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最果てのパラディン 作者:柳野かなた

〈第一章:死者の街の少年〉

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 場違いに、懐かしい思い出が蘇った。
 朧な記憶。前世の、たしか子供の頃。図書館で児童向けの小説を読んだ思い出だ。
 割と理解の早い子供だった僕は、高学年向けの難しい漢字の使われた本でも次々読んでしまって……
 両親はそれを喜んだのか、よく僕を図書館に連れて行ってくれた。

 子供の僕には図書館は広くて、見渡すかぎりの本にくらくらするような思いがした。
 児童書コーナーで、たくさんの本棚の隅から隅まで、色々な本を探した。
 むさぼるように読んだ。

 その中に、お気に入りの本があった。
 擦り切れた、古いファンタジー小説で。
 魔法使いの出てくる本だ。
 今ではもう、なんというタイトルなのかも思い出せないけれど……

 両手を広げた老魔法使いが、とても格好よかったことを覚えている。



「《縛り付け(リガートゥル)》、《結び目よ(ノドゥス)》、《束縛し(オプリガーディオ)》――」


 莫大量のマナが収束し、奔る。
 ガスが極めて正確に、高速に詠唱した《ことば》は流星のように青白い男に向かう。


【ハハハ、賢者よ。全てを知りつつ、抗うか?】


 この世ならぬ不浄の気配を発する男は、それをせせら笑い、まばたきのうちに黒い靄のように崩れ……


「《結びつき(コンキリアット)》、《追尾せよ(セクィトゥル)》っ!!」


 しかし、ガスはそれを見逃がさない。
 幾条もの闇色の尾を引き、拡散して束縛をかわそうとした靄の塊の周囲に、《ことば》が弾けるように広がった。
 何でもないように見えるが、戦いの中で一瞬の相手の変化に合わせ、淀みもなく適切な《ことば》を継ぎ足す極めて高度な技だ。

 最後に付け足されたほんの1、2語で、文章全体の印象が変わることがある。
 技巧の凝らされた詩文や、トリックの散りばめられた小説のように。
 ……連なる《ことば》は、時に花開くように変化する。

 再び黒い靄から形を戻した男の周囲には、マナによって形成された不定の檻と鎖が、幾重にも重なっていた。
 強固で重層な、束縛と封印の陣だ。


【ふむ――】


 だが、拘束された靄の男にたいした感慨はないようだ。
 余裕の態度を崩さぬまま、周囲を覆う檻状のマナに対して、


【……《破壊よ在れ(ワースターレ)》】


 破壊の《ことば》を投げかけた。
 ガスの放つそれすら圧倒的に上回る強烈な破壊の渦動が、あっさりと檻を引きちぎろうとし――

 だがその時には、ガスは指運による筆記を終えていた。
 右手で書かれた《守護》を意味する《ことば》が渦動を妨げる。
 左手で書かれた《消去》を意味する《ことば》が渦動を消し去る。

 そしてその時には、展開された《ことば(・・・)の連なりそのもの(・・・・・・・・)が、更に《ことば》を刻んでいた。

【…………!】

 檻による束縛が強化される。



 ――――四重魔法行使クワドラブル・キャスト



 ぐったりと力を失ったマリーやブラッドの傍で、僕はただただ目を見張っていた。
 ガスは優雅にさえ見える動作で両手を開くと、決意の眼差しで青白い男を睨み据える。


「《青褪めた(パッリダ)》《死は(モルス)》《等しき足どり(アエクォー・)で蹴り叩く(プルサト・ペデ)》……」


 朗々と放たれ始めた、長大な《ことば》の連なりに気づいた男の顔が、初めて変化する。


【……貴様!】


 拘束を破壊しようと男が矢継ぎ早にいくつもの《ことば》を発する。
 空間が軋む。周囲の地盤がめくれ上がり、千切れ飛ぶほどの衝撃が撒き散らされるが、《ことば》の拘束は揺るがない。
 あれは、あのガスの詠唱は。 

「《貧者の(パウペルム・)小屋も(タベルナース)》、《王者の(レグムクェ・)尖塔も(トゥッリース)》!!」

 左右の指運によっても増強されるそれは、本来、数人がかりで息を合わせて行う儀式魔法。
 一人ではまず行えないはずの、究極の魔法のうちの一つ。



「――――《全存在の抹消ダムナティオ・メモリアエ》ッッ!!!」



 肉体、魂、現象。森羅万象ありとあらゆる《ことば》と《ことば》の連なりをずたずたに分断し、遊離させ、無意味化してマナに還す、無色透明の崩壊の波動。

 古代語魔法による破壊の極地。

 ……《存在抹消》の《ことば》が、丘の一部を抉って抜けた。




 ◆



 まるで巨大な獣の顎に噛みちぎられるように抉られた丘。
 急激な地形の変動に大気が震え、波動により何もかもが消滅した空白を埋めようとするかのように、丘の周辺には強風が吹き荒れた。
 ばたばたと、抱えたマリーのローブがはためく。


「…………」


 《存在抹消》の波動が確かに青白い男を飲み込むのを確認してからも、ガスに油断はなかった。
 周囲の気配を警戒し、いくつかの《ことば》で、回避された可能性や、死んだふりの可能性を検証し確認していく。
 それからしばらくして、ようやく相手の消滅を確信したのか、ガスは手をおろした。

「……ブラッド、マリー。魂をもっていかれてはおらんな?」
「おう、まぁな」
「な、なんとか……」

 ガスはため息をついた。

「なら、とりあえずウィルをなんとかしてやれ。ワシは触れられんでな」

 そう言うと、ガスは僕に視線を向けた。
 目尻を下げた、今まで見たことがないくらい、優しい視線だ。

「――怖い思いをさせたのう」

 言われて、身体が、まだ硬直していることに気づいた。
 マリーがそっと、手を握ってくれる。
 ブラッドが、不器用な調子で背中をさすってくれた。

「ぁ……」

 息を詰めたまま、ほとんど呼吸もしていなかったことに気づいた。

「……っ、は……!」

 肺が酸素を求めていた。
 荒く息を吸う、吐く。
 どっと全身から冷や汗が出てくる。
 がたがたと、遅れて震えがやってきた。
 自然に、目尻に涙が滲む。
 怖かった。
 怖かった、怖かった、怖かった、怖かった……!

 本当に恐ろしい相手だった。

 僕も強くなったはずだ。
 戦技ではブラッドに、魔法ではガスに、精神性ではマリーにとても及ばない身だけれど、それでも真面目に訓練はしてきた。
 そこそこ強い、くらいの自負はあったのだ。
 それなのに、あの黒い靄の男を前にして、僕はまったく動けなくなった。


 絶対に勝てない(・・・・・・・)、そう直感してしまったのだ。


「すまねぇ、爺さん。……やっぱ、あんたの懸念通りになっちまった」

 ブラッドが言う。

「ウィルが旅立つまでは保たせたかったのですが……」

 マリーが残念そうに呟いた。

「……それが二人の決断じゃろう」

 ガスが肩をすくめる。

「懸念が当たってしまったのは残念じゃが……ワシとて、それを選んだ意志まで貶めるほど偏屈ではないわい」

 二人をいたわるような、優しい口調。

「それに何より、存外、うまくいったではないか」
「……そうだな。格好良かったぜ」
「ありがとうございます。本当に、いつも……」
「なに、いつものことよ」

 マリーとブラッドと、そっと微笑みを交わすガス。
 何かしらの対立の溝が、埋まったような、そんな雰囲気。

 それからガスは、僕の方に振り向いた。

「やれやれ、ウィル。とんだことに巻き込まれてしまったのう」

 まぁ、心配はいらんがな、とガスは笑う。
 その表情は、ずっと抱えていた懸念が解決したのか晴れやかだ。

「さて。なんと説明したものかな……そう込み入った話でもないのじゃが」
「……まぁ、こんなことになっちまったら、これも伏せとくわけにはいかねぇか」
「ええ。最低でも幾年かは猶予はあるでしょうし……ああ、中に入りませんか? ウィルも寒いでしょう」

 薬草茶でも淹れましょう、とマリーが提案する。
 まだぎこちない足取りのブラッドが、いいな、と笑って神殿の入り口に向かう。
 ガスもやれやれ、といった調子で息をつき、僕に振り向いた。

「そうじゃな。……暖炉の火でも囲んで、話そうではないか。なに、心配するな」

 いつにない笑みを浮かべたガスを見ていると、僕もなんだか嬉しくなってきた。
 緊張がほぐる。
 暖かい暖炉の前で、薬草茶のカップで手を暖めながら、話を聞いてみよう。
 ずっと繰り返してきた、家族の団欒だ。

「何もかも、なんとかなったの、」

 ガスに向けて、笑い返し。
 一歩を踏み出した僕の笑みが――

「じゃか、ら……?」

 凍りついた。



 ――黒い靄でできた腕が、ガスの胸部を貫いていた。




 ◆





「ぁ゛、か…………」



 ガスが。
 霊体であるはずのガスが、苦痛に呻いていた。
 そして僕が何をする暇もなく。

 ガスの身体が、あっさりと、上下に引き裂かれた(・・・・・・・・・)

「爺さん……ッ!?」
「ガスお爺さ……っ、ブラッドっ!」

 呆けた僕と違い、即座に反応したのがブラッドとマリーだ。
 二人ともいまだ体調が戻っていないにも関わらず、ブラッドはマリーの声に応じて前衛となる構えをみせ、マリーは祝祷術を攻撃的に行使する構えを取る。
 一瞬の遅滞もない反応は、二人の練達ぶりの証左だ。
 その二人が。


【……クハハ】


 潰れた。
 ぐしゃりと。
 地に伏した。
 一瞬で。

「が、あああ……ッ」

 べきべきとブラッドの全身の骨が破砕される音がする。
 黒い靄に圧迫されている。
 僕の頬に、弾き飛ばされた骨片が当たった。

「ひゅ……っ」

 マリーの喉笛が黒い靄にえぐり取られ、両腕が小枝のように折れた。
 空気の漏れる音がする。
 もう、神へ呼び掛けることはできない。


【驚いたな。まさか単身で、私の分体を崩壊せしめるとは……】


 黒い靄が人の形を取っている。
 ノイズ混じりの声。

 若い男。不自然なくらい均整の取れた身体。
 血が通っていないかのような、青ざめた肌。淀んだ瞳。

【……あらかじめ分体を二分しておらねば、長く活動に支障をきたしたところだ】

 男は、片手に握ったガスの上半身に向けて語りかける。

【賞賛しようではないか、《彷徨賢者オーガスタス》よ。お前は確かに、たぐいまれなる大魔法使いだ】

 ガスは。
 胸から下を引き千切られたガスは、血走った目で男を睨み据えていた。
 男はそれを受けて、なお涼しげに笑っている。

「スタ、グ……ネイトォ……ッッ!」

 スタグ、ネイト。
 スタグネイト。
 不死神。


 ……《木霊エコー》!


【滅ぼすのは惜しい。お前の執着が失われるまでは、待ってやる】


 そう告げて、《不死神の木霊エコー・オブ・スタグネイト》は無造作にガスの上半身を投げ捨てた。


【そして、そこのお前】

 不死神の視線が、こちらを向く。
 どきりと心臓が跳ねる。
 足が、がくがくと震えだす。

 目をそらしたいのに、目をそらすことさえできない。
 にぃ、と唇が吊り上がるさまが、はっきりと見える。

 歩み寄ってくる。
 動けない。

 僕に近づこうとする不死神を認識したのか。
 マリーとブラッドが半壊のまま、男の足元に食らい付こうとし、更に圧し潰される。
 骨が砕ける音が幾重にも響いた。
 不死神が目の前に来る。

 死を、予感した瞬間。



【……よくやってくれた(・・・・・・・・)



 笑みを含んで放たれたそれは、


【お前のおかげだ。感謝をしてもいい】


 まごうことなく賞賛の、言葉だった。


「なに、を…………」


 震える唇と、もつれかけた舌で、なんとか言葉を紡ぎだす。


【これなる英雄たちは、私と契約を行い、最高位の不死者となった】

 不死神は両手を広げて語る。
 それは、それは、愉快そうに。

【いつか《上王》に対する執着を失ったその時。
 再び私とまみえ、完全なる下僕となることを条件にな?】

 不浄の気配を漂わせる男が、語る、それは……
 つまり、

「ぼ、くが……」
【そうだ】

 不死神が嗤う。


【お前のおかげで《賢者》の執着は薄れ、《戦鬼》と《愛娘》に至っては、完全に《上王》への執着を失った】


 言葉が耳を通り過ぎる。
 理解が、追いつかない。
 だって、だって、それは、


【お前のおかげで、まずこの二人は、永劫に我が下僕となる】



 不死神は、愉快そうだ。



【…………お前がこやつらの息子として、よく(・・)生きてくれたおかげ(・・・・・・・・・)だ。】



 それは、だって。
 僕は、生まれ変わって。
 今度こそ。
 今度こそ、生きようって。

 ちゃんと(・・・・)生きよう(・・・・)って…………



【ハハハ、よほどショックのようだなぁ! まぁ、無理もない】

 思考が、回らない。

【だが、私がお前に感謝していることは真実だ】

 声が耳から入ってくる。

【そして未熟なりに、この英雄たちの弟子であるというのも悪くはない】

 理解ができない。

【どうだ。お前も私にかしずき、我が陣営に属さぬか】

 理解ができない。




【……この三人と(・・・・)永遠に(・・・)仲睦まじく(・・・・・)暮らさせてやろう(・・・・・・・・)



「…………!」

 それ、は……


【ハハハ。興味があるか? よかろう……】


 では考える時間をやろう、大切な家族ともどもな、と不死神は笑った。

【明日は折よく冬至。忌々しき太陽がもっとも力を失う時なれば】

 不死神の姿が崩れ、黒い靄と化す。



【――その晩に、返事を聞こう】 



 風が吹き抜ける。
 不死神の姿が消える。

 僕は、馬鹿みたいに突っ立って。
 何もできないまま、それを、見送るしかなかった。



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