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辺境の老騎士  作者: 支援BIS
第1章 古代剣
23/186

第3話 騎士志願の少年(前編)

 

 1


 思わぬ偶然で古代剣を手に入れたバルドだが、朝食を済ませたころには興奮がすっかり冷めていた。

 明るい陽光の下で見る古代剣は、無骨な安っぽい金属の塊で、色もひどくくすんでいるし、刀身のごつごつしたみみず腫れもそのままである。

 とてもではないが、昨夜神秘的な輝きを放ち、魔獣をたやすく葬った魔剣にはみえない。


 あれは夢だったのだ、とバルドは思うことにした。

 なるほど、これは古代の魔剣、あるいはそれと似たような物だったのかもしれない。

 だが、その力はずっと昔に失われたのだ。

 でなければ、辺境の田舎の村の雑貨屋に、売れ残って(つる)されているはずもない。


 昨日は、その残った最後の力を振り絞ってくれたのではなかろうか。

 それで魔獣一匹と野獣三匹を片付けてくれたのだから、まったくよく働いてくれた。

 今はもう、ただの剣もどきそのもので、何の特別な力もあるようにみえない。


 だが、金属としてはなかなか丈夫な品のようだし、当面の護身用としては、棍棒(こんぼう)よりはるかにましだ。

 振り心地も気に入った。

 腰に提げた感触も、しっくりくる。

 いずれにしても、今度大きな街で剣を手に入れるまでは、これが頼りなのだ。


  いや。

  この剣もどきは、案外使えるわい。

  ちゃんとした剣を買ったところで、宝の持ち腐れだしの。

  当分はこいつを腰に旅を続けることにしようかの。


 今夜は村人が集まって宴会があるので、ぜひもう一泊するよういわれている。

 荷物は持っていけないので、川熊(ドウァーヴァ)の毛皮と肉は置いていく、とバルドが言ったことも、村長の妻の上機嫌に一役買っているかもしれない。

 ただし、魔獣(キージェル)の毛皮は持って行く。

 革鎧の補強材として、魔獣の毛皮以上のものはない。

 しかも川熊の毛皮だ。

 加工しにくいため奇麗な鎧には仕上がらないが、うまく裁断して鎧の上に貼り付ければ格段に強度を上げることができる。

 いつか大きな街に寄ったとき、仕立てを頼むつもりだ。






 2


 やはり馬車に乗せてもらえばよかったかのう。


 と、バルドは後悔し始めていた。

 村を出るとき、次の村まで送りましょうかと、さんざん言われたのだが、断った。

 壊れた家やら柵やらを直すのに、一人でも人手のいるときだ。

 それなのに、何人もの男たちがけがをしているのだから、このうえ人手を奪うわけにはいかなかった。

 そうでなくても、魔獣の毛皮をはがして洗う作業には、ずいぶん手間をかけさせたのだ。


 荷物を持って徒歩での山越えは、やはり厳しい。

 二日程度の休養では魔獣一匹と川熊三匹と戦った疲れは取れない。

 特に右肩と右肘の痛みはひどい。

 ずっとオーヴァ川沿いに北上すれば、もっと楽な旅だったろう。

 何なら、舟を雇ってもよかった。

 金はあったのだから。


 だが、いかに大いなるオーヴァも、ひと月も続けて見ていれば、飽きる。

 やはり景色が変化に富んでいるのは山だ。

 同じ風景も、坂の途中で見るのと、登りきって見るのでは、まったく違ったりする。

 同じ山に生えている同じ木の葉が、南側と北側では、別物のような色味の差をみせもする。

 一つ一つの山に個性があり、峠を越えるたびに別の風景が待っている。

 とはいえ、さすがに荷物を担いで三日目になると、風景を楽しむ余裕もなくなってきた。


 バルドが、荷物を置いて、ふう、と一息ついたとき。

 前方から物音が聞こえてきた。

 争いの音だ。

 荷物を置いたまま、バルドは走った。


 いた。

 農夫らしい男が、木の槍を武器に、獣と戦っている。

 そばには馬をつないだ荷車があり、少年が上に乗っている。

 獣は縞狸(ジエーヴリ)だ。

 ひどく興奮して、男に飛び掛かろうとしている。

 小さな獣だが、爪も牙も鋭い。

 押さえ損ねて体を攻撃されたら、その威力は馬鹿にならない。

 少年を荷車の上に避難させて、何とか追い払おうと奮闘しているのだ。


 バルドが走り寄るのに気付いた男が、


「あんた!

 武器持ちか。

 助けてくれ!」


 と言った。

 バルドは、態度で返事をした。

 つまり、武器を抜いたのである。

 そして、男の槍に夢中で襲い掛かっている縞狸の後ろから、首に一撃を浴びせた。

 このとき、バルドは、


  もうこの剣もどきは、四日前の夜のような、強力な武器ではなかろうのう。


 と考えていた。

 その通りだった。

 小さな縞狸の首を落とすどころか、悲鳴は上げさせたものの、大けがさえさせてはいない。

 ただのなまくらな鉄の板切れ相応の威力、というべきである。


 だが、それでじゅうぶんだった。

 思わぬ傷を受けた縞狸は、そのまま茂みの中に飛び込み、音をさせながら遠ざかっていった。

 もともと、縞狸にとって人間は大きすぎる獲物だ。

 かなわないとみれば、すぐに逃げ出す。

 野生の獣は、生き延びるための感覚に優れているものなのだ。


「いやあ、あんた。

 助かったよ。

 なんだか、いやにしつこいやつだった。

 この道は、あんまり野獣は出ないんだけどなあ」


 男は、息子を連れて、東の村に野菜を売って帰る途中だったという。

 途中、道端にいた縞狸に、息子が、弁当の残りをやった。

 すると縞狸は、もっとたくさんの餌を得ようと襲い掛かってきたのだ。


 勧められるままに、男の家に泊まらせてもらうことになった。





 3


 男は、山の中に家を建て、妻と息子とともに住み、農業をやっていた。

 自家用には、いろいろな作物を作るが、売るのは青巻菜という野菜だという。

 非常に美味で、栄養豊富なのだが、土地になじまないと、すぐ枯れてしまう。

 だから、不便な土地だが、ここで青巻菜を作って、東の村と西の村に売りに行くということだった。

 バルドは、青巻菜という野菜を見せられ、少し考えてから、


  これは、エガルソシアという薬草ではないかのう。


 と訊いた。


「ああっ、そうそう。

 いつだったか、街に来た薬師の先生が、そんなふうに呼んでたな。

 あんた、物知りだなあ」


 と男は感心した。

 エガルソシアは、臓の腑の働きをよくする。

 体調がすぐれないとき、疲れているとき、エガルソシアは、大きな効果をみせる。

 エガルソシアを食べると、いろいろな食べ物を身の内に取り込む力が強くなる。

 健康増進の万能薬ともいえるのだ。


 だから、どんな病気にも効く薬草だといわれる。

 実際、それ自体が栄養豊富であるうえ副作用がないから、理想的な薬草の一つなのである。

 この薬草をあらゆる治療の基本にする薬師の一派もあるらしい。


 しかも、この薬草は美味だ。

 生でも、煮ても、焼いても、うまいし、熱を通しても薬効は消えない。

 よく陰干しして水気を抜いたものは、煎じて飲めば、生で食べる以上の薬効を現す。

 などと、薬師の老婆から教えられたことを話すと、男と妻は、感心して聞いてくれた。


 エガルソシアのよい所は、それだけではない。

 この薬草の匂いは、野獣たちを遠ざけるのだ。

 なぜそうなのかは分からない。

 今は滅びてしまった太古の神獣に匂いが似ているからだ、という説を唱える学者もいるらしい。


 とにかく、収穫後のエガルソシアの茎をぶつ切りにしてまいておけば、野獣は近寄って来ない。

 茎を湯で煮出した汁を、マントや馬具に染み込ませておけば、旅の途中で野獣に襲われる心配が減る。


「そうだったのか。

 いやあ、こんな山の中にいるのに、この家は野獣に襲われたことがないんだ。

 やっと訳が分かったよ」


 と、男はのんきに笑った。





 4


 結局、二晩、バルドはこの家に泊まった。

 男手のいる仕事はたくさんあり、バルドの滞在は、家族にとってもありがたいものだったようだ。

 また、バルドが教えた知識に基づいて、エガルソシアの茎を煮て、その汁をいろいろな物に染み込ませた。

 バルドも、マントやシャツに、煮汁を染み込ませた。


 夜になると、バルドは話をせがまれた。

 エガルソシアの料理を食べ、自家製酒を飲みながら、バルドは話をした。

 男は交易の話を聞きたがった。

 妻は歴史や伝説の話を聞きたがった。

 息子は騎士の話を聞きたがった。


 息子は、騎士になりたいと思っているようだった。

 男と妻は、息子の夢を壊してしまいたくはないが、その夢の無謀さに気付かせたい様子だった。

 三日目、息子は一人で西の村に野菜を売りに行くことになった。


「お前も、もう十歳になったからな。

 一人でそのくらいのことはできなくちゃならん。

 心配することはない。

 馬に任せておけばいいんだ。

 余分なことはするなよ」


 バルドは、往き道だけ、息子の護衛を頼まれた。

 西の村は、バルドがこれから進む方向になる。


「まあ、流れの騎士のことなんか、いろいろ話してやってくれよ」


 と男は言った。

 つまり、それがいかにつらいことかを息子に教えてやってくれ、ということだ。


 男は、バルドのことを、いちおう騎士とみてくれている。

 これは、ずいぶん好意的な評価だ。

 なにしろ、今のバルドは、馬もないし、騎士らしい格好ではない。

 供も連れず、服は汚れてみすぼらしい。

 まともな剣さえ持たず、(なた)の出来損ないのような物を腰に吊っている。

 とても騎士にも貴族にもみえないはずだ。


 もっとも、流れの騎士、という場合、正式の叙任を受けない、自称騎士も辺境には多い。

 流れ歩く騎士など、名前も身分も信用できるものではない。

 そして、農民の息子が騎士になろうなどと思えば、自称騎士になるのが関の山なのだ。


 二日目の夜は、バルドが食事を作った。

 青巻菜の、何か変わった料理方法がないかと男が聞いたのが発端だ。

 妻が興味津々で助手を務めた。


 鍋にたっぶりの水を張った。

 川魚の干物をたっぷり入れて、煮立てる。

 干物がじゅうぶんにほぐれたら、湯から上げる。

 取り出した干物は、塩を振って乾かし、鍋で焼けば、しゃれたつまみになる。


 干物のうまみがたっぷり出た湯に、細かく刻んだ青巻菜を入れて、弱火で煮ていく。

 とろとろになるまで煮る。

 そのあと、サッポの絞り汁を入れる。


 家の周りにサッポの木が生えていたが、一家はこの実が食用になるとは知らなかったようだ。

 熟したサッポの実は、赤ん坊の握り拳ほどの大きさだ。

 外の皮をむいて中の白身を絞ると、半透明の白い絞り汁が出る。

 これは、そのままではあまり味がない。

 ところが、熱い湯にこの絞り汁を落とすと、たちまち、まったりしてこくのあるスープが得られる。


 煮崩した青巻菜にサッポの絞り汁を入れれば、だし全体が白濁してふわっと泡立ち、よい香りが立ち上る。

 妻も、いつのまにか近くにいた男も息子も、おおっ、と目を輝かせた。


 いったん、この白いスープだけを飲ませた。

 三人とも、びっくりしておいしがっている。


「うーん。

 うまいっ。

 青巻菜がこんな味になるとはなあ。

 驚いたよ。

 この作り方を教えてやったら、村のやつらも喜ぶだろう」


 と言う男に、


  ここからが本番じゃて。


 とバルドは言い、山菜や山鳥の肉を、大胆に鍋に落としていく。

 しばらくして具が煮え上がり、バルドが、


  さあ、あとは自由に取って食べるとしようかの。


 というと、皆順番に料理を取って食べ始めた。

 この料理は、一家にとってまったく新しい料理だったようで、大変に喜ばれた。


「この料理は、いろいろ具を変えて作れそうだなあ。

 いやあ。

 いい勉強になったよ」


 バルドの椀には何度も自家製酒がつがれ、楽しくにぎやかな夜となった。






 5


 がたごと、がたごと。

 音を立てて荷車が行く。

 馬は自分のペースで、ゆっくりと荷車を引いている。

 馬の手綱を持つのは十歳の少年だ。


 道は湾曲し、でこぼこしている。

 車輪が盛り上がった土や石に邪魔されれば、馬は器用に体をゆすり、時には左右に、時には前後に針路を操り、見事に荷車を引っ張っている。

 少年は、その邪魔をしないように、手綱を持って歩いているだけである。


 格別によい天気だ。

 木々の葉を抜けて落ちる日の光が、バルドと少年と馬と荷車を、きらきら照らしている。

 吹き抜ける風もさわやかで、旅にはこれ以上ない日よりだ。

 荷物は荷馬車に放り上げ、腰に剣を吊っただけのバルドも、腰の痛みもなく、軽々と歩いている。


 少年は、ひっきりなしに質問をしてくる。

 騎士の修行についての話だ。

 それが段々と、どうやったら騎士になれるか、という話になってきた。


「農民の息子が騎士になるなんて、無理なのかなあ」


  難しいのう。


「おじいさんの家は、騎士の家だったの?」


  騎士ではなかったが、父は郷士じゃったからの。

  剣も持っておった。


 これは、ほとんど嘘に近い。

 なるほどバルドの父は郷士だったかもしれないが、暮らしは農民そのものだった。

 また、剣を所有していたのは事実だが、父がそれを持つのを見たことはない。


「でも、農民が騎士になることもあるって聞いたよ」


  うむ。

  騎士の家で跡継ぎがないときは、健康で利口な農民の子を養子にして騎士にすることもある。

  じゃが、そんなことはめったにはないのう。


「貴族様のお城に行ったら、剣を教えてくれるかなあ」


  城に行っても農民の子は下働きしかさせてもらえんよ。

  騎士の訓練には、長い長い時間がかかる。

  装備を調えるのにはお金もかかる。

  訓練をすれば、その時間は仕事ができん。

  仕事をしない者に、食べ物や装備を与えて訓練をさせてくれる貴族など、まずおらん。


「修行には何年もかかるんだよね」


  うむ。

  ちゃんとした修行をするには、七年から十年ぐらいかかるな。


「そんなにっ?」


  そうじゃ。

  それだけのあいだ、ろくに仕事をしない者を食べさせて訓練させるのじゃな。


「ぼく、訓練しながら、仕事も一生懸命やるよ」


  誰でもそうじゃ。

  下働きが一日かかる仕事を、従卒は半日で済ませる。

  その残りの時間で訓練するのじゃ。

  それにな。

  修行ができたとして、騎士になったら、馬も剣も鎧も買わねばならん。


「剣って高いの?」


  高いぞ。


「一万ポロゲイルぐらい?」


  はっはっはっ。

  一万ポロゲイルはよかったの。

  百ポロゲイルが一ゲイルじゃから、一万ポロゲイルというと、百ゲイルか。

  足りんのう。

  青銅の剣でも、五千ゲイルはする。

  騎士が使うまともな鋼鉄の剣なら、安くても二万ゲイルはするぞ。


「二万ゲイル!

 そんな夢みたいなお金、うちにはないよ」


  最低でもそうじゃ。

  剣だけではどうにもならんぞ。

  他にいろいろ装備もそろえねばならん。


「貴族様が貸してくれないかな。

 ぼく、働いて返すよ」


  働くというて、何をする?


「え?

 お城で仕事をしたり、悪い人をやっつけたりするんでしょう。

 それが騎士のお仕事じゃないの?」


  城勤めの騎士というのはある。

  しかし、そういう仕事はもうやっておる者がおるじゃろうな。


「でも、強い騎士になったら、雇ってもらえるよね」


  そうじゃ。

  ただし、戦いのときだけじゃ。


「戦いのときだけ?」


  うむ。

  貴族同士が戦をしたり、大きな盗賊団を討伐したり、野獣が大発生したときには、戦える者を雇う。

  城勤めできない騎士や兵士は、そういう所に行って働く。

  働くというのは、人や獣を殺すことじゃ。


「人を殺す?」


  人を殺すときにだけ、流れの騎士は雇われる。

  戦が終わったら、また次の仕事を探さねばならん。

  流れの騎士は、そうやってあちこちで人を殺しながら生きていくのじゃ。


 少年は、黙り込んでしまった。

 うつむいて、とぼとぼ歩きながら、考え事をしているようだ。


 天気は良く、旅には絶好の日よりだ。

 肩も腰も痛まない。

 だが、少し胸が痛んだ。






7月13日「騎士志願の少年(後編)」に続く

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