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死神を食べた少女 作者:七沢またり
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第十九話 良く煮込んだトマトスープは凄く美味しい

 王都への配置転換を命じられた、ヤルダー混成師団。アンティグア、ベルタ敗残兵を引き連れて、足取り重く目的地を目指していた。ヤルダーは降格されてから、食欲を失い、顔が青白くなっている。太り気味だったので、むしろ良いのではないかとシダモは内心思っていた。
 そんな意気消沈するヤルダーの元に、シャーロフからの急使が訪れる。
『指示があるまで、その場で待機せよ』と。
 これを聞いたヤルダーは、今度は我々への嫌がらせに野宿させる気か、と激昂するが、シダモが冷静になるよう宥める。汚名を返上する又とない機会であると。何の事か分からず、頭に疑問符を浮かべるヤルダー。疑問には答えず、今は指示に従いましょうとだけ、強く進言する。
 そしてもう一つの命令を実行する為に、シェラ騎兵隊へと指示を出す。手札の中で一番強力なカード。絵柄は死神だ。『内応した領主を焙り出し、情報を入手せよ』と。

 王都南部の領主達の動きがキナ臭いのは、斥候達からシャーロフの元に届いていた。過剰な物資調達、傭兵を集め出している事は調査で分かっている。敵と呼応して決起する可能性が高いと判断し、ヤルダーを更迭したと見せかけて遊軍に偽装。本人には気の毒であるが、演技できる性格でない以上仕方がない。更迭する相応の理由があった事、内通の心配がない事から、ヤルダーが選ばれた。敵の工作員により、軍議の内容まで筒抜け状態である以上、演技を行う必要があったという訳だ。

 敵の奇襲がありそうな気配をシャーロフは察知しているが、侵攻路までは読めないでいた。キュロス、サーイェフ、裏をかいてロシャナク要塞急襲の可能性もある。現在、敵の主力はカナン街道方面へと向かってきており、シャーロフの第一師団もそれを迎え撃つように布陣している。普通ならば落される心配はない。敵も対峙するのみで積極的攻勢は仕掛けてこない。散発的な小競り合いが繰り返されるばかりだ。

「やはり、何かを待っていると考えるのが自然か」

「敵に攻め気を感じません。元帥の仰る通りかと。斥候の数を増やし、警戒を強めるべきです」

 シャーロフが地図を見ながら呟く。ラルス少将がそれに同意する。40を迎えたばかりの将官で、特に武勇に優れているわけではないが、堅実な指揮を行う。協調性も高く、シャーロフからすると使い勝手の良い指揮官である。こういう人間が少なくなってきた為、シャーロフは配置に頭を抱えるのだ。出世欲があるのは構わないが、独断で行動する輩が多すぎる。

 戦死したダーヴィトを悪く言いたくはないが、ベルタを失ったのはやはり厳しい。カナンを守っていても、王国南部を経由して王都を狙われかねないのだ。ジリ賓に陥る前に、何らかの手を打たねばならない。だが、その為の駒が少なすぎる。己の第1軍も自由には動けないのだから。何とかして獅子身中の虫、ファルザームを排除できないかと内心考えている。

「このままでは埒があきませんな。いっそ我々から仕掛けましょうぞ。王都からも殲滅せよと催促が来ているではありませんか」

 バルボラ中将が積極的攻勢を訴える。出世欲の塊のこの男は、勢いに乗ると滅法強いが、出鼻を挫かれると打たれ弱い。守勢には向かない類の人間だ。堅固な布陣が破られるのは、大抵この類が暴走するのが切っ掛けとなる。シャーロフとしては起用したくないのだが、派閥人事の都合上、やむを得ないという訳だ。

「現場を知らぬ人間の催促など放っておけ。今は迂闊に動く時ではない」

「何を仰いますか。元帥のお言葉といえど、それは陛下に対する不敬に当たりますぞ!」

「儂はファルザームの事を言っている。下らん指示は全てあの男が出しているのだ。軍に所属したことのない若造が、戦に堂々と口出しするとはな。全く、嫌な時代になったものだ。長生きするのも考え物だ」

「閣下。それ以上は」

「そうだな。言っても詮無き事だ。我々はここカナンを守り抜くことだけを考えよう」

「…………」

 ラルスが自重を求めると、シャーロフは咳払いを行う。
 バルボラは、不機嫌な様子で鼻を鳴らしている。

「……ヤルダー大将、いや中将は、そろそろ王都に着いた頃でしょうか」

 ラルスが話題を変えるためにヤルダーの事を口に出す。

「もう数日で到着する頃だ。心身を休めたら、再び戻ってきてもらうとしよう。奴の猪突する性格は、儂は嫌ってはおらん。肝心なのは謙虚になることだ」

 髭を擦りながら、平然と嘘を吐く。予定通りならば、既に焙り出し作業に掛かっているはずだ。ヤルダーの下には、最近噂になっている死神もいるらしい。この危機的状況下において、なんとも頼もしいことだ。
 シャーロフは部隊の配置図を眺めながら、凝り固まった首を回した。








――時刻は夕暮れ時。
 赤い日差しを浴びながら、シェラ率いる騎兵100程が隊列を組んで行進していた。

「結構手間取っちゃったわね。案外義理堅かったみたい」

 鎌を肩に構えながら、馬を走らせる。隣にはカタリナが荷物を持って並走している。
 妙にかさばるこの荷物は、次の都市で必要になる『証拠』だ。布袋に包んだ新鮮なそれからは、液体が染み出てきている。

「ですが中佐の素晴らしい尋問により、大体の情報を掴めましたよ。主犯格も割り出せましたし、お見事です」

「褒めても何も出ないわよ。残念だけれど。もう何もないもの」

 肩を竦めるシェラ。後続の騎兵達を振り返る。

「到着したらご飯の準備に取り掛かりなさい。もうお腹が空いて死にそうよ。あるものは全部食べちゃったから」

 小袋をひっくり返す。出てくるのはパン屑のみ。泣いても笑っても何もない。喚いてもお腹は膨れない。体力の無駄だ。

「はっ、お任せください。調理道具一式は積んであります。材料も先程入手しましたので、必ずやご満足頂けるかと」

 騎兵が白い歯を見せて微笑む。

「お前、いつの間に買ったんだ」
「お前らがだらだら警戒してた時だよ」
「自分ばかり良い格好しやがって!」

 周りの騎兵達ががやがや騒ぎだす。シェラは何回か頷いて、上機嫌に笑った。

「それは楽しみね。さっさと仕事を終わらせて、美味しいものを食べるとしましょう。次は時間が掛からないことを祈りましょうか」

「はっ、間もなく到着します!」

 前方に門が堅く閉ざされた都市、『ミラード』が見えてくる。ここは間もなく完成予定のキュロス要塞西部に位置する都市だ。領主のエブシェンは貴族の割に道理が分かるらしく、兵や民からの評判が良いとの事だ。また指導力に長け、近隣の領主達の纏め役を担っているらしい。
 都市は王国軍の旗が翻っているが、囲っている城壁には臨戦態勢の弓兵が目を光らせている。実に分かりやすくて助かると、シェラは口元を歪めた。


――門前でやりとりを繰り返し、ようやく都市に入れたのはそれから1時間後の事だった。







 ミラード領主、エブシェン男爵は苦悩していた。もう間もなく、解放軍の部隊が峠を越えてやってくるというのに。何故このタイミングで、王国軍の部隊がやってくるのか。少しばかり慎重さに欠いた事は確かだ。だが時間が足りなかった。決起して、冬がくるまで持ちこたえるには物資と人員が必要だ。あるだけの資金を出して傭兵を雇い入れ、解放軍に提供する物資を整える。その為には、強引に行う必要があったのだ。

「……どうするべきか」

「父上。王国の部隊は都市にまだ入れてはおりません。直ちに追い払いましょう。中に入れてはなりません!」

 エブシェンの長男が強硬策を提示する。才気に溢れ、将来楽しみな自慢の息子。いずれはこのミラード領を継ぎ、更に発展させていくだろう。だがまだ若い。経験が少ない。20そこそこではこの場を潜り抜けるのは無理だ。
 戦う事を選択すれば即座に王国兵が押し寄せて、このミラードは落ちる。計画では、解放軍がまず目指すのは手薄なキュロス要塞。陥落したミラードなど見向きもしないだろう。薄情に思えるが、それが正しい。そうでなければならない。本来の目的であるキュロスを落さなければ、この作戦は意味を為さないのだから。

「追い払えば、我らの叛意が明確となり、即座に部隊が向けられる。その危険を考慮しなければならぬ。まだ相手の目的も明確ではないのだから」

「しかし、この時期にわざわざ王国騎兵が来るなどありえません! 何かを嗅ぎつけたに決まっています! それを迎え入れるなど自殺行為です!」

 顔を赤らめながら叫ぶ息子を宥めるように話しかける。

「だが、まだ全てが分かったという訳ではないのだろう。反乱制圧ならば、彼らの手勢が少なすぎる。恐らく、我らに武力を誇示しながら事情を聴取する気だ。牽制と脅迫を兼ねてな」

 エブシェンの決断には、近隣領主の命も掛かっている。ここに至っては一蓮托生。自分達は解放軍に全てのチップを賭けた。最早後戻りは出来ない。

「……では、本当に彼らを中に入れるのですか?」

「これ以上待たせては不審がられるだろう。夜盗を警戒したと誤魔化せば大丈夫だ。尋問に対しては、その場で臨機応変に答えるとしよう。後は私に任せておけ。お前は他のものを連れて部屋に入っていなさい」

「……分かりました。父上、どうかお気をつけください」

 長男は納得いかない表情を浮かべながら、家族が待つ部屋へと戻っていく。エブシェンは衛兵を呼び、応接間の周りを固めさせる。外の傭兵達にも武装するよう指示を出し、合図があり次第皆殺しにするよう命じる。万が一話し合いが決裂した場合は、騎兵100程を殺さなければならない。1騎でも逃がしてしまえば、命取りとなる。必ず殲滅しなければならない。


「さて、後は相手次第か。何とか無事お帰りいただきたいものだが。今はまだ、無駄な血を流す必要はないのだから」

 エブシェンは、心を落ち着かせるために大きく深呼吸をする。そして意を決すると、背筋を伸ばして応接間へと向かった。





 衛兵達で囲われた応接間。そこには二人の女性士官がいた。一人は小柄な20にも満たなそうな、分不相応な黒鎧に身を包んだ士官、もう一人は神経質そうな眼鏡の士官だ。入室した途端、エブシェンを観察するように視線を向けてくる。

「これはこれは、わざわざこんな場所までご足労頂きまして。私はこのミラード一帯を治めているエブシェンと申します。以後お見知りおきを」

 愛想笑いしながら対面の席に着く。
 座ったまま笑みを浮かべるのが小柄な女。眼鏡の女はその横に立ち、耳元に何かを囁いている。どうやら、階級は小柄な方が上のようだ。目を凝らして確認すると、階級証は中佐。眼鏡の女は少尉の物を着けている。どうしたらこんな非力に見える女が中佐になれるのか。それほどまでに王国軍は困窮しているのだろうか。
――己の判断は間違っていなかったようだと、エブシェンは内心思った。

「こんばんは、エブシェン男爵。私は王国軍ヤルダー混成師団騎兵隊所属、シェラ中佐。こちらは副官のカタリナ少尉です」

「カタリナです。高名なエブシェン男爵にお目にかかれて光栄です」

 カタリナと呼ばれた女士官が深々と頭を下げる。足下には、布に包まれた荷物がある。手土産のつもりだろうか。

「シェラ中佐に、カタリナ少尉ですか。まぁ楽になさってください。若くして中佐まで上り詰めるとは、さぞかしご活躍なされたのでしょうね」

「いえいえ。自分の仕事をしていたら、いつの間にかこんな階級になってしまって。自分でも困惑しているのですよ。私は指揮官といった柄ではないですから」

 笑いながらシェラが答える。目は全く笑っていない。エブシェンの挙動を眺め続けている。カタリナも同様だ。足を少し開き、いつでも剣を抜き放てるような姿勢。
 完全に疑いをもたれている。エブシェンは額に汗を浮かべる。

「……それで、こんな夜分に一体どのようなご用件でしょうか。最近は夜盗の類が頻出しておりましてな。確認にお手間を取らせてしまいました。予め一報頂けていれば、歓待できましたものを」

 エブシェンが手を叩いて合図を送ると、シェラ達の前にグラスが用意され、酒が注がれる。赤いワイン。不吉な色だと直感的に思った。もう一度手を叩いたとき、それが衛兵が突入する合図だ。この哀れな士官達は血祭りに挙げられる。出来るならば穏便にすませたい。
話が分かる人間であることを祈る。最悪金を包んでも良いだろう。もしくは、こちら側に取り込んでしまえば、彼女達の未来も明るい。破滅に向かっている王国に、留まる理由など何もないはずだ。

「それは貴方が一番分かっていることでしょう? エブシェン男爵」

 何を言っているんだと、シェラがグラスを傾けてくる。赤い液体が波を打つ。

「はて、何のことか分かりかねますが……。疑いをもたれるような事は、このエブシェン。星神に誓ってありませんぞ」

 胸を張って言い切ると、哄笑が響く。

「――アハハッ! 何とも安い神ですな、エブシェン男爵。余り私を笑わせないで頂きたい。空きっ腹に響きますので」

「そう言われましても事実は事実。まずは何の事についてお尋ねなのか、このエブシェンに分かるように、はっきりと仰って頂きたい」

 エブシェンがとぼけると、シェラがやれやれと首を振る。カタリナは瞬き一つせず睨んでいる。

「簡単に言うとだ、エブシェン。反乱軍の屑どもは、何時、何処からやってくるんだ。今直ぐ全部吐けば、お前の命だけで許してやる」

 態度を豹変させて、獣のような表情で恫喝するシェラ。エブシェンは思わず絶句したが、直ぐに気を取り直す。所詮は脅し。実行出来る訳がない。ここで屈してはならない。

「……中佐如きが無礼な口を利かないでもらえますかな。非常に、非常に不愉快だ。王国に対し絶対の忠誠を誓っている者に対し、何たる暴言か!」

「では正直に話すつもりはないという事で構わないな?」

「正直も何も、全く何の事か分かりませんな! 用件がそれだけならば、今すぐにお帰り頂きたい。この件は、正式に王都へ抗議させて貰う。精々覚悟しておくのですな! 衛兵、中佐達がお帰りだ! お見送りしろ!」

 エブシェンが叫ぶが、扉の横に控えている衛兵は微動だにしない。まるで彫像の様に、その場に固まっている。

「おい、聞こえないのか! 衛兵!」

「……煩いわね。カタリナ、この喧しい男を取り押さえろ」

「はっ!」

 カタリナが杖を取り出すと、衛兵を呼び寄せる。エブシェンの腕を掴み挙げると、机へと顔を押し付ける。人間のものとは思えない力で、エブシェンは拘束された。

「な、何をするのかっ! 貴様、気でも狂ったか!」

 罵声を上げるが、衛兵は動じない。瞳には何も移していない。顔色はどす黒く、喉には鋭利なナイフが突き刺さっている。血が凝固し、その部分だけ赤黒くなっていた。

「――な、なんだその傷は。ど、どうして動ける? お、お前、一体」

「エブシェン。人の事を心配している場合じゃないわよ。もう一度だけ選択する機会をあげるわ。良く考えなさい。今正直に全部話せば、殺すのはお前だけにしてやる。証拠もあるんだから、白状したらどうかしら」

 シェラが机を小刻みに指で叩きながら、選択肢を提供する。

「しょ、証拠だと! そんなものある訳が――」

「あるわよ。貴方も絶対に満足する素晴らしい証拠が。新鮮だからまだ活きが良いわよ。その目でしっかりと見て頂戴」

 隣に控えていたカタリナが、足下の布包みを机の上に置く。布の下部分が黒く変色し、異臭を放っている。
 カタリナが手際よく結び目を解くと、そこには。

「チ、チェスラフ!?」

 ミラードの隣の都市の領主、チェスラフ。近場ということもあり、親交のある人物だ。
 エブシェンが一番に計画を打ち明けた人間でもある。それが、見るも無残な姿となっている。

「隣町の元領主様。中々強情だったけど、最後はペラペラ吐いてくれたわ。
貴方とやり取りしたお手紙の在り処とか、どういう計画になっているかとか。ただ、一番肝心な情報が、貴方しか知らされてないんでしょう? それでわざわざ訪ねてきたって訳。納得してくれたかしら」

 チェスラフの首の横に、手紙の束を放り投げる。金庫の中に厳重に保管されていた密書。
 チェスラフは3人目で全てを吐いた。

「…………くっ」

「それで、返答は?」

 シェラが最後の問いを行う。
 エブシェンは押し黙った後、首を横に振った。

「し、知らぬ。そんな物を見せられても、私には全く分からん! 納得したら、とっとと帰ってくれ!」

 衛兵の拘束から逃れようともがく。が、身動きできない。それを見て、シェラは面倒臭そうに溜息を吐く。

「お腹が空いてるから、面倒な事はしたくなかったんだけれど。仕方がない、さっさとやりましょうか」

「中佐、今回は私にお任せください。必ず吐かせてみせます」

「……大丈夫? 無理しなくても私がやるわよ」

「いえ全く問題ありません。こう見えても、多少の心得はあります。自分から吐きたくなるように『して』ご覧に入れます」

 手で何かを弄ぶような仕草をするカタリナ。掌で球体を転がしているような印象を受ける。何かの癖なのだろうか。まぁ良いやと判断し、全て任せることにする。

「それじゃあ、私は皆の元に戻ってるから。材料は、例の部屋に押し込めてあるわ。結構な大所帯みたいよ。必要なだけ使って良いから。存分にやりなさい」

「はっ、お任せください! ……それではエブシェン男爵、参りましょうか?」

 カタリナがエブシェンに近寄り、静かに耳元に囁く。その声色に、思わず肌が粟立つ。

「や、止めろ! 私は知らないっ! 本当に知らないんだッ!」

「チェスラフ男爵は3人目までもちました。貴方は、何人でしょうね? ――ウフフフッ」

 衛兵に喚く口元を抑えさせると、そのまま担がせて退出していくカタリナ。
 シェラはワインを飲み干した後、グラスを逆にして置いた。白いテーブルクロスに、赤い染みが広がる。中央には、どす黒い染みが広がっている。何とも奇妙な光景だと、他人事のように思った。







 ミラードの中央広場。騎兵達が焚き火をしながら、料理を行っている。
周囲には殺意を露にしている傭兵達がいる。
 シェラは楽しげに声を掛けた。

「料理の準備はどう?」

「はっ、順調であります!」

「献立は?」

「魚と野菜のスープ。パン、チーズ、いつもの干し肉であります。目玉料理はスープですね。味が染み出て美味しいですよ」

「それは楽しみね。それじゃあ、先に運動でもしてようかしら」

 立てかけておいた大鎌を手に取る。料理番の兵士以外が、それぞれ得物を構える。


「て、てめぇら! やる気かッ!」
「この人数相手に勝てると思ってんのか!」
「死にたくないなら武器を捨てろ!」

 口々に恫喝の言葉を吐く傭兵。エブシェンの合図待ちだったのだが、待ちきれずに囲んでしまっていた。考えるより手が先に出る、野盗崩れの連中である。貴族の指示など待ってはいられない。

「中佐?」

「武器を構えた奴は全員殺せ。他の者は民間人として扱え。一応、ここは王国領の都市だもの。間違えると、色々不味いでしょう?」

「了解しました!」

「――掛かれッ!」

 その合図と共に、兵達が傭兵に襲い掛かる。シェラは小型の鎌を飛ばして既に2人殺している。焚き火の周辺に、惨劇が繰り広げられる。錬度と士気が違う騎兵隊員に、寄せ集めの傭兵が勝てる訳がない。瞬く間にその数を減らしていく。


「お、おい。俺達も加勢した方が良いんじゃないか?」

「ま、待て。剣は捨てておけ。絶対に手を出すな。殺されるぞ」

 剣を目の前に放り投げ、恐怖に震える男。絶対に手を出すなと隣の傭兵に忠告する。

「ど、どうしてだ?」

「……あいつらの旗を見ろ。黒地に白いカラスの紋章。俺は戦場で見たことがある。あれはヤバい。死神だ。シェラの旗印だ。死にたくないなら、早く剣を捨てろ!」

「わ、分かったよ。良く分からないけどよ。お前の言うことは結構当るからな」

 勢いに押され、何の事か分からないまま剣を前に放り投げる。納得はしていないが、既に焚き火の周りは血の海だ。虫の息の傭兵の背中を踏みつけ、槍で串刺しにする兵士。鎌を軽々と捌きながら、人間を両断していく冗談みたいな女。何が何だか理解できないでいた。

 そうこうしているうちに、最後の人間が倒され、女士官に頭を踏みつけられる。
『よいしょ』という掛け声と共に、頭部はトマトみたいにぐちゃっと潰れた。
その場面は、何か悪い夢でも見ているかのようだった。

「中佐、大体終わりました。残りはあそこの2名だけです」

 埃を払いながら兵が報告する。手傷を負った者はいないようだ。それぞれが己の武器を確認している。

「ご苦労様。それより、スープは大丈夫? ちょっと派手にやりすぎたかしら」

 シェラが心配そうに大鍋を覗き込む。赤いものが混じっている。料理番の兵士が、平気ですと掻き混ぜ始める。彼は戦闘中ずっと調理を行っていた。その甲斐あってか、食欲を誘う香ばしい臭いが漂い始める。

「問題ありませんよ。折角なのでトマトをぶち込んで、香辛料も混ぜてみました。これを食べたら身体が温まりますよ。辛味が効いてますからね」

「それは良いわね。冬が近いせいか、最近本当に寒いし。皆で美味しく頂きましょう。食事は皆で摂った方が楽しいからね」

「もうすぐカタリナ少尉も戻る頃でしょう。それまでにはばっちり仕上げますよ」

「よろしく。私は残りの人間に挨拶してくるから」

 大鎌を払って血糊を飛ばしながら、惨劇を引き起こした主演の人物が近づいてくる。
 生き残りの傭兵2人は、恐怖で身震いしながら立ち尽くすほかない。鎌の射程距離、更に至近距離までシェラが近づいて、白い歯を見せて微笑む。赤く濡れた掌を、傭兵の頬を撫でるように触りながら。
 ぬめりとした感触が、男に死を感じさせた。

「貴方達、正しい選択をしたわね。とても幸運よ。これからの人生、楽しく生きると良いわ。無駄死にしたら、勿体ないものね」

「ひ、ひっ――」

 頬を撫で回す。赤いものが顔にべったりと塗りたくられる。血に混じり、何か肉片のようなものがこびり付いている。それが何なのか、男は知りたくなかった。

「ふふ、別に食べたりしないわよ。あそこに美味しいスープがあるのだから。貴方も、良かったら一緒に食べる?」

「――い、いや、俺は」

「気が向いたらいらっしゃい。今晩はここで夜を明かすから。それじゃあね」

 シェラは手を離し、焚き火の場所に上機嫌で戻っていく。男は恐怖を通り越して、いつしかシェラの顔に見入っていた。隣の傭兵が心配そうに声を掛けるが、男の耳に届くことはなかった。






 1時間後。カタリナが領主の館から出てきた。
 スープは良い感じに煮立っている。もうすぐ食べごろである。

「カタリナ、首尾はどうだった? ちゃんと出来たかしら」

「はい、全部吐きました。私は4人使いました。中々頑固でしたが、最後には『全部話すから許してくれ』と言ってました。最初からそうすれば良かったのに、馬鹿な男です」

 カタリナが笑顔で報告する。全身血塗れ、何やら分からない物が色々とこびり付いている。本人は全く気にしていない様子だ。騎兵隊達も平然と世間話をしている。
 シェラは顔の汚れを手ぬぐいで拭いてやり、鎧についた汚れを払ってやる。カタリナはされるがまま、お手を煩わせて申し訳ありませんと呟く。その間、相変わらず何かを弄ぶ仕草をしている。今度はフリではなく、現物を持っていた。コロコロと、器用に手で転がし続ける。まるで胡桃の実みたいだと、シェラは思った。

「少尉、そんなもの持っていてもお腹は膨れないわよ。これをあげるから、それは捨てておきなさい」

 隠し持っていた胡桃を2個、カタリナに放り投げる。

「――え、は、はい! あ、危なかった」

 落さないように慌てて受け取ると、今まで持っていた2つを足下へと落してしまう。土で汚れてしまったので、そのままプチッと踏みつける。上官からのプレゼントの方がお気に召したようだ。再びコロコロと転がし始める。胡桃がカチカチと音を立てる。

「さ、待ちに待った夕食にしましょう。貴方を待っていたのよ。シダモ参謀への報告は、食べ終わり次第出すとしましょう」

「了解しました!」

 敬礼して焚き火の下に小走りで近づいてくる。

「さぁ、頂きましょう。とっても良い匂い。作った人の腕が良いのかしら」

「お褒めに預かり光栄であります!」

 兵士を褒めてやると、その場で立ち上がり大声で敬礼する。周りの兵士が煩いと文句を投げつける。小石も投げつけている。

 順番にスープやパン、干し肉が配られ、皆で黒旗の白カラスに祈りを捧げる。誰かが始めたことではない。自然とそうするようになっていた。なんだかご利益がありそうだから。

 食事の席には、先程の剣を捨てた傭兵もおどおどとやってきた。シェラがスープを配ってやると、礼を言って飲み始める。死体が散らばる大広場で、騎兵隊はとても楽しい時間を過ごした。






――シェラ騎兵隊より報告。

反乱軍はゴルハバール峠を越えて、キュロス要塞を急襲する模様。
その数は先陣が軽装歩兵3000、後詰が5000。
到着予定は本日より3日後、濃い霧が発生する早朝。
近隣領主達はそれに合わせて決起するとの事。
内応している領主達は付属した書類を参照されたし。

尚、エブシェン、チェスラフの両名は反乱軍との内通を認めた為、処断した。

以上。
カタリナさんの悪癖は親ゆずりです。
+注意+
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