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『明治浪漫譚(仮)』 作者:矢玉・奏嘉 (リレー小説)
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沈んでは浮かぶ花弁 *奏嘉

強がって佇むのに、余りに脆すぎるふたり。
少女とは歩幅がやはり違いすぎるのだろう青年が颯爽と道を進めば、少女を抱えながらにも関わらず目まぐるしく景色は変化していく。
その歩く速さにも少し怒っているのだろうか、などという見当違いな不安感を覚えれば、少女は恐る恐る青年の顔を見上げた。



「あ、…あの、…アロイス、さま」



周りの人には聞こえないような声音で少女が囁く様に名を呼べば、不意に青年は足を止める。
青年が少女へと視線を移せば、目深に被られた軍帽から覗く青灰色の瞳が、影になっているにも関わらず外の光を集め硝子玉のような光を宿しながら少女を映した。
少女のその泣き腫らしたような赤い目元が痛々しく、青年は後悔に表情を歪める。


「……山縣にも、言われたばかりだったんです」


突如飛び出した思いもしなかった名前に少女がぽかんと拍子抜けしたような表情を浮べれば、青年は苦笑して見せた。



「『お前らは言葉が少なすぎる』、と」




それが何を指すのか少女にも心当たりがあるらしく、少女も悪い癖を的確に突かれれてしまえばぐっと口を噤む。




「人の感情が、もっと判り易く白黒はっきりと分かれていれば良いのですが」




緩やかになった歩調で再び屋敷へと進みながら、青年はふとポツリポツリと話し始めた。


それはいつか二人で外に出た際に歩いた小川沿いの道で、少女は少し懐かしさを感じ安堵感に包まれる。



川沿いに流れる風が穏やかに頬を撫で、空は寂しさすら感じさせるほどに高く、その青は深い。





「…あれではまるで、子供の様な言い草だったな。……嬉しいのに、何故だか怒ってみたかったんです」



まるで他人事のような口振りに違和感を感じて、少女は青年を見上げた。



青年の顔には、僅かに微笑みすら浮かんでいる。



「貴女と、『本当の意味で』生きて行ける。それがただただ嬉しくて、あの時はいっぱいいっぱいでした。…けれど…、貴女に出会って、初めて父への苛立ちも感じた」




少女は青年から発せられた予想外の言葉に、その飴色の瞳を零れそうなほどに見開く。
唇を振るわせれば、その瞳にはみるみる涙が滲み潤んでいった。


「…貴方の、今までの生き方や努力を、私は…っ」


首をふり必死に耐えながらもすでに泣き出してしまいそうな表情の少女に、青年は苦笑を浮べた。
それを制止するように頬を撫でれば、少女はその手に子猫のような仕草で擦りより目を閉じる。




「……嘘偽りだらけの私の言葉でも、今日限りはどうか、信じてくださいませんか。…貴女よりも長く生きてきたと言うのに、此れほどまでに至高の幸福を与えられるなんて、私は一度として想像もしたことが無かった」




それはどれも、青年にとっても意外なほどに素直な言葉だった。
彼女はあまりに純粋すぎるので、全てを言葉にしてしまえばきっと、素直に噛み砕いてくれるのではないかという望みをかけ、青年も必死に言葉を紡いでいく。




「ありがとうございます、紫子さん」




自責の念に駆られ罪悪感さら感じていた少女へと告げられたのは、彼女への感謝の言葉だった。
青年の表情は、この秋の空を思わせるほどにひどく晴れやかで、少女はその目を瞬かせる。




「ありがとう。…貴女のおかげで、俺は初めて本当に居心地の良い居場所を見つけた」




――――――それは、かつて自身にとって牢獄でしかなかった国、屋敷、身の上。



それでもそれに甘んじなければ、言われもない殺意しか向けられなかったこの世界。


無条件に『生きていて良い』などと、言われたことも無かった。



「今となっては、傲慢にも貴女との幸せすら望んでしまう」



一般的な幸せなど想像すらしたこともなかったのに、時折夢を見るのだ。

それは、白んだ世界に浮かぶ輝かしいほどの彼女の笑顔、未だ見えない自分たちの子供らの姿、守るべき家庭。


くすぐったいほどに温かなそれは、かつて母と過ごしたあまりに短かった記憶に――――幼き日のひと時と、酷似していた。




「貴女がいなければ、『将臣』でいれただろう。でも、」




それが本当に自身の望みであるのか。



―――――――あまりに、独りよがりだった。
自分自身すらそれでは、『満足』ではないのだ。





「アロイス、さま」



安堵したのか、少女は涙を滲ませたまま表情を綻ばせ青年へと手を伸ばした。



「貴女にアロイスと呼ばれることだけが幸せで…救いでした」




その手へと唇を寄せれば、彼女からは金木犀の花の匂いが僅かに香り青年はその心地よさに目を細める。




「別の将臣として、…堂々と生きられるよう今度は努力します」



誓うように囁けば、青年はどこか幼さを残した表情で破顔してみせた。



「…自分の事を貴女に誓うなんて、それもおかしなことですね」



つられるように少女も破顔して見せれば、青年は人の目も憚らず少女へとひとつ口付けを落とす。



「………っ?!」


大胆すぎる青年の行動に一瞬固まった後、耳まで真っ赤にし呆然とした少女の姿に悪戯に笑うと、青年は再び屋敷へと歩き出した。





殺してしまったアロイスを思い出すのは至難の業だろう。
――――――それなら、また作り直してしまえば良いのだ。慣れたものだろう、そう考えるだけで幾らか気は晴れた。





どこか吹っ切れてしまったようなその晴れやかな気持ちのまま冠木門を潜れば、少女を玄関で座らせその片足だけ履かれたままの履物を脱がせる。


その動作にも顔を赤くする少女の姿に笑えば、木の床板に手を着いた少女の手に擦り傷ができているのが見え、青年は手を出すようにと自身の右手を差し伸べた。



「あ、あの…、かすり傷ですから…っ」


おずおずと伸ばされた小さな手を掬い上げれば、青年は躊躇無くその傷口へと唇を寄せる。



「小一時間前の自分を殴ってやりたい。…貴女に誤解さえさせなければ、こんな傷を負わせることも無かったのに」



微かに聞こえる水音が艶めいて聞こえ、少女の表情が次第に羞恥に歪めば、青年はやっと唇を離した。




「……、紫子さん?」




その様子にさも不思議そうに首を傾げあたり、本当に自覚が無いらしい。


少女はぱくぱくと口を開閉した後、せめてもの仕返しにと青年の両頬を左右に引っ張ってやった。
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