撫でると、ニクはぱたぱたと尻尾を動かした。
……そんなニクを見てふと思った。もしかして、娼館建てるより全員始末する話をする方が情操教育的に悪いんじゃないかと。
というかニクの対応、殺伐し過ぎてるよね? ダンジョン的には忠実なのは良いけど、このままじゃ血まみれのナイフを持って微笑むようなキラーマシンになってしまうのでは。
今も普通に始末することが前提になってるもんなぁ……これ、どうなんだろ。
「……一応、平和的に行こうか?」
「はい」
相手にも多少事情ありそうだし、話し合いって大事だよね。……という事にしておこう。
しかし記憶の封印もできるとか、魅了って怖いな……魅了耐性のスキル、カタログに無いけどガチャで出ないかな。
「平和的に、ねぇ? ダンジョンの支配下に置いた上で娼館建てさせるの? 私は構わないけど」
「ロクコ……ハクさんへの言い訳を一緒に考えてくれ」
「そんなの、サキュバスを囲うために建てさせた、でいいじゃない。立派な戦力だし?」
「……通じるかなぁ?」
「ケーマってハク姉様のこと怖がり過ぎじゃない? 勝ったことだってあるのに」
よし、娼館を建てるとなったらその方向でいってみよう(震え声)
……まぁ、サキュバス1人で数万DPかかるのが10人だ。これを仲間にできれば収支的にかなりプラスなのは間違いない。人間が1人混じっているのがネックだが、とりあえず話をしてから考えよう。
「さて、それじゃあネル。ケーマがサキュバスに何されたか言ってみなさい」
『はい! 口止めされたこと以外なら何でも言っちゃいますよー!』
おい、口止めしたことをバラすんじゃない。
「……つまり口止めが必要なことをされたわけ? ちょっとサキュバスにキツイお仕置きが必要ね……」
「よし、その話は後にしようか。さーて、サキュバスをシメるぞー。早くしないと逃げられてしまうかもしれないからな!」
俺は露骨に話題を逸らす。
「あとでキッチリ聞かせてもらうわよ?」
「ま、あとで覚えてたらな」
……色々面倒だし、忘れてくれるとありがたいなー。
*
というわけで、ニクにサキュバスの指輪を付けさせた状態でサキュバスの拠点に向かわせた。
森の中に建てられた掘立小屋……木こりが休憩所に使ってる小屋か何かかな?
とりあえず周辺の森をダンジョン地域として制圧し、サキュバスの籠ってる掘っ立て小屋だけダンジョンから外れてる形だ。
俺はマスタールームから制圧した地域にゴーレムを配置する。
俺は、メッセンジャーゴーレムのウーマを小屋の前に立たせ、ウーマの口から声を出す。直接会うとまた魅了されそうなのでこっちでの接触だ。
つまり、ダンジョンマスター……というか、ダンジョンボスとしてのカチコミでもある。
『あー、あー。えーっと、お前たちは完全に包囲されている、無駄な抵抗はやめて出てきなさーい』
「何者……って、な、なななな、なによこれ!? ゴーレムの群れ!?」
尚、配置したゴーレムはストーンゴーレムがほんの50体、小屋の周りがびっしりゴーレムで埋まる程度だ。
じゃ、ゴーレムで囲んだところで平和的に話し合いと行こうか。
(最近の展開が遅い自覚はある。だが書籍化作業と本業がなぁ……いっそ書籍化作業中は更新止めて作業に集中すべきだろうか?
でもそうなると更新しなくなるフラグ立つからなぁ)