緊急事態
「……は?」
突然の聖女子分宣言。俺は一瞬頭が真っ白になった。ていうか、人間語喋れたのかオイ。
そういえば俺が子分にされた時、リンは何と言ってた?
――食い物を献上してる。だからわたしの子分だ――ということだったはずだ。
ここで聖女が、毎日何をしてたか振り返ってみよう。
毎日1回、ダンジョンに潜っていた。……そして、リンに食われていた。
これは、俺がリンにゴーレムをけしかけて食われていたのと、どう違う?
「……同じってことか! くそっ! 緊急事態だ!」
むしろ美味しさの分、聖女に軍配が上がる。どうしたもんか。……どうしたもんか。
とりあえず俺はロクコを呼ぶ。マスタールームからロクコの部屋のダミーコアへ直通だ。
「おいロクコ、大変だ! 緊急招集!」
「ちょ、ケーマ?! いきなり入ってこないでよ!」
なぜかロクコは着替えてる最中だった。うん、ごめん。
「まぁそれはさておき」
「さておく事じゃないわよ?! って、緊急事態? どうしたのよ」
「リンが聖女を子分にした」
「オーケーわかったさておこうじゃないの、ヤバそうね」
さすが最近のロクコ、賢い。すぐに分かってくれたようで何よりだ。素早く上着を羽織ってマスタールームへ行く。この間、わずか30秒。
「聖女が子分……で、それでどうなるの?」
「わからん、まだ動きが無い。とりあえず手が空いてるやつを呼んでくれ、防衛戦準備だ」
と、聖女が再起動したようだ。リンとの会話が再開したのを、盗み聞きする。
『子分、ですか?』
『ああ、子分だ。美味いご飯を、献上する、子分だ、ろ?』
……って、そういえばリン、俺の事聖女にバラしたりしないだろうな? バラされてもゴーレムとして認識してるはずだから問題はあまりないと思うけど……
『子分だしな、何か、困ったことが、あるなら、言ってみろ』
『……ええと、そうですね。では、お聞きしたいのですが。……あなたはこのダンジョンの外から来たのですか?』
『親分と、よべ』
『え?』
『親分、だ』
『お、親分、ですか?』
『そうだ』
あくまでそこはこだわりがあるらしく、リンは譲らなかった。
『……お、親分は、このダンジョンの外から来たのですか?』
『ああ。わたしは、強いから、な。ここは、わたしの、だ』
最近は俺も慣れてたからうまく会話を成立させるように話してたけど、やっぱりリンと会話するのは難しいようだ。ちなみに今のは、分かりやすく言うと「はい。私はダンジョンの外からきました。ちなみに、私は超強いのでダンジョンを制圧して、この部屋をいただきました」という意味だ。
会話のコツ? 慣れだよ、慣れ。
『……ダンジョンを乗っ取った? ……そういうのもあるのかしら……』
『くぁふ、で、なにもないなら食うぞ』
『ちょ、ちょっとまってください! 食うって、その――子分を食べるのですか?』
『? 何か問題が、あるのか? いくら食べても、戻るだろ、お前』
『……今日はダメです。それより、そうですね……ダンジョンコアを見たいのですが、どこにありますか?』
『ダンジョンコア? なんだそれは』
そういえばリンはダンジョンコア知らなかったな。勧誘した時も「ダンジョンの配下にならないか」ってくらいしか伝えてないし。断られたけど。
『……このくらいの、光る玉はありませんか?』
『……んー……まぁ、無くはない、が』
『見せてください! どこにありますか!』
『あー、こっち、だな。ついて来い』
ダンジョンコアの事は知らないが、光る玉は知っている。……そうだよな、最初コアルームで寝てたもんな。そして聖女を後ろに連れてのっそりと歩き出すリン。
よし。防衛戦だ。こちらもちょうど、ダンジョンの防衛戦力としてキヌエさん以外の全員がマスタールームに集まったところだった。……キヌエさんは一人で宿の対応をしてもらっている。
「ご主人様、ハニワ、いつでもいけます」
「壁ゴーレムは既に動いとるよ。とりあえず遠回りになるように配置したで?」
ニクとイチカはいつも通り、手慣れた感すらあるな。
「弓兵多脚ゴーレム、出動できます、マスター」
「ガーゴイル部隊、動かせますー! 魔石たっぷりいただきましたし、大量ですよー!」
「お、新しい部隊ね! 私にも貸しなさいよ?」
「はいー、ご自由にお使いくださいー!」
レイは多脚ゴーレム、ネルネとロクコはガーゴイル部隊を動かしてもらうか。
「よし、それじゃあ防衛戦開始……と、その前にダンジョンコアを避難させておこう。今はまさにリンの寝泊まりしていた所に本物のダンジョンコアを置いていたからな」
「わかったわ。私の部屋のとキャスリングでいいわね?」
「ああ。やってくれ」
リンがコア部屋から出て行った後、最奥であるここに戻したんだよな。もう1ルートの方はまだ作りかけだし。特に最近はちょっと魔道具研究に力を入れ過ぎた気がする。
……そして、ダンジョンコアを村の方に移動させることで、安全に防衛戦を行うことができる。ダンジョンの奥まで来たところでそこにあるのはダミーコアだ、もし破壊されても問題ない。
これでリンが聖女をコアルームに連れ込んでも平気ってわけだ。いやぁ、安全って素晴らしい。
「あ……」
「ん? どうした?」
「キャスリング、使用不可――あと15時間、だって。封印されてるみたい」
ロクコが青い顔をして言う。
うん? それって、
「もしかして、逃げられない、ってことか?」
「もしかしなくても逃げられない、ってことね」
嫌な汗が背中を流れる感触があった。
「こりゃ、久しぶりに死ってヤツの足音が聞こえてきやがったな……」
……俺のポツリと呟いた一言によって、マスタールームに沈黙が流れた。
「……ケーマ。なにそれ……」
「あ、ごめん。変な事言ったわ」
「超カッコイイじゃないの! 私も今度使ってみるわね、死ってヤツの足音!」
「お願い、やめて。俺が悪かった、超悪かった」
目をキラキラと光らせるロクコに平謝りし、とにかく防衛の準備を進める。
とにかく聖女を1度でも殺せればこちらの勝利だ。聖女は今日までしか居られないんだからな。