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魔王の器 作者:月野文人

第一章 皇国学院編

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皇女様とは仲良く出来そうもありません

「クラウディアさんって、兄弟とか姉妹っているのか?」

 放課後の教室で、珍しくカムイが、自分からクラウディアに話しかけている。

「あっ、はい。います」

 それに驚きながらも、クラウディアは答えた。

「上? それとも下? クラウディアさんは、お姉さんって感じじゃないから、上かな?」

 クラウディアに兄弟姉妹がいる事を、カムイはとっくに知っている。知っていて聞いているのだ。

「上に姉がいます」

「へえ、そうなんだ。お姉さんだけ?」

「そうです」

 ここでカムイの思惑は少し外れた。クラウディアが姉一人と言ったのは、同腹の姉だけを指しているのだろう。そう答えられては、継承順一位である皇子の話は聞けない。

「どんなお姉さん?」

「どうして、そんな事聞くのですか?」

 姉の事を聞いてくるカムイに、やや警戒心が湧いたクラウディア。

「俺、一人っ子だから……」

 やや俯き加減に話すカムイ。このお粗末な演技にクラウディアは、あっさりと警戒心は解いてしまった。

「……優しいかな?」

 ただ、質問への答えは、実に普通の内容だ。これだけでは、為人など、何も分からない。

「それはクラウディアさんに対して? それとも誰にでも優しいのか?」

「姉は皆に優しいですよ」

「それは良かった」

 優しい事は良い事だ。その優しさが、辺境領や他種族にも及んでくれれば最高だ。

「良かった?」

「良かったよね? 優しいお姉さんで」

「うん」

「でも兄弟がいないって事はお姉さんが家を継ぐのか」

「そうなれば良いけど……」

「おっ?」

 思わず驚きの声がカムイの口から飛び出す。クラウディアは、実にあっさりと、カムイの望む答えを与えてくれた。しかも答えは、そうだよ、ではなく、そうなれば良い、だ。つまり、クラウディアは姉が後を継ぐことを望んでいる。

「何?」

「何でもない。お姉さんていくつ?」

「……姉上の事ばっかり」

「えっ?」

「どうして私の事は何も聞かないのに、姉の事は熱心に聞くのですか?」

 珍しくカムイが自分に話しかけてくれた事を嬉しく思っていたクラウディアだが、カムイの興味が自分の姉ばかりに向いている事で、少し不機嫌になっている。

「クラウディアさんっていくつ?」

「……カムイさんと同い年です」

「そっか。じゃあお姉さんは?」

「……三つ上です」

 クラウディアの気持ちを全く斟酌しないカムイであった。

「じゃあ、もう、とっくに卒業したのか」

「いえ、姉は学院には通っていません」

 皇族が、学院で学ぶ事は滅多にない。城には、学院と同等かそれ以上の教育環境が用意されている。わざわざ学院で学ぶ必要はない。特定の貴族家と親しくなる事は望ましくないという理由もある。

「そう。一緒に暮らしているのかな?」

「ええ、でもあまり会う事はありません」

「一緒に暮らしているのに?」

「それは……」

「クラウディア様、帰りましょう」

 割り込んできたのはテレーザだ。相変わらずカムイの事を睨みつけるように見ている。

「でも……」

「こんな男と話していてはいけません。悪い噂でも立ったらどうするのですか?」

「俺は何者だ?」

 相変わらずの散々な言い様に、カムイが文句を言う。

「クラウディア様にまとわりつく虫だ」

 だが、更に酷い言葉になって帰って来た。

「……酷い。酷いよね? クラウディアさん」

「あっ、えっと、そうですね。テレーザ、今のはカムイさんに失礼だと思うわ」

「すみません……」

 うるさくわめく犬を黙らせるには、飼い主に任せるべきだ。カムイの考えは正しかった。

「そういえば、テレーザさんはどこに住んでるんだ?」

「何故、私がそれに答えなくてはならない?」

「じゃあ、良い」

「おい!」

 テレーザも、全くの馬鹿ではない事は確かめられた。

「クラウディアさんは?」

「えっと、……実家です。カムイさんは?」

「ん?」

「カムイさんはどこに住んでいるのですか?」

 一方的に聞かれるままだった、クラウディアが質問を返してきた。

「俺は孤児院」

「はい?」

「俺達、孤児院の出身だから、今もそこでお世話になってる。ちゃんと寄付はしてるし、奉仕活動もしてるからな」

 無償で便宜を図ってもらっている訳ではないと言いたかっただけなのだが、カムイが思いもよらない点に、クラウディアが興味を持ってしまった。

「奉仕活動というのは何をしているのですか?」

「孤児たちに勉強を教えている」

「意外……」

 カムイの返事も、クラウディアが思いもよらない内容だった。。

「どういう意味?」

「いえ、カムイさん、勉強はあまり好きじゃないのかと思っていました」

「へっ? 結構好きな方だけど」

「でも、あまり熱心に授業を聞いているようには……」

 クラウディアの席はカムイのすぐ後ろだ。クラウディアが見る限り、カムイはいつも先生の授業をろくに聞かずに、別の何かをしている。

「教科書を読むだけの授業なんて聞いていても仕方ないだろ? それに教科書なら俺ずっと先まで、進んでるし」

「嘘?」

「本当」

 実際にカムイは、かなりの速度で勉強を先に進めようとしている。皇都にいられるのは、中等部を卒業するまでの間だけ。こう考えているカムイは中等部の授業などとっとと終わらせて、別の勉強をしたいのだ。
 皇国学院には、皇立図書館に次ぐ蔵書数を誇る図書館がある。勉強するには絶好の環境である、この場所で、少しでも多くの事を学ぼうとカムイは考えていた。

「当然、分からない所はあるけどな。そういう所はチェックしてあって、その時は、ちゃんと授業を聞くことにしてる」

「そうなんですか……。あの、それ以外の時は何を?」

「勉強を教える準備。引き受けたは良いけど結構大変なんだ。学校が終わって、ほぼ毎日だからな」

「もしかして、今日もですか?」

「ああ、戻ったら教える事になってる」

「……私も行っても良いですか?」

「はあ!?」「クラウディア様!」

 カムイとテレーザが同時に声をあげた。初めて二人の考えが一致した瞬間かもしれない。

「奉仕活動というものに私も興味があります。それに孤児院がどういう所かも知りたいのです」

「そうだね。僕も興味があるよ。よし、僕も一緒に行こう」

 不意に割り込んできた声。この声のせいで、カムイは断るタイミングを失した。
 それが誰か気が付いて、周囲にざわめきが広がる。学院の有名人の登場だ。

「ディーフリートさん……、冗談ですよね?」

「本気」

「孤児院ですよ?」

「貴族の一員として、そういう場を知っておくことは必要だよ。それに、うちも皇都の孤児院には寄付をしているはずだ。寄付金が適切に運用されているか確かめる必要もあるね」

 こじつけである事は見え見え。ディーフリートは、ただ単に、カムイに付いて行きたいだけだ。

「何も今日じゃなくても良いのでは?」

「いや、今日は時間が空いているんだ。何故、空いているかは言うまでもないよね」

 カムイと話をする為に決まっている。

「じゃあ、行こうか。クラウディアさんも行きますよね?」

「はい、行きます」

 心底、嫌そうな顔をしているカムイを無視して、ディーフリートは話を先に進めてしまう。
 結局、これに押し切られて、カムイは、ディーフリートたちを、孤児院に連れて行く事になった。

◇◇◇

 クラウディアが行くとなれば、当然テレーザも一緒。三人を引き連れて、カムイは孤児院に向かっている。
 学院が城に近い安全な場所にあるのに比べて、孤児院は治安はあまり良くない地域にある。それなりに距離があって、学院から孤児院までは普通に歩くと四半刻以上はかかる。
 その四半刻を短縮する為に、カムイはいつもの道を進んでいる。

「おい、お前? 本当に孤児院に向かってるんだろうな!?」

 前を歩くカムイに、テレーザが大声で文句を言っている。

「当たり前だろ? 皇都には俺が帰る家は孤児院しかない」

 カムイが選んだ道は孤児院への近道だが、当然それは裏通りという事になる。学院の近くは問題なかったが、離れるにつれて、徐々に当たりの様子は怪しげなものに変わっていた。

「クラウディア様、大丈夫ですか?」

「う、うん」

 不安そうなクラウディアに、ディーフリートが声を掛けている。

「大丈夫に決まってるだろ? 俺は毎日この道を通ってるんだから」

 先を歩いているカムイが、それに文句を言ってきた。

「危険じゃないのかい?」

「貧民街じゃあるまいし、命まで取られる事はない。……あっ」

 話しかけてきたのがディーフリートだと意識する事無く、カムイは普段通りの言葉づかいで応えてしまっていた。

「良いよ。それが君の普段の口調だよね」

「気を付けます。別にこの辺は問題ありません。まあ、知らない人間が一人で歩くにはちょっとですけどね」

「ほら見ろ! 危険じゃないか!」

 カムイの言葉を捕えて、又、テレーザが文句を言ってきた。

「テレーザさん、いちいちうるさい。一人で歩くにはって言っただろ? 今、何人で歩いている?」

「三人と一匹だ」

 一匹がカムイである事など、聞くまでもない。こういう事では、やたらとテレーザは頭が回る。

「ほう。別に置いて行っても俺は構わないんだぞ?」

「別にお前なんかいなくても問題ない」

「じゃあ、そうする。まあ、ディーフリートさんがいるから大丈夫だな」

 カムイは、あっさりとテレーザの言う通りに離れる事を決めた。いい加減、相手にするのが面倒になってきたという所だ。

「ああ、お前なんかよりは万倍頼りになるな」

「じゃあ、俺は先に行ってるから後からどうぞ。孤児院への道はこれを真っ直ぐ行くと、正面に建物がある。中を通る事は一見では無理だから、建物の横の路地を抜けろ。細い路地だから気を付けるように。まだ明るいから大丈夫だろうけど、上への警戒は忘れない事。。そこを抜けたら右。少し歩くと左に茶色い建物があるから、そこが孤児院の裏口だ。間違っても、他の路地には入らないように。あっ、来た道を戻って大通りから行くって選択肢もあるからな。俺としてはそっちをお勧めする。じゃあ」

 ここまでを一気に言い終えると、カムイは一人で先に進もうとする。

「なあ、カムイくん」

「何ですか?」

「本当に安全なのかい?」

「さあ? 俺は大丈夫ですけど、皆さんはどうでしょうか? そこまでは俺には、分かりません」

「やっぱり」

「一応、言っておきますけど、俺に敵意を向けたのはテレーザさんの方ですからね? 何かあっても、責任は問わないで下さい。では後ほど」

 こう言って、今度こそカムイは、先に進んでいく。三人の事は忘れたかのように、真っ直ぐに前を向いたままで。
 そのカムイが一度だけ、振り返ったのは、どこからかカムイに近づいてきた男と話をした時。二言三言、その男と話をした後、三人のほうを、ちらっと見て、カムイは首を振った。

「……戻ろうか?」

 カムイの背中が遠くなった所で、ディーフリートは、引き返す事を提案した。

「どうして? 道はあいつに教わっていますよ」

 テレーザがその提案に疑問を唱える。

「多分、僕たちだけじゃあ、無事に進めないよ。すでに周りの様子も怪しくなってきているしね」

 ここまで人影をほとんど見る事がなかったが、カムイが離れた途端に、あちこちから人の視線が感じられるようになっている。決して、好意的とは思えない視線だ。

「あいつ!」

 ディーフリートに言われて、テレーザも気付いたようだ。

「怒る前に自分の事を反省したらどうかな?」

「えっ、私?」

 ディーフリートの口調が厳しいものに変わっている。さすがのディーフリートも、テレーザのあまりの無神経ぶりに腹が立っているのだ。
 せっかくカムイに近づける機会だったのに、テレーザはそれを台無しにしたかもしれない。自分も置いて行かれたという事実に、ディーフリートは不安を感じていた。

「君は自ら彼を敵に回した。その結果がこれだ」

「敵って……」

「そういう事だよね? だから彼は僕たちを守る事を止めたんだ。こんな事も分からないのかい?」

「いえ、それは……」

「君の行動はクラウディアさんにも迷惑をかけている」

「しかし、あいつはクラウディア様に対して、いつも無礼な態度を取っています!」

「皇国の皇女に対しての無礼は許されないと?」

「はい!?」「えっ?!」

 ディーフリートの言葉に、テレーザとクラウディアの二人は、驚きの声を上げる。それを見た、ディーフリートの表情は、怒りから呆れに変わった。

「クラウディア様、貴方の素性はとっくにばれております。私だけではなく、恐らくカムイくんも知っているでしょう。僕は貴方のクラスの生徒がそれを話していた事を知っていますから。さて、皇女であることを知っていて、彼がああいう態度を取るのは何故だと思われますか?」

「……私の為ですね。私が素性を隠そうとしているから」

 誤解である。クラウディアの素性をばらしたのは、カムイだ。クラウディアの為に気を遣ったのではなく、気を遣うのが面倒だから、素性を隠しているのを利用したに過ぎない。

「そんな彼に対して、やたらと無礼だと騒ぎ立てるテレーザさんを見て、周りの生徒はどう思っているでしょうか? 辺境領主の子弟の分際で、こうクラウディア様がカムイくんの事を思われていると見る者もいないとは限りません」

「そんな事は……」

「側近の行動はその主の意思です。それをお忘れなきよう。テレーザさんも」

「はい」「申し訳ありません」

 周囲の反感を買うような状況は、クラウディアの目的と正反対の状況だ。二人ともディーフリートの説教に、素直に謝罪を口にした。

「さて、本当に戻りましょう。彼の言葉を信じれば命の危険はないでしょうが、逆に言えば、それ以外の危険はいくらでもあるという事ですかね」

「……はい」

 ディーフリートはクラウディアたちを前にして来た道を戻る事にした。後ろから襲われる事を考えての用心だと、二人には説明している。
 だが、実際の所、ディーフリートはそれ程心配していない。自分たちを襲うような事をすれば、相手の方が大変な事になる。カムイはそれを望まないはずだ。
 自分たちの為ではなく、ここの住人たちの為に。自分はカムイにとって、ここの住人たちよりも下に位置する。少しショックを感じると共に、ディーフリートは、何故だか、楽しくもあった。

◇◇◇

 大通りに戻って、孤児院に向かう。結局、学院を出てから半刻以上を掛けて孤児院についた。この時間、孤児院の入り口は、広く開かれている。
 特に断りをいれることなく、建物の中に入った。
 思っていたよりも大きな建物。だが孤児の姿は何処にも見えない。通りかかった司祭に話を聞くと、孤児たちのほとんどは集会室で勉強の最中だと教えてくれた。
 それはカムイが行っている事だろう。集会室の場所を聞いて、その場所に向かった。
 そっと扉を開けてみると、多くの子供たちが並んで座っていた。正面に立っているのは、カムイ……、だけではなかった。学院の制服を来た女生徒が、子供たちの近くで何か話をしている。

「セレネさん?」

 クラウディアは、その女生徒が誰だか、すぐに分かった。

「知り合いですか?」

「はい。同じクラスの生徒で、セレネさんです」

「そうですか。こんな所にいるという事は、カムイくんの友達でしょうか?」

「同じグループです」

「そういう繋がりですか。それだけの事で孤児院に呼ぶのかな……」

 最後の言葉は、クラウディアに問い掛けるというよりは、自分自身に問い掛けている。カムイは他人を容易に受け入れるタイプではない。ディーフリートはそう感じている。

「はい。今日はこれで終わり。ちゃんと復習しておけよ!」

 カムイが授業の終わりを告げている。

「おお、きっちり殺っておくぜ!」

「その復讐じゃない。冗談としても今一だし。忘れ物するなよ! 物を置いたままだと、司教様に怒られるからな!」

「「「はーい!」」」

「これは又……」

 カムイがちゃんと先生をしている事に、ディーフリートは少し驚いた。意外な一面を見せるカムイに、ディーフリートのカムイに対する興味は、一層強まる事になる。

「おネエちゃん、さよなら! まった・きって・ねえ!」「またね!」「まったねえ!」

 子供たちがセレネに挨拶をしていく。その態度からは、慣れ親しんだ様子が感じられた。

「はい。又ね」

「姉ちゃん、今度は俺とデートな!」「あっ、俺も」「オレも」

「残念ね。年下は好みじゃないの」

「ちぇっ、じゃあ、俺がもう少し大きくなったらな」「俺も」「オレもオレも」

「その時は私も年令上がっているけど……。まあ、考えておくわ」

「やりぃ!」

 セレネと挨拶を交わしながら集会室を出て行く子供たち。全員がいなくなった所で、カムイがセレネに何か話しかけている。
 ディーフリートたちの方を向いて、驚きの表情を浮かべているセレネ。自分たちに気が付いているのだと知って、ディーフリートはカムイの元へ向かった。

「迷わず着けましたか?」

「ああ、大丈夫だった。危険な目にも合わなかったね」

「それはそうでしょう。皇国の皇女殿下に手出しをする様な無鉄砲な人はいませんよ」

 それはつまり、カムイがそれを教えていたという事だ。ディーフリートの予想通りだが、ここでカムイが、皇女とはっきりと口にした事には少し驚いた。

「あの、カムイさん……」

「何でしょうか? クラウディア皇女殿下」

 クラウディアに対して、カムイは皇女殿下と呼んだ。それだけでなく、ディーフリートに対する以上の慇懃さを見せている。

「さっきはごめんなさい」

「私は皇女殿下に謝られる覚えはございませんが?」

「でも、テレーザが失礼な事を」

「失礼があったのは私の方でしょう。テレーザ殿の言う通りです。皇族に対して、ご無礼がありました事、深くお詫び申し上げます」

「あの?」

 さすがにクラウディアもカムイの態度の異常さに気が付いた。穏やかな笑みを浮かべながらクラウディアに接するカムイは、まるで別人を見ているようだ。

「さて、司教様には、既に皇女殿下がいらっしゃる事は話しております。孤児院の案内は直接、司教様がなされるでしょう。ああ、いらっしゃったようです」

 カムイの言うとおり、白いローブを着た司教が現れた。少し慌てた様子だ。

「失礼はなかったろうな?」

「丁重にお相手しましたよ」

「本当か?」

「嘘だと思うなら、本人に聞いてみろよ」

「皇女殿下の前で何だ、その口のききかたは? 全く、お前が皇女殿下を連れてくると聞いた時には、肝が冷えたわ」

「大丈夫だって。じゃあ、後は任せたからな」

「カムイさんは同席しないのですか?」

「私などが同席しては皇女殿下に、又、ご不快な思いをさせてしまうかもしれません。どうぞ、私の事はお気になさらずに」

 クラウディアからの問いを受けて、又、カムイは態度を一変させる。

「なんと……」

 そんなカムイの態度を見て、司教の顔色が変わったのをディーフリートは見逃さなかった。司教は、カムイの態度に、何か感じるものがあるのは間違いない。

「僕は、カムイくんと一緒の方が良いのだけどな」

「ディーフリートさんも今日の所は司教様とご一緒にどうぞ。司教様はなかなか興味深い人ですよ」

「いや、それは」

 ディーフリートの誘いにも、カムイは拒否を示す。ディーフリートの不安は増すばかりだ。

「カムイ。この方は?」

 司教が、ディーフリートについて尋ねてきた。聞かされていないのだ。

「ディーフリートさん。西方伯家のご子息だ」

「……何だと? 何故、お前はそういう事をちゃんと伝えない!?」

「皇女様が来る以上の事はないだろ?」

「それはそうだが……。ではディーフリート殿、大した施設ではないが、案内しましょう」

「……分かりました。お願いします」

 司教に言われては断るわけにはいかない。爵位とは違う権威が司教にはあるのだ。ディーフリートたちは、司教の後について、集会室を出る。
 その後ろでは、セレネがカムイに文句を言っている。こういう事は私にも伝えなさい、こんな感じだ。
 もっともカムイは、セレネの文句を真面目に聞くどころか、驚いた顔が面白かったとからかっている。
 この会話を聞く限り、同じグループである事以上に、二人が親しいと、ディーフリートにも分かる。
 二人を気にして見ているうちに、ディーフリートは、セレネがカムイの立ち合いの相手だった事に気が付いた。
 だからと言って、これ以上の事が知れる訳ではない。一旦、二人の事を考える事はやめて、司教の説明に耳を傾ける事にした。
 こういう点でなかなかに生真面目な性格をしているのだ。
 一方で我慢出来なかったのはクラウディア。カムイの豹変した態度がどうにも気になって、司教の説明が耳に入らなかった。結局、思い切って司教に聞いてみることにした。

「あの、少し聞きたいことがあるのですけど?」

「何ですかな?」

「カムイくんの、あの態度なのですけど……」

「……何か無礼を働きましたかな? そうであれば後で、きつく叱っておきます」

 司教は何食わぬ顔で答えているが、クラウディアの問いへの答えにはなっていない。

「いえ、そうではなくて。随分と丁寧な態度だったので驚きました」

「普段のカムイの口調は、とても褒められたようなものではありませんからな。まあ、奴がそういう態度を取るのは親しい間柄だけです。その点は見逃してやってください」

 又、微妙に司教は話をはぐらかしている。

「そういう事ではなくて……。司教様にも、あまり丁寧な態度とは言えませんでしたね」

「戻ってきてから、ああいう口の利き方をするようになりました。両親に何を吹き込まれた事やら」

「嬉しそうですね」

 ここでディーフリートが話に割り込んできた。司教がわずかに見せた本心を見逃さなかったのだ。

「身内扱いされているという事ですから。儂はここの孤児は卒業した者も含めて皆、家族だと思っております。相手もそれを認めてくれているとなれば、喜びは隠せませんな」

 これも司教の本心だ。カムイには、卒業した者の事など知らないと、言っておきながら、本心は違っている。

「つまり、彼が丁寧な態度であればある程、彼にとって遠い存在という事ですね?」

 ただ、今、ディーフリートが知りたいのは、司教の心持ちではなく、カムイの態度についてだった。

「……それは分かりません」

 ディーフリートの問いに、司教は本心を隠す事になる。

「教えて頂けないでしょうか? 何故、先程カムイくんの態度を見て驚かれたのですか?」

「カムイに、あんな言葉遣いが出来た事を驚いたのです」

「……本当の事を教えて頂けませんか? 何を聞いても決してカムイくんの不利益な事にはしないと誓いますから」

「そう言われても……」

「私からもお願いします。私もカムイくんが、何であんな風に態度を変えたのか知りたいのです」

「態度を変えた?」

 惚けていた司教だったが、クラウディアの言葉に、つい反応してしまった。

「はい。これまではあの様な態度ではなく、もっと普通に接してくれてました」

「何と!? あやつは何を考えておるのだ!? 皇女殿下に向かって無礼な!」

 大げさに司教は怒ってみせている。自分が怒ってみせる事で、クラウディアへの無礼が、大事にならないようにと考えてのことだ。

「いえ、それは私の事を考えての事です。私は学院で身分を隠しておりますから」

「……気にされてはいないのですな?」

「もちろんです」

「それは良かった」

 クラウディアの言葉を聞いて、司教はほっとした顔を見せている。

「それで何を驚かれていたのですか?」

 何となく司教に話を反らされたような気がして、ディーフリートは、もう一度、同じ質問を司教に投げかけた。
 実際に誤魔化そうとしていたようで、ディーフリートの質問に司教は苦い顔になる。
 それでも、これ以上は誤魔化せないと考えたのか、ディーフリートに視線を向けて口を開いた。

「……ちょっと昔のカムイを思い出しましてな」

「昔のカムイくんですか?」

「あやつがここに来たばかりの頃です。何と言いますかな、慇懃に接して来るのですが、そこに全く感情の色が見えませんでした。その理由はカムイの境遇を聞いて、すぐに分かりました。当時のカムイは全てを信用していなかったのですな。周囲との間に見えない壁を作り、決して本音は見せない。だから、まるで人形を相手にしているようでした」

「今日のカムイくんが、その当時と同じに見えたと?」

「いや、皇族相手という事で、仮面を被ったのでしょうな」

「でも、今までのカムイさんは」

「非公式といえども孤児院への皇族のご来訪ですからな。あれもあれなりに孤児院に気を遣ったのではないかと儂は思います」

「そうですか」

 結局、本当の話は聞けなかった。クラウディアが納得している横でディーフリートはこう思っていた。
 こんな理由で、司教が、あんな風に顔色を変えるはずがない。ディーフリートは、驚きではなく、不安だと感じていた。
 何に不安を感じたのかは、司教の話と合せれば分かる。カムイはクラウディア、そしてテレーザとの間に壁を作る事に決めたのだ。
 司教から見れば、それはカムイが、皇国の皇女に不審を抱いているという事になる。さすがに不安を感じずにはいられないだろう。
 ディーフリートにとっては、うまくクラウディアに乗っかったつもりであったが、それはどうやら失敗だったようだ。
 救いは、自分への態度が変わっていない事。カムイとの関係に、前進も後退もなし。今日の所はこういう事だ。
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