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魔王の器 作者:月野文人

第一章 皇国学院編

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合同授業って意味がない

 中央の押し合いは、紅組の優勢で進んでいる。どうみても個々の技量が違う。一対一の戦いで相手を圧倒しており、中央を突破するのも時間の問題に見える。
 そう両軍が考えたところで、白組の左翼が中央の戦いに割り込んでいった。紅組の側面を突くような形で、突入していく、白組左翼。
 この介入により、押され続けていた白組中央は生き返った。何とか数の力で、相手を押し返そうとしている。

「今だ、右翼突っ込め!」

 その状況を見た紅組の後衛から指示が出る。その指示を受けて、紅組右翼は、白組の左翼が中央に寄ったことで、がら空きになった正面を一気に駆け抜けて、白組本陣に突入を掛けようとした。

「後衛、突撃だ! 一気に中央を破る! 左翼、連携しろ!」

「はっ!」

 続けて、紅組が全軍を前に出す。ここで一気にけりをつけるつもりのようだ。
 先行した紅組右翼が、白組本陣に到達しようとしたところで、白組後衛から三人が飛び出してきた。先頭にいるのはテレーザだ。
 数の劣勢などものともせず、紅組右翼の前進を食い止める。皇女であるクラウディアの一の臣を謳うだけあって、テレーザの実力もそこそこのものではあるようだ。

「右翼! 堪えろ! 中央、左翼の突入を待て!」

 紅組の後衛からまた指示が出る。自部隊を移動させながらも、全体を見ることを忘れていない。この辺はさすがに皇国騎士団長の息子と言ったところだろう。
 紅組の総大将はC組のオスカー、白組を率いているのはクラウディアだ。
 個々の生徒の力量、総大将の統率力。やる前から紅組の勝ちは目に見えていた。これまで耐えていたのだから、善戦していると言っても良い。

「左翼、突破!」

「よし! 本陣に切り込め! 中央、一気に抜けるぞ!」

 両翼が突破しても、オスカーは全く手を緩める気持ちはない。自ら先頭に立って、敵中央の生徒に躍りかかった。
 数の優位を失ってしまえば、白組中央に為す術はない。易々と中央を抜けられ、クラウディアのいる本陣には紅組の全部隊が向かうことになった。

「そこまで!!」

 戦いの決着を告げる教師の声が響く。その声を聞いて、いよいよ本陣に躍りかかろうとしていた紅組の生徒たちが足を止めた。

「勝者! 白!」

「何だと!?」

 だが、続いた言葉は白組の勝利を告げるもの。教師が間違ったのだと思った紅組の生徒たちであったが、振り返った彼らの目には、立っているはずの本陣の赤い旗が見えなかった。
 本陣を守っていた二人の生徒の代わりに、白い紐を腰に巻いた生徒たちがいた。その一人の手に、赤い旗の柄が握られている。

「いつの間に!?」

「よし! 中央に集合!」

 教師の号令で中央に整列する紅白それぞれの生徒たち。喜びを顔に出している白組の生徒たちに比べて、紅組の生徒たちは、まだ何が起こったのか分からないという様子だ。

「礼!」

「「「ありがとうございました!」」」

 礼を終えたところで、直ぐにオスカーは目の前に立つクラウディアに近づいて行った。

「クラウディア様、お見事でした」

「えっ?」

「いやあ、完全に隙を突かれました。こちらの旗を倒したのは、左翼にいた部隊ですね」

「はい。そのようですね」

「彼らが中央に寄ったのは誘いですか?」

「えっと……」

「それにより、こちらの右翼を誘い出し本陣で食い止める。それを見たこちらが、焦って全軍を前に出し、手薄になったところを奇襲ですか。こちらに油断があったとはいえ、中々の戦術です」

 オスカーは自分がそうであるように、クラウディアも白組の総大将として、他の生徒たちを指揮していたと思い込んでいる。クラウディアが指揮をしようとしていたのは確かだが、実際は、個々の力量の差に打つ手を見出せず、何を指示するでもなく、ただ見ていただけなのだが、それはオスカーには分からない。

「そうですね」

「ただ、分からないのは、左翼の部隊は、いつの間に後ろに回ったのでしょうか? 中央を押し込む時には数は減っていなかったと思うのですが?」

「分かりません……」

「おや……、そうですね。演習はこれからもあります。手の内を明かすような真似はされませんか」

「いえ、そういう訳では……」

 クラウディアが正直に白状しても、オスカーは勝手に誤解してしまう。少し思い込みが激しい性格のようだ。

「しかし、こう申し上げては失礼ですが、皇女であるクラウディア様に将才がおありになるとは。これは意外な発見でした。次の御手合わせを楽しみにしております」

「いえ、その」

「では、失礼いたします」

 結局、オスカーは誤解したまま、クラウディアの元を去って行った。

「どうしよう? 完全に誤解しているわ」

「良いではないですか。オスカー殿はかなり感心した様子でした。これで騎士団の中でクラウディア様への敬意が高まるようなことになれば、先々、良いことがあるかもしれません」

「でも、私は何もしていないよ」

「戦の勝利は総大将の功績です。クラウディア様は白組の総大将であった訳ですから、今回の勝利はクラウディア様の勝利です」

 都合の良い話をしているように聞こえるが、テレーザの言っていることは間違いではない。戦勝の栄誉は、総大将に与えられるものだ。

「でも、実際に白組を勝たせたのは……」

「では、こうしましょう。総大将として働きを褒めてやってはいかがでしょうか? 将兵への論功勲章は総大将の役目です。そのようにしても、何らおかしなところはありません」

「えっ、でも」

「カムイ・クロイツ!」

 クラウディアが躊躇っているのにも、構わずにテレーザはカムイの名を呼んだ。グループの仲間と何やら話をしていたカムイが、名前を呼ばれたことに気付いて振り向いている。

「クラウディア様からお言葉がある! こちらに来い!」

 これを聞いて、カムイはゆっくりとクラウディアたちの方へ向かって来た。やがて、目の前にくると胸に右手を当てて、そのまま片膝をついて頭を垂れた。礼儀に沿った完璧な臣下の礼だ。

「お呼びでしょうか?」

「ああ、先程の演習での活躍が見事であったので、クラウディア様がお褒めの言葉を下さるそうだ」

 カムイのやっていることは完全な当て付けなのだが、テレーザは分かっていない。逆にカムイの完璧な所作を見て喜んでいるくらいだ。

「その儀なれば無用です。私がやったことは、たまたま図に当たっただけですから」

「そうなのか?」

「はい。中央が突破されそうだから中央に寄った。中央が抜かれそうな時、前を向いたら敵本陣に二人しかいなかった。ですので、一か八か本陣に突入した。これだけのことです」

「そうか。でも、結果的にそれが勝利に結びついたことに間違いはない。それは、やはり褒められるべきだな。クラウディア様」

 ご機嫌なテレーザは、相手はカムイだというのに素直に褒めている。

「……あの、立ってください」

 クラウディアはテレーザほど単純ではない。カムイの態度に不穏なものを感じていた。

「ご無礼ではないですか?」

「いえ、そんなことはありません。ここは学院ですよ?」

「……では」

 素直に立ち上がったカムイではあったが、その目線はクラウディアには向けられていない。
 カムイが見ているのはクラウディアの足元。これもまた皇族への礼儀だ。

「あの、ありがとうございました」

「勿体無いお言葉です」

「……もう以前の様には、話してくれないのですね?」

「クラウディア様が皇族である事実は明らかになりました。それにより周りの目というものは変わっております。皇族に対する無礼は、私個人の問題ではなく、実家にも迷惑を掛けることになりますので、周りから後ろ指を指されるような真似は出来ません」

「でも、私は気にしません」

「クラウディア様がお気になされなくても、周りの者は気にするでしょう。失礼を承知で申し上げれば、クラウディア様はご自身の立場というものを、もう少し考えられた方がよろしいかと思います。皇族には皇族に相応しい立ち居振る舞いがあります。それを乱されることによって困るのは、クラウディア様ではなく、我等臣下です」

 直訳すれば、そっちの我がままを聞いた結果、無礼な態度をとがめられた時、罰せられるのはこちらだけだ、ということだ。

「……そうですね。以後、気を付けるようにします」

「失礼させていただいても?」

「はい。呼び立ててすみませんでした」

 真っ直ぐに、二歩後ろに下がった所で、綺麗に回れ右をして去っていくカムイ。

「……あいつ、ちゃんと礼儀を知っているんですね」

 テレーザは相変わらず、その所作に感心しているだけだ。

「カムイさんは元々、侯爵家で育った人だからね。その辺は教え込まれていたのじゃないかな?」

「ホンフリートですね」

「うん、そう」

「そのホンフリートですが、本家の人間は全員自害したそうです」

「自害?」

 物騒な言葉をいきなり聞かされて、クラウディアは驚きに目を見開いている。

「はい。爵位剥奪は決まっていましたから、それを恥じてと言うところでしょう。誇りだけは高い者たちだったらしいですから」

「そう……。じゃあ、カムイさんは……」

「あれで中々、辛い人生を歩んでいるってことですね。それについては少し同情します」

「そうだね」

 クラウディアたちに、一方的に同情を寄せられているカムイだったが、本人はそんなことはつゆ知らず、仲間の元に戻って大きくため息をついている。

「はあ、疲れる」

「さっきのは何だったんだ?」

 カムイは見せた所作は、アルトが初めて見たものだった。孤児であったアルトはもちろん、貴族の生徒でも、知っている者は、ごく一部の者だけだ。

「皇族と接見する時の儀礼ってやつ」

「よく知ってたな?」

「一応、生まれも貴族だからな。それにこんな礼儀ばっかり気にしている家だったし」

 侯爵家であるホンフリートで育ったカムイだから知っていたことだ。貴族だからといって、全てが皇族に接見出来る資格がある訳ではない。

「そうだった。すぐ忘れんだよな。カムイが貴族の家の人間だってこと」

「今もそうだろ?」

「まあ、そうだけど。クロイツ家ってそういうの気にしねえじぇねえか。正直、貴族って感じが全くしねえ」

「まあ、領主が領主だからな」

 カムイの養父であるクロイツ子爵は、礼儀作法に関しては、本人もいい加減だ。ノルトエンデで、礼儀作法に拘っても仕方がないという事情もある。

「それで? 何でわざわざ、あそこまで徹底したんだ?」

「親切心。自分の立場を分からせてあげようと思って」

「はあ?」

「もう身分は、ばれてるんだ。だったら、それに相応しいやり方をするべきだろ?」

「それに相応しいって、どんなだよ?」

「皇族の身分を使って、周りを従えるとか。覚悟が決まってないんだよ。皇女なんて身分でありながら、周りに友情を求めてる。求められるほうが迷惑だろ?」

「まあ、皇女様にお友達になりましょう、なんて言われてもな」

「そう。小貴族では重すぎて抱えられない。友人を探すなら、せめて相手を選んでもらわないと。まあ、俺が知る限り、相応しい相手は数えるほどしかいないけどな」

 皇族に目通り出来るとなると、爵位では伯爵以上になる。それ以外では騎士団長などの組織の長。同学年で実家がそういう地位にある者など、ディーフリートたち四人以外では一人二人というところだ。

「まあな。でも、相応しい相手に近づくのも問題だぜ」

「ああ、下手すれば、他の皇子や皇女に妬まれるかもしれない。でも、じゃあ、何の為に学院に来たんだ?」

「それで覚悟が決まってないか。まあ、確かにそうだな」

 何かを得るには、時に何かを捨てなければならない。周りの目や評判程度を気にしては、何も為せるはずがない。

「なんだか、厳しいのか、優しいのか分からないわね」

 カムイとアルトの会話に、セレネが割り込んできた。

「どちらかと言えば、厳しいかな? そうしないと迷惑を被るのはこっちだ」

「どうして?」

「皇女様は友情なんてものを口実にして、無償の奉仕を求めてるわけだ。そこに自分の責任なんてないよな? そんなことを求められてセレはどうする?」

「どうするって言われてもね」

 そもそも、セレネは、そんな相手に友情なんて感じない。何かをしてあげる気になどならない。

「どうしようもないだろ? 何かを求めておいて、自分は知らない振りって卑怯だ」

「だから人に何かを求める時には、命令しろと言うのね?」

「その通り。さすが理解が早い」

「褒められても嬉しくない。正直、どうでも良いことだからね。それよりも、さっきの演習の方が気になるの」

「何が?」

「何で勝ちにいったの?」

 カムイが実力を隠していることをセレネは知っている。そのカムイたちが目立つような真似をしたことを、セレネは不思議に思っていた。

「それ? ちょっと確認してみたかっただけで、勝ったのはたまたまだ」

「確認してみたいことって何よ?」

「あの演習に意味があるのかなと思って。最初から戦力差がはっきりしているんだから、結果なんて明確じゃないか」

「でも、カムイたちは、逆転したじゃない?」

「それもおかしい。あの状態で逆転出来るんだ。それこそ演習に意味がない証拠」

「……どういうこと?」

 気になって聞いてみたが、カムイの説明は具体的な理由がなくて、セレネにはさっぱり分からない。

「何故、俺達が勝ったか。最大の理由は?」

「……相手の裏をかいたから」

「はずれ! 全く違う。かすりもしていない。全然駄目」

「……何かムカつく。じゃあ、何よ?」

「俺達の方が足が速かったから」

「はい?」

 正解は、セレネの予想外の内容だった。

「俺達の方が足が速いから、先に本陣についた。ただ、それだけのことだ。それを防ごうと思えば?」

「本陣を動かない……、かしら?」

「正解! 紅組の方が個々の力は明らかに強いわけだから、本陣でただ待っていれば良かったんだ。そうすれば勝ちは動かない。それをわざわざ、戦争っぽく部隊を動かすから、隙を見せる羽目になった」

「でも、それじゃあ、演習に……、なるほどね」

 部隊運用の演習だ。ただ本陣で待っていては演習にならない。だが、その演習にならない方法が勝つための方法という、矛盾が演習にはある。

「だから意味がないんじゃないかなって思った。紅組は多分、手を抜いていた。本気になれば、中央の先陣だけで片が付いたと思うぞ。それを演習っぽくみせる為に、わざわざ他の部隊を動かす余地を作ったんだ。そんな手を抜いた演習に意味があるか?」

 カムイが言う通り、騎士団員の子弟が多いオスカーのクラスとでは、元々、実力差がある。更に、Eクラスの生徒には、実力を隠している者がカムイたち以外にも大勢居る。演習の形になる方がおかしいのだ。

「でもカムイは勝ってみせた」

「大したことじゃない。相手の本陣を手薄にして、あとは速さを武器に突っ込んだだけだ。それに対応するには動かないこと。相手が動かないと、こちらも動けない。そうなると、お互いに一歩も動けなくなるわけだ」

「ただ突っ立って、にらみ合うだけね」

「実際は強い方の紅組が、こちらが前に詰める余地を与えずに、初手から全力で本陣に突撃すれば勝ちだろうけどな。つまり、あの演習は強いほうが何も戦術を考えないで、ただ力技で突っ込むだけで終わる。さて、それで何を学べる?」

 カムイは更に授業の矛盾を説明する。ここまで説明されては、セレネも認めざるをえない。ただ一つだけ疑問が残る。

「……でも何で学院にそんな意味のない演習があるの?」

「さあ?」

 軽く肩をすくめるだけのカムイ。演習の件はちょっとした思い付きで、これ以上深く考えるつもりは、カムイにはなかった。

「さて、やっと僕の出番かな?」

 ここでディーフリートから声がかかる。またいつもの様に、いつの間にか近づいていたようだ。

「また来た……」

「まあ。でも今日は僕一人じゃないよ。別に呼んだ訳じゃあないけどね」

「ん?」

 ディーフリート以外で、カムイたちに近づいてくる生徒など、カムイには心当たりがない。

「久しぶりだな。覚えてるかな?」

「マティアスさん……」

 意外な同行者にカムイの顔が露骨に曇った。それを見たマティアスの顔には苦笑いが浮かぶ。

「そんな嫌な顔をしないでくれ。まあ私は良いけど……」

「久しぶりですわね」

「げっ!?」

 マティアスの後ろから現れたのは、ヒルデガンドだった。まさかの事態に、思わずカムイは正直な感情を表に出してしまった。

「……その反応は、女性に対していささか失礼ではなくて?」

「……失礼しました。まさかヒルデガンドさんが、いらっしゃるとは思っていなくて。何か御用でしょうか?」

 軽く文句を言われる程度で済んで一安心したところで、カムイはヒルデガンドに応えた。

「貴方、気が付いていなかったのですか? 途中から随分と大きな声で話していましたよ」

「はい? ……あの、どの辺から聞こえてましたか?」

「はずれとか言っていた後からですね」

「あっ、そうですか」

 ヒルデガンドの答えを聞いて、カムイは、ホッとした顔をしている。さすがにクラウディアに関する話は、人に聞かれては不味い内容だ。不敬を咎められる可能性もあるのだ。

「安心するのは早いよ。カムイくんの話は先生にも聞こえていたみたいだね」

「えっと……」

 ディーフリートの話を聞いて、カムイは、ゆっくりと後ろを振り返る。そこには、厳しい顔でカムイを睨んでいる担当教師が居た。それを見て、カムイは、慌てて、顔を元に戻した。

「怒ってますね?」

「教えている授業を意味がないって言われれば、先生は怒るよね?」

「やっちまった。……セレが余計なこと聞いてくるから」

 セレネに責任転嫁しようとするカムイ。本気で、セレネに責任を負わせようと思っている訳ではない。セレネを挑発して、やり合うことで気持ちを和まそうとしているだけ。ちょっとした現実逃避だ。

「そうやって、又、私のせいにする。男らしくない」

「別に男らしくありたいとは思ってない。そんなことより、学院生活を平穏に送る方が優先だ」

「それ無理だと思うわ。カムイはね、巻き込まれ体質なのよ」

「何だ、その巻き込まれ体質って?」

「何もしなくても周りに騒乱を巻き起こす。もしくは関係ないはずの物事にいつの間にか巻き込まれる」

「……嫌なこと言うな」

 心当たりがあり過ぎるほどあるカムイだった。今回の言い合いはセレネの勝利で終わった。

「さすがセレネさん、カムイくんのことを良く分かっているね?」

「そんなことないです……」

 感心した様子でセレネに問いかけるディーフリート。セレネは恥ずかしそうに俯いてしまう。

「何だか俺と随分態度違うな」

 そのセレネの態度を見て、カムイが文句を口にする。

「当たり前でしょ? カムイとディーフリートさんじゃ、男としての魅力が段違いよ」

「へえ、セレはディーフリートさんみたいな人が好みなのか? まあ、確かに恰好良いからな」

「そういう話をしている訳じゃないでしょ?」

「プッ、照れてる」

「うるさい!」

 新たな戦いは、カムイの優勢で進んでいる。

「そんな言葉遣いじゃあ、ディーフリートさんに嫌われるぞ? 少しはヒルデガンドさんを見習え。女性はヒルデガンドさんみたいにこう、気品に溢れる態度でなくてはな。ねえ、ヒルデガンドさんもそう思いませんか?」

「えっ、ああ、そうですね。いえ、そうではなくて。私はそんな……」

 いきなりカムイに褒められて、ヒルデガンドは動揺してしまっている。

「いえいえ、ヒルデガンドさんは。いつも凛としていて、素敵です。学院の皆が憧れるのも当然ですね」

「……そんなことはありませんわ」

 続くカムイの褒め言葉にヒルデガンドは頬を赤く染めている。その様子を見るマティアスの顔には、苦笑いが浮かんでいた。

「謙遜も過ぎればですけど、それもまたヒルデガンドさんの魅力のひとつですね。自らに驕らず、控えめなヒルデガンドさんも私は好きです」

「好きって……」

 恥ずかしさで、ヒルデガンドの白い肌が、首まで赤く染めてしまっている。

「カムイ。貴方、ヒルデガンドさんに何を言っているの?」

 黙ってしまったヒルデガンドに代わって、セレネが口を挟んできた。

「……あれ? あっ、ついセレと話すような感じで……、気に障りましたか?」

 セレネの指摘で、ようやくカムイは自分がとんでもないことを口走っていることに気が付いた。

「……いえ、大丈夫です。別に不快ではありません」

「それは良かった。でも顔が少し赤いです。私が変なことを言ってしまったせいですね? すみませんでした」

「大丈夫です。ちょっと言われ慣れない言葉を聞いたので、照れてしまっただけです」

「言われ慣れない? ああ、皆、ヒルデガンドさんを高嶺の花に感じて、本心を打ち明けられないのですね? でも、今のように頬を赤らめているヒルデガンドさんを見れば、普段と違う可愛らしさを感じて、また異なる接し方を皆がするようになるかもしれませんね?」

「可愛らしいですか?」

 カムイは自分の失敗を取り繕っているつもりなのだが、口から出てくる言葉は、事態を更におかしくしている。

「はい。今のヒルデガンドさんはとても可愛らしいと私は思います」

「ありがとう……」

 顔全体を真っ赤に染めて、もうヒルデガンドは顔をあげられなくなってしまっていた。実際にヒルデガンドはカムイが言ったような言葉を面と向かって異性に言われたことが無い。
 ヒルデガンドはその容姿、実力、そして家柄からして、正に高値の花なのだ。とても真っ直ぐに、こんな台詞を言える男子生徒は居ない。

「あれ? また私は変なことを言いましたか? すみません、もう、この話は止めましょう。えっと、何の話でしたっけ?」

「演習だよ」

 ヒルデガンドを真っ赤にさせてしまったカムイを、楽しそうに見ながらディーフリートが答えた。本当は、女誑し振りをからかいたいのだが、ヒルデガンドの前では、さすがに口に出来ない。

「そうでした。それで?」

「何故、この演習が学院の授業としてあるかだよね? 何だか、今更な気もするけど、聞きたい?」

「ええ、理由があるのであれば」

「理由は一応ある。皇国の軍の最少行動単位が五人であることは知ってるかい?」

「知りません」

「そう。軍の行動単位は、最少が五人一組、それを集めて百人組が出来て、更にそれを束ねて千人組となる。それぞれに組長、百人将、千人将という指揮官がいる。それを更に束ねると、将軍が率いる軍になるという訳だ」

「百人将以上は聞いたことがあります。しかし、今の話から考えると、五人一組で行動するのは一般兵ですよね?」

「そうだよ」

「それを学院で……、兵の気持ちを知れと言うことですか?」

 学院の生徒はほとんどが貴族家の子弟だ。兵士になどなることはない。

「その通りだね。卒業後に得る地位は、どんなに低くても百人将だ。これも騎士の場合で、爵位の高い貴族はいきなり千人将、自領の軍となると万を率いる者もいる。でも人の上に立つには、下の者の気持ちを分からなければいけない。だから、こういう五人一組での行動が学院では基本になっている」

 それらしい理由ではある。だが、ディーフリートの説明を聞いても、カムイは不満気だ。

「やはり意味はありませんね。五人一組での行動は、突出した力を持たない一般兵をお互いに助け合わせて、戦わせる為ですよね? 個人で突出した学院の生徒が学ぶとしたら、逆に一人でその五人組と戦う方法などではないですか?」

「まあね」

 説明したディーフリートも、実際は納得していない。

「あとは将としての采配でしょうけど、それもあれでは、何の工夫の余地もありません」

「じゃあ、カムイくんならどういう演習が良いと思う?」

 問題を批判するだけなら誰でも出来る。ディーフリートは、カムイに解決策を求めた。

「もうちょっと戦況を複雑にしたいですね。例えば……」

「例えば?」

「一対一対一、一対一対一対一での演習とか」

「……もう少し詳しく説明してくれないか?」

「全クラスで一斉に戦って、最後に残ったところが勝ちです。協力し合うのは自由。当然、裏切りも自由です。一番強いチームを三チームで倒す。真っ先に一番弱いのを潰してしまうもあるでしょう。傍観して潰しあうのを待つのも良し。各チーム、色々と選択肢が出来ます。事前にチーム間で話し合うのは無し……、あっても面白いかもしれませんね? 協力を約束しておいて、いざとなったら裏切る。そんな駆け引きも発生します」

「……面白いね」

 カムイの案では、部隊運用の演習というよりは、ちょっとした戦略の演習だ。それでも、ディーフリートは面白いと思った。

「あっ、でもそれでも駄目かな。ヒルデガンドさんのところが不利だ」

「私ですか?」

 急に名前を出されて、ヒルデガンドはビックリしている。

「はい。この方式ですと、まずヒルデガンドさんのところが真っ先に狙われますね。それはそれで良い鍛錬かもしれませんが、負け続けというのは、あまり士気に良いものではありません。鍛錬に身が入らなくなる可能性があります」

「……そうですね。それはあるかもしれません」

「それを防ぐには……。負けた組は次の演習では好きな組から一グループ取れるというのはどうでしょう?」

「それは?」

「数はやはり力です。それに、他のクラスから実力のあるグループを引き抜ければ、良い戦いが出来るようになるかもしれません。ヒルデガンドさんのクラスからであれば、例えばマティアスさんのグループを抜くとか」

「私のところか」

 カムイに名を出されて、マティアスは満足そうだ。話の流れで、強いと言われていると分かるからだ。

「そうです。さっき見た限り、ヒルデガンドさんのクラスはヒルデガンドさんの本隊を除けば、マティアスさんのグループが一番です。そこが抜ければ、A組は大幅戦力ダウン、引き抜いたグループは大幅戦力アップです。これは他のクラスでも言えることですね?」

「それが続けば……、戦いは混戦になる」

 グループの入れ替えが進めば、クラス間の実力差は均等に近くなる。

「そこに駆け引きが絡む。ちょっと強いくらいでは油断は出来ません。弱い組も長期的な視野で戦略を組めば、いくらでもやりようはあります。わざと負けるというのもひとつの戦略ですからね」

「面白いこと考えるね?」

「ディーフリートさんが言うから話しただけです。言っておきますけど、これには致命的な欠陥がありますよ」

「そうなのかい?」

 すぐにでも授業に取り入れられる。ディーフリートは、こう思っていた。

「他のクラスに移ったグループが真剣に戦うとは限らないということ。マティアスさんは、ヒルデガンドさんに模擬刀とはいえ剣を向けられますか?」

「それは……」

 カムイに問われたマティアスは、答えに詰まってしまった。

「でしょう? つまりはそういうことです。言い訳するようですが、別に私は学院の授業を批判しているつもりはありません。私が思いつくことくらい、とっくの昔に別の人も考えているでしょう。でも、それは実施されていない。変えられない理由も又、あるということです」

 カムイの説明に、思わずディーフリートとヒルデガンドは、顔を見合わせることになった。
 カムイの話を悪意に捉えれば、大貴族による貴族の系列化が授業の変化をも阻害していると、批判しているように思える。その大貴族とは、正に二人の実家なのだ。
 それとなく視線を教師に向けてみれば、納得したような顔をしている。学院には学院の事情がある。こう教師も言っているように二人には思えた。
 二人には、特に自家を皇国の支えと信じ切っているヒルデガンドにとっては、この件は、何とも言えない複雑な思いを心に生むことになった。
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