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最果てのパラディン 作者:柳野かなた

〈第一章:死者の街の少年〉

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 気づくと、燐光の舞う星空の下にいた。

「……?」

 辺りを見回して、気づいた。
 なんだか手がふわふわしている。
 ガスの霊体みたいな……っていうか、霊体だこれ。

 ということは、死んだ、のだろうか。
 不死神の血を受けきれずに、拒否反応的な感じで……

「…………」

 そういえば、何だかここは懐かしい気がする。
 以前も、歩いたことがあるような……

 そう思って、気づいた。
 足元は星空を映す暗い水面のようになっているが、その水面に、ぼんやりとした灯火が大きく映っている。
 僕の後ろだ。

 振り向くと、長い柄のついたカンテラのような灯火を手にした人影があった。
 フード付きのローブを目深にかぶった誰かだ。
 誰かは、もう、知っている。


「……お久しぶりです。灯火ともしびの神さま」

 軽く頭を下げる。
 なんとなく、思い出して(・・・・・)きた。
 たしか、僕は前もこの星空の下を歩いたのだ。
 この灯火の神さま(グレイスフィール)に導かれて。


【………………】


 無口な神さまだ。
 たしか以前も、先導するばかりで、一言も口をきいてくれなかった気がする。
 でも、その足取りは。
 僕が遅れていないか、確かめるように歩くその足取りは、気遣いと慈しみに満ちたものだったのを、覚えている。


「………………」


 そうして、ふっと気づく。
 暗闇の中に浮かんでいるのは、星じゃない。
 あれは、世界だ。
 幾つもの宇宙、無数の恒星、更に無数の惑星を内包した世界が、巨大な天球儀の星々のように、ゆっくりと動いている。
 時に近づく世界から、小さな燐光が舞って、別の世界へ吸い込まれてゆく。
 肉体の枷より解かれて拡大した知覚が、その全てを捉えていた。
 美しい光景だ。

 ……あんなに微かな燐光なのに、なぜだか儚いとは思わなかった。
 むしろ、力強ささえ感じる。

「あれは……?」


【――魂の巡り。何もかもが淀まぬように、世界すら越えて】


 返答があった。
 だけれど、なぜだか驚かなかった。
 なんだか今は、答えてくれるような気がしたのだ。

「そっか。……こうやって巡っていて、こうやって巡ってきたんですね」

 星空を見上げていると、またひとつの世界から燐光が立ち上った。
 ふわりと、力強く。
 またたきながら、別の世界へ。

 星空のような無数の世界と、その中で生きて死に、そして渡る無数の魂たち。
 心臓の鼓動のように。
 立ち上っては、またたき、別の世界へ。
 連綿と、命が紡がれてゆく。
 それは切なくなるほど、美しい光景だった。

「……どうしてこの景色を、忘れてたんだろう」

【………………】

 今度は、神様は何も答えなかった。
 前に出て、僕をどこかに導こうともしない。
 ただ、その場に佇んだまま。

【……問う】

「はい」



【何ゆえに、不死神の誘いを拒絶した?】




 ◆




 神さまの問いは、意外と現実的なものだった。
 問うと言われた時には、もっと抽象的で概念的なことを問われるかと思っていた。

「何ゆえ、と言われても……そうですね」

 ちょっと考える。
 こんな言い方でいいんだろうか、もっと形を整えたほうが……いや、いまさらか。

「僕、前世でひきこもっていたじゃないですか。
 相当ダメな生き方でしたけど、でも、あれで、ちょっとだけ分かったことがあるんですよ」

 神さまは、無言で先を促してくる。


「《生きてる》のと、《死んでない》のって、ずいぶん違うんだなって」


 前世の僕は、生命活動をしているうちは、間違いなく死んではいなかった。
 でも、生きていたかと言われると、どうだろうかと首を傾げてしまう。

「前世の僕は、死んでいないだけでした。
 何をする勇気もなく、あと何十年もただひたすら生きなければならないことが、重荷でさえあった」

 今でもあれは、ひとつの地獄だと思う。
 身動きもできないどん詰まりに閉じ込められて、何十年も生きるのは、下手な物理的な苦痛よりもくるものがある。

「……だから、あの記憶が、少しでも残っていたから。
 僕はこの世界で、ちゃんと《生きる》と決めました」

 幼い日のあの誓い。
 あれは今でも、いまの僕の、ウィルの立脚点だ。

「なんていうか、うまく言えないんですけど。
 前世の僕は、死ぬことがどうでも良かったから生きてなくて、生きてなかったから死ぬのも怖くなかったんです」

 痛みは嫌だから、積極的に死のうとしたりはしなかったけれど。
 手軽に、安全確実に眠るように死ねる手段があったなら、前世の僕は喜んだかもしれない。
 死はその程度のもので、生はその程度のものだった。

「片方の価値を貶めたら、もう片方の価値も貶められてしまう」

 ガスは、最初に魔法を教えてくれた時に言っていた。
 大地を作れば、おのずから天空ができる。
 良いものを作れば悪いものができる。
 だとしたら、きっと逆も然りだ。

 天空がなければ大地はない。
 悪いものがなければ、良いものだって存在しえないのだ。
 全部ならされて、平坦な無になってしまう。だから……

「きちんと生きるなら、きちんと死ぬべきだと思うんです。
 それがどんなに痛くても、苦しくても。
 ……でないと、また僕は、あの部屋に逆戻りしてしまう」

 不死神のあの誘いは、要は、そういうことだ。
 死を否定して永遠に生きて良いって提案は、永遠にあの部屋に引きこもっていても良いって提案に等しい。

「無限の地獄もいいところですよ、それ。
 どんな付加価値がついていたって、お断り申し上げるしかないです」

 肩をすくめて、笑った。

「僕は、あの3人の家族として、生きて、死にたいんです」

【…………】

 灯火の神さまは、無言で頷いた。
 どうやら、質問の答えにはなったらしい。

「……それで、その。僕は、死んだんですか?」

【死んではいない】

「では、生きてる?」

【かろうじてだが】

 どうやらそうとう酷いことになっているようだ。
 ほとんど仮死なのだろう。
 だからこんな、魂の巡る、多元世界の天球儀みたいな場所なんかへ迷い込んだのだ。

「それじゃあ、どうにか戻しては貰えませんか?」

【戻ってどうなる。……留まれば望み通り、死ねるが】

 言うことは分かる。
 まぁ、勝てないだろう。
 全身に不死化の神血が回った状態で、僕を完全に警戒しはじめたであろう不死神相手に何かできるとも思えない。

 所詮、僕は僕だった。
 頑張っても、物語の英雄みたいには格好良くいかない。
 あのまま無様に、地に転がったまま殺されるのがオチだろう。
 どれだけ痛いか、苦しいか。考えたくもない。
 最悪、不死化させられて、生きても死んでもいない永遠の牢獄に放り込まれる。
 でも、
 それでも、

「家族くらい、守りたいじゃないですか」

 痩せ我慢して、ぎこちなく、格好つけの笑みを浮かべた。
 どんなに不格好でも、泥にまみれても。
 ……今度はせめて、家族くらい、守りたい。

 いま目覚めれば、ひょっとして奇跡でも起こって、相討ちくらいには持ち込めるかもしれない。
 それもできなくても、せめて弱らせれば、ガスあたりが何かの方策を講じてくれるかもしれない。
 そうすればあの3人を、少しなりと守ることができる。


「……いつか、恩返しするって、決めてたんです」


 それが果たしきれないのは、死ねなくなるよりも嫌で、悔しくて、苦しいんです。
 だから、戻して下さい。神さま。

「お願いします」

 自然に、膝をついていた。
 頭を下げる。

【………………】

 神さまは、しばらく黙っていた。
 僕はずっと、頭を下げて待ち続けた。

【……汝、ブラッドとマリーの子、ウィリアム。
 世界を渡りし魂よ】

「はい」

【命の重み。しかと理解したな】

「はい」

【それでもなお、死を受け入れる覚悟はあるか】

「はい」

【死の絶望。しかと理解したな】

「はい」 

【それでもなお、消え行くすべての命を慈しむか】

「はい」

 頭を伏せたまま、答える。

「……はい。やっと、そのことが、分かりました。
 貴方の、恩寵のおかげで」

【…………】

 この特殊な場にいるからこそ、なんとなく分かってきた。
 ふつう転生した魂は、前世のことを忘れてしまう。
 僕も、この場所のことをすっかり忘れていた。
 それはたぶん、過去世に引きずられず、新たな自己を確立して現世を生き抜くために必要な措置なのだ。

 だから朧げなりと、微かに前世のことを覚えていたのは……
 この神さまが、後悔と自責まみれの哀れな魂に、慈悲をかけてくれたおかげなのだろう。

「……感謝いたします。
 生々流転を司りし、慈悲深き灯火の神よ」 

 どれだけ伝えられるかは分からないけれど。
 心から感謝します。

 チャンスを与えてくれて。
 ブラッドとマリーの子供にしてくれて。
 ガスの孫にしてくれて。
 本当に、ありがとうございました。
 感謝しても、しきれません。

【その想い、確かに受け取った。
 ……おもてを上げよ、人の子よ】

 言われて顔を上げて、僕は目を見開いた。

【汝、ウィリアムよ】

 膝をつき、見上げた視線の先。
 正体不明の灯火の神のフードの下には……穏やかそうな、黒髪の少女の顔があった。


【その覚悟を忘れぬ限り、汝には資格がある】


 少女、グレイスフィールが無表情を崩し、ふわりと微笑みを浮かべる。
 白い手が、目の前に差し伸べられる。


【さあ、起きよ。誓いを立て、ともに行こう】


 手を握り返す。


【その生が終わり、再びわれが汝を導くまで……】


 立ち上がろうとすると同時、意識がぼやける。


【――われは、汝の守護者とならん】



 ◆



 朦朧とした意識のまま、目が覚めた。
 仰向けに倒れている。曇った夜空が見える。

 腕に蛇が噛み付いている。
 篭手の隙間から、不死の神血を流し込まれている。
 腕が痛い。痛い。熱い。

 不死者と化した英雄たちが、僕を囲んでいる。
 十重二十重に囲い込んで、油断なく武器を突きつけている。

 その向こうで、不死神が笑っている。
 勝利を確信して、笑っている。

「………………」

 どう考えても、どうしようもない。
 詰みの形。終わりの状況。

 けれど……
 どくん、と心臓の鼓動を感じた。
 脈打っている。
 まだ、僕の心臓は、鼓動を刻んでいる。

 大丈夫。
 それなら、大丈夫だ。

 胸の中の、マグマのような熱が。
 ゆっくりと、鼓動とともに全身に巡っていく。

 身を起こし片膝をつく。
 感覚の鈍っている手を、ゆっくりと組む。
 この世界では、こう祈るのだと、マリーから習った。

「……生々流転を司りし女神、グレイスフィールよ」

 新しい力が、吹き抜ける爽やかな風のように体内に巡ってゆく。
 どう使えばいいのかは、自然と、最初から分かっていた。

「どうか、僕とともに歩んで下さい」

 守護神を選び、誓いを立てる。
 今日は十五歳の夜だ。
 子供が独り立ちする、めでたき祝いの日だ。
 神様の加護が、与えられる日だ。

【…………祝祷術?】

 異常を察知した不死神の表情が歪む。
 それは、驚きではない。
 無駄な抵抗に対する、嘲りだ。

【はっ、使えたところでどうにもならぬ。
 生半可な術で、体内に打ち込まれた不死の血は、】

 ぼ、と腕から白炎が吹き上がった。
 熱くはない。
 むしろ、体内に巡り始めていた不浄な何かが、焼かれてゆくのを感じる。
 大丈夫。いける。

【……聖痕スティグマ、だと?】

 マリーの祈りを知った時についた、あの勲章。腕の火傷痕。
 神の炎に焼かれた腕だ。
 それだけではない。

【……! しかもその体、まさか大半が聖餅か!? ありえん!!
 お前、一体どういう育てられかたを……】

 不死者の身でありながら、マリーは僕のために毎日、地母神に糧を祈ってくれた。
 マリーの日々の祈りは。
 折れない心は。
 不死神の予想を、完全に覆していた。

「そして、我が神に誓う」

 ――『強い誓いを立てれば加護を得やすくなる代わり、苦難の運命に巻き込まれるってのはよく言われる話だ』

 ブラッドの言葉を思い出す。
 口の端を、無理矢理に笑みの形にする。
 苦難の運命。
 上等だ。

 今、ここで不死神をぶっとばせるなら。
 ……そのくらいの対価は、安いものだ!


「我が生涯を、あなたに捧げる!
 あなたの剣として邪悪を打ち払い、あなたの手として嘆くものを救う!」


 思いつくまま、強い誓いを立てた。
 灯火の神さまが、相変わらず無言のまま、小さく笑う声が聞こえた気がした。


「……流転の女神(グレイスフィール)の灯火にかけて!」


 傍らに、ぼう、と証のように火が灯った。
 ほの明るく、暖かで柔らかい光だ。

 ……死後に導くだけじゃない。
 きっと彼女は、すべての魂あるものを、その死の一瞬まで照らし続けているのだろう。
 それに気づかれることがなくても。
 倦むことなく。
 飽くことなく。
 静かな愛と、慈しみをもって。


【……グレイスフィールの加護を得たか】


 不死神は、その表情を歪めていた。

【惜しい。惜しいな……ぜひ、我が陣営に加えたかったのだが。
 やつに取り込まれたとあらば、是非もない】

 殺意が吹き上がる。
 ……今までは、「心を折って取り込もう」程度の考えで対応されていた。
 だけれどここからは、殺しに来る。
 相手も本気だ。

 ずっと避けようとしていた、対等の殺し合いのステージに立った。
 立ってしまった。
 だけど。


 ……だけど、もう、負ける気はしない!



「不死神スタグネイト! 貴方を倒して、誓いを果たすっ!」

【若き英雄よ。……志半ばで、果てるがよい】


 叫びが交錯し、最後の戦いが始まった。

◆小説家になろう 勝手にランキング◆
評価やブックマーク、感想、レビュー等、本当にありがとうございます。
作品を継続するモチベーションとなっております。
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