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最果てのパラディン 作者:柳野かなた

〈第一章:死者の街の少年〉

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 その言葉には、深く滲んだ絶望と、諦念がこもっていた。

「殺し、きれなかった……?」

 ブラッドは俯いていた。
 マリーが、僕の言葉に頷く。

「ウィル。あなたの予想は正しいものです。驚くほど何から何まで、当時のガスの作戦をぴたりと言い当てています。
 あなたの予想したように、ガスは見えていた要素のすべてを活用し、適切に《上王》を殺す可能性を手繰り寄せました」

 そして実際にその作戦は成功しました、とマリーは落ち着いた口調で語る。

「しかし」

 遠く、何かを虚ろなものを眺めるような声。



「しかし、見えていた要素は、すべてではなかった。《上王》は、ガスの予想をすら上回る怪物だったのです」



 今度こそ、本当に、言葉も無い。
 チートも大概にしろだとか、そういう言葉さえ出てこない。

 ……何なんだ、そいつは。

「本性を表した《上王》は、童子の姿を破り捨て、醜悪な異形の戦士の姿を取りました。そして、その……」

 マリーが言いづらそうに口ごもり、ブラッドがあとを引き取る。


「本気の《上王》は、俺以上の剣の遣い手だった」


 ブラッドは、遠くを見ていた。
 それは、《上王》との戦いを回想しているのだろうか。
 だけど。

「……届かねぇんだよ。デカい相手と斬り合ったことは何度もあるが、何一つ届かないのは初めてだった」

 想像がつかない。

 ブラッドが敵わない?
 それは、どんな技量なんだ。
 どれほど積み上げれば、そんな高みに至れるんだ。

「こちらの魔剣は空を切り、あっちが取り寄せの《ことば》で引っ張りだした、ありきたりの魔剣はこっちを切り刻む。
 外じゃ、俺達に託して壁になった仲間が、次々にすり潰されてるっていうのにな」

 出来の悪い悪夢を語るような、ブラッドの声。

「言い訳をすりゃいくらもできるぜ?
 相手はデーモンの親玉、《王級》のなかの《王級》だ、身体能力が違うとか。
 奪った魔剣が普段使いの大剣とは勝手の違うブロードソードだったから、とかな」

 だけどな、とブラッドは言う。

「俺はガスの魔法と、マリーの祝祷による十分な支援を受けてた。
 既に《上王》にはガキの姿の段階で、じゅうぶんに手傷も与えていた」

 言い訳できる要素があるのは、相手も同じだ。
 そうブラッドは告げていた。

「その上で……僅かに、ほんの僅か、多分、一段だけ奴が上をいっていたんだ。
 俺が生きてるうちに、届けなかった高みにな……」

 それは、ブラッドの心に刻まれた、深く無惨な傷なのだろう。
 いつも明るいブラッドが、こんなにも沈んだ口調で語り続けるのは、初めてだった。

「今でも考えちまう。俺に何が足りなかったのか、どうすれば良かったのか……」

 マリーは目を伏せて、なにも言わなかった。
 なにも言えない様子だった。

「だけど、もう遅い。……ウィル、お前も知ってるな」



 アンデッドは(・・・・・・)成長しない(・・・・・)



 ブラッドがどれだけ考えても。
 どれだけ剣を振るっても。

「もう、俺の剣は、ここで打ち止めだ」

 《上王》が佇む一段先へ、ブラッドが登ることは、決してないのだ。

 沈黙が落ちる。そして……

「そして、私達の敗色が濃厚となったとき」

 マリーが、黙り込んだブラッドの話を引き取り、言葉を発した。

「ガスと私は、それぞれの奥義を尽くして《上王》に封印を施しました。殺せずとも、せめて……と」

 それは、ガスとマリーが、ブラッドの(・・・・・)勝利を諦めた(・・・・・・)ということだ。

 三人が深く信頼しあい、互いの持つ人格と能力に尊敬の念を払っていることは、よく知っている。
 その彼らが、仲間がその能力を発揮すべき、最大の舞台で。
 『お前の能力では無理だ』と言い渡すも同然の行為に踏み切るのは……どれほどの気持ちだったのだろう。

「幸いにして……術は成功しました。
 マーテルの奇跡により生じた大地の裂け目へと呑まれ、《上王》はこの地深くに封じられました」

 それが、この大陸の大半を征服した、悪魔たちの《上王》の最後。

「ですが、それが単なる時間稼ぎだということは、私たちにも分かっていました。
 デーモンの中には、《ことば》を使いこなす魔法使いや、次元神に仕える強力な神官であるものも多くいます。
 外の壁を担っている者たちは既に討たれ、私たちのもとに迫るのも時間の問題」

 そして、三人が討たれれば、どうなるか。

「あとはデーモンたちが寄り集い、悠々と時間をかけて、彼らの《上王》の封印を解くでしょう。
 私とガスの行いは、しょせん苦し紛れの行いでしかなかったのです」

 マリーの口調にも、深い悔恨と絶望が混じっていた。

「…………私たちは、最後の最後で、ブラッドを信じきれませんでした」

 どれほど確率が低くとも、ブラッドの剣が《上王》に届く、その可能性を最後の一瞬まで信じるべきだった。
 マリーの声は、そうありありと語っていた。

「そして……」

 木枯らしが吹く。
 長く話し続けたせいで、身体はすっかりと冷え込んでいた。

「そして。そんな私たちをあざ笑うかのように……」

 ぞくりと、悪寒が身体を駆け抜ける。




「不死神スタグネイトの《木霊エコー》が、降臨したのです」






 ◆





「悪なる神々の陣営は一枚岩ではありません。
 彼らはそれぞれ異なる理念のもとで動いており、利害が一致すれば協力もしますが、逆もまた然り」

「スタグネイトとしちゃ……都合が悪かったんだろうな。《上王》はあまりに強すぎた。
 アイツは《喰らい尽くすもの(オーバーイーター)》を手に、神の《木霊》だろうが高笑いしながら斬り殺せる怪物だ」

 それが次元神ディアリグマの眷属として一大陸を制覇し、そして次なる大陸に食指を伸ばす。
 時間をかければかけるほどに膨れ上がる軍勢は、二大陸の制覇すらあるいは成し遂げるだろう。
 しかもそれを為す本体が、神々でさえ殺害に苦慮するほどの怪物。

「《上王》が封じられたなら都合がいい、とばかりに不死神は俺たちに取引を持ちかけてきた。」

「不死神は、なんて?」 

「…………お前たちは優秀だから、不死者となりこっちの陣営に参加しろ、ってな。
 そうしたら、この街の有象無象のデーモンどもは打ち払ってやる。
 あとはそのまま、不死の身体で好きなだけ封印を守り続ければいい」

「不死神スタグネイトは、かつて善なる陣営にありながら、生死の悲劇を見ることに耐えかね道を違えた神。
 あらゆる優秀な魂を不死化させ、永遠に停滞した悲劇なき世界を生むことを望んでいます……」

 私たちは不死神に見込まれたのです、とマリーは言った。
 目をつけられた、のほうが正しいんじゃねぇかとブラッドは肩をすくめた。


「選択の余地はなかった。……俺たちは奴の手を取った」


 マリーが、いつか言っていた。
 自分たちは、『善なる陣営の裏切り者』だと。
 自身の信じる神である、地母神マーテルを裏切ったのだと。

 ……それは、この瞬間。
 この時に行われた、契約だったのだ。

「そして俺たちは不死者になった。
 《上王》に肉を切り刻まれていた俺は、そのまま骨ばかりのスケルトンに。
 マリーはマーテルの炎に焼かれながらアンデッド化したせいか、ミイラに。
 そしてガスはもう己の老いた肉体に執着していなかったのか、ゴーストになった」

 どれも生前の知性を完全に保ったままの、最上級の不死者さまだとブラッドは皮肉げに言う。

「不死神の野郎は、そのまま町を一掃したよ。
 下級のデーモンどもはその圧倒的な神威で身体の構成を作り替えられ、本来なるはずもねぇアンデッドになっちまった」

 ……それで今でも、町には、デーモンのアンデッドが彷徨っていたのだ。

 全てがつながってゆく。
 今まで見てきたものの理由が、明かされてゆく。

「そうして俺たちは……《上王》の封印の守護者になった。不死の体のな」

 最初は封印を解こうとする《上王》麾下であったデーモンなどがたびたび町にやってきたが、全て撃退したという。
 疲れることもなく、眠ることもなく、完全に破壊されなければ傷すら勝手に治ってゆく。
 日の光さえ恐れることはない、最上位のアンデッドとなった3人には、もう敵はいなかった。

「そうして200年。
 かつてともに《上王》に挑んだ仲間たちを埋葬し、町にはガスが魔法による警戒網を張り巡らせ……
 私たちはこの街の封印を守り続けました」

「それしかすることはなかった。
 俺たちはこの街に縛られていたからな、街から一定以上には離れられなかったし、魔法で外の状況を探ることもできなかった。
 サウスマーク大陸の人類圏は滅びたのか。北のグラスランド大陸はどうなったのか。何も分からねぇままで居た。
 もうとっくに、人類なんて滅びてるんじゃねぇかって3人で話し合ったこともある。そうしていたところに……」

「いた、ところに?」
「お前が来たんだよ、ウィル。……正確には、お前を連れたデーモン連中だがな」


 ……ああ、そういうことだったのか。

「分かったよ」

 ぴんと、頭のなかで、情報がつながった。


「つまり、僕は《上王》の封印を解くための生贄だったんだね」


 だから、赤ん坊がいたのだ。
 こんな人里離れた、最果ての廃墟に。

「……あはは、それじゃ言えなかったのもしょうがないよね。
 流石に子供の僕に、『お前は悪魔の生贄だったんだ』なんて言いづらいもんね、二人とも」

 明るく言ってみると、ブラッドとマリーの雰囲気が少しだけ和らいだ。

「ええ。流石にガサツなブラッドといえど、この件は遠慮していました」
「ガサツとは言ってくれるな畜生め」

 いつものやりとりが戻ってくる。

「デーモンたちを仕留めたあと、少しガスと議論がありましたが、私たちはウィル、あなたを保護し養育することにしました」

 ガスは僕のことを少し邪剣にしていた。
 あれはこの時、揉めたことが原因だったらしい。

「デーモンたちが貴方を連れてくることができたということは……」
「つまり、どこかほど近い場所に人類圏が存在するってことだ」

 赤ん坊は弱く、脆い。
 魔法を使えるデーモンといえど、いくらなんでも輸送には限界があるだろう。
 それはつまり、人類がどこかでしぶとく生きているということを示している証拠だったのだ。

「もちろん、人類の様子はわかりません。ひょっとして悪神の眷属たちに、奴隷のように扱われているのかもしれませんが……」
「そういう状況でも生き残れるだけの、力を身につけさせた上で、そこに送ってやりゃあいい。……こうしてな」

 そうして今の僕がいる。
 つまりは、そういうことだったのだ。
 謎は解けた。
 ……過去と現在が、一本の糸で繋がった。

 僕はこれから、嵐のような大乱を生き残びた、人類社会へと向かうのだ。
 ブラッドやマリー、ガスから託された力をもって。
 新しい人生へ、踏み出すのだ。


 ……いつか。
 いつか、この町に帰ってこよう。
 家族や友達を連れてきて、3人に紹介しよう。
 この町を、ふたたび建て直してもいいかもしれない。
 いつか、きっと……


「俺たちのことは忘れて、生きてる連中と一緒に、楽しくやれよ」

「ウィル。幸せに、そして善意と祈りを忘れずにね」



 ……え?


「お前は最高の弟子だった。今日の試験だって、まぁ内容的にゃ俺の負けだ。
 ……こまっしゃくれた賢い息子め、愛してるぜ。強くなれよ」

 ブラッドが乱暴に頭を撫でてきた。


「つかの間、ほんとうの家族になれて幸せでした。
 ウィル、かわいい坊や。……母はあなたを、愛しています」

 マリーが、僕をそっと抱きしめた。

「え? 待ってよ」

 待って。
 なんで。

 二人は、そんな、


「最期の、別れみたいな……」



 その時。

 その時、にわかに空が厚い暗雲に覆われた。
 不自然な雲の動きだった。
 丘の上にごうごう風が渦を巻き始める。

 笑い声が響いた。
 ノイズが混じったような、不快な、幾重にも響く笑い声。

 虚空から、闇が噴出する。
 火山が吹き出す不気味な黒煙のような闇が、凝ってゆく。
 人の姿が編み出される。

 若い男。不自然なくらい均整の取れた身体。
 血が通っていないかのような、青ざめた肌。淀んだ瞳。


【……別れは済んだか? 英雄よ】


 その姿を見ただけで。
 その声を聞いただけで。

 魂を鷲掴みにされたように、僕は動けなくなった。


「……おう」

「どうぞ。覚悟は済んでいます」

 ブラッドとマリーも、抵抗する様子もなく目を伏せた。
 僕は全身が凍りついたかのように、なにもできない。

 目の前のものが、あまりに圧倒的な存在だと。
 人の力の及ばぬものだと、魂が理解していた。


【お前たちは、ついに執着を失った(・・・・・・)

 何がおこっているのか分からない。
 でも、動かないと。

【契約に従い】

 動かないと。

【今ここに】

 ブラッドが、マリーが。

【その魂を】

 なんで動けない。
 動け、動け。

 動け……動いて、おねが、



【我が手に……】



 あ、ああ。

 ああああああああああ………!!

















「――《破壊よ在れ(ワースターレ)》!」




 青白い男に向かって衝撃が炸裂し、轟音とともに土砂が弾け飛んだ。


【……ふん】

 丘の一画が無惨にめくりあげられ、土砂がぼたぼたと落下する。
 命中はしていない。
 男は10mほど離れた場所に忽然と立ち位置を変え、億劫そうに一言呟いただけだ。


 僕、ではない。
 僕は動けていない。

 動けなかったままだ。
 今でも震えている。

「ウィルよ。……ブラッドとマリーを連れて、下がっておれ」

 半透明の霊体の背中が見える。
 見慣れた背中だ。
 偏屈で、守銭奴で、口が悪くて。殺されかけたことだってある。

「安心せい」

 その周囲には、渦を巻く濃密なマナ。
 大魔法を行使するために、両手を大きく開き。
 決然とした声で、彼は言った。



「あやつは、ワシが仕留める」



 愛する祖父である、ガス。
 ……賢者オーガスタスが、そこに居た。

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