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0話

プロローグ的、前日譚。

 その日、あたしは寮の通信室で電話をかけていた。

 高校生にもなって携帯電話を持っていないあたしは、ここの公衆電話を愛用させてもらっている。

 電話は母。近況報告と、新学期からの学用品の費用についての相談をしていた。


「うん、そう。振り込みお願い。ごめんね、余計なお金使わせて」

『子どもが変な心配しなくていいの! ただでさえ、学費も生活費も一切かかっていないんだから』


 母の言うとおり、あたしは私立裏戸学園に奨学金制度を使って進学していた。

 全寮制の学園では学費はもちろん、生活費は奨学金によって賄われている。

 

『それより環、ちゃんと学校でやれている?』


 母の質問にどきりとする。

 はっきり言って、この学園にあたしは馴染んでいるとは言えなかった。

 裏戸学園は日本でも有数の学費が高いと有名な学校で、それに比例するかのように通う人間の経済力も高い。

 そのため、母子家庭で育ったあたしはこの学校で完全に浮いてしまっていた。

 だが、心配かけるだけだとわかっている事だけに本当のことはなにも言えなかった。


「いやだな。ちゃんとやってるよ。生活態度は真面目だって、褒められたこともあるんだから」

『あなたが、しっかりしてるのはわかっているわ。しっかりしすぎて、誰にも頼ろうとしないのがあなたの欠点』


 さすがは親だな。離れていてもしっかりあたしのだめポイントがわかってる。


『せめて、ルームメイトがいてくれたら、安心できるんだけど』


 母の言葉にあたしはピンとひらめいた。


「それなら、大丈夫だよ。明日、新しいルームメイトがくるってきいた」


 本来寮の部屋は二人一組で使うのだけれど、あたしのルームメイトは半年以上前に転校してしまい、あたしは寮の部屋で一人暮らしていた。

 それはそれで気楽なのだが、


『あら、そうなの? どんな娘』

「よく聞いてないけど、同学年の転校生だって」

『そう、仲良くできるいいわね』


 母の言葉に、それは望みが薄いのではと思ってしまった。

 この学園には階級が存在し、上位は下位の生徒を見下している。

 階級には親の経済力などが物をいうもので、奨学生であるあたしは、最下層と位置づけられている。

 そのため、あたしと仲良くしようと考える人など皆無で、あたしは周囲に人がいるにもかかわらず、すっかり隠遁するかのような生活を送っていた。

 前のルームメイトも決してあたしと親しくなろうとしなかったし、おそらく今度の転校生とやらもあまり期待しないほうがよいだろう。

 だが、そうは思っても、やはり母にはなにも言えなかった。

 出来る限り明るく近況を報告して、受話器をおいた。


 母に嘘を付いている罪悪感にため息をついていたら、通信室の扉が開いた。


「ああ、多岐さん。ここにいたのね。明日来る娘についてなんだけど」


 寮母さんは万が一、自分がいない時に荷物が届いた場合の注意点などをあたしに話していく。


「と、いうことなの。ちょっとあわただしいけど、お願いできる?」

「はい、大丈夫です。あの、ところで、転校生ってどんな娘なんですか?」


 先ほど母との会話に登場したので、少し気になって聞いてみた。

 寮母さんは少し意外そうな顔をしたが教えてくれる。


「まだ、一度しか顔合わせしていないけれど、とてもかわいらしいお嬢さんよ。しかもとても優秀なの。裏戸学園の転入試験は実は入試より難しいから」

「へえ」


 ますます、話があわなさそうだと感じていると、寮母さんが名前を教えてくれた。


「聖利音さん、というの」

「……聖さんですか」


 本当にどんな子だろう。とりあえず物静かで、あたしに嫌がらせするような人でなければ良いと思った。

 たまに最下層ということであたしに嫌がらせをする生徒がいるのだ。

 一年のはじめは本当にひどくて、大変だったけど、今は比較的落ち着いていた。

 この調子で二年以降も乗り切りたいと思っているので、ルームメイトはできるだけ目立たない、大人しい人がよい、と思っていた、


 あたしはこの学園は自分の夢への通過点と考えしか考えていない。

 そのためこの学園での人間関係を重要視していなかった。

 早く大学に進学して、できるだけ早く将来の夢を叶えて、働いて、母に楽をさせたい。

 そのための通過点に過ぎない場所での人間関係はできるだけ静かであればよい。


「多分、多岐さんと同じクラスだから、明日のホームルームがはじめての顔合わせになると思うわ。できれば寮に一緒に帰ってくれると嬉しいけど」

「それは……わかりました。なにもなければ」


 相手が嫌がらなければ、そのようにしようと請け負うと寮母さんは嬉しそうに「お願いね」と笑って通信室を出て行った。

 それから、あたしも自室に戻るために通信室を出た。

 廊下の端を気配を殺しつつ、進んでいたら、前方から数人の女子の二人組が何やら盛り上がった様子で歩いてくる。

 すれ違いざま会話が聞こえてきた。


「いよいよ、明日は始業式ね。月下騎士の皆様のお顔が見れなくて休みが長かったわ」

「ほんと! しかも始業式は新メンバーの皆様が揃っているのよね。今から楽しみ!」

「蒼矢会長に、緑水副会長、紅原様に今年度からあの双子の黄土様が合流するのよね!」

「皆様、思い浮かべるだけで幸せな美形よねえ」

「ほんと! 今から楽しみすぎて眠れるかしら?」


 きゃあきゃあ、とはしゃぐような声の内容にあたしはかつて見た月下騎士会とよばれる生徒会組織のメンバーの顔を思い浮かべる。

 階級制の学園で、最上位である月下騎士会に所属する生徒で、思い浮かぶ姿は三人。

 今年度から会長、副会長、会計を務める三人はアイドルさえも霞むほどの美形だった。

 あたしには会話するどころか目撃することもまれな存在で、容姿も端麗な彼らにはファンクラブすらついている。

 まさに住む世界が違う存在。

 これからもまず関わりになることはないだろう。


 そんなことを思っていたら、自室についた。

 鍵を開けると、誰も迎えることのない部屋が広がる。

 あまり物があることが好きではない、あたしの部屋は年頃の女子に比べれば、かなりそっけない印象だろう。


 電気をつけて、あした来るというルームメイトのために開けたスペースを見る。

 本当にどんな子が来るんだろう。

 期待半分、不安半分。

 どんな子が来るとしても、おそらくあたしの学園生活に大きな変化などないだろう。


「ただ、平穏に。何事も無く」


 それがあたしの願い。

 この学園に多くを望まない、あたしの希望。

 

 だが、その期待が裏切られ、まさかあれほどに賑やかな日々にさらされることになるとはこの時のあたしは露とも思っていなかった。


 突然蘇ったやったことのないゲームの記憶。

 幾度と無く襲われる死亡フラグの数々。

 それまで見ることすら稀だった人との交流。

 世界の秘密。


 これから先に待つとんでもない日常など知る由もなく、あたしは明日に何の期待もせず床についた。

 まさかその日が静かな学園生活の命日になるなんて思わずに。


ダークファンタジーで乙女ゲームな世界で主人公のルームメイトとして、これから生き残りをかけてあがいていくなど想像もせず、あたしはそっと目を閉じたのだった。


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