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最果てのパラディン 作者:柳野かなた

〈第三章:鉄錆の山の王 後編〉

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 石組みの壁に、石畳。
 《西の門》の先、隧道のなかには硬質でそっけない印象の、石の通路が延々と続いていた。
 幅は広く、天井は高い。エルフの国との交易の、重要な経路であったためだろう。

 二百年の空白の間に、だいぶ埃が積もっている。
 この調子では普通ならば蜘蛛の巣が張り、蝙蝠や獣の巣になっているのが普通なのだろうけれど、そういう痕跡はない。
 ――辺りに煙のように漂う黒い靄、邪竜の瘴気が原因だ。

「うへ……」
「長居はしたくないね」

 耐毒の奇跡や魔法を重ねがけしてあるとはいえ、感覚的に嫌なものがある。
 それに漂う瘴気で、見通しがあまり良くない。

「……遭遇戦と、それに罠が怖いですね」
「悪魔どもの罠のほか、滅びし同胞たちの仕掛けた罠が、未発のまま残っている可能性も否定できませんな」

 ルゥが言い、ゲルレイズさんが頷いた。
 確かにそうだ。悪魔の侵攻をはねのけようとしていた以上、当時の《くろがねの国》のドワーフたちは多くの防備を仕込んだだろう。
 ……生易しい警報罠とかじゃなくて、踏んだら即死レベルのトラップまで想定しうる状況だ。

「照明だが、火は使うか?」
「やめておきましょう、悪い空気が溜まっている可能性もあります」

 光源は魔法の灯りと、通常の火を用意して、どちらかが消えてもどちらかが残るようにするのがセオリーだけれど、引火や酸欠の懸念がある。
 この場は控えておくことにして、《おぼろ月》の他に幾つか《光のことば》を刻んだ小石にマナを収束させて配る。
 メネルはシャッター付きのランタンにそれを放り込んで、光量を調節できるようにした。
 光量を絞っての先行偵察も視野に入れた工夫だ。

「隊列はどうすんだ?」
「メネル、先頭よろしく。罠と悪魔を警戒。ゲルレイズさんはそれに続いて下さい」

 耳がよく、罠の探知ができるメネルが先頭。
 種族の特性として暗視ができ、地底内での感覚に長け、加えて当時の《くろがねの国》の内部構造を把握しているゲルレイズさんが次。

「それから僕とルゥが中央。レイストフさんが最後尾をお願いします」

 最後尾にベテランのレイストフさんを置いて、バックアタックへの警戒を頼む。
 魔法が使えて最大戦力の僕と、物理的な攻撃力が高いルゥは真ん中に配置し、状況に応じて配置を転換できるようにする。

「相手はデーモンです。壁や天井を這うもの、翼があるものもいます」

 予期せぬ方角から奇襲を受けぬよう注意を、というと皆が頷いた。
 それから歩き出すと、ルゥがきょろきょろとあちこちを気にしているので、小声で補足しておくことにする。

「ああ、常に全方位に気を配れってことじゃないよ」
「そうなのですか?」
「うん。不可能だしね」

 行住坐臥、常に全方位に油断のない人間なんて幻想だ。
 実際にはやっぱり人間、後方より前方のものが知覚しやすいし、敵地で気を張り続けていたら疲れもする。
 だからこそ、複数名で警戒する方向を補いあうことに意味があるのだ。

「ただ、頭の隅に置いとくだけでも立て直しの速度は良くなるから」

 いざ予期せぬ方向からの奇襲を受けた時、「予期せぬ方角から奇襲があるかもしれない」と聞かされているといないとでは、対応速度に差が出る。
 まったく想定もしていないことをされると、人というものは誰しも一瞬、思考が止まって硬直してしまうのだ。
 それを避けるために、いちおう口にしたのだけれど……考えてみれば、ルゥはこういう冒険は初めてだった。

「メネルとゲルレイズさんが前方と足元、レイストフさんが背後を警戒してくれているから、僕たちは上と左右に集中だ。
 奇襲云々は頭の隅っこに置いとくだけでいい。けっこう気疲れするから、ときどき見張りを置いて小休止を取るよ」
「はいっ」

 分かりやすく説明し直すと、ルゥは勢い良く頷いた。
 彼は本当に飲み込みがいい。
 白兵戦の技量もめきめき上達しているし、すぐにこういった探索行の定石にも慣れるだろう。

「――……」

 それからしばらくはまっすぐな道が続き、みな無言で進んだ。
 時々メネルが掌を後ろに向け、全員を止めると耳を澄ましたり、罠を解除したりする。

 設置型のボウガンなどは既に経年劣化で十分な張力を失って無害になっているけれど、落とし穴やスパイクボールなどはそうもいかない。
 メネルはそういった有害な罠をあっさりと発見し、発動地点に目印をつけたり、仕掛けを解体して慣れた様子で無害化していく。

「そろそろ《石の広間(ロックホール)》に。そこからはひどく分岐をしますが」

 ゲルレイズさんが、その作業を見ながら言葉少なにそう言い、

「意外ですな」

 付け加えるように、そう言った。
 僕も、同感だ、と頷く。

「ええ。……悪魔の襲撃がなかった(・・・・・・・・・・)

 それも一回もだ。
 明らかに竜には発見されたというのに、迎撃に出てくる気配がない。



 ◆



「それは、その、竜と悪魔は一枚岩ではない、ということでしょうか」
「まだそうとは言い切れねぇな。その《石の広間(ロックホール)》あたりに数集めて待ち構えてんじゃねぇの?」

 広い場所で半包囲して一斉射撃でカタ付けるとか定番だろ、とメネルが言う。
 確かに、自陣深くに引き込んで包囲殲滅というのは有効な手だ。

「逆に言えば、《石の広間》に伏せ勢がなければ――」
「ああ、その場合はルゥの言ったことが正解だ」

 ゲルレイズさんは《石の広間》より先はひどく分岐するという。
 僕たちがそこに入り込んでしまえば、悪魔たちは僕たちを捕捉しきれなくなるわけで、どんな指揮官でも《石の広間》に迎撃の戦力を割かないという判断はありえないだろう。
 もしそんなことが起こるとしたら、悪魔の指揮官が、そもそも僕たちの侵入に気づいていない以外にありえない。

 つまりそれは、あの視線の主であろうヴァラキアカが、悪魔たちと連携していないという何よりの証明になる。
 そう考えながら歩いていると、

「…………待て」

 メネルが後ろに掌を向けて、皆を止めた。
 ゆるやかなカーブを描く通路の向こうに、そっと耳を澄ませる。

「どうした」
「音がする。ガチャガチャと金属音。あと、足音の往来」

 小声でのやりとり。

「……待ち伏せされてる?」
「分からねぇ、断言できるのはなんか居るってことだけだ」
「《石の広間》はすぐそこですぞ」
「あの、となると、これは、その……」

 悪魔の待ち伏せ。
 そう考えても構わないだろう。
 皆、ともに頷き合って武器を握る。

「僕とゲルレイズさんで、盾を構えてひと当てしましょう」

 大盾を背中から下ろす。
 ほぼ身体の大半をカバーできるこの盾で互いをかばいあえば、通路を出た瞬間に半包囲射撃を受けても凌げる。
 その後は相手戦力を見て、突っ込むなり魔法を掃射するなり、通路に下がって処理していくなりを臨機応変に判断して動こう。

「メネルは通路際から援護、ルゥとレイストフさんは待機。状況を見て突撃」

 手短に役割分担を告げていく。
 隊列を組み直すと、僕たちは照明の光量を絞り、ぎりぎりまで足音を潜めて通路を進む。

「…………」

 《石の広間》の手前で停止すると、僕は短槍を握った手で、皆に見えるように指を一本立てる。
 そして二本立て、三本立てた瞬間――僕とゲルレイズさんは盾を構えて駆け足で前進を開始した。

 広い空間に出たことで、瘴気が薄れる。
 吹き抜けめいた広大な円柱状の空間。壁際にはまるでネジ穴のように、階段が螺旋状に張り付いており、その各所に多方への通路が見える。
 そして――

「おお……!」
「ドワーフだ、ドワーフが来たぞ」
「人間も……エルフもだ」
「花の国は落ちたのではなかったのか!?」
「大丈夫か、落ち延びてきたのか?」
「怪我はないか? 安心しろ兄弟、ここは安全だ」

 たくさんの声が、《石の広間》に響いた。

「お、お……」

 ゲルレイズさんの顔が、くしゃりと歪んだ。

「っ……」

 僕も、思わず歯噛みする。

「戦局はどうなっている?」
「とにかくこっちへ来い」
「おう、大変だったであろう」

 たくさんの骸骨が(・・・・・・・・)声をあげていた(・・・・・・・)

 堅牢な防柵に集い。
 鎧をまとい、斧を手に、盾を背に、戦意も旺盛に。
 おそらくは生前の執着に半ば理性を飲まれたまま、不死者と成り果てて。
 彼らは自分たちの現状も理解できぬまま、戦い続けているのだ。

 ――もう、とうに失われてしまった、彼らの故郷を守るために。



 ◆



「……みな、よ」

 ゲルレイズさんはぐっと唇を引き結び、何度か息を吸い、吐くと、絞りだすようにそういった。

「おお」
「おぬし、ゲルレイズではないか」
「脱出したはずでは」
「民は? 無事なのか」
「なぜここに」

 眼球のないスケルトンたちに、通常の視覚はない。
 何か超常的な知覚で、識別しているのだろう。

「もしや抜けだして、戻ってきたか!?」
「ハハハ、おぬしらしいのう」
「隊長がたに殴られてしまうぞ」
「じゃがおぬしらしいわい」
「うむ、おぬしがおれば百人力じゃ。ほれ、ともに戦おう」

 スケルトンたちがからからと笑う。
 それを見て、喉をつまらせ、何も言えなくなったゲルレイズさんを、誰が責められようか。

「…………」

 僕が還すべきだろう。
 そう思って一歩を踏み出しかけた時、肩を掴まれた。
 振り返ると、

「……ルゥ」

 ルゥ。ヴィンダールヴが居た。
 いつになく真剣な表情。その瞳には、凛とした光が宿っている。

「私が。――私が、言うべきだと思うのです」

 そう言って歩み出すルゥを、僕は見送った。
 手を出す必要はない。そう思った。

「大君?」
「アウルヴァングルさま?」
「いや、だが大君ではないぞ、玉座の間にいらっしゃるはずじゃ」

 ざわめくスケルトンたちを前に、ルゥは踏み出した。

「我が名はヴィンダールヴ!」

 《金剛力》の長柄戦斧が石畳を叩く。
 清冽な響き。

「《くろがねの国》の最後の君主、アウルヴァングルの血を継ぐものだ!」

 告げた言葉に、スケルトンたちがざわめいた。

「最後?」
「最後などではない」
「我らがいる限り」
「そうよ」
「ほれ、見よ、我らは未だ意気軒昂」
「我らが立つ限り、《くろがねの国》は未だ滅びてはおらぬ」
「そうだ、滅びてはおらぬ」
「滅びてはおらぬのだ」

 ほうぼうから上がる声には答えず、ルゥは辺りを見回した。

「見事な防柵だな。――良い拵えだ。ずっと直し続け、改良を続けたのだろう」

 その顔には、一言では言い表せない複雑な表情が浮かんでいた。
 訪れたことのない故郷で出会ったこの光景に、彼はいま、何を思っているのだろう。

「おうよ」
「我らが技術の粋を尽くした」
「けして《西の門》より悪魔どもを侵入させはせぬ」
「《くろがねの国》は滅びぬのだ」
「そうだ、滅びぬのだ」

 幾度もあがる、滅びを否定する声。

「そうか。――そうか、だが」

 ルゥはそれらの声を受け止めて、そして、

「だが、それでも! 《くろがねの国》は滅びたのだ!」

 叫びを上げた。
 身を切るような、痛みを伴う叫びだった。

「戦士たちはみな死んだ! 大君アウルヴァングルは死した!
 《花の国》は無残に枯れ落ち、《くろがねの国》は竜と悪魔の蠢く《鉄錆山脈》となった!」

 ゲルレイズさんも。
 メネルも、レイストフさんも。
 誰も、何も言わなかった。

「そん、な、はずはない」
「滅びぬ」
「《くろがねの国》は滅びぬ」
「滅びぬのだ」

 ただ、スケルトンたちから呻きのような声が漏れ――

「分かっておろう! 目を逸らすな、勇敢なるドワーフの戦士たちよ!」

 ルゥの声が、更にそれを打ち据える。何度も。何度も。
 ……いつしか、スケルトンたちの声もしぼんでゆく。
 表情などもうない彼らの顔が、絶望に染まるさまが、僕には見えた気がした。

「だが……」

 息を吸い、ひときわ大きな声で。

「だが、戦士たちよ!」

 再び、《金剛力》の長柄戦斧が石畳を叩く。
 背筋の伸びるような、清冽な響きだ。

「我が祖父アウルヴァングルは邪竜に一矢を報い、その片目を奪った! 神も称える英雄の所業である!」

 伸びやかに。
 ルゥの声は、《石の広間(ロックホール)》に響いてゆく。

「そして私は。私、ヴィンダールヴは、その偉業を継がんと馳せ参じた! 当代の英雄たちとともに!」

 彼の背は……もう、曲がってなどいなかった。

「皆よ、戦士たちよ! 《くろがねの国》は滅びた! 確かに滅びた!
 だが、我らが祖神ブレイズ、そして灯火の女神グレイスフィールよ! 神々の聖座(みざ)にてお聞き届けあれ!」

 俯いていたスケルトンたちの顔が、上がってゆく。

「――私はここに誓う!
 善なる神々と数多の祖霊の名にかけて、《くろがねの国》を再び取り戻すと!」

 胸のうちに火を灯す、熱のこもった力ある言葉。
 もう、そこに、おどおどしていた猫背のドワーフはいなかった。

「炉の火は絶えてはおらぬ!
 《鉄錆の山》は、灯火より燃え広がりし勇気の炎にて、錆を除かれ、いま再び《くろがねの山》とならん!」

 ひとりの王が、そこにいた。

「ぉ……」
「ぉお、お……」
「ぁぁ……」

 それからルゥはスケルトンの一人一人に歩み寄り。
 その手を取って、泣きそうな顔で微笑みかけ、語りかけていった。

「だから、もう、よい。やすめ。……みな、よくやってくれた」

 そのたびに、一人、また一人と、スケルトンが灰へと還ってゆく。
 しばらくのあいだ、《石の広間》には、斧や盾、そして鎧が床に落ちる音が、響き続けた。

 


 今回で最果てのパラディン、合計100話目の投稿となります。
 皆さまの応援のおかげで、ここまで折れずに突き進むことができました。
 本当にありがとうございます。
 そしてどうかこれからも、ウィルの冒険譚にお付き合い頂ければ幸いです。
◆小説家になろう 勝手にランキング◆
評価やブックマーク、感想、レビュー等、本当にありがとうございます。
作品を継続するモチベーションとなっております。
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