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死神を食べた少女 作者:七沢またり
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第十八話 王都のご馳走はきっと美味しい

 修復作業が急ピッチで行われているベルタ城。
 城内の会議室では、将官、参謀達の意見が真っ二つに割れていた。直ちにカナンを陥落させ、王都攻略を目指す急戦策、南部を攻略しつつカナン調略も行うという安全策。連戦連勝に勢い立つ者達は、一刻も早く王都を目指すべきだと強行に主張する。

「我々の大義は何であったかを思い出して頂きたい。王都を圧政者の手から解放するのが、我々の使命だったはずだ。それをなぜ遠回りをしなければならないのか、理解に苦しみます」

「左様。こうしている間も、民達は苦しんでいるのです。敵は最早崩壊したも同然。更に帝国も宣戦を布告したのですから。わざわざ王国南部を落すなどという、迂遠な道を取る必要がありません」

 アルツーラはまだ自分の意思を示していない。全員の意見を聞き終わるまで、彼女は判断を下さない。それだけ彼女の決断は重い。解放軍全ての兵士の命が掛かっているのだ。
 アルツーラがディーナーに視線を送ると、軽く咳払いをして話し始める。

「……私は、焦るべきではないと考えます。時間は我々の味方なのです。
待てば待つほど我々に有利となり、王国軍には不利となる。そして、まもなく厳しい冬を迎えます。短期で落せるほど、カナンは甘くはない」

 ディーナーの意見を聞き、苦い表情を見せる人間がいる。彼の台頭を快く思わない、対立派閥に属する者達だ。アルツーラ旗揚げ時から付き添う者達が、古参のサルバドル派。帝国から来た援軍もこの一派に含まれる。
 途中から彼女の志に賛同して集った、或いは降伏した者達がベルタ派である。
 アルツーラに近い者達が多いサルバドル派が当然主流ではある。だが人数だけならばベルタ派の方が上回っている為、彼らの意見を無視することは出来ない。
 微妙な舵取りがアルツーラには求められる。どちらかに偏ると不満が生じる。それが溜まりに溜まって爆発したのが、現在の王国なのだから。

「これはこれは、智謀に秀でるディーナー殿のお言葉とは思えませぬな。
先日の戦いにおいて、5000の兵をカナンへ追撃に向かわせたのは貴公ではないか。むざむざと撃退されて、多くの血を流したのを忘れたとは言わせませんぞ」

 ベルタ派の参謀、ガムゼフが非難すると、他の人間も同調する。

「考えもなしに兵を動かすからそうなるのです。ベルタを落したのは、確かにディーナー殿。貴方の手腕によるものだ。だが、それを成し遂げたのは解放軍将兵、民兵達の命がけの働きあってこそ。志を共にする全員の力によるものだと言う事を、忘れてもらっては困りますぞ」

「……それでは、カナンを落す策がガムゼフ参謀にはおありなのか?」

「無論です。既に攻略の手はずは整えてあります。私は王都地方の領主達とは、少なからず縁がありましてな。我々解放軍が王都地方に侵攻次第、必ず決起するという念書を交わしております」

 ガムゼフが、懐から密書を取り出す。複数ある手紙には、カナン地帯越えた地域の領主達の名前が記されている。彼は王国軍に所属していた時の縁故を活かして、調略活動を行っていたのだ。
 領主達の求めているものは、安定と保障。ガムゼフにとっては、容易い作業であった。後は、手柄をベルタ派で独占し、王都制圧後の権力を握る足がかりとしなければならない。帝国の傀儡政権など冗談ではない。このままでは内乱に乗じて帝国の思うがままにされてしまう。元王国軍だった者達が危惧しているのはそこだ。
 その旗振り役を担っているのが、軍師ディーナー。帝国から派遣されたアラン皇子と近しく、出自不明の不審人物。ベルタ派にとっては目の上の瘤であり、虎視眈々と失脚させるタイミングを狙っている。中々落ち度を見せなかったが、先日の追撃戦失敗は、彼らにとって待ちに待った好機と言う訳だ。

「ガムゼフ殿。私はカナン攻略についてお尋ねしたはずだが。王都攻略はその後の話のはず」

「そう慌てなさるなディーナー殿。これから詳しく説明します故。私の配下には、このあたりの地理に詳しい者達が多いのです。……これをご覧ください」

 広げられた地図の上、ガムゼフは指で示しながら説明を開始する。

「正攻法でいくならば、この王都へと繋がる街道を制圧しなければなりません。しかしながら、街道は狭く周囲は険しい山岳地帯。平城とはいえロシャナク要塞まであります。この山岳部に布陣された場合、攻め落とすのは困難でしょう」

「確かに、相手は自然の要害を活かしつつ戦うことが出来る一方、我々は常に平野部で戦わなければなりませんね」

 アルツーラが頷く。ディーナーは黙って聞いている。

「その通りです。無理に攻めようとしたら、兵の損耗は激しくなるでしょう。……ここで一旦話を変えさせて頂きたい。この王都を囲むようにそびえるカナン山岳地帯。これを越えた先には、3つの要塞があります。一つは我らの目指す王都ブランカ。そこから南東にサーイェフ要塞。そしてまもなく完成するのが、南西にあるキュロス要塞」

 一つ一つ地点を指し示す。ベルタから一番近いのは、南西のキュロス要塞だ。
 街道を越えると、西にキュロス、東にサーイェフ。そして中央に王都ブランカを見ることが出来る。この三角防衛線は、カナンを抜けられた場合の王国最後の砦である。

「完成が間近ということは、我々にとって厄介な敵になりそうですな。」

 ベフルーズが白髭を擦りながら眺める。一つを攻略中に、背後を衝かれてはたまらない。それに対応する為には、嫌でも戦力を分散させられてしまうという事だ。

「ところが、今なら厄介という訳でもないのです。完成間近ということで、まだ守備兵が配置されていない。いるのは人足として集められた民と、監督官、僅かな警備兵だけです。……そして、我らにとって星のお導きともいうべき僥倖があります」

 諜報員から入手した情報を語りながら、ガムゼフが誇らしげに地図をトントンと叩く。
 ディーナーがその先を促す。

「その僥倖とは?」

「カナン山岳には、地元の者だけが知る峠道が存在します。当然地図には載っていない。余所者にも知られてはいません。その抜け道を越えた先が、このキュロス要塞の背後という訳です」

 攻略予定地点から、更に西に存在する地点を示す。ゴルハバール峠と呼ばれる険しい山岳地帯。その峠を越えてキュロスを奪取、王都地帯へ楔を打ち込めとガムゼフは言っているのだ。

「しかし、それは危険ではありませんか? 孤立した場合、全滅は免れないでしょう。容易に増援を送り込める場所ではないように思えます」

 アルツーラが懸念を示すと、ガムゼフは心配無用と首を振る。

「その為に、キュロス周辺の領主達を調略したのです。心ある民達は必ずや我らに協力してくれるでしょう。先遣隊として軽装歩兵3000、後詰に5000程お借りしたい。それだけあれば守りぬけます。まもなく冬も訪れます。雪が降れば大軍での行軍は不可能。その間に、カナンを正面と背後から圧迫するのです」

「ディーナー、どう思いますか?」

「……成功すれば、カナンは労せずして落ちるでしょう。彼らの補給路を断つことが出来ます。カナンは痩せた土地故、現地調達は非常に難しい。王都からの補給が命綱ですから。但し、可能性とは五分五分でしょうか」

 ディーナーは懸念を示すが、ガムゼフは食い下がる。ここまで下準備を行ったのだ。独断で領主たちへの根回しを行ったとはいえ、少なくない資金が投入されている。今更後には引けない。床に跪き頭を垂れ、己の覚悟を訴える。解放軍の勝利の為というのは嘘ではない。

「アルツーラ姫。どのような策にも危険は必ず存在します。しかし、それを恐れていたならば、解放軍はこの場に存在していないはずだ。どうか、我らにご命令をお与えください。必ずや、必ずや成し遂げてみせます!」

 しばし考え込んだ後、アルツーラは決断する。

「……分かりました。作戦指揮はガムゼフ、貴方に一任します。但し、並行して南部の攻略も行います。ディーナー。貴方は王国南部の調略を進めなさい。ベフルーズ。貴方は兵を率いディーナーと共に向かうように」

「はっ!」
「了解しました!」


 解放軍方針決定。
 第一陣としてカナン正面に30000を展開し布陣。相手守備兵力を釘付けとする。攻撃は控え、あくまでも対峙することを目的とする。

 第二陣としてハスティー大佐率いる軽装歩兵3000が、ゴルハバール峠を越えて、キュロス要塞を強襲。後詰の5000は占拠連絡を受けた後下山し、地域制圧を行う。

 最終段階として、カナンへの補給路を断ち、王国軍の自滅を図る。敵が後退したならば、主力の30000はそのままカナン制圧を行う。

 王国南部攻略にはベフルーズ、ディーナーが当る。アルツーラはベルタ城から全体指揮を行う事が決まった。

 その夜。ディーナーは、密命を与えた諜報員を王国へと放った。懸念が当った場合に備えた保険である。当らなくても問題はない。腐敗した王国ならば、それを利用しようとする屑が必ずいるだろう。工作活動がやりやすい土壌が既に出来ているのだ。まともな植物は枯れてしまう。残るのは腐った植物だけ。それを刈り取るのは容易いことだ。





 王国軍領カナン地帯、ロシャナク要塞宿営地。
 焚き火を囲みながら、各自が食事を取り、酒を飲み、疲れを癒し、話に興じていた。兵士達の数少ない楽しみだ。こんな辺鄙な場所では、他に娯楽などない。

 華々しい戦果を挙げ、味方兵を救い出したシェラ騎兵隊は英雄として迎えられていた。
 シェラ隊の兵達は引っ張りだこで、シェラはどのような人物なのか、噂の武勇は本当なのかを尋ねられていた。

「で、本当なのか? お前んとこのシェラ様。死神だって話じゃないか。遠くから見た限りじゃ、そこらへんの村娘と変わらないけどなぁ」

 守備兵が、腕を組みながら唸っている。働きを挙げたのは確かだとは思っているが、どこまで本当なのかは疑わしい。ベルタ包囲を潜り抜け、追撃部隊を完膚なきまでに叩きのめした。一体どこの英雄様かと笑いたくなる。お伽噺じゃないのだから。

「シェラ少佐、いや中佐か。噂は殆ど合ってるよ。まだ18かそこそこだけどな。あの戦いぶりを一度見れば、二度と嘘だなんて言えないさ」

 騎兵隊の男が、酒を注がれながら呟く。周囲には10名余りがそれを囲み、それに聞き入っている。

「生き残った奴の話じゃ、お前らも凄まじい戦いしてたって話だぞ。シェラ様に指揮してもらうと、思わずやる気がでるのか? なんてなハハハ!」

「ご褒美でも出たりしてな! 羨ましいぜ。うちんとこはムサいからなぁ」

「今度俺も転属願い出してみるかな。手柄挙げて出世できそうだしな!」

 皆が笑いながら冗談を言う。騎兵隊の男は、目の前の炎を眺めながら淡々と語る。

「……なんていうかな。あの旗の下、中佐と一緒に戦ってると、恐怖がなくなるんだ。死ぬのが本当に怖くなくなるんだぜ。自分でも不思議なんだけどさ」

「そいつは我慢してるだけさ。死ぬのが怖くない奴なんているもんか」

「そりゃそうだ。戦って興奮してても、やっぱり死ぬのは怖いぜ」

「シェラ騎兵隊に死は存在しないんだ。俺達は、絶対に死なない。肉体を失っても、常にあの黒旗の烏の下、永遠に中佐と共にあるんだ。だから、シェラ騎兵隊に敗北はナイ。我々ハ絶対ニ負ケナイ」

 虚ろな瞳で話を続ける男を、皆が絶句しながら見詰める。まるで聖句でも唱えるように、男は己の信仰の正しさを確信している。その目は狂信的な光を映し出していた。

「お、おい」
「大丈夫か?」

 ハッとした様子であたりを見渡すと、男は軽く笑って酒をあおる。

「……なぁに。ただの例え話さ。俺達はそのくらいの意気込みで戦ってる。
中佐は常に先頭で戦ってくれてる。付いていくにはそれで十分だ」

「そ、そうか。それは頼もしいけどよ」

「まぁ飲もう。飲める時に飲まないと、きっと後悔するぞ」

「そ、そうだな! 飲もう飲もうッ!」

「…………」

 その後は、静かに皆が酒を飲み続けた。死の恐怖を誤魔化すように。そこから目を必死に背けるように。要塞に高らかに掲げられている黒い旗。白いカラス。それが自分の背中に舞い降りてこないように祈る。あれに取り憑かれたら、きっとこうなってしまうから。

――騎兵隊の男は、楽しげに旗を見詰めている。







 ロシャナク要塞、士官食堂。
 シェラは、ヤルダー大将に食事に招かれていた。ベルタは落ちたとはいえ、個人の戦果としては並ぶ者のない功績を挙げている。ヤルダーはとても上機嫌で、豪快に笑いながら酒を喰らっていた。

「シェラ少佐。いや中佐! 貴官を推薦した私は間違っていなかった!」

「ありがとうございます、閣下」

「あー、敬礼は良い。遠慮なく食べろ食べろ。貴官が食べるのが何よりも好きだということは、シダモから聞いている。そうだったな、シダモ参謀!」

「はっ、間違いありません」

 ベルタから帰還したシダモが頷く。手傷は多少負ったが、動けない程ではない。再びヤルダーの補佐に就き、参謀として働くことになった。
 シェラは横目でシダモを見た後、再び食事に戻る。良く分からない焼き魚、兎肉、茸、山菜、果物。山の幸といった所だろうか。枯れた大地とはいえ、山ではそれなりに収穫物があるようだ。

「うんうん。いずれ第3軍復活の暁には、中佐に部隊の中核を担ってもらうつもりだ。地に落ちた鋼鉄師団の誇り、次の戦いで必ず取り戻すのだ。良いな、シダモ!」

「はっ、このシダモ全力を尽くします」

「宜しい! ではゆっくり楽しむが良い。幾らでも食べて構わん。私は先に戻らせてもらう。何かあったら遠慮せず尋ねて来い」

「了解しました!」

 シェラが食べながら敬礼すると、苦笑して立ち去っていくヤルダー。かつての傲慢だった態度は鳴りを潜めていた。
 シダモは良い傾向だと、一人頷く。傲慢ささえなければ、勇猛果敢な指揮官である。でなければ貴族と特別繋がりのないヤルダーは、第3軍指揮官を任されてはいない。

「それでは中佐。私も失礼するぞ。……良く生きて帰ったな。貴様への指示は変わらん。死ぬなら外で死ね。要塞の中で死ぬのは、騎兵の無駄遣いだからな」

「了解です、シダモ参謀」

「……ヴァンダーの事は気にするな。いずれ裏切りの報いを受けさせる。貴様の責任ではない。言われなくても分かっているだろうが」

「反乱軍は皆殺しですから。必ずこの手で殺します」

「死神からの死刑宣告か。フン、奴に聞かせてやりたいところだ」

 シダモは鼻を鳴らして踵を返した。
 シェラは兎肉の塊に力強くフォークを突き刺すと、乱暴に噛み千切った。濃厚な血の味がする。







――翌日。シャーロフ元帥率いる第1軍本隊がロシャナク要塞へと着任した。
即座に将官を招集し、軍議を開くシャーロフ。ここに来るまでに斥候を放ち、大体の情報は入手している。ベルタ陥落は痛手だが、嘆いているわけにもいかない。今はカナン死守、王都侵攻を絶対に阻止しなければならない。

「……我々はベルタ地帯を失ったが、まだ王都への侵入を許した訳ではない。北西の第5軍は帝国相手に善戦しているようだ。このままならば冬季まで陥落することはないだろう。冬になれば、往生するのは奴ら帝国だ」

 帝国軍は北西要塞地帯で苦戦を強いられていた。予想外に王国兵の規律が保たれているのだ。これが解放軍相手ならば、北西部は容易く陥落していただろう。だが、北西地帯住民にとって、帝国軍は決して相容れぬ宿敵である。お互いに殺し、殺されて長年憎しみあってきたのだ。今更和解など考えられない。民達は率先して帝国兵と戦うために立ち上がった。糞みたいな王国でも、帝国に降るよりはマシだという考えから。支配下に置かれたら、厳しい弾圧を受けるのは目に見えている。老若男女。その誰もが冗談ではないと、剣を持ち立ち上がる。

 帝国主力は要塞で迎え撃ち、各地に潜ませた遊撃隊で敵兵站を掻き乱す。地の利のある王国遊撃隊相手に、帝国軍は手を焼いていた。神出鬼没の襲撃を繰り返し、民間人達はそれに進んで手を貸している。誰が軍人で、誰が民間人かも分からない。皆殺しにすれば更に統治が困難となる。
 そしてもうすぐ厳しい冬が来る。補給が困難になり、行軍もままならなくなる。電撃的に要塞地帯を抜き、王都を目指すという戦略は、既に頓挫していた。だが面子から撤退は出来ない。お互いに消耗するだけの持久戦にもつれこんでしまった。
 秋に開戦したのが全ての間違いの元だった。兵力を見せ付ければ、直ぐに開城すると甘く見ていたのだ。


「敵がカナンを攻略せんと、兵を動かしているという情報が入っています。
我々も、いつでも対応出来るよう、準備を整える必要がありますな」

「いや、むしろこちらからベルタを強襲するのはどうでしょうか。敵が勝利に浮かれている隙をつけば」

 バルボラ中将が提案するが、シャーロフは一蹴する。

「寝言をぬかすな。次に大敗を喫すれば、王国の存亡に関わるぞ。軍を動かすのは慎重にならねばならぬ。軽はずみな言動は慎め」

「は、はっ! 申し訳ありません」

 バルボラを睨みつけた後、ロシャナク守備の任に就いていたヤルダーに視線を向ける。

「元帥閣下。このヤルダー、アンティグアでの失態、面目次第も御座いません。ですが、この汚辱を雪ぐ機会を頂きたい。次の戦では、是非先陣をお命じくだされ! 必ずや反乱軍を討ち果たしてみせますッ!!」

 顔を紅潮させながら、ヤルダーが訴えかける。ロシャナクで留守番など冗談ではない。一軍を率いて、カナン防衛に当る。ヤルダーとしては、なんとしてもその役目を引き受けたかった。

「ヤルダー。我々が到着するまで、良くロシャナク要塞を守ってくれた。そのことについては、貴官を評価する。――が、貴様は儂の命令を聞いてはいなかったようだな」

「な、何のことでしょうか」

「『血気に逸り軽挙に走ることなかれ』。儂はそう厳命したはずだ。ヤルダー。貴様、目先の事に囚われて、要塞を落されたらどう責任を取るつもりだったのだ。敵が別働隊を投入していたら、このロシャナクはどうなっていたのだ! 貴様はアンティグアと同じ失敗を繰り返す所だったのだぞ!!」

 珍しくシャーロフが激昂して叱責する。ヤルダーは唾を飛ばしながら反論する。

「敗走する味方が敵の追撃を受けていたのです! それを助けて何が悪いのか!! 私には彼らを見捨てることなど出来ませんッ!!」

「……ヤルダー。貴様、何も反省しておらんようだな。貴様がいてはカナン防衛が危うくなる。ロシャナクが無事だったのはただの幸運に過ぎん」

「シャーロフ閣下ッ!!」

 バルボラはそれを見てほくそ笑んでいた。ロシャナク防衛という手柄を挙げ、ヤルダーに復帰などされては困るのだ。シャーロフの予想だにしなかった叱責に、内心笑いが止まらない。手を叩きたいぐらいである。それが極まったのは次の瞬間だったであろう。

「ヤルダー、貴様は中将に降格だ。このままベルタの兵達を連れて王都へ戻れ。貴様の処分は、追って指示する。これが降格通知書だ。後ほどシダモ参謀に渡しておく。眼を良く開いて、己の頭に叩き込んでおけ」

 封筒を見せながら、ヤルダーに冷酷に告げる。ヤルダーは顔面蒼白になり、それを呆然と聞いている。

「か、閣下。ご、ご再考を。どうか、どうかもう一度機会を!」

「くどい。命令は下したぞ。誰でも良い、ヤルダーを外に出してやれ。疲れで足が覚束ないようだ」

 シャーロフが指示すると、バルボラが笑みを浮かべながら近寄っていく。

「ヤルダー大将、いやヤルダー『殿』。ここに貴官の席はない。さっさと王都に戻られるが良い」

「バ、バルボラ! 貴様ッ!」

「衛兵! ヤルダー殿を部屋にお連れしろ! 中将殿は少々お疲れのようだ!」

 ヤルダーが暴れようとするが、駆けつけた衛兵に取り押さえられ、強引に運び出されていく。それを見届けると、シャーロフは小さく息を吐いた。


「……それでは、軍議を続けよう」







 シェラの士官室。カタリナからの報告を受け、シェラはどうでも良さそうに頷いた。第4軍だったシェラ騎兵隊は、王都に戻されることになった。ヤルダー元大将閣下は、すっかり意気消沈して自害しかねない様子だったという。今ではその気力すらなくなったようだと、シダモが言っていた。上がったり下がったり、元大将も色々と大変そうだ。
『貴様は臨戦態勢を取っておけ』と小さく呟いていたので、何やら考えがあるのだろう。
 シェラにしてみれば、やることは変わらないので別にどうでも良かった。カタリナも何か考えがあるようだが、それを話そうとはしない。

「カタリナ少尉。飴玉ある?」

「はっ、これをどうぞ」

 瓶から飴玉を取り出し、差し出してくる。シェラはそれをつまむと、ひょいと口に放り投げた。塩の味がしたので、シェラは怪訝な表情を浮かべる。

「……カタリナ少尉。これは何かしら?」

「塩を加えた飴玉です。甘味と辛味の良い所を合わせたらしいですよ。塩分と糖分を同時に取れる優れものです」

「そう。それで、貴方は食べてみた?」

「いえ、勿論食べてません。中佐の為に買ったのですから。中々の高級品ですよ。カナンの街で売ってました」

「全部貴方にあげるわ。私からのプレゼントよ。必ず全部食べるように」

「は、はい。ありがとうございます」

 カタリナが眼鏡を掛け直している。
 シェラはそれを見ながら、複雑な味のする飴玉を噛み砕いた。最後はとてもしょっぱかった。

 王都ブランカ。シェラは一度も行った事がない。きっと凄い賑やかな場所なのだろう。色々なご馳走もありそうだ。それらを想像しながら、シェラは少しずつ微睡み始めた。
 カタリナがベッドへと移動させてくれる。皆も眠そうだ。ずっと一緒に戦ってきたのだから。今日ぐらいは、ゆっくり休んでも良いだろう。





――ヤルダー中将以下ロシャナク守備隊、第3、第4混成部隊は王都への帰還命令が下る。
以後ヤルダー混成師団と呼称。総勢7000。

+注意+
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