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最果てのパラディン 作者:柳野かなた

〈第三章:鉄錆の山の王 後編〉

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 最後の一人の亡骸が崩れ落ちると、ルゥは振り向いた。
 見違えるような表情だ。
 これまでの様々な経験が彼を変えたのか、先の一瞬が彼を変えたのか、あるいはその両方か。
 人というのはなかなか変わらないところもあれば、時に一瞬で変わるところもある。

「若、よくぞ……よくぞ仰られました……」

 ゲルレイズさんが感極まったように言った。

「悪魔どもを打ち払い、必ずや成し遂げましょうぞ。若君は、この老骨の命に代えてもお守りいたしますゆえ……」
「命に代えられては困るな」

 ルゥは苦笑して言う。

「ゲルレイズには、まだまだ教わらねばならぬことがある」

 この山のことも、戦いのことも。
 気負った様子もなくそう言うルゥの肩を、メネルが叩く。

「国の再興とか、くそ面倒な誓いを立てちまいやがって。バカだなぁ」

 適当にやりゃいいものを、というメネルに対して、ルゥが首を振る。

「いえ、バカではありませんよ」
「へぇ?」
「ウィル殿やメネル殿の誓いと違って、まだしも終わりがありますから、お二人ほどバカではありませんよ」

 ルゥが冗談めかしてそう言うと、メネルは一本とられたと笑い出した。
 続いてレイストフさんは、相変わらずの落ち着きぶりで頷いた。

「誓いを果たすためにも、まずは勝つこと。そして生き残ることだ」
「はいっ」

 ルゥはレイストフさんに頷くと、それから改めて僕の方を見た。

「……ウィル殿、お待たせしました」

 向かいましょう、ご指示を。
 そうへりくだった態度で促す彼に対して、僕は苦笑する。

「もう、殿よばわりはいらないよ」
「え?」
「流石に王さまを従士にはできないじゃないか」

 対面とか、権威とか、そういうものがある。
 国を取り戻して王となることを志すからには、いつまでもルゥの側がへりくだっているわけにもいけない。
 だから騎士と従士、師匠と弟子はこのあたりで区切りにしよう。
 そう言うと、ルゥはいきなり慌てふためいた。

「えっ、いや、でもあのウィル殿……!」
「だから殿はいらないって。今の決意と誓い、嘘じゃないんでしょ?」
「もちろんです!」

 即答だった。
 彼はつかつかと歩いてきて、僕を見上げる。

「神と祖霊への誓いを違えはしません。しかし」

 強い語調で、

「それでも、ウィル殿はウィル殿です。
 ……私の尊敬する、無二の騎士なのです」

 すがるような目をして言われてしまうと、弱った。
 彼の手は、僕が贈ったブラッドの短剣の柄を握っている。

「……そっか」
「そうですよ」

 王を名乗ったからといって、尊敬の念は変わりません。
 そう言うルゥの決意は固い様子で。

「じゃあ、仕方ないか」
「ええ」
「それと、ルゥ」

 僕は笑みを浮かべて、彼の肩を叩いた。

「よく頑張ったね、立派だった。……彼らもきっと、幸福だったはずだ」
「はいっ!」

 ルゥは朗らかな笑顔で頷き……
 そして、ふと何かに気づいたような顔をして、複雑な表情をした。

「……不死神にも、少しだけ感謝する、べきなのでしょうか」
「…………」

 難しいところだ。
 彼らが幸福のうちに逝けたのは、スタグネイトの加護ゆえであるのは間違いない。
 ただ、彼らが二百年も妄執のうちに惑ってしまったのも不死神の加護ゆえなのだ。
 僕も複雑な顔をするしかない。

「す、少しだけならいいんじゃないかな」

 そう言うと、ルゥは苦笑して、僅かに不死神にも祈った。
 神さまがものすごく渋い顔をしている気がするけど、ご理解を頂ければ幸いですと心の中で謝ると、一息。

「さて、と」
「おう」

 会話が一段落し、それを合図に皆が武器を握り直す。
 遠方、あちこちの通路から気配が近づいていた。
 重い足音。軽い足音。
 引きずるような音、軋るような音、奇怪な鳴き声。

「必要なことだったけれど、ちょっと時間を取られすぎたみたいだ」

 どうやらようやく、悪魔たちも僕たちの進入に感づいたようだ。
 だけれど、もう遅い。

「さあ、行こう。《くろがねの山》を、ドワーフの国を取り戻しに」

 短槍を掲げ、僕は言う。
 ここからはもう、単純だ。
 前に、どこまでも前に進んで。
 そして、斬って斬って斬りまくるのだ。

「グレイスフィールの、灯火にかけて!」



 ◆



 突き出した短槍の一撃が、目の前の針金めいた細身の悪魔の、蝙蝠のような羽を貫く。

「ッ!」

 落下したところを思い切り蹴り飛ばした。
 脚甲(グリーヴ)に強い衝撃が返る。間違いなく頭部を砕いた。
 僕はその様子を確認することなく、さらに《おぼろ月》を振り回す。

「はぁッ!!」

 小型の悪魔数体をまとめて薙ぎ払い、壁に叩きつけて叩き潰した。
 技も何もない筋力任せの一撃だけれど、乱戦では下手に考え込むよりひた押しに押して暴れ回る方がいい。
 鍛え抜かれた筋力による暴力は、たいていの問題を解決するのだ。

 そのまま残りの有象無象を叩いて潰すと、後方からの襲撃を退け終えた僕は振り返る。
 見れば皆は、進行方向の悪魔の一群を圧倒していた。
 ……挟み撃ちというものは強力な戦法ではあるけれど、挟み殺せるだけの力量がなければ単なる戦力の分散、各個撃破の的でしかない。
 幅の広い石造りの通路に、塵となった悪魔たちが崩れ落ちてゆく。

「ふ……ッ!」

 特に、先頭で凄まじい戦いぶりを示しているのはレイストフさんだ。
 彼はまさに前進する死そのものだった。

 敵と遭遇するやいなや、基本の構えからの神速の突きで殺す。
 まれに凌がれても、複数体が飛び込んできても、有無を言わさぬ連撃につなげて殺す。
 彼がしているのは、つまるところそれだけなのだけれど、それだけであるからこそ強い。

 どこから何が飛び込んでこようと、とにかく先制、とにかく一撃必殺。
 遭遇直後に制圧を完了させ、けして相手側にペースを握られない。
 シンプルに、ただひたすら『自分の強みを相手に押し付ける』スタイルだ。
 これを破綻させようと思ったらよほどの奇策を放つか、単純に地力でレイストフさんを上回らねばならず、そしてレイストフさんは高いレベルでまとまった歴戦の達人だ。

 おまけに今はガスの《しるし》による増強もあり、彼の使い慣れた愛剣は凶猛さを増している。
 今も間合いの外から射撃や魔法を放とうとした悪魔数体が、あの剣の『伸びる突き』に喉笛から脊髄を貫かれて崩れ落ちた。
 手がつけられない。

「はあああああッ!!」

 そして今、ルゥはそのレイストフさんの戦いかたに大いに学んでいた。
 もともと吸収がよく、砂地に水を吸わせるように技や心構えを吸収する彼だったけれど、今は特に凄い。

 レイストフさんの潔さをそのまま写しとったかのように、敵の密集地に度胸よく飛び込み、相手が対応できないでいるうちに《金剛力》の長柄戦斧で薙ぎ払ってゆく。
 太く分厚い、前世の交通標識か何かみたいな戦斧が、轟々と唸りをあげて悪魔たちを刻んでゆくさまは、なかなか壮観だ。

 何が現れようと、とにかく桁外れの怪力と重厚な武器という強みを押し付け、あらゆる防御を粉砕して吹き飛ばす。
 それはルゥが、レイストフさんの戦いかたから学び取った戦いの骨子なのだろう。
 今も三体の悪魔が同時にかかってきたのだけれど、大きく振り回した長柄戦斧でまとめて胴切りにしてしまった。
 まるで小さな嵐だ。

「……次、分岐路があるはずですわい。それを右へ」

 対して、ゲルレイズさんはあまり手を出さない。
 レイストフさんとルゥが恐ろしい勢いで悪魔たちの屍を積み重ねるのを見守りながら、時々進路について指示をする。
 そして時々、のそりと動いて――

「ふんッ!」

 まだ息がある悪魔にとどめを刺したり、大盾を構えてレイストフさんやルゥの細かい隙のカバーに入ったりする。
 ……派手さはまったくない。
 けれど余力を保った予備戦力がいて、いざとなれば前後を交代できる。それは大きな安心材料なのだ。
 レイストフさんとルゥがあれだけ暴れられるのは、彼の立ち回りによる支援の賜物だろう。実に渋い。

「厳つい前衛どものおかげで、楽でいいや」

 メネルが軽口を叩きつつ、弓を放つ。
 銀の弦が軽快な音を奏で、ミスリルの鏃のきらめきが宙を疾った。
 通路の向こう、暗闇と瘴気の中から断末魔があがる。進んでいけば、《隊長級》の悪魔の死骸が心臓を射抜かれて絶命し、塵と化してゆくところだった。
 羽のついた妖精たちがメネルの口笛に応じ、はしゃぐように宙を駆け、放ち終えた矢を回収して彼の手元に運んでくる。
 受け取るメネルの視線は、表情に反して油断がない。

 土の妖精を操って危険な悪魔の足を掬ったり、風の妖精によって相手側に《ことば》を発せなくしたり。
 要所で叩き込まれる妖精たちの支援は極めて的確で、遊撃手としての本領発揮といった様子だ。

「悪魔どもが押し寄せてくれるおかげで、罠の警戒も必要ねぇしな」

 次々に悪魔の群れがくるのは、何も悪いことばかりでもない。
 悪魔たちが押し寄せてくる通路であるということは、危険な罠は取り除かれているか、残っていたとしても悪魔の雑兵が踏んで発動させてしまっている。
 後から僕たちが進んでも危険は少ない。
 だからこそ、元の隊列を崩して突破力のあるルゥやレイストフさんに最前線を担当してもらえる。

「ウィル、そっちは一人で大丈夫か?」
「ン。後ろはそんなに圧力もないしね、一人で大丈夫」

 後方からもプレッシャーを与えるために散発的な襲撃があるけれど、こっちは僕が一人で受け持って片っ端から排除していた。
 ……悪魔の一軍は人のそれ以上に厄介だ。《兵士級》はいずれも死を恐れない獰猛な戦士だし、《隊長級》ならそれに加えて魔法や祝祷の使い手も多い。
 もしある程度ひらけた場所で、死を恐れない大量の《兵士級》に乱戦に持ち込まれ、距離をとった《隊長級》や《将軍級》に遠距離攻撃を繰り返されれば、僕でも詰みかねない。

 だからこそ、隧道だらけの《くろがねの国》まで、裏をかいて踏み込む手はずを整えたのだ。
 この形になれば、十分に勝算はある。
 繰り返しになるけれど、挟み撃ちというものは挟み殺せるだけの力量がなければ、単なる戦力の分散、各個撃破の的でしかないのだ。

「単独でしんがり余裕とか、相変わらずお前、突き抜けてるよな。ったく」
「そうでもないよ」

 流石に一人だったら精神的な疲労の蓄積でそろそろミスが出ているだろう。
 片面を任せられる仲間がいるから、ここまで無茶ができているのだ。



 ◆



「ゲルレイズさん、いま、どこまで進んでいます?」
「包囲されやすい主道を避け、間道を潜りつつ第三層まで参りました。
 じきに《ひかりの間》……そしておそらく、竜はその先の《大空洞》に」

 淡々と来る相手を撃破しながら進む。
 悪魔たちの将の居る場所はわからない。
 けれど竜が長い眠りを貪れる場所となると、ドワーフたちの地下王国では限られる。

「かつて我らの祖先が地底湖に淀む水を抜き、作り出した《大空洞》。《くろがねの国》の、その根に当たる場所」

 そこに竜は座し、そしておそらくは、僕たちを待っている。
 ――あの黄金の隻眼の、《災いの鎌》が。
 そして、

「竜に向かって進んでいることは、悪魔たちも察するはずです。……待ち構えるとしたら?」
「手前の、《ひかりの間》でしょうな。かつて大君アウルヴァングルが、最後の演説をなした、玉座の間です」
「……取り戻さないと」

 ルゥがぽつりと言い、僕も頷く。

「うん、取り戻そう」

 玉座。王冠。
 単なる象徴であり、けれど、だからこそ大切なものだ。

「面倒だろうに、物好きだよな。ま、支援はするぜ」
「ああ。……すべて奪われたものは、取り戻されるべきだ」

 メネルとレイストフさんも頷き、更に悪魔たちを蹴散らし進む。
 雲霞のように湧き出す悪魔たちだけれど、その大半が《兵士級》の雑兵か、せいぜいが《隊長級》だ。
 熟達の戦士を前にしては、ほとんどカカシ同然だった。

 うねり、分岐し、時には上下に分かれ、あるいは階段のある薄暗い石造りの通路を、僕たちは次々に踏破してゆく。
 そしてふと、光が見えた。

「……え?」

 地下空間には不似合いな、強く、暖かい光だ。
 長方形の入り口から広がるそれは、まるで光の世界への入り口のようで――踏み入ると、そこには明るい空間があった。

 いくつもの柱の立ち並ぶ、広大な空間。
 白亜の天井に、継ぎ目の見えない滑らかな床。
 天井のあちらこちらに、澄んだ水晶を切りなし、《しるし》を彫り込んだ魔法の照明が並んでいる。
 まるで陽の光を再現したかのように美しく、眩しい照明だ。
 ……ここが大君の座所、《ひかりの間》なのだと、言われずとも分かった。

 そして入り口から柱列の向こう、まっすぐ先に玉座がある。
 飾り彫りのされた美しい玉座の上には、

「…………」

 たった一体の、悪魔の姿があった。
 不躾で、品のない仕草で玉座に腰を下ろしているその悪魔を、なんと表現したら良いのだろう。

 まず浮かんだのが、人型をした昆虫、という言葉だった。
 玉虫めいた緑の甲殻が、2メートルほどの筋骨たくましい体躯を覆っているさまは、まるで鎧武者のようだ。

 手には恐ろしく太い、棘付き棍棒(スパイクドクラブ)
 鋏のある口はまさに昆虫の口器のようで、触覚のある頭には――何の悪趣味な冗談か、王冠がかかっていた。
 確か《将軍級》悪魔――スカラバエウス。

「……ウィル殿」

 しばし、その悪魔の姿を見つめ。

「私に、やらせてください」

 真剣な表情で、僕に対してそう言った。

「ルゥ、いや、ヴィンダールヴ。……君の武運を祈るよ」
「感謝します」

 そう告げると、ルゥはもう振り返りもせずに、まっすぐ進んでいく。

「ちょ、おいっ」
「いいよ、メネル。行かせてあげて」
「待ておい! あれ《将軍級》だろっ! いくらなんでも分が」
「それでもあれは、ルゥの戦いだ」

 断言すると、メネルは押し黙る。
 納得は、できかねている風だけれど――


「玉座を賭けた、王の戦いなんだ」


 戦士の誇りにかけて。
 なんぴとも割り込むわけにはいかない戦いだ。
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作品を継続するモチベーションとなっております。
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