冒険者ギルドと初依頼
冒険者ギルドでは、お金を払う→カードをもらう→説明を受ける という、ちょっと順番前後してるんじゃないか? ということになった。
これは金がないのにくんな、わざわざ説明させるんじゃねぇってことなんだろうか? シビアだな。
「……いや、門番の兵士さんが一緒だったのでカードだけ先にしたんですよ? なので、これから審査をして、ダメだったらギルドカード没収の上、ギルドの職員が責任をもって町の外まで叩き出します」
「何それこわい」
「あ、お金は返せませんのであしからず」
「何それもっと怖い。この守銭奴!」
「審査はもう始まってますよ?」
「ハハハ、冗談ですよ。よそ者に対しては当然の処置ですよねハイ、分かっていますとも」
「ご理解いただき何よりです」
あっぶね、叩きだされたら面倒なことにしかならないっての。
ちなみに今は別室である。審査に通ればそのまま説明を行うらしい。
と、おそらくまず間違いなくここでは嘘感知の魔道具がつかわれているだろう。
気を付けて回答しよう。
「ではいくつか質問を……出身地は?」
「あー、うーん、答えられません。よくわかんないので」
「……わたしもです」
日本ってどういう扱いなんだろうなぁ、この世界。異世界……?
「……得意なことは? 希望するクラスでも構いません。戦闘経験の有無などあればどうぞ」
「戦闘はしたことないですね、後衛希望です。あ、魔法使いってどうやったらなれますか?」
「からだを使って働けます。なぐられてもだいじょうぶです」
ニクさん? なんで「なぐられてもだいじょうぶです」ってところで少し嬉しそうなの?
あと魔法使いは師匠について修行するか魔法屋でスクロールを買えとのこと。でもスクロールは物凄く高いので貴族でもなければ無理だそうな。
「なぜ冒険者になろうと?」
「生活の為です」
「ご主人様になれといわれたので」
安全に寝たいだけで、一攫千金とかは狙ってないもんなぁ……
「……とても参考になりました。えー、それでは大きな犯罪歴や、何か話せないことはありますか? それと、名前は本名ですか? 偽名の場合は本名を教えてください」
「本名です。話せない事……そうですね……あ、性癖の話とか聞きたいですか?」
「よくおぼえてないのでわからないです」
尚、「結構です」となんか汚いものを見るような目で見られた。
うまく逸らせたみたいだが、テーブルの下のおみ足(革靴)をチラ見してたのがバレてたのだろうか……。
も、もしかして考えてることがわかる魔道具があるとか?! それだとさすがに対応できないぞ?!
「……小さい女の子をどう思ってますか? 正直に答えてください」
「え? ……かわいいんじゃないですかね?」
「まけません」
うん? 質問の意図が分からないぞ。逆ナンとかじゃないよな、受付嬢さんは美乳のキレイ系だし。どうこたえるのが正解だったんだろう?
あとニク、まけませんって何? あ、もしかしてロクコのこと? なにかあったの?
「……はい、ありがとうございます。……問題は……ないようですね、おめでとうございます。これであなたは晴れて冒険者となりました」
「ありがとうございます」
「引き続き、ギルドの説明をしますね」
なんだろう、すごい不服そうだ。
けど、通ったからには問題ないな。
説明によると、ギルドはランク制で一番上がS、以下A~Gまであり、特に経験が無い俺たちは一番下のGランクから始まるらしい。ランクアップは依頼の達成ポイントとギルドの審査による。
依頼は掲示板に貼ってあるので、ランクに合わせてカウンターへ持っていけばよいとのこと。
(字が読めない場合は別料金で応相談だそうだ。俺たちには関係ない)
あと、犯罪をしても冒険者ギルドは一切助けない。ギルドカード無効で没収の上、賞金が乗ることもある。
「なるほど、よくわかりました。ああ、町で過ごすうえで他に気を付けることはありますか?」
「……南門の外にあるスラムには近づかない方が良いですよ。あと、いくら奴隷とはいえ、その扱いはどうかと思います」
む。これはもっと奴隷は奴隷らしく扱えということだろうか。
さすがにある意味生命線のニクを粗雑に扱うのは気が引けるんだが……子供だし。
「ご忠告感謝します……」
従いませんが、とまでは言わないでおいた。
なんか睨まれてたし、言わなくても伝わってしまってたのかもしれないけど。
*
新人歓迎のテンプレ的イベントはなかった。酒盛りしてた冒険者? 酔いつぶれて寝てたよ。面倒が無くていいね。
さて、早速依頼を見てみる。
探すのは『ダンジョン』とか『ただの洞窟』とかいった情報だ。
……お、あった。「ダンジョン『ただの洞窟』の調査 報酬:銀貨1枚 ランクF以上 2人以上」……って、F以上かぁ。どうしよう、Gだと受けられないってことか。
これはランクを上げる必要がある。時間がかかりそうだ……あ、やば。急に面倒になってきた。寝たい……
「ニク、ランクGで受けられてこなせそうな依頼はあるか? できれば楽そうなやつで」
「え、と…………あ。これ、どうでしょうか」
ニクが見つけた依頼は「便所掃除 報酬:銅貨8枚 ランク不問 1人以上」という依頼だった。
ああうん、そうだね、薬草採取とか言われてもわかんないもんね。
あれ? でも掃除なら『浄化』でいいんじゃないのか? と思って、カウンターに持って行って話を聞いてみることにした。
「……ああ、はい。『浄化』でも落ちなくなったから掃除してほしいという依頼ですね。やります?」
「ちょと考えさせて下さい」
どんだけ汚いんだよ……と、思っていたら、ニクがこそこそ話しかけてきた。
「ご主人様の『浄化』であればだいじょうぶです。ふつーのよりきれいになります」
「え、そうなの?」
「ご主人様のはしゅわしゅわーがすごいです。だいじょうぶです。だめだったらわたしがおそうじします」
そうだったのか。魔法はイメージが大事だが、そこでも違いが出ていたのか。
……まぁ、ダメならニクが掃除してくれるっていうならやってみるか。
「ええと、これやります」
「…………はい、受理します。 場所は西の工業地区の鍛冶屋です、迷子にならないように。依頼人に依頼票と、達成後はサインを忘れずにいただいてください」
なんだろう、俺、受付嬢さんになんかしたっけ?
すっごい汚いものを見るような目で見られてるんだけど。言葉も刺々しい。
あれか、やっぱりニクをもっと奴隷らしく扱えっていうことか。
とにかく依頼は受理されたので依頼をこなしに行く。
見せてもらった地図はすぐひっこめられてしまったが、メニューで見ることができたので問題ない、西の工業地区だったな。
ニクには見えないようで、メニューは他の人からは見えないと思われるが、あまり人前で見ない方がいいだろうな。空中で目を泳がせる不審者に見えそうだ。
布の服ゴーレム任せで歩いていたら唐突に止まった。目的地についたようだ。迷子にならなくていいね。
依頼人に依頼票を渡してさっさと済ませることにする。依頼人は年季が入った無口そうな職人といった感じの男だった。
「……奴隷もちか。ってことはそっちの奴隷が掃除してくれるのか? ずいぶんちっこいが……」
「先に俺が見てみます。一応共同で受けた依頼なので」
「……そうか、こっちだ」
便所に顔をのぞかせると、糞尿独特の臭気がもわっとたちこめていた。うぇ、と吐き気がこみ上げる。
「吐いてもいいが、自分で掃除してくれよ。掃除のために雇ったのに汚されちゃかなわん」
「……あ、ああ」
「終わったら声をかけてくれ」
依頼人はさっさと行ってしまった。好都合である。
「……ニクは平気そうだな?」
「なれてます」
どういう環境にいたんだよ。と、思いつつもさっそく『浄化』を試す。
せっかくなので塩素系の洗剤やらで漂白するところをイメージする。
「『浄化』」
便所全体に対してしゅわぁっと泡で包み込む。しばらくしゅわしゅわっと便所の壁や床、便器が泡に包まれたのち、消える。あとにはすっかりきれいになり、ほんのり塩素系洗剤とラベンダーな芳香剤の混じったような臭いすら漂ってくる。いかにも掃除後のトイレって感じだ。
……ああ、あの茶色かったの元は白い陶器だったのね。ていうかこっちのトイレも同じ形なんだなぁ。
「すごいですご主人様」
「おう、こんなもんよ」
しかし、一瞬で終わってしまった……うーん、冒険者として名を売りたいわけでもないし、あんまり目立つといろいろまずそうだ。少し昼寝でもして時間をつぶすか。
「よし、それじゃあニク、トイレ掃除しているふりをしておいてくれ。俺は少し情報収集に行ってくる。誰か来てもしばらくは掃除中だからって言って入れるなよ。……そうだな、誰も入れないのは1時間くらいでいいか。ゴーレム時計持ってたよな、マナは十分入ってるか? ……あ、時計は誰にも見られないようにこっそり確認してくれ」
「は、はい……いちじかん、ですね」
「誰も来なければ俺が戻るまで頼むぞ。1時間して誰かきてたら、依頼終了のサインをもらって待っててくれ」
「わ、わかりました」
俺はトイレにニクを残し、こっそりと外に出た。
……綺麗になったとはいえ、さすがにトイレで昼寝する気にはならんよ。