お隣さんへ相談
ボス部屋を抜けてダンジョンの最奥、コアルームへと黒い狼は入っていく。
ニクは流石に疲れたようで、俺の膝の上で寝てしまった。子犬のようだ。
「……どうしようもないな」
「うぐぐ……」
アイアンハニワまで引っ張り出した上でやられてしまった俺たちは、それをただ見ているだけしかできなかった。
とはいえ、コアルームに今置いてあるのはダミーコア。本物そっくりの、やわらかく白い光を放つバスケットボールサイズの宝玉だ。触った時の、ゆたんぽに丁度よさそうな温かさも再現されている。
ダミーコアなので、たとえ壊されたとしても問題はない。
……黒い狼は、部屋の中央の台座にあるそのダミーコアを、
無視して部屋の床でごろんと横になった。
「…………ん?」
「何もしない、のかしら?」
そのまましばらく様子を見ていたが、黒い狼は寝息を立てているようだった。
……今ならやれるかも? とも思ったが、戦力がない。
それに敵の強さの上限が見えない以上、手を出さない方が良いだろう。
「とりあえず、今は放置しておくしかないようだな」
「そうね……」
ロクコは複雑そうな顔をしていたが、俺が召喚された頃を思い出すな。
そういえば、敵の強さ……というか、DPがどのくらい入るかを見ていなかった。
敵の強さの上限をそのまま数値にしたというわけではないが、ある程度の目安にはなる。人外で見られるのか分からないがすっかり忘れていたな。……えーっと。
……1日当たりの入手DP、950……だと?
おい、こいつ勇者クラスじゃねぇか、勝てないわけだ。
……いや、強いから勝てなかった、ではないな。単にゴーレムに頼りすぎていたのが悪い。
物理無効の相手が出てきたとき、ゴーレムだけでは何もできない。そういうのは既に分かっていたのだが、対策が全く立っていなかった。
そろそろゴーレムだけでは限界がある。面倒だが他のモンスターも入れて、戦い方に多様性を増やす必要があるな。
ただの雑魚モンスターを入れた所で効果は無い。何か尖った特性か、あるいはとにかく万能な強さか……
「……それも大事だけど、今は先にこの化け物をどうにかしないといけないな」
「そうね」
思いつくヒントは、無いわけではない。
マグマ地帯へヤツは入らなかった。となると、熱に弱い可能性がある。
……『火焔窟』に協力を求めてみるか。イッテツならこの黒い狼の正体も分かるかもしれないしな。
*
イッテツに「緊急に相談したいことがある」と連絡を入れて会議部屋のテーブルについて待っていたら、すっ飛んできてくれた。速さが足りていて実にありがたいサラマンダーだ。
「ったくよォ、何だァケーマ? こんな夜中によォ」
「俺も寝てたいんだが、すまないな。相談できるのがお前しかいなくてな……」
「ハハッ! ならしかたねェ、で、なんだってんだァ?」
イッテツはトカゲ顔で上機嫌に笑い、俺の反対側に座る。……まんま爬虫類の姿なんだが、座れるもんだなぁ。と、どうでもいいところで感心する。
「ついさっきウチに変な侵入者が来てな……ボス部屋を突破された」
「あァ?! おま、それ、ハァ?! 大丈夫なのかァ?! コア部屋に入られたってことだろォ!」
「居座られてて、かなりマズイ。ぶっちゃけウチの最高戦力が歯が立たなかった……」
「そりゃマズいな。相手はどんなヤツだ?」
俺は実際にコア部屋で寝息を立てている黒い狼の姿をモニターに表示して見せつつ、戦闘時の特徴を教えた。
「……で、『火焔窟』へ誘導しようともしてみたんだが、マグマエリアへ入ろうとしなくてな」
「なるほどなァ……って、そんなヤバそうなヤツこっちに押し付ける気だったのかァ?」
「イッテツならなんとかしてくれると信じてたからな」
「ハッ、当然よォ。伊達に100番台ロットじゃねェからなァ」
くっくっく、と頼られるのが嬉しいのかニヤリとトカゲ顔を歪ませた。
って、ロットってなんだオイ。こんな時に気になる単語を出すなよ。なにか、ダンジョンコアってロット生産なの?
「えーっと、で、この黒い狼の正体とか、分かるか?」
「んーンン? そうだなァ、コイツは……見た目の特徴からするとウルフ系、ダーク系、ゴースト系……」
「ふむ、吸血鬼の変身とかか?」
「変身かァ。そういうのも……あァ、もしかして……いや、それだとどうしてこうなのかわからねェが……」
イッテツの記憶になにか引っかかるものがあったようだ。しばらくブツブツ呟いて考えをまとめていた。
そして、結論を教えてくれた。
「7割くらいの確率でスライムの変異種だァ。ダーク系、ゴースト系あたりのハイブリットのなァ」
「……スライム? 狼の姿は、擬態ってことか?」
「あァ。スライムの姿で移動するより早いから、ニンゲンに調教されたスライムなんかは動物の姿をしてることがあるなァ。だが、それにしても強すぎるだろォなァ。普通は擬態した動物の姿で前足をぶん回したところで、攻撃力のタカはしれてるんだァ……だから、全く別のモンスターかもしれねェ、だから7割だァ」
スライムの調教とかあるのか。テイマーってやつか?
「弱点とかは……」
「おいケーマァ? そろそろ相談料貰いてェぜ?」
「……ウォッカという強い酒があるんだが。相談料に1本進呈しよう」
俺はDPで出したウォッカの酒瓶をテーブルに置いた。1瓶100DPだ。人間サイズなので物足りないかもしれないが。
しかし贈り物に酒というのはこの世界では安定してウケがいいようで、イッテツもしっかり喜んでいた。
「おォ! 酒かァ、そいつァいいなァ! ケーマも酒飲むのかァ?」
「いや、俺は酒はあんまり飲めないんだ」
「そうかァ、じゃあレドラと2人で飲ませてもらおうかァ、ちィと少ねェが」
「…………もう2本くらい要るか?」
「おォ! 催促したみたいで悪ィなァ!」
イッテツは先に渡した酒瓶の蓋をあけ、クンクンと匂いをかいで嬉しそうにカッカッカ、と笑った。
「足元見やがって。まぁいいんだけどなこの位」
「そう言うなよ、繋がってる洞窟に住んでる俺とケーマは兄弟みてェなモンだろォ? あ、当然コッチが兄だぞォ?」
「はいはい、頼りになる兄貴をもって幸せだよ俺は。で、弱点の見当は?」
「あ、あ、兄貴ィ? よせやい照れるだろォ? もっと言え」
いいから弱点教えてくれよ兄貴。
「ん、弱点なァ。ダーク系なら強い光、ゴースト系なら清らかなモノ。吸血鬼なら……いろいろある。で、スライムだと魔法全般……いやダーク系のハイブリッドなら闇には強い。あと少なくとも物理は効かねェ。攻めるなら光属性がいいが、光属性は攻撃力あるのってあんまねェからなァ。レドラのブレスなら余裕で勝てるぜェ? 報酬次第では援軍に行ってやってもいいが……」
「……ちなみにいくらだ?」
「この酒をあと1000本は欲しいトコだなァ」
10万DPか。……微妙なところだ。
「幸い今は状況が落ち着いてるから、できるだけ自分でなんとかしてみよう。いざってときには頼みたいが」
「クカカッ、いつでも兄貴を頼ってくれていいんだぜェ? ブレスでコア部屋が溶けるかもだけどなァ」
……あり得すぎて困るわ。
ともあれ、いざとなれば頼れる先があるってのは安心だな。
俺はイッテツに礼を言って、ついでにもう5本ウォッカを渡しておいた。
「なぁケーマァ? 嬉しいが、いいのかァ? 相談料より多いぞォ?」
「え? 寝てる時間に起こして相談を受けてもらったからには、当然の謝礼だろ」
「……まァ良いけどなァ。もらっとくぜェ。またいつでも相談に乗るぜェ、気軽に声かけなァ」
「ああ、そうさせてもらう」
さて、それじゃああの黒い狼をどうにかしないとな。
じゃないと安心して寝られないもんなー……はぁ、働きたくねぇ。