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魔王の器  作者: 月野文人
第一章 皇国学院編
12/218

大貴族様に気に入られました

 一年E組に皇族がいる。この話はあっという間に学院に広まった。放課後の教室は大混乱だ。噂を聞きつけた無派閥、というよりも寄る辺のない貴族家の子弟たちが、何とかクラウディアと好を通じようと一年E組の教室を訪れてくる。

 クラウディアの周りには、毎日多くの生徒が集まるようになった。


「やはり身分を隠すことなど無かったのだ」


 テレーザは、多くの生徒がクラウディアの元に集まる様子を見て、気を良くしているが、今更、寄る辺を求めるような者の出来などたかが知れている。ヒルデガンドらの派閥に呼ばれなかった者達なのだから。

 これにテレーザは気が付いていない。そして実力のある無派閥の人間たちが冷めた目で、その様子を見ている事にも。


「凄いわね?」


「まあな。何といっても皇国の皇女様だからな」


「それをどうして公にする気になったの?」


 クラウディアの話が広まるきっかけを作ったのはカムイだ。学院のあちこちで、周りに聞こえるように噂話をしていった。それがある程度広がれば、それを確かめようとする者も出てくる。

 噂は真実と分かり、学院全体が驚きに包まれた。


「ああしておけば、俺の所に近づいてくる事なんてないだろ?」


「そんな事だろうと思った」


「オットーくんは良いのか?」


「えっ、何が?」


 突然、話を振られて戸惑うオットー。カムイの言葉は短すぎて、時々何を話しているのか分からない時がある。会話の機会が少ないオットーであれば尚更だ。


「いや、親しくなっておけば、商売に役立つかもしれないだろ?」


「ああ、それ? うちはそこまで困っていないよ。それに宮中との取引の比率は、全体の利益から見れば、極々わずかだからね」


「そうなのか? 皇族なんて結構金を使うと思ってたけど」


 カムイは、宮中に対して、毎日違うドレスを着て、違う装飾品を身に着けてと、贅沢三昧の暮らしをイメージしている


「それは使うけどさ。金額が大きいだけで、うちの利益は無に等しいね」


「つまり、商売と言いながら、賄賂みたいなものか?」


「そういう言い方は止めてもらえるかな? 賄賂を贈るのは厳罰だよ」


「でも実際に罪に問われることはない」


「まあね。罪を問う人たちがそれを受け取っている訳だからね」


 実際に賄賂を受け取っている金額は、役人や各地の領主たちの方が、遥かに多い。皇族よりも、実際に便宜を図ってくれるのは、そちらの方だからだ。


「世も末だなあ」


「その世の末になってから、随分長いようだけどね」


「おっと、オットーくんが、こんな辛口の発言をするとは驚いた」


「言いたくもなるさ。どうやら税金が上がるそうだよ」


「……さすがに商家の情報は早いな。いつ?」


 オットーも実家は、商家だ。情報の早さは理解出来るが、それを、まだ学生であるオットーが知っている事には、カムイは少し驚いた。

 

「年が明けてすぐだね。ああ、カムイくんたちは、今回心配いらないよ。今度の増税は、商家だけを対象にしたものだからね」


「それはちょっと安心。うちの台所事情は厳しいからな」


 クロイツ子爵家の財政が厳しい事をカムイはよく知っている。


「うちは皇国が定めた税率なんて関係ないから」


 セレネの実家は、元々、定められた以上の重税が掛けられている。ただ、関係ないとは言えない。


「それでも更に取られる口実にはなるだろ?」


「ああ、そうね。そう考えれば良かったって事か」


「うちは良くないよ」


 安心した様子を見せるカムイとセレネに向けて、軽くオットーが文句を言ってくる。


「そうだけど、そんなに大変なのか? オットーくんの家は結構な大商なんだろ?」


「その分、納める金額も大きくなる。それに税率が相当なものだって噂だ」


「……考えてみれば、よくそんな話が通ったな。色々と動いたんだろ?」


 自分たちに不利益になる事を、商家が黙って見ている訳がない。様々な伝手を使って、潰そうとしたはずだ。


「当然だろうね。相当なアレが動いたと思うよ」


「それでも実行に移された。どういう事だ?」


「それを僕が言うの?」


「良いだろ、別に」


 オットーが説明を嫌がるのは、面倒くさがっているのだと、カムイは受け取った。大抵、自分はそうだからだ。


「そういう意味じゃないよ。アレが通じなかった理由は、肝心の人物に届かなかったから。いや、受け取らなかったからかな」


「そんな人がいたのか?」


 賄賂を受け取らない役人。当たり前のはずだが、実際はかなり珍しい人物だ。求める事はしなくても、差し出されれば、受け取ってしまうものだ。


「だから僕が言うのと言ったのさ。貴族である君たちが知っておくべき事だよ。少し前に皇太子の推挙で、新しい人物が国政に上がった。かなり優秀な人物らしいよ」


「もしかして、そいつが権力を握ったのか?」


「まあ、そういう事だろうね」


「どんな人物なんだ?」


 皇族でなくても、大商家の圧力を無視出来るだけの、影響力を持つ者が居る。これは、カムイの興味を多いに引く事実だ。


「細かい事は教えてもらってない。調べ切れていないっていうのが実際のところかな」


「益々気になるな。謎の人物って事か?」


「今のところは。いきなりの抜擢みたいだからね。その前まで、何をしていたのかは、まだ分かっていない」


「皇太子の推挙って言ったよな?」


 皇太子が推挙するからには、その人物と皇太子の考えは近いと考えられる。その人物を知れば、皇太子の為人も分かるかもしれないと、カムイは考えた。


「分かっているのはそれだけ。でも、相当信頼しているんだと思うよ。いくら皇太子だからって、無名の人物をいきなり抜擢する訳だからね。結構無理をしたと思う。これで優秀じゃなかったら、皇太子の面目は丸つぶれだった」


「でも優秀だった。賄賂を受け取らないって事は清廉な人物って事かな?」


 そうであれば、推挙した皇太子も清廉な人物。そうであれば、次代には少し期待が出来るかもしれない。


「だからはっきりと口に出さないでよ」


「悪い。アレね、アレ」


「清廉かどうかはまだ分からないよ」


 オットーはカムイの考えを否定してきた。


「どうして?」


「これは以前、教わった話だけど、アレを受け取らない者には二種類いる。ひとつはカムイくんが言った清廉な人物、もうひとつは、送られる相手が別にいる人物」


「すでに組んだ相手がいる。もしそうなら、中々に危ない人物だな」


 既に組んだ相手が居る場合、その目的は、その相手の為に、現在の既得権者を排除するという事になる。政争の始まりだ。


「カムイくんの考える通り、僕の家のような既存の商家を潰しにかかるかもしれない」


「そして新しい勢力の台頭か。なんだか凄いな。その先は何があるかな? アルトはどう思う?」


「……既存の商家を潰す目的は何かだな。どんなやり方をするか分からねえが、結構な混乱になるよな?」


「それはそうだ。うち一家でも皇国にかなり広く根を張っているんだよ」


 皇国の物流はそういった商家によって成り立っている。それぞれの商家が独自で街と街を結んでいるのだ。それが途絶えれば、皇国内の流通は大混乱に陥るのは間違いない。


「それを押してもやりてえ事ね。商家のその先だろな……。だとしたら、相当大掛かりだぞ」


「既存の商家の背後にいる貴族だな。……ほとんどクーデターじゃないか」


「皇族が起こすのはクーデターとは言わねえよ」


「そっか、皇太子の意思って可能性のほうが高いのか。貴族の弱体化、それに伴う皇族の力の増大。辻褄は合うな」


 アルトとカムイの話の内容はどんどん大きなものになっていく。


「それ本気で言ってるの?」


 話を始めて、オットーが付いて行けなくなるくらいに。


「オットーくん、残念だったね。君の代まで持たないかもしれないよ」


「縁起でもない事、言わないでくれないかな?」


「でもよ、皇太子が相手だぜ。将来の皇帝陛下。皇帝陛下に目の敵にされたんじゃあ、さすがにやべえだろ」


「アルトくんまで……」


「全く。貴方たちは。こんな情報でどうしてそこまで想像を広げられるのよ。そんな事をしたら方伯家が黙っている訳ないじゃない。皇国は大混乱になるわよ」


 落ち込んでしまったオットーを見兼ねて、セレネが口を出してきた。ただ、フォローにしては、言っている事は、かなり物騒だ。

 商家の最大の支援先は方伯家だ。大商と呼ばれる商家は、いずれかの方伯家と強く結びついている。そのおかげで大きくなれたと言っても良いくらいだ。

 当然、方伯家の見返りは大きい。大商を潰そうなんてすれば、方伯家と対立する事は確実だ。皇族と方伯家の対立となれば、その規模も相当なものになるかもしれない。


「大混乱ね。でもよ、案外あるかもしれねえぞ」


 セレネの話を聞いても、却って、アルトは嬉しそうにしている。


「どうして?」


「混乱が起これば、それを収束する者が必要になるじゃねえか」


「それが?」


「そんな人間が、俺たちの世代には大勢いる」


 それが誰であるか言うまでもない。この学年が黄金の世代と呼ばれる元となった者たちの事だ。


「そう。アルトくんはそう考えているわけ」


「色々調べてみたけどよ。あいつ等は、平穏な時代を過ごすような奴等じゃねえんじゃないかと俺は思い始めた。それこそ乱世で輝くような奴等だ」


「時代が彼等を待っている?」


 特に考えたわけでもなく、頭に浮かんだ言葉をそのままセレネは口に出した。


「おっ、セレネさん、良い言葉だねえ」


 アルトは、セレネの台詞がかなり気に入ったようだ。


「そんな事になったら……。なるほどね、それも良いかもね?」


 セレネの顔も、急に真剣なものに変わった。

 皇国内の混乱は辺境領にとって絶好のチャンスだ。皇国全体での内乱ともなれば、領土の四分の一を占める辺境領の影響力は、必然的に大きくなる。誰かに付いて、戦功をあげるも良し、独立を図るも良し。

 失敗すれば滅亡となる危険な賭けではあるが、このままジリ貧になるよりは余程マシだ、とセレネは考える。


「へえ、セレネさんも乱世で輝く性質か」


「私にはそんな力はないわよ。でも、乱世は望むところね。そしてそれを望んでいるのは、私だけじゃないでしょ?」


「カムイが言う通り、セレネさんはおっかねえ女だな。まあな。何てったって、そんな中で最も輝くであろう男を俺は知っているからな」


 アルトの話を聞いて、全員の視線が、自然とカムイに集まる。


「誰?」


「お前だ、馬鹿!」


「馬鹿呼ばわりはないだろ?」


「お前なあ、鈍感もいい加減にしろよな。俺はあいつ等よりもお前の方が頭ひとつ抜けてると思ってんだぞ」


「気持ちは嬉しいが、そんな事はない。頭ひとつ抜けているのは別の人だな」


「……誰だ?」


「その人は剣も魔法も優秀で、人柄も良い。頭も相当に良いと思うな。更に美形でもある」


 非の打ちどころがない。カムイの言うとおりだとすれば、そういう人物が皇国学院に居る事になる。


「随分とベダ褒めじゃねえか」


 カムイが誰の事を言っているのか気付いて、アルトは苦笑いを浮かべている。


「これ位、褒めておけば奢ってくれるかと思って。ねえ? ディーフリートさん」


 こう言ってカムイは、後ろを振り返った。


「ばれていたか」


 カムイの背後に忍び寄ろうとしていたディーフリートの姿が、そこにある。


「俺は、後ろに立たれて気が付かない程、鈍感じゃありませんから。どっかの誰かさんとは違います」


「うるさい」


 心当たりが山ほどあるセレネが、文句を言う。


「気配を察知されるなんて、まだまだ修行が足りないな」


 これを言うディーフリートは、本気で落ち込んだ様子を見せている。


「いえ、本当の事を言えば、セレの目線で気が付いただけです。この場に居た者以外で、後から忍び寄ろうなんて考える人は誰かと考えれば、答えは簡単です」


「そういう事にしておこうかな? それで奢らせてもらえるのかな?」


「そうきましたか」


 カムイが冗談で言った言葉を、ディーフリートは利用しようとしてきた。


「前回は失敗したからね。あそこで嬉しそうに立っている誰かさんのおかげで」


 ディーフリートは軽く顎を振るだけで、テレーザを示す。


「別にディーフリートさんが失敗した訳ではありませんよね?」


「いや失敗だよ。人の話に乗っかろうなんて僕らしくもない。しかも乗っかる相手まで間違えてしまうとはね。という事で、自分の手で段取りを整える事に決めた」


「段取り?」


「そのつもりだったんだけど、君が自ら奢ってくれなんて言ってくるからね。喜んで奢らせてもらうよ」


「……はあ」


「何が良いかな?」


 カムイの了承を聞く前に、ディーフリートは食事に行く事を既成事実にしようとしている。


「いや、別に奢ってもらわなくてもかまいませんよ」


「やはり肉が良いよね。この間食べたステーキは実に美味しかった。肉なのに溶けるような柔らかさなんだ」


「ステーキなのに? 煮込んでいる訳じゃないですよね?」


 柔らかい肉と言われてカムイに思い浮かぶのは、大将の所のスープくらいしかない。


「ステーキは煮ないよね? 焼くだけだよ。肉の脂身の入り具合が違うと言っていたね。実際に見せてもらったけど、筋のように白い脂身が広がっているんだ」


「へえ」


「脂身だから舌に乗せた途端に溶けていく、それで肉全体が柔らかく感じるらしいよ」


「それを奢ると?」


「そう」


「……いやいや、奢ったからと変な要求されたら困りますからね」


 ステーキに釣られそうになったカムイだが、何とか堪えようと気持ちを取り直している。


「そんな事はしないさ。これは、まあ、この間のお詫びみたいなものさ」


「あの、それってカムイだけですか?」


 渋るカムイの横からセレネが口を挟んできた。とろけるような柔らかい肉など、セレネも口にした事がない。ディーフリートの話を聞いて、強く心を惹かれてしまっている。

 そして、セレネの反応はディーフリートにしてみれば、好都合だ。


「もし良ければ一緒にどう?」


「本当ですか!? 行きます!」


 セレネは、実に簡単に釣れた。これで後は、乗り気なセレネをうまく利用してとディーフリートは考えたが。


「セレ! 勝手に決めるな!」


「良いじゃない。そんなの食べる機会は一生ないわよ。このチャンスを逃す手はないわ」


「食いしん坊」


「うるさいわね。美食家と呼びなさい」


 ディーフリートが何か言う前に、二人は言い合いを始めてしまった。


「どこが美食家だよ。裏通りの安食堂で、美味しい、美味しいって喜んでたくせに」


「あっ、大将に言いつけてやる」


「別にかまわない。事実だからな」


「じゃあ、カムイは大将の所の料理は美味しくないって言うの?」


「そんな事は言ってないだろ? すごく美味いに決まってる」


 カムイとセレネの言い合いには、ディーフリートが口を挟む余地が全くない。


「じゃあ、美食家は間違いないじゃない」


「屁理屈」


「もう、うるさいな。とにかく行くわよ。ステーキよ、ステーキ」


「全く、仕方ないな」


 結局、ディーフリートが何をするまでもなく、セレネがカムイを、勝手に説得してくれた。

 アルトとオットーにとっては見慣れた状況だが、ディーフリートは二人のこうしたやり取りを、間近で見るのは初めてだ。

 最初は、やや面喰っていたが、その終わりを見て感心したように呟いた。


「セレネさん、凄いね」


「はい?」


「いや、カムイくんに言う事を聞かせられる人がこんな所に居たなんてね」


「はっ!?」


「王を虜にせんと思わば、先ず馬を射よ。カムイくんを口説くには、アルトくんとルッツくんから始めなければいけないと思っていたけど。セレネさんって選択肢もあったんだね。この場合は何て言うんだろう? 夫を口説こうと思えば、まずは奥さんを味方につけろ、ってとこかな?」


「誰がだ!」「絶対ない!」


「いやあ、これは良い事を知った。さて早速、奥さんとの友好も深めないとだね」


 全力で否定する二人を全く無視して話を続けるディーフリート。


「行くなら行こうぜ」


 そこにアルトが口をはさんできた。しかも、食事に行く事に、賛同する台詞だ。


「あれ、アルトくんも、その気になってくれた?」


「周りの視線が煩わしい。ディーフリートさんがいると奴等のほうが居心地悪そうだぜ」


 アルトが言っている奴等とは、クラウディアの周りに集まっている生徒たちだ。ちらちらと視線をこちらに向けている。

 西方伯家を差し置いて、クラウディアに近づこうとしている事を不快に思われるのではないかと、彼等は心配しているのだ。

 それは無駄な心配というものだ。ディーフリートはこれだと思う人物以外は、誰がどこに付こうと興味などないのだから。


「……そうだね。行こうか」


「分かりました。途中でルッツを拾って行かないとですね」


「そう言えばいないね?」


「鍛錬中です。もう終わる頃だから、丁度いいでしょう」


「そう。じゃあ、行こう」


 結局、カムイたちのグループ全員が参加する事になった。


◇◇◇


 校庭を歩くマティアスの目に意外な光景が映った。思わず足を止めて、それを見つめるマティアス。


「どうしました?」


 前を歩いていたヒルデガンドが、マティアスが足を止めた事に気が付いて、声を掛けてきた。


「あれを」


 マティアスが指差したのは、校舎の影から現れた生徒の集団。前を歩く目立つ銀髪の男子生徒はカムイだ。だがマティアスが意外に思ったのは、そのカムイの隣を歩く別の男子生徒。


「ディーフリートですね。一緒にいるのはルッツくんですか……」


 ヒルデガンドにとって興味の対象はカムイではなく、ルッツの方だ。


「ディーフリート殿に付いたのでしょうか?」


「こちらに付かないのであれば、ディーフリートの所でしょう。道理でこちらの誘いを断るわけですわね。残念ですけど、仕方ありません。今回はディーフリートの勝ちです」


「しかし、彼が人の下に付くなんて……」


「元々、あそこに居るカムイくんの臣下です」


「私が言っているのは、そのカムイくんの事です。私の印象では、彼は人の下に付くような人間ではないと思ったのですが」


「彼は辺境領の子爵家の息子ですよ? 西方伯家の系列になれるのであれば喜んで下に付くでしょう。それはこちらでも同じだと言うのに。女性の下につくのが嫌。そんな偏見でも持っているのかしらね?」


 ヒルデガンドのカムイへの評価は低い。それがどうにもマティアスには、もどかしかった。

 見たところ、ディーフリートはカムイに積極的に話しかけている。それはディーフリートの目的がカムイにあるという事だ。

 ディーフリートは、自分と同じくカムイが持っている何かに気が付いた。それを自分の主であるヒルデガンドは気が付いてくれない。


「あまり、カムイ・クロイツという人間を軽視されない方が良いと思います」


「何かありましたか?」


 ヒルデガンドには、部下の声に素直に耳を傾ける器量がある。東方伯家の令嬢というだけで人を集めているわけではないのだ。欠点が何かといえば、貴族の価値感に囚われすぎているところ。

 それがカムイがヒルデガンドは拒否して、ディーフリートを完全ではないものの、受け入れている理由だ。


「これは私の想像ですが、彼への周りの評価は誤りだと思います。いえ、彼が意図して、そうさせていると言って良いでしょう」


「……何故、そう思うのです?」


 突拍子もない話だが、マティアスが言うからには、何か根拠があるはずだと、ヒルデガンドは考えた。


「まずルッツくんの事です。ルッツくんも元々、評価に値する力を見せていませんでした。それがある日突然、周りの注目を集めるくらいに強くなった。不自然だと思われませんか?」


「実力を隠していたと言いたいのですね?」


「そうです。そして同じ事を主であるカムイくんがしていないとは限りません」


「しかし、彼が魔法を使えないのは確かですよ。初等部時代に検査までされているのでしょう?」


「はい。検査の結果、彼には魔力がないと判定されています」


「そうであれば、周りの評価は正しいと言わざる得ませんね」


 魔法を使わない戦いというものを想像できないほど、この世界の戦いは魔法に頼り切っている。ただひたすら本来の身体能力を高め、剣の技量を磨くなどという事を試みる者はいない。

 それ故に持って生まれた才能が全てとなってしまい、魔法の才能を持つ血を継承している貴族、騎士の家系は平民に比べて絶対の力を誇るのだ。


「ヒルデガンド様は、彼が怪我をしていた時の立ち合いを覚えていらっしゃいますか?」


 マティアスの根拠はまだ他にもある。


「ええ。見ていました」


「どう思われました?」


「言われているよりは悪くはない。その程度の評価です」


「はい、そうですね。でも彼が全く魔法を使えないという前提ではいかがですか?」


 多くの者の頭の中から抜け落ちている前提条件に、マティアスは気が付いていた。


「……魔法を使えない前提とは、どういう事です?」


「先ほど言ったルッツくんが実力を隠していたのではないかと気が付いた後に、彼が怪我をした時の立会いを思い返して見ました。彼の剣をまともに見たのはあの時くらいですから」


「それでどうだというのですか?」


「全く魔法を使わずに自分はあの動きが出来るだろうかと考えました。結論を言えば出来ません」


 セレネとは初めての立ち合いであった為、段取り合わせをしていても、それなりの動きをカムイはしなければならなかった。セレネの加減が下手だったせいだ。


「でも、それはあまり意味がないことではありません? 魔法に頼っていようがいまいが、強いという結果が全てなのですからね」


「では、あの状態の彼がまだ本気ではなかったとしたら? 実際は魔法が使えるとしたら?」


 魔法のない状態で他の生徒と互角に渡り合える実力があるとすれば、それはとんでもない技量だ。

 そして、そこに魔法の力が上乗せされたら、その実力はどれ程のものになるであろう。


「……それは考えすぎでしょう?」


 ヒルデガンドはその考えを否定した。それはヒルデガンドの常識を超えている考えだ。


「そうだと良いのですが」


「仮に彼がそうだとしたら、彼は私を超えていると思いますか?」


 否定の言葉を一度は口にしながらも、やはり気になるようだ。

 それはマティアスへの信頼の証でもある。マティアスが常に自分の事を考えて進言していると、ヒルデガンドは信じているのだ。


「お答え出来ません。彼が強いという事ではなく、そうだった時の実力が想像付かないのです」


「それはそうですね。天井が見えないものと比較することは出来ません」


「でも分かることもあります」


「何ですか?」


「彼が、彼とルッツくんがディーフリート殿のチームに入った場合、こちらが確実に勝てるとは言えなくなります」


「……手を打てますか?」


 ここでヒルデガンドは決断した。カムイが自分の思う存在ではない前提で物事を進めるべきだと。


「さきほども言った通り、彼は簡単に他人に従うタイプではないと思います」


「駄目ですか……」


「いえ。そうであるからこそ、まだ間に合うと思います。彼はまだ完全にディーフリート殿に付いた訳ではないはずです」


「では彼の件は任せます。彼の実力の見極めと勧誘。勧誘は絶対とは言いません。誰にも付かなければそれで十分です」


「承知しました。場合によってはヒルデガンド様に、もう一度彼と話して頂く事になります」


「一度と言わず、必要があれば何度でも。優秀な人材を手に入れることに労を厭うつもりはありません」


 カムイの知らないところで、カムイ争奪戦が始まった。これによりカムイは長く落ち着かない学院生活を送ることになる。

 ディーフリートに加えて、ヒルデガンド、実は他にもう一人、カムイに強烈な興味を持った人間がいることを、この時点では誰も気が付いていない。

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