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最果てのパラディン 作者:柳野かなた

〈第三章:鉄錆の山の王 後編〉

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32

 おぞましい虫たちにまとわりつかれ、枯れかけていた大樹が、少しだけ生気を取り戻したあと。
 喜びを露わにしていたエルフさんたちだったけれど、その喜色はだんだんと消えてゆく。
 そしていつしか、彼らは恥じ入るような顔をした。

「……ウィリアム。本当によかったの?」

 ディーネさんが、彼らを代表するように、問いかけてくる。

「何がですか?」
「こんなことをして、竜や悪魔に気付かれでもしたら――」
「大事ですね」

 頷く。確かに大事だ。
 もう山脈の東の麓。ここまで迫ってしまえば、西側に張り巡らせた戦力を一気に東側に反転とはいかないだろうけど、それでもリスクは高い。

「なら……っ!」
「けれど」

 何か更に言い募ろうとするディーネさんに、手のひらを向けて制する。

「今この集落を見捨てるのはもっとありえません。僕たちが戻ってくるまでに、死人が何人出るかわかったものじゃない」

 毒。怪物。食糧。物資。この場所で誰かが死ぬ材料は枚挙に暇がない。
 加えて言えば、僕たちが戻ってこられない可能性もある。
 戦う以上は勝つ気で挑むけれど、だからといって負けた後のことをまったく考えないのは愚か者の行いだ。

「だから、これでいいんです」

 不死神に宣言したように、僕は誰かを見捨てて勝つ気はない。
 僕もメネルもそういう誓いを立てたし、それを守り続けるつもりだ。
 そして、だからこそ神さまは僕に桁外れの加護を与えてくれているのだ。
 誓いを破るか破らないかの問いなんて、今さらだ。

「……本当に?」
「女神の灯火にかけて、後悔はしていません」

 そうだ、後悔はしていない。
 多分、首筋のチリチリする感覚からして、あまり良くないことになっただろうけれど、それも覚悟のうえだ。
 それこそ、この生き方を選んだあの日から。ただ……

「――ルゥ、レイストフさん、ゲルレイズさんも、僕の都合に巻き込んでしまってすみません」

 メネルはともかく、他の3人にとってはあまり関わりのない話だ。
 内心、あまり快く思っていないかもしれないと、頭を下げる。

「そうなさることは分かっていましたし、お気になさらず。
 ……ウィル殿がいなければ、どのみち私はここまで辿りつけてもいませんからね」

 たぶん途中で死んでいたでしょう。
 そうルゥは笑った。

「若君の言うとおりですな」

 ゲルレイズさんは、いつもの厳しい顔でゆっくりと頷く。

「そうだな、今さらだ。……それよりお前のことだ、このまま直行するつもりだろう」

 そのつもりで支度してきたぞ、と言うレイストフさんは僕の行動パターンを分かっている。
 ありがたい。

「え、このまま直行って……」
「ええ。最寄りの地下道に案内して頂けませんか?
 ……ああ、船は捨てていくので、持ちきれなかった積み荷や食料は自由にして下さい。簡易な地図も残してあります」

 譲ると言っても受け取ってくれない可能性があるから、押し付けるように捨てていく。
 ……エルフの誰かが僕たちの船を使って、いったん湖まで遡上して湖畔の町まで向かえれば、あとはガスが良いように取り計らってくれるだろう。
 彼ならエルフ語も堪能だし、僕たちの街が川下にあることも知っている。

「…………」
「もし敵方に気づかれていたとしたら、あとは速度が物を言います。なので、早く」
「分かった」

 ディーネさんは頷き、そして背後のエルフさんたちと、何かを確かめるように視線を合わせた。
 そして、振り向き、

「里には一人を知らせに向かわせる。……だから私たちも連れて行って。囮か、盾くらいにはなるはずよ」

 一様に、覚悟を決めた表情で、そう言った。
 メネルがそれに何か言いかけるけれど、僕はそれを制して――

「いりません。力不足です」

 その覚悟を、言下に切って落とした。

「…………っ」

 彼らは回復したと言っても、ただ体内の毒素や瘴気を取り除いただけだ。
 ずっと毒に侵されて衰えた体力は、祝祷術では回復できない。
 もっとも選りすぐりの彼らですら、あまり表情がすぐれないのだ。

「足手まといを連れて歩く余裕は、ありません」

 断言すると、ディーネさんは顔を歪ませた。

「これだけのことをしてもらって……ただ、死地に向かわせろと?」
「ええ」
「屈辱だわ……」

 眉間にしわを寄せてそう呟くディーネさんは、まるで、ひどく苦いものを飲むようだった。

「けれど、分かった、わ。……あなたたちの判断に、従いましょう」
「しかしディネリンド」
「これはあまりにも」
「――己の無力から目をそらして、恥の上塗りをするつもり?」

 背後のエルフさんたちが口々に抗議の言葉を発しようとするけれど。
 再び振り向いたディーネさんが、それを黙らせた。

「今の私たちは、どうあがいても病んだ弱者なの。弱者なのよ……」

 自分に言い聞かせるような言葉だった。

「――こっちよ。ついていらっしゃい」

 彼女は歩き出した。
 微かに見えたすみれ色の瞳には、悔し涙が滲んでいた。
 メネルがひそひそと話しかけてくる。

「おいウィル。ああいうのは、俺が……」
「いや、僕が言うべきだったんだ」

 メネルは、憎まれ役を引き受けてくれるつもりだったろうけれど。
 でも、たぶん、それはあんまりにも残酷すぎるから。



 ◆



 それは石造りの巨大なアーチにとりつけられた、不思議な金属の扉だった。
 ドワーフ風の造作とエルフ風の装飾が入り混じったその扉には、《ことば》が幾重にも刻まれている。
 その隙間からは、毒々しい瘴気が漏れ出ていた。

「《西の門》……よもや再び、ここまで来る日がこようとは」

 ゲルレイズさんが感慨深げにつぶやいた。

「ここが、《くろがねの国》の、入り口……」

 ルゥも扉を眺め、しばし唇を引き結んで、沈黙していた。
 皆、しばらく何も言わなかった。
 ゲルレイズさんにとっては二百年ぶりの。そしてルゥにとっては初めての故郷だ。

「……本当に、ここを進むのね?」
「ええ」

 各自に耐毒系統の魔法や祝祷を重ねてゆく。
 メネルは更にいくらか風の妖精を呼び、周囲に新鮮で清浄な空気を集める。
 レイストフさんは油断なく周囲に視線を走らせ、ゲルレイズさんとルゥも武具の最終点検に余念がない。

 その作業の合間に、僕は扉に視線を巡らせた。
 ちょうど人間の手のあたりに、花をかたどった金属製の大きなドアノッカーが配置されていた。
 その付近に大きく刻まれた《ことば》、だいぶ摩滅したそれを慎重に読む。

「《叩け(プルサーテ)》、《しからば開かれるエト・アペリエートゥル》……《諸君のため(ウォービース)》」

 よくよく観察すれば、扉は精錬方法が遺失した魔除けの金属でできている上、幾重にも祝福が施されていた。
 悪神の眷属のたぐいは、叩くどころか下手に近寄っただけで重篤なダメージを負ってしまうだろう。
  《大連邦時代(ユニオンエイジ)》の高度な技術で作られた、現在の技術レベルではまだ再現不能な扉だった。

「ルゥ。……扉を叩いて、それが合図だ」

 赤茶けた髪の優しい友人に、そう声をかけた。

「ウィル殿。……その、私が、ですか?」
「ルゥが適任だよ」

 失われた《くろがねの国》の、本来の継承者は、彼だ。
 だから、この扉を開く権利を持つのは――ルゥ以外にはいない。

「君が、やるべきだ」
「…………はい」

 ルゥはしばらくためらうように沈黙すると、やがて唇を引き結んで、扉に向かい合った。
 ドワーフとしては長身の彼だけれど、巨大な大扉に正対すると流石に小さく見える。
 彼は一つ息を吸い――

「――……」

 ドアノッカーを使い、厳粛なしぐさで二度、扉を叩いた。
 こぉん、こぉん、と良い音が二度響く。
 すると扉に刻まれた《ことば》がひかり輝き、門の周囲が僅かに鳴動する。
 まるで両腕を開いて僕たちを迎え入れるかのように、ゆっくりと、重々しく大扉が開き、


 ――その瞬間、強烈な悪寒が走った。


「……っ!?」

 全身が硬直し、ぞくりとうなじが粟立つ。
 頭に叩きつけられるただひとつのイメージ。

 僕たちを凝視する(・・・・・・・・)爬虫類めいた(・・・・・・)金の隻眼(・・・・)

 心臓を射竦められ、きゅ、と胸が苦しくなる。
 足が震える。膝から崩れ落ちてしまいそうだ。

「はっ……はっ、は…………」

 息が乱れ、荒くなる。
 本能が全力で理性の胸ぐらを掴み、叫び狂っていた。
 ――逃げろ。逃げろ逃げろ、逃げろ! 何もかも捨てていますぐに逃げろ! 勝てない!

「……ッ、ぐ……」

 気づけば仲間たちも皆、胸を押さえて膝をついている。
 エルフさんたちなど、既に失神した人も幾人かいるようだ。

 脳裏のイメージの中で、金色の隻眼が、殺気とともに細められる。

 更に重圧が増す。
 心を不安と恐怖がぐちゃぐちゃにかき乱す。
 思わず、膝をつきそうになり――

「……ッ!」

 歯を食いしばる。
 全身の筋肉に力をこめ、目を見開き、両足で地面を踏みしめる。
 波打つ心を鎮め、乱れた呼吸を強引に制すると――

「《勇気よ(フォルティア)》!!」

 勇気と力を意味する《ことば》を、大声で発語した。
 その《ことば》の威が周囲に広がると同時――弾けるように、重圧も、黄金の瞳のイメージも消え去った。

「……はぁ……はぁっ」

 ただ。にやりと、笑むような気配を残して。



 ◆



「……やっぱり、気づか、れてた……か」

 これは悪魔のしわざじゃない。
 将軍、いや、王の位にある悪魔にだって、こんな芸当はできはしないだろう。

 不死神の《木霊》以来、感じたこともないような絶望と重圧。
 それを、ただの視線一つで与えてきた。

 ――まちがいなく、竜のしわざだ。
 神々ですら一目おき、不死神が僕に死を予言する、神代の邪竜。

「《災いの鎌(ヴァラキアカ)》……」

 悪魔はともかく、こちらを小細工で騙せるとは、元より思っていなかった。
 森の主を浄化した前後から、首筋にチリチリする感覚があったから、知覚されたこともなんとなく分かっていた。
 分かっていたけれど――でも、ここまで規格外だとは。

「……っ、は、ァッ! くそが……!」

 メネルが大きく息をつき、何度も何度も震える足を叩いている。

「ふーっ……ふーっ……」

 レイストフさんがゆっくりと呼吸を整えている。
 その手は剣の柄を固く固く握りしめていた。
 ゲルレイズさんとルゥは、扉に寄りかかってなんとか倒れることを防いでいる。
 ――振り向けばエルフさんたちは、ディーネさんを除いてみな失神していた。

「あ、あ……っ」

 無事なディーネさんでさえ、地面にへたり込み、がたがたと震えながら涙を流している。
 視線と殺気だけで、甚大というのも生易しい被害だった。

「……っ」

 これが竜であり、これが竜と敵対する、ということなのか。
 ……予想はしていたけれど、そのあまりの規格外ぶりに戦慄を禁じえない。
 亜竜とは桁が違う。あの不死神の《木霊(エコー)》に比してさえ、戦闘力という意味では上だろう。

「こんな……こんなものに、挑もうとしているの……?」

 呆然と、ディーネさんが呟いた。

「ええ。挑みに来ました」

 間近に迫る赤茶けた山々を仰ぎ見る。
 ……《白帆の都》の。《灯火の川港》の平和な情景を思った。
 河や海を行き交う帆の白さと、陽気な舟歌を。
 シャノンちゃんたちを始め、子どもたちの笑顔を。
 日々の仕事に精を出す人々のざわめきを。

「山々を取り戻しに。平穏を取り戻しに来たんです」

 改めて、《おぼろ月(ペイルムーン)》の柄を握り直す。
 もうずいぶんと使い込んだ槍は、初めて手にした時と同様、吸い付くように手に馴染んだ。
 一言、《ことば》を唱えて穂先に光を灯す。

 ……僕が何も言わないうちから、既に皆も体勢を整えていた。
 武器を手に、気を張り直し、しっかりと立っている。
 みんないい顔をしているな、と思った。
 覚悟を決めた、戦士の表情だ。

「だから、行ってきます」
「ま、なんとか生きて帰るさ」
「ああ。することは変わらん」
「……頑張ります」
「うむ」

 口々にそう言って、扉に向かい合う。
 開いた扉の向こうには、ぽっかりと不気味に開いた口のように、真っ暗な隧道が僕たちを待ち構えていた。

「……待って」

 ディーネさんの声がした。
 振り向くと、彼女は震える足で立ち上がり、まっすぐに僕たちを見た。
 青褪めた顔で、それでも優雅に左胸に手のひらを当てて――

「――我ら、《花の国(ロスドール)》のエルフは、このご恩を忘れません。
 私はここに祖神レアシルウィアに誓います。いずれ必ず、あなた方のご厚情に報いると」

 祝福するように、笑う。

「あなたたちの道行きに、どうか善なる神々と、勇気の精霊のご加護がありますよう」

 みな一様に、笑みを返して頷いた。
 そうして、僕たちは歩いてゆく。

 石造りの、ドワーフたちの隧道へ。
 《鉄錆山脈》の根。かつて栄えし《くろがねの国》の遺構。暗黒の下り坂へ――
 振り返ることなく、歩いてゆく。
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