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魔王の器 作者:月野文人

第一章 皇国学院編

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合同演習合宿その五 迎撃戦

 先発する部隊が宿営地を出て行った後、残った生徒たちは、広場の中央に集められた。
 後発部隊が発せられる事など無い事は、生徒たちには分かっている。騎士団員は、既に宿営地のあちこちに配置され、戦闘の準備に入っているのだ。
 魔物が襲ってくるのは時間の問題だ。

「残った騎士団は、半分の五十名って所か」

 周囲に配置された騎士団の様子を見て、カムイがアルトに告げた。

「少なすぎるな。宿営地全体を守るには、層が薄すぎる」

 二百名を、楽に収容した宿泊地だ。かなりの広さがある。守るには、それがアダとなっている。

「他に戦えるのは、ここにいる生徒たち。……戦えるかな?」

 恐らくは、多くの生徒が、実戦未経験。戦力として、考えられるかは、微妙だ。

「それは、聞いてみねえと分からねえな」

「それもそうだ。じゃあ、聞いてみよう」

 カムイは立ちあがると、固まって座っている生徒たちの前に出た。

「この中で魔法を使える人!?」

 いきなり何を聞いているのかと思いながらも、生徒たちは、カムイの質問に、素直に手を挙げた。

「あれ? 全員?」

「馬鹿、魔法を使えないのはお前位だろ?」

「そうだった。じゃあ、聞き方を変える。攻撃魔法が得意な人!?」

 今度は、半数くらいの生徒が手をあげている。

「おお、結構いるな。じゃあ、今、手を挙げた人は右に寄って」

 カムイの指示に従って、手を挙げた、生徒たちが移動を始める。それが終わった事を、確認した所で、又、カムイは口を開いた。

「剣が得意な人!? はい、左に寄って。残った人はそのままと」」

 これで、生徒たちは、三つの集団に分かれた。

「おい。お前、何がしたいんだ?」

 一人の生徒が、カムイに向かって、カムイの質問の意味を尋ねてきた。

「戦う準備」

「何だって?」

 さらっと、答えを返すカムイ。それを聞いた生徒は、すぐに意味を理解出来なかった。

「だから、魔物と戦う準備だ。じっと座ってても、仕方がないだろ? 戦える人間は戦わないと」

「……無茶を言うな。千匹の魔物相手だぞ!」

 ようやく意味が分かって、驚きで、声を荒げる男子生徒。周囲の生徒の、ほとんどが同じ気持ちだ。
 確かに、これでは戦えない。戦おうという意志がないのだから。

「じゃあ、何もしないで襲われるのを待つのか?」

 生徒に向かって、カムイが問い掛ける。

「でも、戦いは騎士団が」

「騎士団であれば、たった五十人でも、千体の魔物を討伐出来ると?」

「それは……」

 出来るはずがない。出来るのであれば、自分たちは、この場に置き去りにされる事に、ならなかったはずだ。

「何もしなくても死ぬ。だったら足掻いてやろうと思わないのか?」

「…………」

 カムイの言うとおり、残された生徒たちは、死ぬ。それが、彼らの役割なのだ。

「何もせず、ただ殺されるのを待つ。そんな死に方が、お前等の望みか?」

「……違う」

 死に方の問題ではない。こんな所で、死ぬはずではなかった。まだ人生は、これからなのだ。

「最初から諦めて、立ち向かう勇気も持てない。こんな事で、お前等は親に、友達に、自分自身に恥ずかしくないのか?」

「それは……」

 死ぬにしても、恥かしくない死に方をしろと、カムイは言っている。

「お前等は、この国に不必要な者だと、置き去りにされて悔しくないのか!?」

「……悔しい!」

 更に、自分達を見捨てた者たちへの憤りを煽る。これに、生徒たちは反応してみせた。

「先に逃げて行った奴らに、自分たちの真価を見せたくないのか!?」

「見せたい!!」

 理不尽に対する怒り。自分たちを、ただ、その生まれや出自だけで、差別した事への怒り。これは、この場に残された、生徒たちが元から持っていたものだ。

「では、立ち上がれっ! 死を恐れずに、立ち向かう道を選ぶんだ! 俺たちは、ただ狩られるだけの獲物じゃない! 俺たちには牙がある! それを思い知らせてやれッ!!」

「「「おおおッ!!」」」

 宿営地全体に、生徒たちの雄叫びが響いた。

「よし! この中で、グループリーダーをやっている奴、手をあげろ!」

 生徒たちの中から、何人かが手を挙げた。

「君と君、二つに分けて、それぞれを率いてくれ、他の人は、この二人の指示に従うように」

「「「はい!」」」

「剣の方は君と君。同じように人数を二つに分けて」

「ああ」「分かった」

 生徒たちが、やる気になった所で、カムイは、編成の続きを一気に進めていく。

「真ん中の人たちから最初に仕事をしてもらう。良いか、あれとあっちの建物。それ以外は、全て叩き壊せ。道具は倉庫にあるはずだ。細かい指示は、アルトに聞いてくれ。アルト! 頼む!」

「ああ!」

 更に、やるべき任務の指示を出す。

「魔法部隊は、残した建物の上に昇れ。そこから敵を攻撃する事になる」

「「おお!」」

「剣士隊は、まずは塀に穴をあけろ。槍か剣の先が通る程度の小さな穴だ。そこから塀に張り付いた魔物を倒す。穴を空けた後の周りの補強は、取り壊した建物の部材を使え」

「「おお!」」

「ルッツ! 細かい指示を!」

「了解!」

「よし、時間がない。すぐに作業に取り掛かれ!」

「「「おお!!」」」

 カムイの指示で、一斉に生徒たちが動き出す。先ほどまでの怯えた様子が嘘のようだ。

「怖い、怖い。カムイの奴、怯えた家畜を、狼に変えちまったぞ」

 他の生徒に聞こえないように、小声で、アルトがルッツに話し掛ける。

「まあ、カムイだからね。さて、これでどこまで持つかだな」

 やる気になったからといって、魔物を全て倒せる訳ではない。

「それはやって見ねえと分からねえ。問題は逃げ出すタイミングを間違えねえ事だな」

「ああ、よし、やるか」

 ルッツも軽く気合を入れて、剣士隊の生徒たちの方に、向かって行った。

 それと入れ替わるようにして、騎士団員の一人、百人将のダンが、駆け寄ってきた。生徒たちが、いきなり雄叫びを上げて、動き出したので、気になって、やって来たのだ。

「君たちは、何をしているのだ?」

「俺たちも戦いますので、持ち場を空けてください」

「何だって? しかし君たちは、まだ……」

「たった五十人で、俺達を守り切れる自信がありますか? それをあると言い切ってくれるなら、大人しく待ってますけど?」

 参戦を拒もうとするダンの言葉を遮って、カムイは問いを返す。

「それは……」

 自信があると言えるはずがない。言われても、カムイは、その根拠を求め、否定する事になるだけだ。

「無いのであれば、邪魔しないでください。俺たちにも戦う権利はある」

「……分かった」

 素人同然の生徒を、戦闘に巻き込み、殺してしまう事への抵抗があっただけで、騎士団側も、猫の手も借りたい状況なのだ。

「配置は、あの建物と、あっち、二つの場所を考えています。そこに魔法が得意な生徒を配置しますので、前を空けてください」

「ふむ……。良いだろう」

「あとは塀際ですね。手薄になりそうなのは、俺が見た所、あの二か所。そこは任せてもらいます。あと二か所程空けてもらってもいいです。その分、入り口の防御を厚く出来ますよね?」

「君は……」

 的確な意見を言ってくるカムイにダンは驚いてしまう。少なくとも、カムイには、実戦経験がある、それも一度や二度ではないと、これだけで分かった。

「どうですか?」

「ああ、任せる。それと、あそこだ。あの場所も任せる。魔物の進行方向から言えば、反対側だから、それ程危険はないと思う。だが回り込まれないとも限らん」

「分かりました。では三か所ですね。あとは医薬品ですが、どこか二か所くらいにまとめてもらえますか? 必要な所に我々が運ぶ形を取りたいと思います」

 これは、剣も魔法も得意ではない生徒たちの仕事だ。戦えないからといって、何もさせないでいる余裕はない。

「そうだな。そうしてもらえると助かる」

「魔物の到来は?」

「あと半刻という所だ。移動でばらけた集団を再集結している」

「オーガは?」

「姿は見えないが、近くにいるはずだ。かなり動きが整ってきているのがその証拠だな」

「……分かりました」

 いきなりオーガが襲ってくる事態には、なりそうにない。油断は出来ないと考えているが、それでも、少しほっとしている自分を、カムイは感じた。

「君は実戦の経験があるのだな?」

「実戦はありますけど、防衛戦は初めてですね」

「それにしては配置が的確だ」

「ここに入ってから、ずっと考えていましたから。ここを守るとしたら、どうすれば良いかを」

「それにしても……、いや、良い。とにかく頼む」

「はい。出来る事はします」

 考えたからといって、正解が出るとは限らない。ある程度の知識と経験が必要なはずなのだ。この疑問を確かめる事は、ダンは止めておいた。
 聞いても無駄だと、何となく感じたからだ。

◇◇◇

「敵先頭集団! 距離百レート! 魔法迎撃用意!」

 物見やぐらにいる騎士団員からの指示が飛ぶ。いよいよ魔物の襲撃が始まったのだ。

「A班! 先頭集団見えるか!?」

 騎士団員の指示を受けて、カムイが魔法部隊のリーダーに確認する。

「大丈夫だ!」

「よし、集団の先頭。左から十レートくらいに魔法を集中させろ! 詠唱開始!」

「詠唱開始!」

 リーダーの声と同時に、生徒たちが詠唱を開始した。
 やがて放たれる幾つもの魔法。色とりどりの魔法が、宿泊地に襲いかかろうとしている魔物の群れに向かって、飛んで行った。火炎によって燃え上がる魔物、風や水の刃によって切り裂かれる魔物。全体から見れば、わずかではあるが、被害を与える事が出来た。 

「B班! 目標同じ! 詠唱開始!」

 続けて、B班による攻撃に移る。

「詠唱開始!」

「おい、A班!」

 B班の詠唱が開始された所で、カムイは、A班のリーダーに声を掛けた。

「何だ!?」

「詠唱のタイミングというか、発動のタイミングを、もう少し合わせられるか!?」

「……やってみる!」

「それと、次は火と風属性のみだ! 人数も半々! 出来るだけ威力も揃えろ。授業で使う程度の魔法で十分だ」

「それに何の意味がある!?」

 やけに細かい指示を出すカムイに、A班のリーダーが文句を言ってくる。

「良いから言う通りにしろ!」

 それに対して、カムイは有無を言わさぬ気配で、言い返してきた。

「……分かった!」

 その間にも、B班から放たれた魔法が、次々と魔物を打ち倒している。それでも、やはり、千体の魔物だ。生徒たちから見て、少しも減った気がしない。

「A班! 目標を中央、ど真ん中に修正!」

 それでも、カムイは攻撃の指示を出す。

「目標了解!」

「タイミングに気を付けて! ……詠唱開始!」

「詠唱開始!」

「B班!」

 今度は、B班へのリーダーへの指示だ。と言っても、カムイが告げる事は一緒だ。

「はい!」

「ゴブリン相手に高度な魔法は必要ない! 魔力の節約を考えろ!」

「分かった!」

「全員の魔法のレベルを合わせろ! 発動のタイミングもな!」

「分かってる!」

 A班から放たれる魔法が、一斉に魔物に着弾した。ドンという低い破裂音と共に、広がる爆風が、魔物の集団をなぎ倒している。

「良いぞ! 今の調子だ!」

「おい、今の何だ!?」

「属性干渉! 火と風は相性が良いんだよ!」

「……そんなの初めて聞いたぞ!?」

 カムイの説明を、生徒たちは初めて聞いた。授業で習った事のない情報なのだ。

「良かったな! 新しい知識だ! B班も分かったな!? 強力な魔法は必要ないだろ!?」

「ああ、分かった!」

 生徒たちの戦いの様子、というよりは、カムイの指示を、唖然としてダンは聞いていた。属性干渉なんて言葉は、ダンも聞いたことがない。

「あの生徒は何者なんだ?」

「何者でも良いじゃないですか。とりあえず助かっているのは確かです」

 足手まといと思っていた生徒たちが、戦力になっている。騎士団にとって、嬉しい誤算だ。

「確かにな。……こちらも学生に負けているわけにはいかんな」

「はい」

「おい! 聞こえていただろ!? 魔法のタイミングを合わせろ!」

「……学生の真似ですか?」

 ダンの指示を聞いた副官が、呆れた顔をしている。

「有用なものは何でも使う。それが俺のモットーだ」

 非常事態においては、正しい選択だ。だが、残念ながら、すぐに役に立てる事は出来なかった。
 すでに魔物の群れは、宿泊地にかなり近づいていた。

「よし! 魔法部隊、一旦休憩!」

 魔物の距離を見て、すぐにカムイは、これ以上の魔法での攻撃を諦めた。

「良いのか?!」

「距離が近すぎる、それにすぐ後続が来るぞ!」

「分かった!」

 戦いは、まだ始まったばかり。使用に限りのある魔法を、無駄遣いする訳にはいかない。

「剣士隊! 魔物接近中! 一旦、塀から距離を取れ!」

 カムイの指示は、接近戦を担当する剣士隊に移った。

「了解!」

「……構え!」

「構え!」

「来るぞ!」

 ズシンという衝撃が、宿営地を囲んでいた塀を揺らす。魔物が駆けてきた勢い、そのままで、塀に体当たりをかましてきたのだ。

「今だ! 突け!」

「突け!」

 体当たりをかました、塀際に居る魔物に向かって、生徒たちの槍が突き出される。どれだけ倒せたかは、塀の中からは、よく分からない。

「よし! あとは自由に! 敵の槍に気を付けろよ!」

「了解!」

 一旦指示する事がなくなった所で、改めてカムイは全体の様子を見渡してみた。今の所の対応に、問題はないはず。敵の攻勢も、それほど厳しいものではないようだ。
 だが、その事が、逆にカムイには引っかかった。

「やけに小出しだな……」

 魔物は全部で千。今回、攻めてきたのはその中の二百程だ。残りの八百は後方で控えている。

「……あれで八百もいるか? ……しまった!」

 正面に控えている魔物の集団。木々の影に隠れている者がいるとしても、とてもそれだけの数がいるように見えない。

「周囲を警戒しろ! 回り込んでいる奴がいるはずだ!」

「何!?」

「正面の数が少ない! どこかにいるはずだ! 探せ!」

「探せ!」「どこだ!」

 カムイの声を聞いて、建物の上に居る魔法部隊の生徒たちが、必死に周囲を探している。

「後ろだ! 魔法が来るぞ!」

 真っ先に見つけたのは、やはり、カムイだった。

「下がれ! 塀から離れろ!」

 そして、カムイの声に反応したのルッツ。
 ドンという衝撃音とともに、塀の一部がはじけ飛んだ。折れた塀の隙間から、更に魔法が飛んでくる。

「避けろッ!」

「剣士隊! 迎撃準備!」

 剣士隊にカムイの指示が飛ぶ。

「分かった! 集合! 侵入する敵を迎撃する! 集合!」

「魔法隊!」

 更に、魔法隊にカムイは呼び掛けた。

「無理だ! 敵が見えない!」

「違う! 正面から前進してくる集団がいる! それを牽制しろ! こちらに近づけるな!」

「分かった!」

 堀に張り付いた魔物に気を取られている間に、別の群れが、宿泊地に近付いて来ていた。

「出撃用意! 塀に張り付いている魔物を殲滅する! 行くぞ!」

「「「おお!」」」

 騎士団の雄叫びが響く。ここにきて、宿営地を出ての迎撃を決めたようだ。カムイの指示も、これを予想したもの。外に出る騎士団の負担を減らす為だ。
 入り口の扉を開けて、次々と外に飛び出していく騎士団員。ゴブリンとの接近戦が始まった。
 同じように、生徒たちの剣士隊も、空いた塀の隙間から侵入しようとしてくるゴブリンに対している。

「B班! 一旦、降りろ! 降りて剣士隊の支援を!」

「分かった!」

「魔法を使うゴブリンを倒せ! 難しければ敵魔法の迎撃だ!」

「了解!」

「何とか凌げ! 絶対に侵入させるな!」

 戦闘は、一気に慌ただしさを増していった。

◇◇◇

 魔物の襲撃は、何とか退けられた。塀に張り付いたゴブリンの多くを討ち取った所で、魔物は一旦、引いて行ったのだ。襲いかかってきた魔物が引いて行くなど、普通はありえない。
 この事実は、未だに姿を見せないオーガの統率力が、それだけ優れているという事を示している。

「負傷者の数は?」

 落ち着いた所で、ダンが、カムイに話しかけてきた。

「こちら側は軽傷が、数名って所です」

「優秀だな」

「あくまでも支援ですから。そちらは?」

「死者二名。重傷三名。軽傷者は、数える気になれない」

「一割が戦闘不能ですか……。どの程度撃退したのでしょう?」

 塀の外に出ての接近戦だ。犠牲が全く出ないという訳にはいかないだろうが、五人の戦闘不能は大きいと、カムイは感じた。

「二百は減らしたと思う」

「二割。分としてはこちらの勝ちですが……」

「倒したのはゴブリンばかりだ。戦力差が詰まったとは思えん」

「でしょうね」

 敵の本命はオーガ。それ以外にもハイゴブリンが居る。最弱のゴブリン二百を減らした所で、少しも喜べない。

「次は、どう来ると思う?」

「それを俺に聞きますか?」

「考えがあるのだろう?」

「周りは完全に囲まれました。それで一斉攻撃……、はないですね。こちらの戦力は、見極めたつもりでしょう。いよいよ親玉の登場だと思います。周りを囲んで逃げ道を塞いだ所で、自らの手で皆殺し。こんな所ではないでしょうか?」

「……そうくるか」

 ダンとしては、少しでも多く時間を稼ぎたかったのだが、それは許されないようだ。

「ましてや、夜になってしまえば、こちらに勝ち目はありません」

「……そうだな」

 魔物の多くは夜目が効く。夜の森で、魔物の大群に襲われては、全滅となってもおかしくないのだ。騎士団が、囮を残しての逃亡という非情の決断をした理由にはこれもあった。

「もう十分時間は稼いだと思いますが?」

「脱出か……。しかし、山中では、こちらが不利だ」

「足は、こちらのほうが早いはずです。包囲を突破さえ出来れば、逃げられる可能性はあります。まあ、どこまで走り続けられるかという問題はありますけど」

 瞬発力では、オーガは無理でも、ゴブリンには優る。だが、持久力となると、ゴブリンが上だ。ゴブリンには一晩でも二晩でも、走り続ける体力がある。

「それでも、ここに居るよりはマシか。だが、どこを抜けるかだな」

「どこに親玉がいるかですね。突破しようとした方向にオーガが居ては、どうにもなりません。居場所は掴めてないですよね?」

「ああ。分からん」

「一か八かの賭けですか」

 オーガとの読み合い。こんな馬鹿げた事に、命を賭けるつもりはカムイにはない。そして、それはダン百人将も同じだ。

「現れるのを待つという方法もある」

「現れるのは恐らく暗くなってからですよ? 逃走が困難になるだけです。後は……」

 この先の言葉を口にする事に、カムイは、少し躊躇いを覚えた。

「囮だな。突破を図る事でオーガを誘き出す。その間に別の方向へ逃げる」

「囮は誰が?」

 聞く必要はないとも思ったが、念の為に、カムイは尋ねた

「心配しなくても、君たちに任せるつもりはない。我等にも矜持はある。つまらん、矜持だがな」

「そんな風に自身を貶める必要はありません。まあ確かに、最初はどうかと思いましたけど、今は皆さんが必死で俺達を守ろうとしている事はわかります」

 生徒を囮に残すという選択をする騎士団だ。生徒を放りだして、騎士団が逃げ出す可能性も、カムイは考えていた。

「……すまない。君のような有為の若者をこんな所で」

「何か誤解があるようです。俺は死ぬつもりはありませんよ。必ず生き延びて見せます」

「……そうだな。そうでなければならない」

「そちらも命を無駄に考えないように」

「それは言わないでくれ。命を掛けないで、オーガを倒す自信はない」

「倒す必要はありません。逃げられれば、それで良いのです」

 オーガを倒す事に、何の意味もないと、カムイは考えている。害を与えたのは、学院側なのだ。オーガが何かした訳ではない。

「君と言う人間は……。無事に生き延びたら、皇国騎士団に入る気はないか?」

 ダン百人将は、カムイの言葉を、どんな苦境でも諦めない気持ちだと、受け取った。確かに、そういう気持ちもカムイは持っている。

「それは無理ですね。俺には、継ぐべき領地があります」

「領主が騎士であるなんて、良くある話だ」

「俺が、まず守りたいのは、領民なのです」

 その領民には魔族も含まれているのだと知れば、ダン百人将は、複雑な思いを抱くかもしれない。魔物と魔族を混同して考えてしまう者は、少なくないのだ。

「残念だ。君なら立派な将軍になれそうなのにな」

「俺は魔法も使えないような人間ですよ?」

「それは嘘だろ? 自分もこれでも皇国騎士だ。人の力量を見極める眼は、少しは持っているつもりだ」

「……勘違いでは?」

「何か隠さなければいけない理由があるのか?」

「いえ、そんなものはありません」

 皇国騎士に対して、真実を告げる気にはなれない。例え、それが、死に行く相手だとしても。

「そうか……。一つ、頼まれて欲しい」

「何をですか?」

「もし、実力を隠さなけれならない理由があるとしても、今回は、他の生徒たちを助ける為に、本気を出してもらえないだろうか?」

「…………」

 ダン百人将は、力を隠している前提で話をしている。返事が見つからずに、カムイは無言を答えとした。

「自分は、騎士団員は全員死ぬだろう。その死を無駄にしないで欲しい。自分の命で生徒が皆助かる。そう思って死なせてもらえないだろうか?」

「……それは」

「頼むっ!」

 カムイに向かって、深く頭を下げるダン百人将。この願いを、無下に出来るほど、カムイは非情に成りきれていない。

「……分かりました。出来るだけの努力はします」

「感謝する。ありがとう」

「さて、こちらに夜を待つ必要はありません。すぐに行動を起こしましょう」

「分かった」

◇◇◇

 生徒と騎士団員の全員が、中央の広間に集まった。生徒たちの前に騎士団員全員が並んでいる。その中から一歩前に出たダンが、口を開いた。

「静かに聞いて欲しい。我等は、ここを放棄する事に決めた」

「…………」

「周りは魔物に囲まれている。おまけに、未だにオーガの所在は掴めていない。闇雲に突撃する事には危険がある。そこで、脱出は二段階で、執り行う事にする」

「又!」「そんな!」

 また置き去りにされる者がでる。そう考えた生徒の口からは、不満の声が漏れる。

「静かに! 段取りを説明する! まずは我等騎士団が全員で出る! 出撃方向は山側!」

「なっ!」

「つまり囮だ。我等騎士団が魔物を引き付けている間に、君たちはここを脱出して欲しい。あらかじめ言っておくが、囮の我等にオーガが引っかかる保証はない。君たちが逃げ出す予定の麓側に居る可能性もある。その覚悟をして欲しい。死ぬ覚悟ではない、這ってでも、どんな無様でも生き延びる覚悟をだ! 諸君らの健闘を祈る!」

 一斉に敬礼をする騎士団員たち。これが、一緒に戦った戦友に対する、彼らなりの敬意の示し方だった。一緒に戦ったという思いは、生徒たちの中にもある。多くの生徒が騎士たちの姿に胸を熱くさせており、中には涙を堪えて、上を向いている者まで居た。

「まだ戦いは終わっていない!」

 そんな生徒たちに、カムイの檄が飛ぶ。いつの間にか、前に出ていたカムイは、生徒たちを見渡し、彼らの気持ちが、引き締まったのを確認した所で、口を開いた。

「俺たちの段取りを説明する。脱出のきっかけはオーガの姿を確認した時。万一、いつまで経ってもオーガが現れない場合は、騎士団の方々の被害状況で判断する」

 つまり、囮として機能する数が居る間にという事だ。

「その場合の判断は俺に任せて欲しい。異議がある者?」

「…………」

 誰も手をあげる者はいない。生徒たちは、既にカムイを自分たちの統率者として認めているのだ。

「脱出口は麓側。俺とルッツで突破口を切り開く」

「ええっ!?」

 生徒たちから驚きの声が上がる。統率者として認めているが、カムイの力は、誰も認めていない。

「その後を、剣士隊の半分で続いてくれ」

「いや、ちょっと待て。カムイが先頭なのか?」

 生徒の驚きを無視して、先を続けようとするカムイに、生徒の一人が質問してきた。

「問題が?」

「それはだって……」

「カムイは、俺より強い。生き延びたければ、カムイを信じろ」

 カムイの実力を危ぶむ生徒たちに、ルッツは、はっきりと自分より強いと断言してみせた。こんな事で、時間を使っている余裕はないのだ。

「ルッツよりカムイが!?」

 ルッツの実力は、誰もが知るところだ。それも、本当の実力ではないが。

「強い。ゴブリンの二百くらいなら、カムイだけで十分な位だ」

「……嘘?」

「信じないなら付いて来なければ良い。それで後悔するの本人だからな」

 下らない議論を、続けているつもりは、ルッツにもない。嫌なら来るなと、これ以上の議論を切り捨てた。

「そういう事だ。続けるぞ。剣士隊の後ろに魔法部隊。全員で続いてくれ。魔物で無理に攻撃する必要はない。突破口を拡げるのは剣士隊の役目だ。魔法隊の役目は、その剣士隊の保護。飛んできた魔法を迎撃しろ」

「ちょっと待った!」

 声をあげたのは魔法隊のリーダー役の一人だ。

「まだ何か?」

「その迎撃って、さっきも言われたけど、どういう事だ?」

「……お前、そのさっきに、了解って言わなかったか?」

「魔物を倒せば良いのかと思ってた」

「……敵の魔法に自分の魔法を当てるんだよ。出来れば、反する属性魔法でな。火の玉が飛んできたら水の玉って感じ。それで相手の魔法を防げるだろ?」

 やや、呆れた様子を見せながら、カムイは迎撃について、説明した。

「相手の魔法に当てる? そんな事出来るか?」

 言われた方は、カムイの説明では納得出来ない。納得が出来ないのではない。カムイの言った事が出来ないのだ。

「出来る出来ないじゃない! やるんだ! 仲間の命が掛かっているんだぞ!」

「……わ、分かった」

 カムイの剣幕に、慌てて了承を口にするリーダー役の生徒。その周囲の魔法隊の生徒たちも、背負った責任に、やや怯えた様子を見せながらも、頷きでカムイに応えている。
 この様子を見て、納得した表情のカムイ。その視線は次に、戦いが得手ではない生徒たちの集団に向かった。

「その後を医療隊、その後ろに後備として剣士隊の残りだ。無理して敵を食い止める必要はない。とにかく前に進む事だけを考えろ」

「ああ」「了解」

「包囲している魔物を突破したら、アルトが前に出る。そこまで来たら、周りには一切構うな。ただただアルトの背中を追い続けろ。最後尾は俺とルッツで受け持つ。何か質問は?」

「途中で迷ったら?」

 生徒の一人が質問してきた。まだ、どこか事態を理解していない、甘い質問だ。

「自分で何とかしろ。良いか? 突破した後は、他人になんか構うな。とにかく麓を目指すんだ。そして、何としても生き延びろ。それが俺たちの為に、命を掛けて囮になってくれる、騎士団員の人たちの気持ちに応える事になる。良いか、決して諦めるな。意地でも生き延びるんだ!」

「あ、ああ」

「他の者も分かったか!?」

「「「おうッ!!」」」

 生徒たちの声が、合宿所に低く響き渡る。

「良い指揮官ですね」

 生徒たちの様子を。離れた所で見ていた騎士団員の一人がダン百人将に話しかけた。ダン百人将の元で、副官として働いている騎士団員だ。

「ああ、あの年で、あれだけの見識と統率力。将来どんな事になるか」

「歴史に名を残す将軍になったりしないですかね?」

 これから死に行く自分の不安を少しでも消し去る為か、その騎士団員は、軽い調子でダンに話している。

「どうしてだ?」

「子供の時の逸話に、自分たちの話が出るかもしれないじゃないですか? 私がこうしていられるのは、あの時の騎士団員の人たちのお蔭です、何て?」

「残念だが、それはない。騎士団に誘ってみたが断られた」

「そうなのですか?」

「ああ、自分が一番に守りたいのは領民。そう言われた」

「彼は、後継ぎですか?」

「どうやら、そのようだ」

「良い後継ぎを持てて両親は幸せですね?」

 将軍の話から、あっさりと副官は話を切り替えた。話題など、どうでも良いのだ。気持ちを紛らわす事が出来るのであれば。

「……それはどうだろうな?」

 カムイへの評価は高いはずのダン百人将が、何故か、疑問を口にしてきた。

「あれ、百人将は、そう思わないのですか?」

「ああ、少なくとも自分は、ああいう息子は持ちたくない」

「どうして? 優秀ですよ」

「平穏な人生を歩むとは思えん。彼の人生は、きっと激しいものになるだろう。仮に、その先に栄光があったとしても、親としては、子供には穏やかに過ごしてもらいたいと望むものだろ?」

「……それ分かるような気がします」

「さて行くか。将軍でなくても、彼は、何かの形で名を残すかもしれない。我等が語られる為には、我らはここで死ななくてはならん」

「ええ、行きましょう」

 そして彼等は、後の世に語られることになる。
 カムイ・クロイツがあったのは、この時に身を捨てて彼を救った、シュッツアルテン皇国騎士団員たちのおかげだと。まさに彼らが望む通りに、歴史に記される事によって。
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