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魔王の器  作者: 月野文人
第一章 皇国学院編
22/218

合同演習合宿その五 迎撃戦

 先発する部隊が宿営地を出て行った後、残った生徒たちは、広場の中央に集められた。

 後発部隊が発せられる事など無い事は、生徒たちには分かっている。騎士団員は、既に宿営地のあちこちに配置され、戦闘の準備に入っているのだ。

 魔物が襲ってくるのは時間の問題だ。


「残った騎士団は、半分の五十名って所か」


 周囲に配置された騎士団の様子を見て、カムイがアルトに告げた。


「少なすぎるな。宿営地全体を守るには、層が薄すぎる」


 二百名を、楽に収容した宿泊地だ。かなりの広さがある。守るには、それがアダとなっている。


「他に戦えるのは、ここにいる生徒たち。……戦えるかな?」


 恐らくは、多くの生徒が、実戦未経験。戦力として、考えられるかは、微妙だ。


「それは、聞いてみねえと分からねえな」


「それもそうだ。じゃあ、聞いてみよう」


 カムイは立ちあがると、固まって座っている生徒たちの前に出た。


「この中で魔法を使える人!?」


 いきなり何を聞いているのかと思いながらも、生徒たちは、カムイの質問に、素直に手を挙げた。


「あれ? 全員?」


「馬鹿、魔法を使えないのはお前位だろ?」


「そうだった。じゃあ、聞き方を変える。攻撃魔法が得意な人!?」


 今度は、半数くらいの生徒が手をあげている。


「おお、結構いるな。じゃあ、今、手を挙げた人は右に寄って」


 カムイの指示に従って、手を挙げた、生徒たちが移動を始める。それが終わった事を、確認した所で、又、カムイは口を開いた。


「剣が得意な人!? はい、左に寄って。残った人はそのままと」」


 これで、生徒たちは、三つの集団に分かれた。


「おい。お前、何がしたいんだ?」


 一人の生徒が、カムイに向かって、カムイの質問の意味を尋ねてきた。


「戦う準備」


「何だって?」


 さらっと、答えを返すカムイ。それを聞いた生徒は、すぐに意味を理解出来なかった。


「だから、魔物と戦う準備だ。じっと座ってても、仕方がないだろ? 戦える人間は戦わないと」


「……無茶を言うな。千匹の魔物相手だぞ!」


 ようやく意味が分かって、驚きで、声を荒げる男子生徒。周囲の生徒の、ほとんどが同じ気持ちだ。

 確かに、これでは戦えない。戦おうという意志がないのだから。


「じゃあ、何もしないで襲われるのを待つのか?」


 生徒に向かって、カムイが問い掛ける。


「でも、戦いは騎士団が」


「騎士団であれば、たった五十人でも、千体の魔物を討伐出来ると?」


「それは……」


 出来るはずがない。出来るのであれば、自分たちは、この場に置き去りにされる事に、ならなかったはずだ。


「何もしなくても死ぬ。だったら足掻いてやろうと思わないのか?」


「…………」


 カムイの言うとおり、残された生徒たちは、死ぬ。それが、彼らの役割なのだ。


「何もせず、ただ殺されるのを待つ。そんな死に方が、お前等の望みか?」


「……違う」


 死に方の問題ではない。こんな所で、死ぬはずではなかった。まだ人生は、これからなのだ。


「最初から諦めて、立ち向かう勇気も持てない。こんな事で、お前等は親に、友達に、自分自身に恥ずかしくないのか?」


「それは……」


 死ぬにしても、恥かしくない死に方をしろと、カムイは言っている。


「お前等は、この国に不必要な者だと、置き去りにされて悔しくないのか!?」


「……悔しい!」


 更に、自分達を見捨てた者たちへの憤りを煽る。これに、生徒たちは反応してみせた。


「先に逃げて行った奴らに、自分たちの真価を見せたくないのか!?」


「見せたい!!」


 理不尽に対する怒り。自分たちを、ただ、その生まれや出自だけで、差別した事への怒り。これは、この場に残された、生徒たちが元から持っていたものだ。


「では、立ち上がれっ! 死を恐れずに、立ち向かう道を選ぶんだ! 俺たちは、ただ狩られるだけの獲物じゃない! 俺たちには牙がある! それを思い知らせてやれッ!!」


「「「おおおッ!!」」」


 宿営地全体に、生徒たちの雄叫びが響いた。


「よし! この中で、グループリーダーをやっている奴、手をあげろ!」


 生徒たちの中から、何人かが手を挙げた。


「君と君、二つに分けて、それぞれを率いてくれ、他の人は、この二人の指示に従うように」


「「「はい!」」」


「剣の方は君と君。同じように人数を二つに分けて」


「ああ」「分かった」


 生徒たちが、やる気になった所で、カムイは、編成の続きを一気に進めていく。


「真ん中の人たちから最初に仕事をしてもらう。良いか、あれとあっちの建物。それ以外は、全て叩き壊せ。道具は倉庫にあるはずだ。細かい指示は、アルトに聞いてくれ。アルト! 頼む!」


「ああ!」


 更に、やるべき任務の指示を出す。


「魔法部隊は、残した建物の上に昇れ。そこから敵を攻撃する事になる」


「「おお!」」


「剣士隊は、まずは塀に穴をあけろ。槍か剣の先が通る程度の小さな穴だ。そこから塀に張り付いた魔物を倒す。穴を空けた後の周りの補強は、取り壊した建物の部材を使え」


「「おお!」」


「ルッツ! 細かい指示を!」


「了解!」


「よし、時間がない。すぐに作業に取り掛かれ!」


「「「おお!!」」」


 カムイの指示で、一斉に生徒たちが動き出す。先ほどまでの怯えた様子が嘘のようだ。


「怖い、怖い。カムイの奴、怯えた家畜を、狼に変えちまったぞ」


 他の生徒に聞こえないように、小声で、アルトがルッツに話し掛ける。


「まあ、カムイだからね。さて、これでどこまで持つかだな」


 やる気になったからといって、魔物を全て倒せる訳ではない。


「それはやって見ねえと分からねえ。問題は逃げ出すタイミングを間違えねえ事だな」


「ああ、よし、やるか」


 ルッツも軽く気合を入れて、剣士隊の生徒たちの方に、向かって行った。


 それと入れ替わるようにして、騎士団員の一人、百人将のダンが、駆け寄ってきた。生徒たちが、いきなり雄叫びを上げて、動き出したので、気になって、やって来たのだ。


「君たちは、何をしているのだ?」


「俺たちも戦いますので、持ち場を空けてください」


「何だって? しかし君たちは、まだ……」


「たった五十人で、俺達を守り切れる自信がありますか? それをあると言い切ってくれるなら、大人しく待ってますけど?」


 参戦を拒もうとするダンの言葉を遮って、カムイは問いを返す。


「それは……」


 自信があると言えるはずがない。言われても、カムイは、その根拠を求め、否定する事になるだけだ。


「無いのであれば、邪魔しないでください。俺たちにも戦う権利はある」


「……分かった」


 素人同然の生徒を、戦闘に巻き込み、殺してしまう事への抵抗があっただけで、騎士団側も、猫の手も借りたい状況なのだ。


「配置は、あの建物と、あっち、二つの場所を考えています。そこに魔法が得意な生徒を配置しますので、前を空けてください」


「ふむ……。良いだろう」


「あとは塀際ですね。手薄になりそうなのは、俺が見た所、あの二か所。そこは任せてもらいます。あと二か所程空けてもらってもいいです。その分、入り口の防御を厚く出来ますよね?」


「君は……」


 的確な意見を言ってくるカムイにダンは驚いてしまう。少なくとも、カムイには、実戦経験がある、それも一度や二度ではないと、これだけで分かった。


「どうですか?」


「ああ、任せる。それと、あそこだ。あの場所も任せる。魔物の進行方向から言えば、反対側だから、それ程危険はないと思う。だが回り込まれないとも限らん」


「分かりました。では三か所ですね。あとは医薬品ですが、どこか二か所くらいにまとめてもらえますか? 必要な所に我々が運ぶ形を取りたいと思います」


 これは、剣も魔法も得意ではない生徒たちの仕事だ。戦えないからといって、何もさせないでいる余裕はない。


「そうだな。そうしてもらえると助かる」


「魔物の到来は?」


「あと半刻という所だ。移動でばらけた集団を再集結している」


「オーガは?」


「姿は見えないが、近くにいるはずだ。かなり動きが整ってきているのがその証拠だな」


「……分かりました」


 いきなりオーガが襲ってくる事態には、なりそうにない。油断は出来ないと考えているが、それでも、少しほっとしている自分を、カムイは感じた。


「君は実戦の経験があるのだな?」


「実戦はありますけど、防衛戦は初めてですね」


「それにしては配置が的確だ」


「ここに入ってから、ずっと考えていましたから。ここを守るとしたら、どうすれば良いかを」


「それにしても……、いや、良い。とにかく頼む」


「はい。出来る事はします」


 考えたからといって、正解が出るとは限らない。ある程度の知識と経験が必要なはずなのだ。この疑問を確かめる事は、ダンは止めておいた。

 聞いても無駄だと、何となく感じたからだ。


◇◇◇


「敵先頭集団! 距離百レート! 魔法迎撃用意!」


 物見やぐらにいる騎士団員からの指示が飛ぶ。いよいよ魔物の襲撃が始まったのだ。


「A班! 先頭集団見えるか!?」


 騎士団員の指示を受けて、カムイが魔法部隊のリーダーに確認する。


「大丈夫だ!」


「よし、集団の先頭。左から十レートくらいに魔法を集中させろ! 詠唱開始!」


「詠唱開始!」


 リーダーの声と同時に、生徒たちが詠唱を開始した。

 やがて放たれる幾つもの魔法。色とりどりの魔法が、宿泊地に襲いかかろうとしている魔物の群れに向かって、飛んで行った。火炎によって燃え上がる魔物、風や水の刃によって切り裂かれる魔物。全体から見れば、わずかではあるが、被害を与える事が出来た。 


「B班! 目標同じ! 詠唱開始!」


 続けて、B班による攻撃に移る。


「詠唱開始!」


「おい、A班!」


 B班の詠唱が開始された所で、カムイは、A班のリーダーに声を掛けた。


「何だ!?」


「詠唱のタイミングというか、発動のタイミングを、もう少し合わせられるか!?」


「……やってみる!」


「それと、次は火と風属性のみだ! 人数も半々! 出来るだけ威力も揃えろ。授業で使う程度の魔法で十分だ」


「それに何の意味がある!?」


 やけに細かい指示を出すカムイに、A班のリーダーが文句を言ってくる。


「良いから言う通りにしろ!」


 それに対して、カムイは有無を言わさぬ気配で、言い返してきた。


「……分かった!」


 その間にも、B班から放たれた魔法が、次々と魔物を打ち倒している。それでも、やはり、千体の魔物だ。生徒たちから見て、少しも減った気がしない。


「A班! 目標を中央、ど真ん中に修正!」


 それでも、カムイは攻撃の指示を出す。


「目標了解!」


「タイミングに気を付けて! ……詠唱開始!」


「詠唱開始!」


「B班!」


 今度は、B班のリーダーへの指示だ。と言っても、カムイが告げる事は一緒だ。


「はい!」


「ゴブリン相手に高度な魔法は必要ない! 魔力の節約を考えろ!」


「分かった!」


「全員の魔法のレベルを合わせろ! 発動のタイミングもな!」


「分かってる!」


 A班から放たれる魔法が、一斉に魔物に着弾した。ドンという低い破裂音と共に、広がる爆風が、魔物の集団をなぎ倒している。


「良いぞ! 今の調子だ!」


「おい、今の何だ!?」


「属性干渉! 火と風は相性が良いんだよ!」


「……そんなの初めて聞いたぞ!?」


 カムイの説明を、生徒たちは初めて聞いた。授業で習った事のない情報なのだ。


「良かったな! 新しい知識だ! B班も分かったな!? 強力な魔法は必要ないだろ!?」


「ああ、分かった!」


 生徒たちの戦いの様子、というよりは、カムイの指示を、唖然としてダンは聞いていた。属性干渉なんて言葉は、ダンも聞いたことがない。


「あの生徒は何者なんだ?」


「何者でも良いじゃないですか。とりあえず助かっているのは確かです」


 足手まといと思っていた生徒たちが、戦力になっている。騎士団にとって、嬉しい誤算だ。


「確かにな。……こちらも学生に負けているわけにはいかんな」


「はい」


「おい! 聞こえていただろ!? 魔法のタイミングを合わせろ!」


「……学生の真似ですか?」


 ダンの指示を聞いた副官が、呆れた顔をしている。


「有用なものは何でも使う。それが俺のモットーだ」


 非常事態においては、正しい選択だ。だが、残念ながら、すぐに役に立てる事は出来なかった。

 すでに魔物の群れは、宿泊地にかなり近づいていた。


「よし! 魔法部隊、一旦休憩!」


 魔物の距離を見て、すぐにカムイは、これ以上の魔法での攻撃を諦めた。


「良いのか?!」


「距離が近すぎる、それにすぐ後続が来るぞ!」


「分かった!」


 戦いは、まだ始まったばかり。使用に限りのある魔法を、無駄遣いする訳にはいかない。


「剣士隊! 魔物接近中! 一旦、塀から距離を取れ!」


 カムイの指示は、接近戦を担当する剣士隊に移った。


「了解!」


「……構え!」


「構え!」


「来るぞ!」


 ズシンという衝撃が、宿営地を囲んでいた塀を揺らす。魔物が駆けてきた勢い、そのままで、塀に体当たりをかましてきたのだ。


「今だ! 突け!」


「突け!」


 体当たりをかました、塀際に居る魔物に向かって、生徒たちの槍が突き出される。どれだけ倒せたかは、塀の中からは、よく分からない。


「よし! あとは自由に! 敵の槍に気を付けろよ!」


「了解!」


 一旦指示する事がなくなった所で、改めてカムイは全体の様子を見渡してみた。今の所の対応に、問題はないはず。敵の攻勢も、それほど厳しいものではないようだ。

 だが、その事が、逆にカムイには引っかかった。


「やけに小出しだな……」


 魔物は全部で千。今回、攻めてきたのはその中の二百程だ。残りの八百は後方で控えている。


「……あれで八百もいるか? ……しまった!」


 正面に控えている魔物の集団。木々の影に隠れている者がいるとしても、とてもそれだけの数がいるように見えない。


「周囲を警戒しろ! 回り込んでいる奴がいるはずだ!」


「何!?」


「正面の数が少ない! どこかにいるはずだ! 探せ!」


「探せ!」「どこだ!」


 カムイの声を聞いて、建物の上に居る魔法部隊の生徒たちが、必死に周囲を探している。


「後ろだ! 魔法が来るぞ!」


 真っ先に見つけたのは、やはり、カムイだった。


「下がれ! 塀から離れろ!」


 そして、カムイの声に反応したのはルッツ。

 ドンという衝撃音とともに、塀の一部がはじけ飛んだ。折れた塀の隙間から、更に魔法が飛んでくる。


「避けろッ!」


「剣士隊! 迎撃準備!」


 剣士隊にカムイの指示が飛ぶ。


「分かった! 集合! 侵入する敵を迎撃する! 集合!」


「魔法隊!」


 更に、魔法隊にカムイは呼び掛けた。


「無理だ! 敵が見えない!」


「違う! 正面から前進してくる集団がいる! それを牽制しろ! こちらに近づけるな!」


「分かった!」


 堀に張り付いた魔物に気を取られている間に、別の群れが、宿泊地に近付いて来ていた。


「出撃用意! 塀に張り付いている魔物を殲滅する! 行くぞ!」


「「「おお!」」」


 騎士団の雄叫びが響く。ここにきて、宿営地を出ての迎撃を決めたようだ。カムイの指示も、これを予想したもの。外に出る騎士団の負担を減らす為だ。

 入り口の扉を開けて、次々と外に飛び出していく騎士団員。ゴブリンとの接近戦が始まった。

 同じように、生徒たちの剣士隊も、空いた塀の隙間から侵入しようとしてくるゴブリンに対している。


「B班! 一旦、降りろ! 降りて剣士隊の支援を!」


「分かった!」


「魔法を使うゴブリンを倒せ! 難しければ敵魔法の迎撃だ!」


「了解!」


「何とか凌げ! 絶対に侵入させるな!」


 戦闘は、一気に慌ただしさを増していった。


◇◇◇


 魔物の襲撃は、何とか退けられた。塀に張り付いたゴブリンの多くを討ち取った所で、魔物は一旦、引いて行ったのだ。襲いかかってきた魔物が引いて行くなど、普通はありえない。

 この事実は、未だに姿を見せないオーガの統率力が、それだけ優れているという事を示している。


「負傷者の数は?」


 落ち着いた所で、ダンが、カムイに話しかけてきた。


「こちら側は軽傷が、数名って所です」


「優秀だな」


「あくまでも支援ですから。そちらは?」


「死者二名。重傷三名。軽傷者は、数える気になれない」


「一割が戦闘不能ですか……。どの程度撃退したのでしょう?」


 塀の外に出ての接近戦だ。犠牲が全く出ないという訳にはいかないだろうが、五人の戦闘不能は大きいと、カムイは感じた。


「二百は減らしたと思う」


「二割。分としてはこちらの勝ちですが……」


「倒したのはゴブリンばかりだ。戦力差が詰まったとは思えん」


「でしょうね」


 敵の本命はオーガ。それ以外にもハイゴブリンが居る。最弱のゴブリン二百を減らした所で、少しも喜べない。


「次は、どう来ると思う?」


「それを俺に聞きますか?」


「考えがあるのだろう?」


「周りは完全に囲まれました。それで一斉攻撃……、はないですね。こちらの戦力は、見極めたつもりでしょう。いよいよ親玉の登場だと思います。周りを囲んで逃げ道を塞いだ所で、自らの手で皆殺し。こんな所ではないでしょうか?」


「……そうくるか」


 ダンとしては、少しでも多く時間を稼ぎたかったのだが、それは許されないようだ。


「ましてや、夜になってしまえば、こちらに勝ち目はありません」


「……そうだな」


 魔物の多くは夜目が効く。夜の森で、魔物の大群に襲われては、全滅となってもおかしくないのだ。騎士団が、囮を残しての逃亡という非情の決断をした理由にはこれもあった。


「もう十分時間は稼いだと思いますが?」


「脱出か……。しかし、山中では、こちらが不利だ」


「足は、こちらのほうが早いはずです。包囲を突破さえ出来れば、逃げられる可能性はあります。まあ、どこまで走り続けられるかという問題はありますけど」


 瞬発力では、オーガは無理でも、ゴブリンには優る。だが、持久力となると、ゴブリンが上だ。ゴブリンには一晩でも二晩でも、走り続ける体力がある。


「それでも、ここに居るよりはマシか。だが、どこを抜けるかだな」


「どこに親玉がいるかですね。突破しようとした方向にオーガが居ては、どうにもなりません。居場所は掴めてないですよね?」


「ああ。分からん」


「一か八かの賭けですか」


 オーガとの読み合い。こんな馬鹿げた事に、命を賭けるつもりはカムイにはない。そして、それはダン百人将も同じだ。


「現れるのを待つという方法もある」


「現れるのは恐らく暗くなってからですよ? 逃走が困難になるだけです。後は……」


 この先の言葉を口にする事に、カムイは、少し躊躇いを覚えた。


「囮だな。突破を図る事でオーガを誘き出す。その間に別の方向へ逃げる」


「囮は誰が?」


 聞く必要はないとも思ったが、念の為に、カムイは尋ねた


「心配しなくても、君たちに任せるつもりはない。我等にも矜持はある。つまらん、矜持だがな」


「そんな風に自身を貶める必要はありません。まあ確かに、最初はどうかと思いましたけど、今は皆さんが必死で俺達を守ろうとしている事はわかります」


 生徒を囮に残すという選択をする騎士団だ。生徒を放りだして、騎士団が逃げ出す可能性も、カムイは考えていた。


「……すまない。君のような有為の若者をこんな所で」


「何か誤解があるようです。俺は死ぬつもりはありませんよ。必ず生き延びて見せます」


「……そうだな。そうでなければならない」


「そちらも命を無駄に考えないように」


「それは言わないでくれ。命を掛けないで、オーガを倒す自信はない」


「倒す必要はありません。逃げられれば、それで良いのです」


 オーガを倒す事に、何の意味もないと、カムイは考えている。害を与えたのは、学院側なのだ。オーガが何かした訳ではない。


「君と言う人間は……。無事に生き延びたら、皇国騎士団に入る気はないか?」


 ダン百人将は、カムイの言葉を、どんな苦境でも諦めない気持ちだと、受け取った。確かに、そういう気持ちもカムイは持っている。


「それは無理ですね。俺には、継ぐべき領地があります」


「領主が騎士であるなんて、良くある話だ」


「俺が、まず守りたいのは、領民なのです」


 その領民には魔族も含まれているのだと知れば、ダン百人将は、複雑な思いを抱くかもしれない。魔物と魔族を混同して考えてしまう者は、少なくないのだ。

 

「残念だ。君なら立派な将軍になれそうなのにな」


「俺は魔法も使えないような人間ですよ?」


「それは嘘だろ? 自分もこれでも皇国騎士だ。人の力量を見極める眼は、少しは持っているつもりだ」


「……勘違いでは?」


「何か隠さなければいけない理由があるのか?」


「いえ、そんなものはありません」


 皇国騎士に対して、真実を告げる気にはなれない。例え、それが、死に行く相手だとしても。


「そうか……。一つ、頼まれて欲しい」


「何をですか?」


「もし、実力を隠さなけれならない理由があるとしても、今回は、他の生徒たちを助ける為に、本気を出してもらえないだろうか?」


「…………」


 ダン百人将は、力を隠している前提で話をしている。返事が見つからずに、カムイは無言を答えとした。


「自分は、騎士団員は全員死ぬだろう。その死を無駄にしないで欲しい。自分の命で生徒が皆助かる。そう思って死なせてもらえないだろうか?」


「……それは」


「頼むっ!」


 カムイに向かって、深く頭を下げるダン百人将。この願いを、無下に出来るほど、カムイは非情に成りきれていない。


「……分かりました。出来るだけの努力はします」


「感謝する。ありがとう」


「さて、こちらに夜を待つ必要はありません。すぐに行動を起こしましょう」


「分かった」


◇◇◇


 生徒と騎士団員の全員が、中央の広間に集まった。生徒たちの前に騎士団員全員が並んでいる。その中から一歩前に出たダンが、口を開いた。


「静かに聞いて欲しい。我等は、ここを放棄する事に決めた」


「…………」


「周りは魔物に囲まれている。おまけに、未だにオーガの所在は掴めていない。闇雲に突撃する事には危険がある。そこで、脱出は二段階で、執り行う事にする」


「又!」「そんな!」


 また置き去りにされる者がでる。そう考えた生徒の口からは、不満の声が漏れる。


「静かに! 段取りを説明する! まずは我等騎士団が全員で出る! 出撃方向は山側!」


「なっ!」


「つまり囮だ。我等騎士団が魔物を引き付けている間に、君たちはここを脱出して欲しい。あらかじめ言っておくが、囮の我等にオーガが引っかかる保証はない。君たちが逃げ出す予定の麓側に居る可能性もある。その覚悟をして欲しい。死ぬ覚悟ではない、這ってでも、どんな無様でも生き延びる覚悟をだ! 諸君らの健闘を祈る!」


 一斉に敬礼をする騎士団員たち。これが、一緒に戦った戦友に対する、彼らなりの敬意の示し方だった。一緒に戦ったという思いは、生徒たちの中にもある。多くの生徒が騎士たちの姿に胸を熱くさせており、中には涙を堪えて、上を向いている者まで居た。


「まだ戦いは終わっていない!」


 そんな生徒たちに、カムイの檄が飛ぶ。いつの間にか、前に出ていたカムイは、生徒たちを見渡し、彼らの気持ちが、引き締まったのを確認した所で、口を開いた。


「俺たちの段取りを説明する。脱出のきっかけはオーガの姿を確認した時。万一、いつまで経ってもオーガが現れない場合は、騎士団の方々の被害状況で判断する」


 つまり、囮として機能する数が居る間にという事だ。


「その場合の判断は俺に任せて欲しい。異議がある者?」


「…………」


 誰も手をあげる者はいない。生徒たちは、既にカムイを自分たちの統率者として認めているのだ。


「脱出口は麓側。俺とルッツで突破口を切り開く」


「ええっ!?」


 生徒たちから驚きの声が上がる。統率者として認めているが、カムイの力は、誰も認めていない。


「その後を、剣士隊の半分で続いてくれ」


「いや、ちょっと待て。カムイが先頭なのか?」


 生徒の驚きを無視して、先を続けようとするカムイに、生徒の一人が質問してきた。


「問題が?」


「それはだって……」


「カムイは、俺より強い。生き延びたければ、カムイを信じろ」


 カムイの実力を危ぶむ生徒たちに、ルッツは、はっきりと自分より強いと断言してみせた。こんな事で、時間を使っている余裕はないのだ。


「ルッツよりカムイが!?」


 ルッツの実力は、誰もが知るところだ。それも、本当の実力ではないが。


「強い。ゴブリンの二百くらいなら、カムイだけで十分な位だ」


「……嘘?」


「信じないなら付いて来なければ良い。それで後悔するのは本人だからな」


 下らない議論を、続けているつもりは、ルッツにもない。嫌なら来るなと、これ以上の議論を切り捨てた。


「そういう事だ。続けるぞ。剣士隊の後ろに魔法部隊。全員で続いてくれ。魔物を無理に攻撃する必要はない。突破口を拡げるのは剣士隊の役目だ。魔法隊の役目は、その剣士隊の保護。飛んできた魔法を迎撃しろ」


「ちょっと待った!」


 声をあげたのは魔法隊のリーダー役の一人だ。


「まだ何か?」


「その迎撃って、さっきも言われたけど、どういう事だ?」


「……お前、そのさっきに、了解って言わなかったか?」


「魔物を倒せば良いのかと思ってた」


「……敵の魔法に自分の魔法を当てるんだよ。出来れば、反する属性魔法でな。火の玉が飛んできたら水の玉って感じ。それで相手の魔法を防げるだろ?」


 やや、呆れた様子を見せながら、カムイは迎撃について、説明した。


「相手の魔法に当てる? そんな事出来るか?」


 言われた方は、カムイの説明では納得出来ない。納得が出来ないのではない。カムイの言った事が出来ないのだ。


「出来る出来ないじゃない! やるんだ! 仲間の命が掛かっているんだぞ!」


「……わ、分かった」


 カムイの剣幕に、慌てて了承を口にするリーダー役の生徒。その周囲の魔法隊の生徒たちも、背負った責任に、やや怯えた様子を見せながらも、頷きでカムイに応えている。

 この様子を見て、納得した表情のカムイ。その視線は次に、戦いが得手ではない生徒たちの集団に向かった。

 

「その後を医療隊、その後ろに後備として剣士隊の残りだ。無理して敵を食い止める必要はない。とにかく前に進む事だけを考えろ」


「ああ」「了解」


「包囲している魔物を突破したら、アルトが前に出る。そこまで来たら、周りには一切構うな。ただただアルトの背中を追い続けろ。最後尾は俺とルッツで受け持つ。何か質問は?」


「途中で迷ったら?」


 生徒の一人が質問してきた。まだ、どこか事態を理解していない、甘い質問だ。


「自分で何とかしろ。良いか? 突破した後は、他人になんか構うな。とにかく麓を目指すんだ。そして、何としても生き延びろ。それが俺たちの為に、命を掛けて囮になってくれる、騎士団員の人たちの気持ちに応える事になる。良いか、決して諦めるな。意地でも生き延びるんだ!」


「あ、ああ」


「他の者も分かったか!?」


「「「おうッ!!」」」


 生徒たちの声が、合宿所に低く響き渡る。


「良い指揮官ですね」


 生徒たちの様子を。離れた所で見ていた騎士団員の一人がダン百人将に話しかけた。ダン百人将の元で、副官として働いている騎士団員だ。


「ああ、あの年で、あれだけの見識と統率力。将来どんな事になるか」


「歴史に名を残す将軍になったりしないですかね?」


 これから死に行く自分の不安を少しでも消し去る為か、その騎士団員は、軽い調子でダンに話している。


「どうしてだ?」


「子供の時の逸話に、自分たちの話が出るかもしれないじゃないですか? 私がこうしていられるのは、あの時の騎士団員の人たちのお蔭です、何て?」


「残念だが、それはない。騎士団に誘ってみたが断られた」


「そうなのですか?」


「ああ、自分が一番に守りたいのは領民。そう言われた」


「彼は、後継ぎですか?」


「どうやら、そのようだ」


「良い後継ぎを持てて両親は幸せですね?」


 将軍の話から、あっさりと副官は話を切り替えた。話題など、どうでも良いのだ。気持ちを紛らわす事が出来るのであれば。


「……それはどうだろうな?」


 カムイへの評価は高いはずのダン百人将が、何故か、疑問を口にしてきた。


「あれ、百人将は、そう思わないのですか?」


「ああ、少なくとも自分は、ああいう息子は持ちたくない」


「どうして? 優秀ですよ」


「平穏な人生を歩むとは思えん。彼の人生は、きっと激しいものになるだろう。仮に、その先に栄光があったとしても、親としては、子供には穏やかに過ごしてもらいたいと望むものだろ?」


「……それ分かるような気がします」


「さて行くか。将軍でなくても、彼は、何かの形で名を残すかもしれない。我等が語られる為には、我らはここで死ななくてはならん」


「ええ、行きましょう」


 そして彼等は、後の世に語られることになる。

 カムイ・クロイツがあったのは、この時に身を捨てて彼を救った、シュッツアルテン皇国騎士団員たちのおかげだと。まさに彼らが望む通りに、歴史に記される事によって。

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[一言] 生徒を魔物の大軍から逃すために囮を買って出る皇国騎士団員たちに胸が熱くなります。カムイが将として周りに認められていくのが楽しみです。
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