奴隷という名の抱き枕
コアを破壊する、と騎士が言った。
息が詰まる。
血流が逆流するような寒気が走る。
モニターの中で騎士が剣を振り上げ……そして、振り下ろす。
「ゴブ!」
「ゴブ助?!」
ゴブ助がマスタールームから飛び出した。ロクコも、俺も、とめられなかった。
それは、コアを破壊されまいとするダンジョンモンスターとしての本能だったのかもしれない。
『うわっ?! く、このっ!』
『ゴブッ…ぁ……』
モニターごしに、コアから飛び出したゴブ助が切り捨てられるのが見えた。
袈裟切りに真っ二つになったゴブ助は、そのまま息を引き取った。
『くそ、ゴブリンめ、邪魔しやがって……もう一度……』
『おい、なにやってるんだ! ここは我々の管轄じゃないんだぞ!』
再び剣を振り上げていた騎士を団長が止める。
『ここは冒険者ギルドで管理している低層ダンジョンだろう。ゴブリンしか出ない、最下級ダンジョンだと聞いているぞ』
『おっと、そうでした……申し訳ありません』
隊長に止められ、あっさりと剣を下げる騎士。
『……くそう、ダンジョンコアを破壊したら聖騎士になれるのに……』
『コアを壊したいのは分かるが、ここはすでに制圧済みだ。それにダンジョンボスも出ないダンジョンで山賊を討伐した程度で聖騎士に認定されるなら、今頃帝都は聖騎士に溢れてるさ』
『ちっ……まぁ、壊されるってときにゴブリン1匹しか出せないようなコアじゃ、ろくに力も上がらないか……』
『馬鹿者、帰ったらお前は減給だ』
『ええっ! そんなぁ!』
『ま、ダンジョンボスもいないようなダンジョンで聖騎士認定されたら逆に恥だぞ?』
『……しいて言えばゲロメロンがボスだったかな? 聖騎士名を頂くときに、『ただの洞窟を踏破し、ゲロメロンを討伐せし聖騎士よ』なんて言われたいか? その後は『ゲロメロンの聖騎士』とか『ただの洞窟の聖騎士』と呼ばれることになるな』
『ああ、それは嫌ですね……はぁ、リューイ、エイジン、トーマス……山賊退治程度で3人もやられるとは思わなかった』
『ゲロメロンは強敵でしたね……』
被害は出たものの、仕事は終わったという空気になる。
すっかり息をしていなかったのを思い出して、大きく深呼吸する。
……死ぬかと思った。
この世界に来て、初めて向けられた死の気配。
ちびるかと思った……ホントだよ? ちびってねぇよ?
しかし、ダンジョンコアを破壊して聖騎士に、とか、気になることを言ってたな。
「う、うう……ご、ゴブ助ぇ……」
ロクコがしゃがみこんで泣いていた。
ゴブリンといえど、この半月ほどを一緒に過ごしていた仲間だった。
思い出は……うん、いっしょにパンくった思い出しかないが。
俺が寝てる間にロクコはどういう付き合いをしてたんだろう。
「私の分けてやった『あんぱん』を返してから逝きなさいよぉ……」
どうやらロクコも同じようなもんだったらしい。
「ゴブ助は……立派に借りを返してくれたな。あいつが居なかったらコアは破壊されて、死んでいたところだ」
「うう、『あんぱん』……」
いや、これは『私を置いて逝くなんて……馬鹿ぁ』っていう意味かもしれない。
俺は、菓子パン詰め合わせでアンパンを6個選択し、ロクコに差し出した。
「ほら、『アンパン』やるから元気出せ」
「えっ本当!? 出す出す元気出す! 超出す!」
本気でぱあぁっと後光がみえそうなレベルで元気になるロクコ。
ああ、そういえばこいつ、前々から冒険者にゴブリンけしかける鬼畜だったよ。
「ってこれなによ! なんか黒くて甘いの入ってるんだけど! あ、でもおいしいわねこれも」
……そういえば『ジャムパン』を『アンパン』っておしえたままだったな……
*
山賊の死体が入口の部屋に集められた。騎士の死体は持ち帰るようだ。
正直グロくて見たくないんだが、うまくDPにできるタイミングがないか探るためにも目を離すことができない。
……油をかけてるし、燃やす気だろうか。……洞窟の中で?
ダンジョンの中は空気が澱まないからそもそも一酸化炭素がどうのとかいう知識や感覚がないのかもしれない。山賊も普通に松明で灯りとってたもんなぁ。
『ダンジョン葬っていうのも、こいつらには贅沢ですね』
『ちゃんと全部に油かけたか? グールになると後々面倒だぞ?』
『ええ、持ってくモノ以外は全部燃やすんでいいんですよね?』
『そうだ。万一生き残りがいても、何もモノがなければ再起は難しいからな』
といっても、ろくなものは残ってなかった。
山賊の死体と、寝具くらいか。
あとは洞窟の入り口から炎を放てば、全部燃えるという寸法だ。これはありがたい、燃え尽きた後なら堂々と死体を取り込める。
『よし、火を放つぞ。……火よ踊れ――【イグニッション】』
イグニッションは指先からライター程度の火を出す魔法のようだ。油の導火線に着火すると、火が蛇のように伸びていき、あっという間に洞窟内の死体の山を炎に包み込んだ。
「あ。ねぇ、あの奴隷の犬耳娘はいいの?」
ロクコの言葉を聞いてはっと思い出した時には、火の蛇が木の扉を焼いて、犬耳娘が隠れてるベッドに迫るところだった。
死んだ魚のような、絶望しきった目を思い出す。
なんだろう、山賊はどうでもよかったのに、ここで助けないと夢に出そうな気がする。子供だからか?
夢に出てうなされるのは困るな……安眠できなくなりそうだ。
「……まぁDPになるしいいのかしら」
「いやまて。あれは助ける。回収できないか?」
「回収て。今から歩いて助けに行くの? 入口の部屋は火の海よ? 部屋につくころには燃え尽きてるわよ」
確かにロクコの言う通りだ。侵入者がいるいないにかかわらず、今俺たちがいるマスタールームはダンジョンコアからしか出入りできない。そして、ダンジョンコアから出ていっても途中が火の海だ。歩いて助けに向かうのも絶望的だった。
「それに、侵入者を回収なんてできるわけないじゃないの。アイテムじゃあるまいし」
ロクコの言葉を聞いて、ひらめいた。
「あれは……アイテムだぞ。何言ってるんだロクコ」
「えっ?」
俺は、自分に言い聞かせるようにロクコに話す。
「奴隷っていうのは道具だ。アイテムだ。実際、俺はあいつが自主的に動いているところを見たことがない。そして、持ち主の山賊は死んだ。つまりあの奴隷……アイテムは、持ち主が今居なくなった。ダンジョン内で死んだ冒険者のアイテムはダンジョンのものだ。だから、あれはもうダンジョンのアイテムだ。そうだな、ロクコ」
「え、えっと……アイテムっていうには、生物だし、魔力があるし……」
「生物といっても、そもそも侵入者がいなければダンジョンコア以外から魔物の配置が直接できるんだろう。つまり、生物だって送ったり回収したりできる。実際、カビの生えたパンは回収できるだろう。カビってのはありゃ生物だぞ? それならたとえば箱にこっそりネズミが入っていても回収できるだろう。ニンゲンのような生物でも回収できるはずだ。魔力があるからダメ? 魔道具だって魔力はある。光の魔道具は回収できただろ? よって、アレが回収できない理由がないッ!!」
モニターとマップを見る。ベッドに火が燃え移り、シーツが黒く焦げ始めていた。
マップには、侵入者を表す赤い点でベッドの下の犬耳少女が示されている。
くそ、まだだめだ、思い込みが足りない!
「や、やっぱり奴隷はアイテムじゃないわよ!」
「じゃああれは奴隷ですらない! 抱き枕だ! あれは抱き枕! 犬耳幼女型抱き枕! オマケでいうとベッドの下に隠された男性向けアイテムだ!!」
あれは抱き枕、抱き枕、抱き枕、抱き枕、抱き枕、抱き枕、抱き枕……
想像する。あれは抱き枕。ぎゅっと抱きしめて寝るといい心地の抱き枕。犬耳を戯れに触って愛でるもよし、ニーソや服のオプションをつけて撫でたり愛でたりするもよし……あ、なんかいけそうなきがしてきた。
うん、あんなよさげな抱き枕が燃え尽きるなどあってはならない。
ああ、あの抱き枕をつかって寝たいなぁ。
足とか、ニーソのオプションとっかえひっかえしたりしてさ?
触り心地もよさそうだし、さむいときには湯たんぽ代わりにもなるだろう。湯たんぽといえばロクコは山賊の親分にコアを湯たんぽにされてたんだっけか、はっはっは。
っと、少しそれたな。
そういえば天上枕っていうアイテムもあるが、あの抱き枕とどっちが上だろうか。
褐色犬耳幼女の抱き枕ってのはかなりポイント高いと思う。人によってはまさしく天上枕だ。
……あ、いやなこと思い出した。ゲロメロンはまさにそういう使い方で使ってたんだっけか。
中古品というのは減点なところだが、まぁしっかり洗えば問題ないだろう。浄化って本当に便利だよなぁ。抱き枕も洗えるんだろ?
さーて、はやくあの枕を手に入れてしっかり洗わなければならないな。
もう俺には犬耳幼女が抱き枕にしか見えなくなっている。
ちらっとマップをみると、侵入者の赤い点ではなく、アイテムを示す緑色の点になっていた。
「よし、抱き枕だ。はい回収」
結論を言おう。できた。
*
「ええええ……な、なんで回収できるのよ?! マスタールームに侵入者とかッ」
「うん? 抱き枕を回収しただけだぞ。それよりロクコ、山賊の死体を燃え尽きる前に吸収しないと。半分は燃え尽きさせるまで様子見でいい、騎士が様子を見に入ってくるかもしれないからな」
あー、ちょっと髪コゲてるな。せっかくの黒髪が勿体ない。まぁ自動修復機能もついてるし、コゲたとこだけ切っておくか。ショートにしてもいいな。……うわ、なんか白いのがこびりついてる。きったねぇ、ちゃんと洗えよゲロメロンめ。
「え、そ、そうね……いやいやいや、まってよ。侵入者だったじゃない、なんでコアの中にはいれてるのよ、回収できるのとかおかしいじゃない!」
「何言ってるんだ。抱き枕はアイテムだからはいれて当然じゃないか」
「お、おう……なんか私もそんな気がしてきたわ……」
と、抱き枕に浄化魔法をかけてやる。
浄化魔法特有の泡の膜が抱き枕の上から下へと流れるようにし、抱き枕の汚れを徹底的に落としてい――
「うぁっ?!」
――抱き枕が可愛い声を出した。
……と、思い出した。そうだ、俺は奴隷の犬耳幼女を回収したんだった。
ふう、あやうく自己暗示から戻ってこれないところだったぜ……。
「お、おし、正気を取り戻した。うん、なんだ、回収できるじゃないか……」
「あ、戻った? なら説明を要求するわよ!」
「ああ。簡単なことだよ。……できるからできた」
できないと思ってたのは思い込みだった。魔法はもっと自由でテキトーなもんだってことだ。……さすがに疲れたけど。
「見てただろ? 奴隷は回収できるんだよ」
「そうなんだ……奴隷って回収できるもんなのねぇ」
うん、ロクコにはそう思わせておいた方がよさそうだ。
……で、どうしようかなこの犬耳娘。とりあえず本当に抱き枕にしてみるか……?
「ところで、これの名前なんていうの? 名前とか分からないと呼びにくいんだけど」
「あー、そうだなぁ。……名前は? 呼び名とか。なんかある?」
「ぇ……ぁ、…………ニク、と呼ばれてました、ご主人様」
やや反応はにぶかったが、しっかり答えてくれた。
とりあえず、今日のところはしっかり寝かせてやろうということで、ニクには菓子パンとオフトン&枕をDPで出して与えて休ませることにした。
はじめは動こうとしなかったが、休むように命令したところおとなしくパンを食べ、布団で寝た。
ニクの取り扱いについては騎士団が帰ってからでいいだろう。
これ以上、騎士たちがちょっかい出して来たりしませんように。
*
結局、騎士団は山賊の死体が十分に燃えたのを確認して帰って行った。
さすがにずっと起きてられなかったので俺も途中で寝た。
それから特になにもすることなくおとなしくキャンプして帰っていった。うん、あれだけ山賊を殺戮しておいて普通に肉焼いて食べてるあたり凄いと思った。純粋に。
山賊討伐も含めて、30人の騎士団がなんだかんだでじっくり1日半はいてくれたおかげで結構なDPを手に入れられた。
燃え尽きた死体でもDPになるには問題なく、こちらもかなりの収入になった。
いままでの貯蓄と合わせて――合計、14504DPである。
「すごい……こんな大量のDP、初めて見たわ」
とりあえず、今までのDPと比べたら一気に小金持ちになった、といったところか。
だけど、山賊が居なくなった分、収入が減っている。
ゴブ助はもういないが……代わりに犬耳奴隷が増えたのだ、養わねばならない。
1日3食で、パン詰め合わせと飲み物を出すとして…1日当たり15DPの消費。
そして収入はコアから手に入る10DPのみなのだ。犬耳奴隷はアイテムとして回収したせいか1日ほっといても0DPのようだ。はたまた最初からDP回収できるほど強くないという可能性も……
まぁそんなわけで、きりつめて2食にしてギリギリプラマイゼロ……いや、冒険者が来た時に怪しまれないように、ゴブリン出してやると、赤字になるのだ。そんな状況でゆっくりしっかり寝られるだろうか? いや寝られない。俺は小心者なのだ、じわじわ貯金が減って行くのは耐えられない。
というわけで、赤字経営に耐えられない俺は、これから『ただの洞窟』を根本的に新しく変えるつもりだ。
……はぁ、働きたくないなぁ。
今回で1章終了です。閑話を1つ挟んで2章に入ります。