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死神を食べた少女 作者:七沢またり
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第二十三話 祭りの後のご馳走は美味しい

 肌を切り裂くような寒空の下、アレク率いる帝国軍は、北部海岸沿いの第二要塞を目指し進軍していた。
 街道にはうっすらと白い物が積もり始め、兵士達も体温を奪われないように固まって行軍している。
 途中、王国軍の遊撃騎兵が100程度現れ、輜重隊を狙う構えを見せた。ここでアレクはシェラを試してみようと思いつく。伝令を出しシェラ隊を呼びつけると、指示を下す。

「中佐。貴官の働き振りをこの目で見てみたいのだ。奴らを軽く蹴散らしてきてもらえるかな?一当てすれば直ぐに逃げていくはずだ。深追いは無用と心得よ」

「――はっ、了解しました」

「これが貴官の帝国での初陣となる。健闘を祈る」

 アレクがニヤリと笑うと、シェラは軽く頷く。

「100騎程続けッ! 敵騎兵を蹴散らすッ」

『応ッ!』

「――シェラ騎兵隊、突撃ッ!」

『中佐に続けっ! 遅れを取るな!』


 馬腹を蹴り敵騎兵隊目指して、勢い良く駆け始める。その後に黒旗を掲げたシェラの騎兵が100程続く。全員帝国軍の鎧を身に着けているが、隊旗は変わっていない。



『隊長、どうしますか?』

『どうやら敵も同数らしい。我々が直ぐ逃げると高をくくっているのだ。ふん、ならば小手調べといこうじゃないか。馬の扱いで我らマドロス人に勝てる者はおらぬ』

『はっ! 我らの誇り見せ付けてやりましょうぞ』

 王国軍の騎兵は一度逃げる素振りを見せたが、シェラ隊が少数なのを見て一撃することにしたらしい。槍を掲げて隊列を組みなおし、果敢に突撃を開始した。輜重隊襲撃による兵站妨害が主な任務であるが、攻守の判断は現場の指揮官に一任されている。
 遊撃隊が一々指示を仰いでいてはお話にならないからだ。ケリーはこのような遊撃騎兵隊を各所に配置していた。

 王国と帝国の騎兵が交差する。シェラの大鎌がまずは先頭の2騎の首を跳ね飛ばした。両軍の騎兵が衝突し、数名が落馬する。掴みあいながらの白兵戦が繰り広げられる。馬上からは槍が繰り出され、その隙を突いて他の騎兵が胴体を串刺しにする。

「黒旗に白カラスの旗印、貴様死神シェラか! 何故帝国軍にいるのだ! 王国を裏切ったのか!?」

 槍を振るいながら、王国軍の隊長が激昂して叫ぶ。シェラは淡々とした口調で言葉を返した。

「なんでかしら? 本当に不思議ね」

「この恥知らずめッ! 我が槍の錆びになるが良い!」

 頭上で数回転させた後、シェラ目掛けて勢い良く振り下ろしてくる。その渾身の一撃を軽くはじき返すと、柄の部分で胴体を薙ぎ払い落馬させる。強く身体を打って指揮官は昏倒する。躊躇うことなく頭部を兜の上から串刺しにする。一度捻った後に引き抜くと、辺りに鮮血が散らばった。

『た、隊長がやられた! ひ、退けッ! 退けいっ!』
『我らは全滅するわけにはいかぬ! この借りは返すぞッ』

 隊長格が戦死したのを受け、遊撃騎兵達は即座に退却の判断を下す。シェラは追撃無用と命令し、アレクの元へ引き返した。騎兵同士で一当てしただけなので、双方とも被害は少ない。結果を見れば指揮官を討ち取り、敵を蹴散らしたシェラの勝利と言えるだろう。
 その光景を遠眼鏡で確認していたアレクは満足そうに頷いた。そしてシェラが報告に戻ると手放しで褒め称える。

「マドロス家自慢の騎兵がまるで赤子のようではないか。貴官の武勇、実に見事なものだった」

「お褒めに預かり、光栄です」

「聞くところによると、貴官はその大鎌を扱うことから、死神の異名を付けられているそうだな。最初は何を馬鹿なと疑っていたが、実際にこの目で見て納得させられたぞ」

「私には、これが一番扱いやすいもので。とても手に馴染むのです」

 シェラが大鎌を軽く揺らすと、赤黒い血糊が滴り落ちた。その瞬間、周りの将兵の身体が思わず硬直した。何故か、その刃がこちらに振るわれるかのような錯覚を覚えたからだ。冷気だけではない、別の寒気が全身を走る。
 アレクも一瞬だけ顔色を変えたが、すぐに気を取り直す。

「中佐、この遠征での活躍も期待しているぞ。貴官の働き次第では、我が直属として迎えるつもりだ。私は才あるものを多く必要としているのだ」

 アレクの直属ということは、正式に第一軍として迎え入れるということだ。現在のシェラは一時的に配属されているだけである。アレクの覚えが良ければ、更に出世することも可能だろう。その場にいる佐官クラスの人間が嫉妬の表情を浮かべる。将来の皇帝であるアレクに、名前を覚えてもらうだけでも今後の役に立つのだから。裏切り者の新参者が気に入られるのが、納得できないのだ。

「殿下」

 グスタフが釘を刺すが、アレクは聞き入れようとはしない。自分ならば使いこなせるという自信があるのだ。

「私は才能を正当に評価する人間だ。そこに私情を挟んだりはしない。故に、貴官の才を私は高く評価している。シェラ中佐、貴官の力、帝国の為に存分に活かして貰いたい」

「はっ、このシェラ、誠心誠意お仕え致します」

 シェラは適当な言葉を口に出した後、深く頭を下げた。
 討ち取った王国騎兵達のことは特に悪いとは思っていない。ヤルダーにも疑われることがないよう、全力で戦って構わないと許可を貰っている。
 ちなみに、帝国軍に投降する際に持参した首は、戦死した兵の者である。死者の冒涜だと反対する者もいたが、ケリーが押し切ったのだ。生きている者の方が重要であると言い切って。そして自分の息子のダラスを生贄に捧げた。
 ダラスは今回の件を一切知らされていない。シェラが本当に裏切ったと思っていることだろう。そしてシェラも先の処刑の際、止められなければダラスを確実に殺していた。その時は躊躇せず殺せとケリーに強く命令されていた。



「殿下、本当にシェラ中佐を重用されるおつもりですか?」

「何だグスタフ、お前は不満なのか? 私はアレを気に入ったがな。実に良い凶器になりそうではないか。刃が欠けるまで酷使してやれば良いのだ。女の身でありながら、あの膂力。中々お目にはかかれんぞ」

「…………」

「流石の私も妾に迎えたいとは思わないがな。出来ればもう少し肉をつけて貰いたい所だ。死神殿の顔は悪くはない」

 アレクが上機嫌に笑い声を上げると、グスタフが眉をひそめる。

「殿下、そのような軽率発言はお控えなされませ。今が一番大事な時期ですぞ」

「分かっている。ただの冗談だ。私には相手を選ぶ自由などないからな」

 アレクは真剣な表情に戻ると、合図を送って行軍を再開させる。第二要塞に到着し、ヤルダーの密書通りに門が開いた場合、
アレクの第一軍がマドロス攻略、グスタフの第七軍が食料貯蔵庫の襲撃を担当する。つまり、グスタフがアレクの側にいられるのは後僅かということになる。シェラへの疑いが晴れていないグスタフは、警戒を促すがアレクは今一聞く耳を持とうとしないのだ。
 アレクとはそれなりに長い付き合いであり、今まで何度も諫言してきている。アレクはそれを受け入れることの出来る度量の持ち主ではあるが、逆に器が広いという事に自負を持ちすぎてもいる。
 とはいえ、シェラに怪しい点があるとも言い切れない。だからグスタフも強く言い切れないのだ。捕虜を躊躇せず処刑し、人質のダラスすら殺そうとした。今の騎兵同士の戦いでも、手加減一切なしで指揮官を討ち取っている。確かに帝国軍の一員として戦っている。
 それでもグスタフがシェラを信用できないでいるのは、長年の勘という曖昧なものである。だがそれが強く警告を発しているのだ。この女には気をつけろと。油断すれば寝首を掻かれるぞと。こいつは飼いならせるような奴ではないと。

(……殿下の不興を買うかもしれんが、親衛隊とは別に、警護兵をつけておいた方が良いかも知れん。殿下はまだ若すぎるのだ。己の判断に自信を持ちすぎている。この世には理解し難い輩も少なからずいるのだ)

 グスタフは参謀と内密に打ち合わせ、アレクの身辺警護を増強するように指示を出す。参謀も最初は聞く耳を持たなかったが、グスタフが全責任を持つと強く言うと、渋々といった様子で同意した。

 

 
――3日後。アレクの帝国軍は、僅かな抵抗を受けることもなく第二要塞へと入り込んでいた。守将であるヤルダーが、約束通りに門を開いたのだ。早速面会する為に、アレクはヤルダーを本営に呼び出す。が、代わりにやってきたのは参謀を名乗るシダモという男だった。

「この度は召集命令を受けましたが、我が将ヤルダーは、殿下にお見苦しい姿を見せるわけにはいかないと申しております。今回だけは、何卒ご容赦頂けないかと」

「今更何を恥じることがある。気にすることなく参れと申せ。この遠征が成功に終われば、ヤルダーの功は誰よりも大きい物となろう。……これは命令だ。彼の者に堂々と姿を見せるように伝えよ」

 アレクが強く言い切ると、シダモは頭を深く下げて退出した。
 数分の後、シダモに支えられながらヤルダーがアレクの下に現れた。右手には杖を持ち、一人ではまともに歩けないといった様相だ。その顔は醜く膨れ上がり、目が開けないような酷い有様である。額には包帯が巻かれ、一歩進むことさえ難儀するほどの重傷を負っていた。

「ヤルダー殿。そのお身体はどうされたのだ!?」

 アレクが椅子から立ち上がり多少演技かかった口調で尋ねる。ヤルダーは声を押し殺しながら、答える。

「武人としての我を通したところ、この有様で御座います。どうぞお笑いくだされ。これが、かつては鋼鉄の将と異名をとった男の末路です」

「それでは、その仕打ちは?」

「更迭された挙句、中将への降格。更には軍規違反を言い渡されての棒刑を受けた次第です。長年王国に尽くしてきた者への仕打ちがこれかと思うと、実に、実に口惜しい」

 ヤルダーはそこで言葉を区切る。言葉にならないと言った様子で、呻き声を上げる。
 暫くした後、シダモに促されて再び語り始めた。

「我らはここで捨石になれと命じられましてな。敗残の軍団はその程度の役にしか立たないと。王国首脳部はその間に態勢を整えて、反転攻勢へ出る考えだった様子。……私だけならともかく、部下まで犬死させるのは耐え難く、帝国へ投降する決意を固めたのです」

「……なるほど。貴公の苦悩、お察しする」

 アレクが同情した表情で声を掛けると、ヤルダーが跪いて願い出る。

「殿下。どうか我らを先陣の一隊にお加えくだされ。我らを侮辱した輩に、武人としての意地を見せてやりたいのです。どうか、どうか」

「……いや、貴公のその身体では、槍働きは難しかろう。今は治療に専念されるが良い。興奮されると傷に触るであろう。シダモ殿、ヤルダー殿を部屋に」

 アレクが命じると、ヤルダーを支えながらシダモが退出していく。後にはアレクと、グスタフ達将官が神妙な面持ちで見送っていた。

「……実際に門が開かれるまでは、疑念を抱いていたが、ヤルダーの投降は真と見て良いのではないか?」

 アレクがグスタフに問い掛けると、猜疑心の強いグスタフも同意するように頷く。

「ヤルダーは誇り高い男として有名です。彼は非常に血気盛んであり、謀を思いつくことが出来る人間ではございませぬ。命がけで働いた見返りがあれでは、誰でも嫌気がさすでしょうな」

「いずれにせよ、第二要塞はこうして占拠できたのだ。作戦は順調と言えよう」

 アレクが言うと、参謀達も頷く。そしてこの要塞を誰に任せるかの判断を仰ぐ。

「後続が到着するまでは、ヤルダーに守らせよ。奴の師団は7000弱。丁度良いであろう」

「しかし、万が一の事態も考え、守将は別の者に任せてはどうかと」

 グスタフが慎重策を具申するが、アレクは一笑に付す。

「あのような怪我を負いながら、まともに兵を指揮することなど出来まい。敗残の兵を連れていったところで、役に立つとも思えぬ。無駄飯喰らいが増えるだけだ。ならば、ここで留守番をさせておくのが一番の得策だと思うがな」

「殿下の仰るとおりかと。監視役を数名つけておけば、心配は無用です。何より、彼の者には王国への忠誠など欠片も残っておりますまい」

「それより、これからは速さが何よりも重要となりましょう。直ちに進軍を開始し、敵の体制が整う前に貯蔵庫を陥落させ、マドロスを包囲しなければなりませぬ」

 参謀達が地図を示しながら、方針を具申する。アレクは力強く頷くと、命令を下す。

「第一軍3万はマドロスへ進撃を開始する。グスタフ、お前の第七軍2万はこのまま東進し、貯蔵庫を陥落させるのだ。その後、マドロス包囲に加われ。それまでには落すつもりではいるがな」

「御意に御座います。殿下も、くれぐれもお気をつけくだされ」

「心配性は直らんようだな、グスタフ。私ももう子供ではないのだ。いらぬ気遣いは無用だ」

「これは申し訳ありませぬ。このグスタフ、殿下を見誤っておりました」

 グスタフがおどけると、アレクが苦笑を浮かべる。グスタフは内心では帝国よりもウェルス領を優先し、アレクは帝位を得ることだけを考えて行動してきた。その2人は何故かウマが合い、お互いに持ちつ持たれつの関係を続けてきた。

「……この戦いが我が栄光への架け橋となろう。諸君らのより一層の働きに期待する」

 アレクが居並ぶ将官を見渡して決意を述べると、一同は意を強くして頷いた。

 
――帝国軍5万、第二要塞より進撃開始。目標、食糧貯蔵庫及びマドロス城。
第二要塞守備には投降したヤルダーの師団7000を当てる。








 第一軍の遊撃隊として配属されたシェラ隊500は、長蛇の陣形で進軍する軍勢の、尾に当る部分で馬を進めていた。輜重隊を王国軍の遊撃騎兵から守り抜けと上官から命令を受けている。残りのシェラ隊1500は分散して配置され、同じように輜重隊警護の任に当っている。
 簡単にいえば貧乏くじである。守り抜いて当たり前、万が一にでも被害を受ければ、その首が飛びかねないのだから。
 アレクは行軍速度をとにかく重視し、先陣に軽装騎兵、中陣に本隊、後陣に輜重隊及び攻城兵器という態勢をとっている。夜も松明の明かりを頼りに強行軍を続け、驚異的な速さでマドロス城へと迫っていた。
 本来なら1週間は掛かる道のりを、僅か3日で踏破しようという勢いである。
 幸いな事に、これまでの間敵に発見される事なく、第一軍3万は順調に進軍を続けてこれたのだ。
 そして、敵本拠まで後一日と迫った所で、アレクは全軍に休息を取らせる。

『今晩は大いに休め。明日はいよいよマドロス攻めに入る。各自鋭気を養うように』

 身を隠すのに丁度良い森林地帯で、息を押し殺しながら、帝国軍兵士は疲れきった身体を休める。暖を取るための火は禁じられている。ここまで来て敵に発見されては意味がない。食料は調理済みの冷え切った肉やパン、芋が配布された。
 それでも兵士達は不満を堪えた。この戦いに勝利すれば、莫大な恩賞が約束されている。そしてそれはもう間近まで迫っているのだ。都市を落せば略奪する機会が訪れるだろう。その際に全ての欲望を発散させるつもりでいるのだ。

 

 辺りが静まり返ったのを確認すると、シェラは粗末なテントから出る。野宿を強いられている騎兵隊の兵士達が、襤褸布を纏ったまま、のっそりと顔を上げる。その目はギラついており、疲労を感じさせることはない。
 カタリナが視線で確認すると、シェラは白い歯を見せて笑った。騎兵達も笑みを浮かべようとしたその時。

――シェラ達の監視についていたカールと、随伴歩兵2名が現れる。

「こんな夜分に一体どうなされましたか、シェラ中佐。騎兵隊の皆様を率いて、どちらかへお出かけですかな?」

「あまりに寒いから、思いっきり身体を動かそうと思って。カール、貴方もどうかしら?」

 大鎌を携えて、シェラは動揺することなく答える。騎兵達はそれを黙って眺めている。

「いえ、私は結構です。それよりも、今は待機が厳命されています。みだりに騒ぐ者、動きまわる者は斬り捨てて構わないとの指示が出ております。中佐、どうかお戻りください。さもなければ――」

 カールが手を挙げるとと、随伴歩兵が剣を抜き放つ。

「さもなければ、どうするのかしら。ねぇ、カタリナ。気になるわね」

「そうですね、中佐。一体カール少尉はどうするつもりなんでしょうか。もしかしすると、私達を脅しているのかもしれませんが」

 シェラの問いに、カタリナが嘲りながら答える。眼鏡の下には狂気を湛えた目が隠れている。
 カールは脅しではないことを見せるため、反抗的な態度をとったカタリナを痛めつけることを命じる。
 流石に騒ぎを起こすわけにはいかないので、派手には出来ない。猿轡を噛ませた上での棒刑だ。棒といっても鞘で叩きつけるので、下手をすると死につながりかねないものである。

「……私はグスタフ中将より特命を受けています。シェラ中佐に不穏な動きあれば、これを罰せよと。カタリナ少尉、私が本気だということを、その身に叩き込んで差し上げよう。私は女性といえども差別をすることはない。平等に扱いますのでご安心を」

 カールが手を振り下ろすと、随伴歩兵が腕を取り、身体を強制的に跪かせ、叫び声を上げないように猿轡を噛ませる。
 何事かともがき苦しむそれを見て、シェラは凄絶な笑みを浮かべた。

「カール、貴方には食べ物を貰った恩があるから、苦しまないように殺してあげる。貴方、本当に果報者よ。本当なら貴方の悲鳴を狼煙代わりにするつもりだったから」

 カタリナが指を鳴らすと、死体の随伴歩兵がカールの首筋に剣を突きつける。

「それでは、やってよろしいですか、中佐?」

「いえ、良いことを思いついたわ。私、花火って見たことがないの。冬は空気が澄んで、とても綺麗に見えるって前聞いたことがあるわ。だから、カールには夜空の花火になってもらいましょう」

「それは良いお考えですね。他の仲間にも分かりやすい合図となります」

「カール少尉、これでお別れね。さようなら。ウェルス芋、本当に美味しかったわ」

 シェラが優しく顔を撫でた後、頭を鎌で串刺しにして即死させてあげた。痛みを感じずに死んだことだろう。
 そして身体を突き刺して両手で構えると、カタリナ、そして騎兵達に用意は良いかと確認を取る。

 皆無言で頷き、得物を構え、殺気を充満させた目を爛々と光らせていた。

「それじゃあ、はじめましょうか。寒いから盛大にやりましょう」

 せーのと反動をつけた後、シェラはカールの死体を上空へと思い切り投げ飛ばした。粉雪舞う空に血飛沫を上げながら黒い物体が、高らかに上昇していく。頂点までいった所で、カタリナが指を鳴らすと、黒い物体は赤黒い炎を迸らせた後、轟音を上げて爆散した。 
 シェラはそれを満足そうに眺めた後、手に降り積もった赤いシロップ付きの雪を舐め取った。

 
――楽しいお祭りの始まりだ。



 爆音が轟いた後、到る所で火の手が上がり、罵声、悲鳴、叫び声が帝国陣営を包み込む。帝国軍の鎧を身に着けているシェラ騎兵隊は、偽情報を叫びながら火付けと殺戮を繰り返す。疲れきっていた帝国兵は、何事か判断する間もなく蹂躙されていく。

『ゲイル少将の師団が裏切ったぞ! 剣を取って直ちに応戦しろ!』
『王国軍の奇襲だ! 我々は待ち伏せを受けたのだッ!』
『輜重隊が全滅したぞ! 食料が全て燃やされたようだッ』
『このままでは皆殺しだっ! とにかく殺せッ!』

 情報が錯綜し、誰が敵か分からないまま、剣や槍を繰り出していく兵士達。暗闇の中、恐怖と狂気が伝染していく。

『馬鹿者どもッ! 静まらんか! 無闇に騒いでる輩が裏切り――』

 叱咤しようとした冷静な士官の喉を、背後から繰り出された長槍が貫いた。黒旗がついたその長槍を引き抜くと、兵士は無言で他の場所へと火を付けに行く。

 飛び起きた指揮官達は混乱を静めようとするが、分散して配置されていたシェラの騎兵達が、そういった将校を最優先に殺害していく。そして隊長が討ち取られたと大声で叫び、被害を更に拡大させていくのだ。白蟻が木を食い荒らすように、その被害は凄まじい速さで広まっていく。
 大混乱に陥った帝国軍第一軍は、同士討ちで夥しい犠牲を出し始めていた。伝令から報告を受けた参謀が、アレクの天幕を訪れる。

「殿下、アレク殿下ッ! 大変でございます! 我が陣に敵工作員が紛れ込み、火付けを行っております!」

 浅い眠りから強制的に覚まされたアレクは、慌てふためく参謀を不愉快そうに睨みつけ、冷淡な口調で指示を出す。

「ならば即座に工作員を捕らえよ。何を慌てているのだ。冷静に対処せよ」

「最早そのような状況ではございませぬ! 我が軍は大混乱に陥り、兵達は同士討ちを始めておりますぞ! 一刻も早く殿下自ら指揮を執り、この事態を収拾しなければなりませぬ!」

 想像より深刻な状況だと感じ取ったアレクは、世話役に命じて急いで鎧を身に着けさせる。親衛隊長が指示を出し、アレクの周囲を固めるように兵を配置させていく。
 天幕から出たアレクは、思わず言葉を失う。森林地帯の帝国陣営の殆どから火の手が上がっているのだ。周囲の木々に燃え移り、雪が舞い散る夜空を赤く染め上げている。

「な、なんたることだ。マドロスまで後僅かというところでッ! ゲイル、ラップ、ドルス達は何をしているのか! 直ちに収束させるよう伝令を出せッ!」

 アレクが激昂して第一軍の師団長の名を怒鳴りつける。将官クラスである彼らは、アレクがその才を見込んでその地位につけている。いわゆる子飼いともいえる人間達だった。

「そ、それが、ゲイル少将が裏切ったと兵達が申しております」

 伝令の一人が発言すると、アレクは一蹴する。

「馬鹿者がッ! 敵の流言に決まっているだろうが! この状況で帝国を裏切る輩がどこにいるのだ! 勝利は目前に控えているのだぞ!」

 伝令の胸元を掴み上げるアレクの足下に、コロコロと何かが転がってくる。妙な回転をしているそれは、やがて勢いをなくし、アレクから少し離れた所で完全に停止した。
 それは人の首だった。凄まじい形相をした、どこか見覚えのあるそれ。アレクが引き上げてやった叩き上げの優秀な指揮官。
 一個師団を率いるゲイルのものであった。

「ゲ、ゲイル? ゲイルなのか!? 何故このような姿に――」

「とても優秀な指揮官だったわ。殿下の見る目は確かみたい。その人、最後まで兵の統率を維持しようとしていたもの」

 暗闇から、聞き覚えのある声が響いてくる。そして急に空気が張り詰める。忌まわしい何かがいる。そう思わざるを得ない不吉なものだ。言葉では言い表せない何か。
 パチンとなる音がした後、近くで何かが爆発する。火が燃え上がり、その人物を照らしつける。

「――シ、シェラ中佐?」

 アレクと、周囲の親衛隊が目を凝らす。全身返り血に染まった小柄な女が、とぼとぼと近寄ってくる。その手にはまだ2つ程首を持っている。

「これもあげる。帝国軍は優秀な人が多いわね。忠誠心もあるみたいだし。
最期まで殿下の身を案じていたもの。殿下は本当に果報者ね」

 シェラが首を放り投げる。それはラップ、ドルスのものであった。白目を剥き、壮絶な最期を思わせる表情を貼り付けている。
その瞬間、恐慌状態に陥った親衛隊が、剣を抜き放ちシェラに四方から切り掛かる。

「し、死ね、この化け物!!」

「シェラ!! この裏切り者め!」

 正面の人間を縦一文字に切り裂いた後、鎌を弧を描くように回転させて左右の2名を順に切り裂く。後方から迫り来る槍を回避すると、蹴り飛ばした後、先端の直刃でその顔面を横に引き裂いた。
 アレクに近づけさせまいと、親衛隊はその身を盾にしてシェラの行く手を遮ろうとする。捨て身の攻撃を仕掛けるものもいるが、その剣が届くことはなく、一撃で肉塊に変えられてしまう。それでも攻撃を仕掛け続けるのは、親衛隊としての使命を誰もが分かっているからである。どんな状況でも、最後の一人までアレクの命を守らなければならない、それが親衛隊だ。
 1分も経たない間に、その場に無残な死体が量産されていく。弓で狙おうとした兵の額を、小型の鎌が歪に突き刺さる。同時に槍を突き入れるが、全く攻撃があたらない。その度にシェラの強烈なカウンターが繰り出され、命を刈り取っていく。

 後方から、シェラの騎兵が迫ってくる。白いカラスが火の手が上がる森林を駆け抜けてくる。主の下に馳せ参じる為に。

「――殿下、ここは危険です。幸いグスタフ様の指示により護衛は増強しております。この化け物の足止めはなんとかなると思われます。一旦退いて態勢を立て直しましょう。夜が明ければ、混乱は自然と収まります」

 参謀が目の前の惨劇に顔を青ざめさせながらも、己の役目を果たすために進言する。

「私に、逃げろと言うのか。たかが裏切り者の数百騎に怯えて、この第一皇子たるアレクに引き下がれというのかッ!? 私は3万の軍勢を指揮しているのだぞ!! 何故退かねばならぬ!?」

「殿下に万一の事態があれば、我ら第一軍は総崩れとなりまする。故に、指揮官は最後まで生き延びねばならぬという義務が御座います。お分かりになりましたならば、さっさと行くのです!」

 参謀が怒鳴りつけると、アレクが思わず絶句する。参謀は後方に控えていた親衛隊2名に、アレクを連れて安全な場所まで避難させるように命じる。何としても守り抜けと厳命して。

「殿下を味方の集まっている場所までお連れするのだ。全隊が混乱に陥っているわけではあるまい。恐らくは、指示を待っている部隊もあるはずだ。そこまで退避し、全軍に号令を掛けるよう進言するのだ。貴様達は、殿下を何としてでも守り抜くのだッ」

「…………」

「聞いているのかッ!? 貴様達は栄えある親衛隊員であろうがッ! 何を怯えているのだ! 返事をせんかッ!」

 参謀が一喝すると、親衛隊員は淡々と答えた。

「……了解しました」

「……我らにお任せヲ」

 大柄な親衛隊員2名が、アレクの両脇をがっしりと固定し、後方へと下がっていく。それを見届けた後、参謀は剣を抜き放ち親衛隊と共に足止めへと加わる。
 呪いの鎌を振るう死神には援軍が到着しようとしていた。周囲の火付けを指示通りに行い、最後は指揮官の元へと帰ってきたのだ。まずは500騎。残りの兵達も、混乱を煽りながらシェラの元へ帰還する為に全力で駆けていた。

「グスタフ閣下の勘は正しかったようだ。しかし、これほどまでの被害をもたらすとは。たかが一人の羽虫の為に、我ら栄光の帝国軍がこの様だ」

 シェラの裏切りは確定した。ということは、ヤルダーの投降も偽りだったということだ。ならば今回の侵攻作戦は全てが敵の読み通りということになる。我ら帝国軍はまんまとその策略に嵌り、醜態を晒すという訳だ。参謀である自分は、死んでも詫びきれない程の失態である。

「私ならば、第二要塞を打って出て、この混乱に乗じて奇襲を掛ける所だな。そしてマドロス城と連携しての挟撃だ。……しかし、コレほどまでに見事にかき回すことが出来るのは、目の前の化け物くらいしかおるまい。こいつは人間なのか? 本当に死神なのではないか?」

 ヤルダーの師団7000は、こちらも凄まじいまでの行軍速度で帝国軍へと迫っている。恐らくは夜明け、もしくはそれよりも前にその牙は第一軍へと食い込むであろう。十分な休息を取っていたヤルダー師団が帝国軍よりも早いのは当然の事だった。

「それにしても、ククッ、これはどうしたことだ。猛者揃いの親衛隊員が、たかが女一人に虐殺されているではないか。いや待て待て。きっとコレは夢なんだ。そうに違いない。でなければ、こんなことが起こる訳がない。たった一人に、百人の精鋭が殺されるなど、あって良い訳がないのだ。コレは夢だ。コレは夢だ。コレは夢だ。コレは夢だ」

 親衛隊を軽々と制圧し、一人残らず喰い尽した死神が、虚ろな表情で呟き続ける参謀に近づいてくる。哀れみを篭めた視線で頬を撫でると、優しげな声で囁いた。

「――それじゃあ、お休みなさい。良い夢を」








 親衛隊2名により、アレクは人気のない小高い丘まで連れられてきていた。怪訝に思ったアレクが問いただし、抵抗しようとしても、この兵士達は一切喋ろうとしない。両腕の拘束を解こうとしても、凄まじいまでの力が掛かっており、逃れることが出来ないでいた。
 そして何よりも奇妙に思うのは。

(こいつら、一切呼吸をしていない。汗すら掻いていない。身体が冷たすぎる。まるで……)

 乱れた呼吸を整えながら、アレクは兵士の顔を観察する。目に光がない。周りに光が一切ないので詳しくは分からないが、余りにも顔色が悪すぎる。

「お、おい。お前達……」

 アレクが何度目か分からない問い掛けをしようとした時、指を鳴らす音がして両腕の拘束が前触れなく解かれる。
 前のめりに倒れこむアレクの身体を、誰かが抱きかかえる。その相手を視界が捉え、脳が判断したとき、身体が恐怖の余り硬直してしまう。

「あ、あ、あああ――」

「こんばんは、アレク殿下。そんなに脅えなくても大丈夫ですよ。ここには、私達以外いないですから」

 ケタケタと笑い声を上げるシェラ、カタリナと騎兵隊達が周囲を円陣で取り囲む。

「わ、私を、どうするつもりだ」

「今それを考えているのよ。カタリナ、殿下を殺すのと、生け捕りにするのとどっちが良いと思う? 私はどっちでも良いのだけれど」

 シェラが額についた血と汗を拭いながら、カタリナに問い掛ける。
 カタリナは目を閉じて暫く考えたる。掌には、上官からプレゼントされた胡桃が2つ握られている。コロコロとリズミカルに転がして考えを纏めると、上官に報告する。

「生かして連れ帰ったほうが得策かと思われます。殺すのはいつでも出来ますから。恐らく、交渉材料として活用できるかと思います。その方が、王国にとっては都合が良いかと」

「なるほど」

「き、貴様達の好きなようにされるぐらいなら、私はッ――」

 アレクが怒鳴ろうとした瞬間、シェラの右手が口元を強引に押さえ込む。アレクは目の前の人間を強制的に直視させられてしまう。白い歯を剥き出しにして、深く、どこまでも暗い闇を湛えたその瞳を間近で凝視させられる。

「死にたくなったら遠慮なく言いなさい。但し、楽には殺さないわ。殺してくれと懇願しても殺さない。その声が枯れ果てて、お前の意識が焼き切れるまで生かし続ける。自我が崩壊した時に、蟲を踏み潰すように殺してあげる。その覚悟があるなら、どうぞ殿下のお好きなように」

 血に塗れた両手を、アレクの頬に優しく擦り付ける。ぬめりとした生暖かい感触が、アレクの脳を焼く。何度か頬を撫で回した後、シェラは楽しそうに笑った。

「――あ、ああッ、ああ」

「中佐、やりすぎると廃人になってしまいます。そうなってしまうと、ソレの価値が薄れるかと」

「ごめんなさい。確かにやりすぎは良くないわよね。殿下も私には食べ物とお金をくれたのだし。殺すならもっと楽に殺してあげないといけないわよね。……それにしても、ようやく窮屈な場所から解放されたわ」

 反応がなくなったアレクを放って、シェラが『あー』と軽く伸びをする。その光景を見た騎兵達から笑い声が漏れる。死神と呼ばれる上官には、余りに似つかわしくない仕草だったからだ。

「これからどうなさいますか? 間もなくヤルダー閣下の師団、マドロスからの挟撃部隊が到着するかと思われますが。攻撃に加わるのならば、連携を取る必要があるかと」

 混乱し、輜重隊を失って身動きが取れない帝国第一軍を、ヤルダーの師団と、マドロスから出撃した挟撃部隊1万が間もなく挟撃を仕掛ける予定となっている。主たる指揮官を失い、更に帝国第一皇子を奪われたのだ。一突きするだけで総崩れとなるのは間違いない。

「もう一人、挨拶しなくちゃいけない人間が残っていたわね。折角だからそっちに行って見ましょう。騎兵で飛ばせば間に合うかもしれないわ」

「了解しました!」

「殿下は丁重に抱えてマドロスへとお連れしなさい。宜しくお願いね」

 シェラが、最近騎兵隊へと参加した元傭兵2名に命じる。両者は背筋を伸ばして最敬礼を行う。

「はっ、この者は必ずやマドロスまで連れ帰ります! お任せください!」

「宜しい。……我らはこれより北進し、帝国第七軍の背後を突く! シェラ騎兵隊、転進開始ッ!」

『応ッ!!』







――食料貯蔵庫を急襲する為に、第二要塞から東進を続けていたグスタフ率いる第七軍。
 夜明けと同時に急報を知らせる伝令が訪れる。

「グスタフ閣下! 大変ですッ」

「何事だ! 騒々しいぞ!」

「第一軍が敵の夜襲を受け壊滅! 味方は潰走し、アレク殿下の消息は不明との事です!」

「……何ということだ」

 グスタフが眉間の皺を寄せ、唸りながら腕組みをする。

「第二要塞のヤルダーが裏切り、前方のマドロス城から打って出た部隊に挟撃された模様です。内部より裏切り者が出たとの情報も入っておりますが、詳細は不明です」

 伝令からの報告書を流し読みして、参謀が報告する。内心は動揺しているが、それを表情に出さないように努めている。

「殿下の第一軍がそう易々と打ち破られるとは考えにくいのですが……」

「しかし誤報とは考えにくい。第一軍は敗走したと考えるべきだ」

「恐らくは、シェラ中佐が内部より混乱を引き起こしたのだろう。どんな精兵であろうとも、指揮系統の乱れた軍勢など脆い物だ。……ヤルダーとシェラはやはり偽の投降だったのだ。我々は一杯食わされたという事だな」

 グスタフの言葉に、参謀達は押し黙る他ない。第七軍の選択出来る道は二つ。
 このまま東進し当初の計画通りに貯蔵庫への襲撃を行う。但し全滅する覚悟が必要だ。
 もう一つは、手薄になった第二要塞を再び陥落させ、そのままウェルスへと撤収するというものだ。これもかなり厳しいが、後続部隊が第二要塞付近まで迫っていれば十分に可能である。

「……我らウェルス人が、マドロス人に遅れを取るわけにはいくまい?」

「はっ、後ろを見せる必要は御座いませぬ。直ちに進撃せよとご命令ください。貯蔵庫を焼き払えば、敵にも地獄を味合わせることが出来ます!」

「宜しい。ならば前へと進むとしよう。貯蔵庫だけでも落さなければ、ウェルスの者に顔向け出来んわ!」

「了解しました! 必ずや貯蔵庫を落として見せましょうぞ!!」

 グスタフは前進を決断する。貯蔵庫を焼き払えば、再び膠着状態に持ち込ませることが出来るという目論みもあった。そしてアレクが仮に人質に取られていたならば、交渉を有利に運べるという考えもなくはなかった。それらが、グスタフの冷静な思考にノイズとして混じり、普段ならば取ることのない道を選んでしまったのだ。

 
 柵に囲まれ、偽装された貯蔵庫を遠眼鏡で目視できる位置までたどり着くと、第七軍は否が応にも進軍速度が上がっていく。そして死地へと飛び込んでしまった。高く伸びた茂みに隠されたその場所へと。

 
「な、なんだッ!? こ、ここは――」

「底なし沼だッ! 止まれ、止まらんかッ!!」

「全軍停止、停止しろッ!! 死にたくなければ止まるんだ!!」

 先頭の一団が湿地帯に突入した所で、兵士達に異変が訪れる。身体が泥に飲み込まれ、身動きが取れなくなる。そればかりか上半身まで沈み始め、やがて完全に飲み込まれてしまった。
 全てが底なしという訳ではないが、足は確実に囚われてしまう。馬は暴れて倒れこみ、騎兵は鎧の重みと足場の悪さで立ち上がる事が出来ない。

 グスタフは全軍停止命令を出し、ゆっくりと後退するように指示を送る。が、既に遅かった。
 ケリーの第5軍本隊はこちらに伏兵として配備されており、帝国軍が死地に飛び込むのを息を押し殺して待っていたのだ。

「グスタフの糞野郎、珍しく突っ込んできやがったな。おかげでこっちは大助かりだ。敵の側背を包囲しろ!! 沼地に押し出して矢を射掛けてやれ!! ウェルス人を皆殺しにしろッ!」

「了解しました!!」
「押しつぶせッ!!」
「矢の雨を浴びせろ!」

 戦鼓を打ち鳴らし、角笛をかき鳴らして全軍が突撃を開始する。沼地で足を取られていた者は、雨のように浴びせられる矢を受け、ひとたまりもなく倒れ伏せていった。命からがら脱出しようとした者達を待ち受けるのは第5軍が誇る弓騎兵の斉射である。

 ケリーも弓を構え、狙いを定めて確実に撃ち殺していく。矢を番えながら、考える。

(グスタフめ、死神殿の空気に呑まれて、こっちは全く疑いもしなかったようだな。いつものあの糞野郎なら、こんな場所に貯蔵庫を作るなんて有り得ないと看破するだろうに)

 防御力に不安のある第二要塞、そこから直進した場所にわざわざ貯蔵庫を築いた理由。それはこの正面一帯が沼地により完全に防御されているからに他ならない。でなければ、こんな平坦で守り難い場所に貯蔵庫を築く筈がないのだ。ケリーは誰よりもマドロスの地形を熟知しているのだから。
 普段のグスタフならば、確実に斥候により偵察を行い、慎重な進軍でこれを見抜いていただろう。
 それをさせなかったのが『死神』という強烈な存在感による目くらましだったと言う訳だ。

 

「退けっ、退くのだ! 包囲を突破し、一人でも多くウェルスへと戻れ!!私としたことが、まんまと罠に引っ掛かるとはッ!」

 グスタフが叱咤激励して、兵を鼓舞する。今更ながらに冷静さを失っていた己を恥じる。疑っていたシェラにまんまとしてやられたこと、そして目の前にぶら下げられた餌に食いついてしまった愚かな判断。
 怒りと悔悟で顔を紅潮させながらも檄を飛ばす。後悔している時間などある訳がない。

「閣下、閣下はここで死んではなりませぬ。ウェルス人の為にも生きて戻るのです。それが、ウェルス家の人間の義務です。我らの家族をお願いしますぞッ!」

「それは出来ぬ! 私も諸君らと共に――」

「なりませぬッ! 我らが突撃して必ずや血路を開きまする。そこを突いて、何としてでも突破するのです!」

「グスタフ閣下、どうかご無事でッ!」

「待てと言うにッ!」

 グスタフの制止の声を振り切り、側周りの一隊が気勢を上げて歩兵を蹴散らしながら突撃を開始する。長槍に串刺しにされ、馬から引き摺り下され、幾人もが討ち取られる。が、その猛烈な勢いに王国軍に一瞬だけ隙が出来る。

「ええい、彼らの犠牲を無駄にする訳にはいかぬ! 者共続けいッ! 必ずや包囲を突破するぞ!!」

「閣下に続け!! ウェルス万歳!!」

「ウェルスに栄光あれ!!」

「マドロス人を一人でも多く殺せッ!」

 包囲を突破したグスタフは第二要塞を目指して全力で逃走を図る。それを阻止せんと、ケリーの追撃部隊は執拗に攻撃を繰り返す。ウェルス人の捕虜はいない。全員死ぬまで戦い、そして殺し続ける。
 損害が予想以上に増え始めた為、ケリーは止む無く追撃停止を命じる。死兵と化した人間程厄介なものはない。それほどまでにグスタフ隊の兵士は果敢に戦ったのだ。

 2万いたグスタフの第七軍は、5000までその数を減らしていた。その生き残りもバラバラに四散し、それぞれが独自の判断でウェルス目指して撤退を行っていた。
 グスタフの周りにつき従うのは、僅か500余り。統率をとることもできず、ひたすら潰走を続けるしかなかった。
 激しい吹雪が吹き付ける中、前方に騎兵の一軍が現れる。旗は黒、そして白いカラスの紋章を付けている。シェラ隊の旗印、今回の敗戦の立役者とも言うべき人物である。

「……死神のお出ましか。行きがけの駄賃に丁度良い。彼奴に報いを受けさせてやるわ!」

 グスタフが凶暴な形相で剣を抜くと、号令を掛けて攻撃を仕掛ける。
 シェラ隊も同じく突進を開始し、お互いに馬を止めての大乱戦となる。お互いに疲労が蓄積しており、元気に動き回っているのはシェラぐらいのものである。鎌を豪快に振り回し、手当たり次第に刈り取っている。

「シェラッ!! 貴様、どの面下げて現れおったか!! 武人としての誇りがあるならば、今すぐ自害しろッ!」

「アハハッ! グスタフ中将、貴方を待っていたのよ。そうしたら、こうして見事に巡り合えたって訳。将官の首は幾つあっても良いからね。悪いけれど、私のご飯になって頂戴ッ!」

「黙れッ! ウェルスの誇りにかけ、貴様を討ち取ってくれるッ!」

 シェラの鎌がグスタフへと襲い掛かるが、剣を巧みに操りその猛撃をいなしていく。剣でまともに受けては危険と長年の勘が告げている。グスタフは力を受け流すように剣を振るい続ける。
 馬がけたたましく嘶き、グスタフの掛け声が辺りに響く。

「――ハアッ!! ハアアアアアアアアッッッ!!!」

「――っと。ちょこまかと。このッ!」

 力を受け流すように、シェラの一撃を紙一重の所で捌く。熟練の剣術をグスタフは窮地で発揮していた。

「甘いわ、小娘がッ!!」

「――ッ!!」

「貰ったぞッ!!」

 グスタフの仕掛けたフェイントに、シェラが思わず引っ掛かる。態勢を崩したと見せかけた所に、大鎌が振り下ろされるが、グスタフは寸での所で回避。大振りしたシェラの胸元目掛けて、鋭い渾身の突きを入れる。その一撃はグスタフの人生で、最も素早い突きだった。

「…………」

「……惜しかったわね。後指先ぐらいだったのに。グスタフ中将、貴方本当についてないわね」

「グガ、ガッ――」

 グスタフが突き入れた剣は、シェラの心臓まで後僅かという所で止まっていた。鎧には当っているが、残念ながら傷を負わせる事は出来ていない。
 グスタフの下顎には、シェラの切り上げた大鎌が見事に突き刺さっている。その先端がグスタフの顔面を突き破り姿を現している。どれほどの激痛が走っているのか、グスタフは悲鳴を上げることすら出来ないでいた。口から夥しい量の血液が溢れ出る。
 シェラは乱暴に引き抜くと、横に一閃してグスタフの首を断ち切る。そして息を吸い込んだ後大声を張り上げた。

「敵将グスタフ、このシェラが討ち取った!! 敵は総崩れだッ、手当たり次第に討ち取れッ!!」

『ウオオオオオオオオオオオオッ!!』

 指揮官を失った部隊は非常に脆い。逆に勝利した兵士は勢いづく。戦意を喪失したグスタフの兵達は、各個撃破され、その屍を大地に晒すことになる。それでも最後まで戦い抜いたのは、褒められるべきなのかもしれない。




 結局、第七軍で無事にウェルスまで戻れたのは3000弱に過ぎなかった。残りの兵士はその全てが討ち死にした。
 第一軍の3万は、完全に総崩れとなり、半数以上が投降、残りは戦死及び逃走した。
 マドロス侵攻作戦は完全に失敗し、帝国軍は多大な損害を喫する結果となった。

 また、第一軍指揮官であるアレクは王国軍の捕虜となり、第七軍指揮官グスタフは戦死。帝国北部は完全に戦力を喪失してしまい、首脳部に多大な動揺をもたらした。
 王国はアレクを材料として帝国との交渉を開始。まずは帝国が占領した王国領からの撤兵、及び賠償金の支払いを求める。更にアレクを引き渡すのと引き換えに、第二皇子であるアランの引渡しを要求。帝国と解放軍との間に楔を打ち込もうと目論んだ。
 帝国は撤兵は了承するが、賠償金の支払いは拒否。またアランの引渡しは完全に拒絶。第一回交渉は物別れに終わる。
 取りあえず交渉は続行させるということで一旦纏まり、仮初の平和がウェルス、及びマドロス地帯に訪れたのだった。

 



 今回のマドロス防衛戦において、シェラの働きは凄まじいものがあり、師団長クラスの将官首を3、第七軍指揮官グスタフの首、更には帝国第一皇子を生け捕りにするという大手柄を挙げた。ケリー及びヤルダーから手放しで激賞され、王都でも英雄のような扱いを受ける事となる。宰相ファルザームからも感状が届き、勲章授与が決定する。
 この大功により、即座に大佐への昇進が了承され、副官のカタリナも中尉へと昇進が決定する。
 本人は大佐への昇進よりも、輜重隊襲撃の際に入手した『ウェルス芋』の種芋の方がお気に召したようだった。
どこか適当な場所で栽培してみようと、鼻歌混じりに種芋を弄んでいた。


「中佐、大佐への昇進決定おめでとうございます。王都では救国の英雄と評判らしいですよ。死神の名は返上した方が宜しいのでは?」

 英雄の異名が『死神』というのが不吉と話題になっていると、カタリナは苦笑しながら語るが、シェラは全く問題ないと笑い飛ばした。

「折角名づけてもらったのに、それは勿体無いじゃない。結構気に入ってるのよ?」

「それならば問題ありません。これからも堂々と死神を名乗ってください」

「そうするわ。カタリナも中尉になれて良かったわね」

 敗戦続きだった為、昇進が見送られていたカタリナ。ここにきてようやく中尉へと昇進することが出来た。昇進しても彼女の仕事は特に変わらないが。
 シェラの副官としてより一層働くつもりでいる。

「はっ、ありがとう御座います! それと、ヤルダー中将も今回の功により大将への復帰が決まった模様です。非常に上機嫌で、中佐のことを褒め称えていましたよ。娘にしたいぐらいだと」

 冗談ではなく、本気で養子に取ろうと考えているらしいが、シダモに止められている。
これ以上面倒ごとを押し付けられるのはご免であると、血相を変えて説得されたらしい。
 ケリーも無事生き延びたダラスの嫁に迎えたいと申し出たが、ダラス本人が泣きながら断ったという。どうやら殺されかけたのが精神的外傷になっているらしい。
 シェラが笑いかけると、顔を蒼白にして飛ぶように逃げていった。

「勲章も一杯くれるって言ってたわ。そんなものより、美味しい物をお願いしますって言ったら、笑ってたけど」

 種芋をお手玉代わりにヒョイヒョイと投げ続けるシェラ。カタリナはその様子を楽しそうに眺めている。

「今回の戦いで、私の兵士も一杯死んじゃったわね。とても残念」

「はい、2000人中、556人が戦死及び行方不明です。ですが、皆最後まで勇敢に戦いました」

「……ご飯を一緒に食べてくれる人がいなくなると、とても寂しいわね」

「私達は、最期までお供します。前にも申し上げましたが」

「そうね。うん、まだ大丈夫。だって、全然殺し足りないもの。もっと一杯食べたいし、もっと一杯殺したい。まだまだ私は戦えるわ。反乱軍の屑どもは、一人残らず皆殺し。そう決めてるからね」

 上機嫌に微笑んだ後、シェラは種芋を大事そうに袋へとしまいこんだ。カタリナをつれて騎兵隊の元へと戻ると、皆でシチューを作ることにした。ウェルス芋と、マドロスで取れた魚を放り込んで一杯煮込んだシチュー。それはとても美味しかった。
 飛び入りでヤルダーとケリーも参加し、マドロス城を巻き込んでの大宴会へと発展する。
 シェラは色々なご馳走を食べ、お酒を飲み干し、仲間達とお祭りを多いに楽しんだ。

 

 


――マドロス城の一室。
 宴が終わった後、ヤルダーとケリーの両者は静かに酒を酌み交わしていた。
勝利の美酒というわけではないが、ヤルダーを労う為にケリーが自慢の高級酒を用意して招いたのだ。

「ヤルダー。今回は損な役割を押し付けてすまなかったな。お前のお蔭でグスタフをぶっ殺して、マドロスを守りきることが出来た。本当に感謝している」

 ケリーが杯に酒を注ぐと、傷だらけの顔をしたヤルダーが、しかめ面をした後一気に飲み干す。

「――ふん。勝利の立役者はシェラ中佐だ。私は道化を演じたに過ぎん。彼女でなければ、帝国軍を潰走させることは難しかっただろう。シェラは見事期待に応えてくれた」

「……アレは、一体どういった女なんだ。ヤルダー、お前はどこで見出したんだ。あんな化け物、俺は見たことがねぇぞ」

「元々はアンティグアに配備されていた一兵卒に過ぎん。それがあっと言う間に頭角を現して、今では英雄の仲間入りだ。この調子なら、王国の未来も明るいだろうな」

 ヤルダーがシェラの姿を思い浮かべながら、呟く。彼女の華々しい出世物語は、同時にヤルダーの苦難の歴史でもある。武人として嫉妬する程の才の持ち主。自分の養子に迎えると言ったのは決して冗談ではない。もし自分の息子の誰かと結婚し、この家を継いでくれたとしたら。

「……ヤルダー。一つだけ聞きたい。どうしてシェラをそこまで信頼出来たんだ。帝国に本当に裏切るとは思わなかったのか? 俺がお前に道化を演じさせたのは、貴様が絶対に裏切らないという確信があったからだ」

 ケリーはヤルダーを猪突猛進型の指揮官という認識を持っている。それと同時に二心を持たない剛毅な武人としての一面もあることを知っている。一見しただけでは豪快な猛将型であり、傲慢さだけが表に出てしまう勘違いされやすい人間である。
 本人にとっては幸か不幸かは知らないが。
 だからこそケリーはヤルダーに偽りの降伏を演じさせ、帝国の背後を突かせたのだ。
ヤルダーが激昂して殴りかかってきたのは、その屈辱的な任務に自尊心が耐えがたかったからだ。

「聞きたいか、ケリーよ」

 ヤルダーが勿体つけながら杯を傾ける。

「是非聞きたいね。今後の参考とさせてもらおう」

「――ただの勘だ。彼女なら裏切らないという気がしてな。そして私は見事に賭けに勝ったという訳だ。実に目出度い事だ」

 ケリーは聞くんじゃなかったという表情を浮かべた後、手酌をして酒をあおった。したり顔のヤルダーは、つまみの燻製肉を齧る。
 ヤルダーがシェラを帝国本陣に送ったのは、自分だけでは足りないと思ったからだ。
帝国の大軍を打ち破るには、強力な毒を盛る必要がある。ヤルダーだけではとても足りない。そしてその大役を担うことが出来るのは、ヤルダーの麾下には一人しかいなかった。
 死神の異名を取る女将校。黒旗に白烏の紋章を掲げる騎兵隊。
 彼女達ならば、帝国軍を思うが儘に蹂躙し、大混乱に陥れるだろうという気がしたのだ。
 ただそれだけの話である。




 

 

 

 

――王都よりカナンへの伝令 

王都ブランカにてクーデター未遂事件発生。
首謀者はバザロフ家の長男、ガルフ・バザロフ大佐及びその一派。
国王及び宰相の殺害を計画し、実権を握らんと企んだものと思われる。
宰相ファルザームの諜報活動により未然に防ぐことに成功した。

カナン憲兵隊は、至急シャーロフ・バザロフを拘束し、王都へその身柄を送還せよ。
抵抗した場合は、生死は問わないものとする。
カナンの指揮官には、代理としてバルボラを任命する。



テスト的に大陸地図を作成してみました。
参考程度に見てやってください。
http://5954.mitemin.net/i48051/
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