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最果てのパラディン 作者:柳野かなた

〈第一章:死者の街の少年〉

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【殺せッ!】

 初手を制したのは不死神だ。
 号令一下、不死者と化した英雄たちが刃を突き出してくる。
 四方八方から突き出されるそれはもう比喩ではなく、鋼色の壁だ。

 逃れようもない。
 切り込む隙もない。

 ……だから身体の奥底から湧き出す力を、湧き出すままに全方位に叩きつけた。
 僕を中心に空間が僅かにたわみ、無色透明の清浄な波動がほとばしり、


「――――……!」


 声なき叫びが墓地へと響く。
 それは苦痛ではない。
 心地よい安らぎと、解放に対する歓喜の叫びだ。

 骸骨たちが塵と化し、鋼の壁が砂のように崩れた。
 古びた武器防具が次々に落下し、けたたましい音が響く。
 視線は向けないが、頭上、宙の一点に灯火が灯り、ふわりと空へ浮かんで消えたのが知覚できる。

 昔、確かに聞いた。
 ――グレイスフィールの固有の祝祷術は、死者の魂に(・・・・)安らぎと(・・・・)導きを与える(・・・・・・)

 《聖なる灯火の導き(ディヴァイン・トーチ)》の祝祷。
 貴重な癒し手である祝祷術の遣い手が、前線で不死者と直接相対することに利が少ないため、この術は普通そこまで注目されることはない。
 が、この状況では極めて強力だ。

 ……不死神が再び迷える魂を集め、墓地に眠る骸を起こそうとする。
 それに対して再び灯火の神に祈る。
 無色透明の波動が走り、周辺一帯の全ての魂が安らぎのうちに神々のもとへと旅立ってゆく。

【なりたての神官ごときが、なんという!】

 その速度か、あるいは規模が予想外だったのか、不死神が悪態をつく。
 確かに僕は神官としてはなりたてだ。
 だけど、祈り方は、知っている。
 マリーを見て、彼女を手本に、何度も何度も祈ってきた。
 今更、祈りに戸惑うわけがない。


「《加速アクケレレティオ》!」


 愚直に、まっすぐに突っ込む。
 迂遠な策など使わない。

【く……っ】

 ここまでの攻防で、不死神がさほど剣技や体術に優れていないことはわかっている。
 でなければ、いくら油断を突いたとはいえ僕の剣が二撃も入らない。
 小細工は弄さず、ひたすら距離を詰める。
 懐に入れば勝ちだ。魔剣の連撃で、今度こそ反撃を受けるまもなく消散させられる!

【《破壊よ(ワース)》……】

 と、聞こえた詠唱に首筋が粟立つ。
 急加速中に強引に地を蹴り、足を軋ませながら横っ飛びに跳んだ。

【《在れ(ターレ)》ッ!!】

 《破壊のことば》。ガスのそれ以上の出力で、地面が弾け吹き上がる。
 直撃は避けたが、吹き上がる土砂と荒れ狂う衝撃の余波に翻弄され、地を転がる。
 不死神は、自分を巻き込む位置で、地面に向けて破壊の魔法を炸裂させていた。

 そうだ。知っていたはずだ。
 神の《木霊》は、きわめて強力な(・・・・・・・)魔法や魔剣でしか(・・・・・・・・)傷つかない(・・・・・)

 つまり常人の魔法使用の定石と異なり、魔法の余波を恐れる必要がないのだ。
 自分を巻き込もうが構ったことではない。

 ……不死神が剣術や体術を深く身につけていないのも分かる。
 白兵距離でこれだけ凶悪な魔法運用が可能なら、そもそも剣も拳も不要だ。
 懐に飛び込んで来たものは、もろともに魔法で吹き飛ばせばいい。

 今まで不死神が、それをやらなかったのはただひとつ。
 あいつが僕の心を折って取り込もうとしていたからという、向こうの事情にすぎない。


「くっそっ!」


 流石は裏ボス。
 神の《木霊》だ。
 ちょっと新パワーに覚醒したからって、簡単に勝ちをもぎ取れる相手じゃないか!

 だけど変わらず、負ける気はない。
 変わった魔法運用くらい、それと分かれば捌きようがあるのだ。
 なんとしてもこの場で叩き潰す。そう決意して、《傷ふさぎ(クローズ・ウーンズ)》の祝祷で細かい傷を塞ぎながら跳ね起きる。
 辺りには粉砕されて巻き上げられた土砂のために、土煙が立ち上っている。


「…………」


 ……どこから来る?
 土煙で視界が悪い中、うかつな動きは隙に繋がる。

 触覚を皮膚の外に広げる感覚でマナの働きを感知する。
 大きな動き――つまり広い範囲を一掃する攻撃の予兆――があれば、即座にこの場から飛び退かねばならない。
 逆に相手がうかつな動きを見せたら、一気に懐に飛び込んでとどめの一撃を入れてやる。
 じりじりと、時間が経過しようとし……


「…………っ!?」


 頭のなかに、閃光のようにひらめく何か不吉な予感。
 現在の行動に対する、守護神グレイスフィールからの警告の啓示。

 一瞬、戸惑う。
 不死神は僕と戦っている。
 明らかに僕を殺す気で、熱くなっている。
 形勢は互角で、このまま戦えば……

 いや。
 いや。
 まさか。
 まさか、もし熱くなっていなかった(・・・・・・・・・・)としたら?


「まず……っ!」


 神殿!
 神殿だ、はやくっ!


「《加速アクケレレティオ》!」

 走る。
 走る走る走る。
 全力で丘を駆け上がる。


 不死神のあの言動、全部ブラフだ(・・・・・・)

 驚いたり、熱くなったり、苛立ったふりをして(・・・・・)、僕との戦いに熱中していると思わせた!


 その上で土煙を巻いて状況を膠着させて……


「くそっ!」


 面倒な僕を、戦局から浮かせて放置することが狙いだったのだ。


「……畜生っ!!」


 奴が狙っているのは、マリーとブラッドだ!



 ◆



 駆ける。
 駆ける。
 幾度も加速の《ことば》を唱えて枯れ草の丘を蹴り、寒たい空気の壁をかき分けながら全力で走る。

 分かっているつもりで、分かっていなかった。
 想像もできないほど長い年月を生きた神。
 この世ならぬ存在。
 人間の尺度を越えたスケール。
 そういうものを、想像したつもりで、想像しきれていなかった。

 不死神の誘いを信じるなら、僕は不死神にとって多少は注目や警戒に値する存在なのかもしれない。 
 だけれど、それは不死神スタグネイトにとって必ずしも今、重要な話ではない。

 10年、20年と経って、僕が危機に直面した時。
 30年、40年と経って、今の在りように疑問を持った時。
 50年、60年と経って、老いの苦しみを実感しはじめた時。
 その時に出現して、改めて排除するなり翻心を促してもいいのだ。

 《木霊》は殺せても、次元の果ての神本体は流石に人間がどうこうできるものではない。
 ヒューマンスケールを超越した不死神には、幾度もチャンスがある。

 それよりも不死神にとっての問題はブラッドとマリー、そしてガスだ。
 僕が灯火の神の祝祷を手に入れたとなれば、僕は3人を輪廻に還せる(・・・・・・)
 目をつけ、半分までは手元に引き寄せた英雄たちを奪われる。
 しかし僕を直接に殺すには、ガスに片割れを破壊された今の分体では不安が残り、確実とはいえない。

 恐らく不死神は、極めて冷静にそのリスクとリターンを勘案し……
 その上で、道化を演じた。
 いかにも大仰に、それこそ物語の安っぽい敵役かたきやくのように驚いたり怒ったりしてみせて、僕に迂回のリスクを一時失念させた。

 これは、最初に僕が(・・・・・)やろうとしていたこと(・・・・・・・・・・)じゃないか!
 僕に注目させ3人のことを失念させるつもりで、僕が不死神に3人のことを失念させられた。

 ……グレイスフィールの一瞬の警告がなければ、完全に終わっていた。
 なんと恐ろしく油断ならない存在か。


「…………っ!!」


 間に合え、間に合え。
 どうか……!

 そう念じながら走る。
 丘を駆け上がりきり、見えた神殿の正面扉は開け放たれていた。

「マリー、ブラッド……ッ!!」

 神殿の奥。
 不死神がいた。
 満身創痍のマリーとブラッドに向けて、手を伸ばそうとしている。

 抗戦を試みたのだろう。
 ガスは壁際に黒い靄で縫い付けられているし、マリーを庇うように立つブラッドも既に崩れかけている。


「……ぁ」


 それを見て、悟った。
 悟らざるを得なかった。
 この距離、このタイミングでは……絶対に間に合わない。
 マリーも、ブラッドも、ガスも、対応する余力はない。
 ……さぁっと、頭から血の気が引いた。

 まさか。
 そんな。

 ここまでやって。
 神さまの力まで借りて。
 やっと互角の戦いに持ち込んで……

 それなのに不注意で、あんなペテンみたいな一手に引っかかって。
 それで終わりだ、なんて……


【ハハハ……!】


 勝利を確信した不死神が、ブラッドの頭骨に手を伸ばすのが、やけにゆっくりと見え――




 ――――次の瞬間、その手が弾かれた。



「……え?」

 僕ではない。
 ガスでも、ブラッドでも、マリーでもなかった。

 不死神の手を弾いたのは。
 柔らかな衣服に身を包んだ女性だった。
 マリーとブラッドを庇うように、立ちはだかっていた。

 見覚えは、ない。ない、はずなのに。
 僕は、確かに、その人を知っているような……


「ぁ……」


 マリーが、虚ろな目をいっぱいに見開いた。

「ぁ、ああ……」

 その声は、震えていた。
 流れるはずのない涙が、マリーの目尻から零れ落ちる。

 女性の姿は、すぐにそれが幻だったかのように。
 ふわりと風に溶け、消えてゆく。
 マリーに向けて、慈しむような笑みを向けて。
 マリーを、抱きしめるように。

 それで、十分だった。
 すべてが伝わった。

 マリーは最初から、許されていたのだ。
 彼女はマリーを憎んでなど、いなかった。

 マリーが許しを求めていなかったから。甘い態度など望んではいなかったから。
 だから見守り、望まれたように叱り続けていたのだ。
 けして、その加護を剥奪することもなく、ずっと。ずっと。200年も。
 マリーが自分を、許せるようになるまで。


 ……ひたむきに自分を慕う娘の危機に、それを庇わぬ母親がどこにいよう。

 彼女は。マリーの信じ続けた神は。
 地母神マーテルは、偉大な女神だった。

 すべてを悟って泣き崩れるマリー。
 確信したはずの勝利が手からこぼれ、硬直する不死神。

 ――そして地母神のはからいに感謝しつつ。
 降って湧いたチャンスに会心の笑みを浮かべて、僕とブラッドが動いた。



 ◆



「灯火の神グレイスフィールよ! 安息と、導きを!」

 即断で、僕は祝祷術を使った。
 狙うのは、マリーとブラッド(・・・・・・・・)だ。


【なん……っ!?】


 不死神が目を見開く。
 明らかに驚愕していた。
 僕がまさか、守るべき相手に術をぶっぱなすなどとは予想していなかったのだろう。

 放つのは《聖なる灯火の導き(ディヴァイン・トーチ)》。
 輪廻の輪へと魂を導く、無色透明の清浄な波動だ。


【……ち! 輪廻よ停滞せよ、導きよ惑え!!】


 僕の意図を悟った不死神が、相反する性質の不浄の波動を放ち、それを相殺する。
 マリーとブラッドを庇うように立って、だ。

 ……矛盾するようだが、不死神はマリーとブラッドを狙われたら庇わざるをえない(・・・・・・・・)
 もし僕が不死神を狙って攻撃を繰り出すなら、不死神は神の分体としての耐久力に任せて、相討ち気味に二人の魂を掌握しようとするだろう。
 不死神にとって《木霊》は使い捨てだ、消滅と引き換えに二人が確保できるなら良い取引だ。

 だけれど、ブラッドとマリーに《聖なる灯火の導き(ディヴァイン・トーチ)》を打ち込まれた場合、話は別だ。
 二人は間違いなく抵抗しない。抵抗せずに不死神の手をすり抜けて、輪廻の輪へと戻ってゆく。
 そうなってしまっては、不死神にとっては、わざわざこの次元に分体を降ろした目的そのものが消失してしまう。
 完全な骨折り損だ。

 そうならないために不死神は、僕が祝祷術の照準をマリーとブラッドに合わせ続ける限り、僕から二人を庇うというおかしな状況に陥ってしまう。
 今の不死神は皮肉な話、悪役の攻撃を前にして、守るべき市民の前に立つ正義のヒーローと同じだ。
 身体を張って、なんとしても余波の一つも通さないよう、守るしか選択肢がない。

 そして、僕の術を完全に打ち消すために、注意を削がれた不死神に……

「ぜ……ァッ!!」

 満身創痍のブラッドが、しかし残る力を振り絞って愛用の両手剣の一撃を振り下ろした。
 《喰らい尽くすもの(オーバーイーター)》ほどではないけれど、ブラッドの得物も、もちろん彼の剣技にふさわしい格の魔剣だ。
 無視はできない。
 不死神がとっさの回避に費やすほんの一秒足らずの時間は、


「《加速アクケレレティオ》!」


 僕が神殿内を突っ切るには十分すぎる!


【っ、《破壊よ(ワース)》】


 不死神が《破壊のことば》を詠唱しようとする。


「《沈黙する(タケーレ)》《オース》……!!」


 その口が、強制的に一瞬の沈黙を強いられる。
 ガスだ。
 壁際で、靄に縫い付けられたまま、してやったりと笑っている。
 ガスが今振るえる力なんて限られているというのに、最適の一瞬に最高の妨害を決めてくれた。

 ――とにかく小さい魔法を巧く、精度よく使う。

 昔教えられた、その言葉を思い出す。
 《存在抹消のことば》なんて大魔法よりも、今の《沈黙のことば》は、よっぽどガスらしい痛快な一撃だった。

 一歩。
 二歩。
 三歩。

 左右の壁が矢のように後ろへ流れる。
 弾丸めいて距離を詰め――


「やあああ――ッッ!!!」


 衝撃。手応え。
 《喰らい尽くすもの(オーバーイーター)》を、不死神の胸へと突き立てた。

【が……っ!】

 引き抜き、更に斬りつける。
 斬りつける。
 斬りつける。
 不死神も回避や防御をしようとするが、この距離ならもう全て抑えられる。

【お、のれ……おのれェ……ッ!!】

 斬りつける。
 斬りつける。
 斬りつける。
 魔剣の効果により真紅の茨が走り、不死神の全身を苛んでゆく。

【……ウィル。マリーとブラッドの子、グレイスフィールの使徒、ウィル!】

 不死神が憎悪にぎらつく淀んだ瞳で、僕を睨む。
 以前の演技の憎悪や殺意ではない。
 本気の憎悪であり、殺意だ。

【その名、忘れぬぞ……我が軍門に降らぬ限り、もはやお前に安息の夜はないと思えッ!】

 完璧に目をつけられた。
 だけど、


「……そのセリフ、三流の悪役みたいだよ。神さま」


 一言で切って捨てて。
 グレイスフィールから僕が引き出せるありったけの浄化の力を引き出すと、真紅の茨にまみれた不死神に叩きつけた。
 ついに、不死神の《木霊》が崩れ去ってゆく。


「グレイスフィールの灯火にかけて……」


 ……目をつけられるのが怖いなら、最初から神さまになんて挑んでいない。
 消滅する不死神に向けて、魔剣の切っ先を突きつける。


「僕はあなたのものにはならない。ちゃんと生きて、そして死ぬ」


 それが僕なりの敵対の宣言であり、消え行く不死神の分体に対する手向けだった。
 不死神の《木霊》が、憎々しそうに。
 恨みのこもった視線で僕を睨みながら、塵と化して消えてゆく。

 ……僕は、それを、最後まで見つめていた。
◆小説家になろう 勝手にランキング◆
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