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魔王の器 作者:月野文人

第一章 皇国学院編

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呼び出しを受けました

 ルッツを餌にして、情報収集を図ろうとしたカムイたちの思惑は、ほぼ失敗に終わった。
 剣については人並み外れた才能を持つルッツだが、いかんせん二つの勢力の間を行き来して情報収集を図るなんて、器用な立ち回りが出来る性分ではなかった。熱心な勧誘にすぐに辟易してしまい、カムイが認めない限り、そんな事は出来ないと言い放ってしまう。
 その間、わずか二週間。ルッツが集められた情報はないに等しい。しかも、ルッツがそんな事を言ったものなので、話はすぐにカムイの所にやってきた。
 一度話をしたい。東方伯家のヒルデガンドと西方伯家のディーフリート、双方からの使いがやってきて、これを告げる。しかも、申し合わせたかのように同じ日に。断ろうとも考えたが、二人と話せる機会などこれを逃せばないだろうと思って、カムイは指定された場所に向かった。
 向かったのは、学院の課外活動を行っているグループの部室がある校舎の一室。誰が名づけたものか、通称、姫百合の間。ヒルダ派が集うサロンだ。

「いつの間に、こんな物まで用意したんだ?」

 その部屋の前に来て、カムイは呆れた。いくつもの部室が並ぶフロアの一角にある、その部屋の前には、東方伯家の紋章である百合を描いた小さな旗が飾られていた。自家の勢力を誇示する為としか思えない。
 それを見て、正直引き返したくなったカムイであったが、今日逃げても、また呼び出されるのは分かり切っている。覚悟を決めて、ドアを叩いた。

「入れ!」

 中から聞こえてきたのは男の声。形式張った、その対応に苦笑がもれる

「失礼します」

 扉を開けて、中に入ると部屋の中央には、大きなテーブルが置かれていた。その周りを囲む生徒たち。一番奥に見えるのがヒルデガンドだ。

「どうぞ、お掛けなさい」

「はい」

 カムイが示されたのは一番入り口に近い下座。ヒルデガンドとは、随分と距離がある。

「カムイ・クロイツ殿ですね?」

「…………」

「カムイ・クロイツ殿ですよね?」

「直答しても?」

「はい?」

「いや、取次ぎの人を通さなければいけないのかと思いまして」

「そんな気遣いは不要です。私たちは学生ですよ」

「はあ、分かりました。カムイです。はじめまして」

 ヒルデガンドの左に座る生徒が、わずかに苦笑している以外、反応している者はいない。カムイの皮肉は、他の生徒には通じなかったようだ。

「はじめまして。私がヒルデガンド・イーゼンベルクです」

 青い瞳をまっすぐにカムイに向けて、にっこりと微笑みながら、ヒルデガンドは名乗った。誰もが魅了される、とびっきりの笑みだ。

「知ってます」

 当然、そんな笑みに心を動かすカムイではない。それが何かという態度で返事をした。

「そう……。それは良かったわ」

 やや、がっかりした様子を見せるヒルデガンド。向けられた笑顔が意識しての事である証明だ。

「それでお話というのは何でしょうか?」

「少し、お話をしたくて呼びました」

「はい。その話とは?」

 カムイとしては、とっとと話を終わらせて次に行きたい。そう思って、いきなり本題に入るように求めたのだが、この思いは、ヒルデガンドには届かなかった。

「怪我は大丈夫ですか?」

 遠回りな会話のやり取り。直接的な物言いは貴族としてみっともない。そうヒルデガンドは教え込まれているのだ。

「はい。もうすっかり」

「聞きました。実家の手の者だったそうですね」

「いえ、違います」

「えっ? 私はホンフリートの謀略と報告を受けていますよ?」

 そう言うヒルデガンドの視線は、左隣の生徒に向いている。

「ヒルデガンド様。彼は自分の実家はホンフリートではなく、クロイツ子爵家だと言っているのです」

「ああ、そういう事ですか。そうですね、これは私が間違っていました。お詫びしますわ」

「いえ、お気になさらずに」

 少なくとも、自分の過ちを、素直に詫びる器量はあるようだ。カムイのヒルデガンドへの評価が、わずかにあがった。

「災難でしたわね。聞く限りでは自業自得も良いとこです。自分たちの所業が招いた事で貴方を恨むなんて」

 始祖が創立した皇国学院の中で起こった事件とあって、その調査は迅速かつ徹底したものだった。犯人はすぐに捕まり、厳しい尋問の末、ホンフリートから金を掴まされてやった事だと自供した。
 動機は全く馬鹿げたもの。カムイを勘当した事で、ホンフリート家は他家の多くから絶縁を言い渡された。カムイの母親であるソフィアの名声は亡くなった後も衰えていなかったのだ。
 それを知ったホンフリート家は焦って、カムイを自家に戻そうと考えたが、その時にはとっくにカムイはクロイツ家の養子になっていた。そうなるともうホンフリート家にはどうしようもない。
 他の貴族に絶縁を言い渡されるような家と取引する商人などいない。放蕩によって、溜まっていた借財の返済を迫られ、財産を片っ端から処分する事になった。それでどうにも立ち行かなくなって、いよいよ破産かという時にカムイが学院に戻ってきたことを、ホンフリート家の人間は聞きつけた。
 自家がこんな目にあっているのに、のうのうと学院に戻ってきたカムイに恨みは向かった。ただの逆恨みだ。
 殺しては、自家が疑われるのは分かっている。狙いは、カムイが勘当に値するような人間だと周りに思わせること。カムイは立会いに勝つために、毒を仕込むような卑劣な人間。こんな筋書きだった。

「そういう家ですから」

「ホンフリート家は断絶になります」

「そうですか」

「……良いのですか? ひどい家とはいえ、血の繋がった祖父や叔父、いとこ達がいるのですよね?」

 カムイの反応は、ヒルデガンドが望むものとは異なっていた。

「ホンフリート家を出るときに約束しました。今後一切、お互いに関わらない。血の繋がりも、その時に絶ったつもりです」

「そう。では断絶で決まりですね?」

「当然です。始祖の創られた学院で不祥事を起こすなど、皇国の貴族として許される所業ではありません」

 心にも無いことを口に出すカムイ。ヒルデガンドの好みに合わせたつもりだ。

「そうですね」

 こう言われると、ヒルデガンドは同意しか出来ない。またヒルデガンドの視線が左隣の生徒に向かった。その視線を見て、カムイはヒルデガンドが何を言いたかったのか、ようやく分かった。つまり自分が口を利けば、断絶は免れるかもしれない。こう言いたかったのだ。
 さすがに実家の断絶となれば、カムイも穏やかではいられないだろうとヒルデガンドは考えていた。それを止めることで、カムイに恩を売りたかったのだろう。
 貴族らしいやり方。素直にルッツを譲ってくれと頭を下げる事が出来ないのだ。こうカムイは判断した。当然、評価は下がる。

「お話はその事でしょうか? 関係ない家の事とはいえ、処分について教えて頂いた事には感謝致します」

「いえ、大した事ではないわ」

「では、これで失礼致します」

「ああ、私からも話したい事があったのだけど良いかな?」

 席を立とうとしたカムイに、ヒルデガンドの左隣に座っていた男子生徒が声を掛けてきた。ヒルデガンドが、うまく話を切り出せないので、見かねての事だろう。

「失礼ですが?」

「マティアス・シュナイダーだ。よろしく」

「こちらこそ、よろしくお願いします。それで話とは?」

「先日、君が怪我した時だ。君の所のルッツくんと手合わせをした」

「そうですか」

「見ていなかったのかな?」

「すみません。同級生がうるさくて、見ている余裕が無かったのです」

 半分は本当で、半分は嘘。セレネとやり合っていたのは本当だが、そうでなくても、見てはいなかった。

「そうか。じゃあ、結果は?」

「知りません」

「おいおい。部下の結果くらい聞いておきなよ?」

「そうですね。今度からはそうします」

 ルッツが、本気で立ち会った時の結果であれば。この言葉は、口にする必要のない事だ。

「彼、強いね」

「マティアスさん程ではないのでは?」

「私の事を知っているのかな?」

「いえ。でも、ヒルデガンドさんの強さは知っています。そのヒルデガンドさんにマティアスさんは信頼されているように見えました」

 ヒルデガンドは、何度も視線をマティアスに送っていた。その様子を見ていれば、誰でも分かるくらいに。

「そうか。……敬語はいいよ。君と私は、実家の爵位は変わらない。年も同じはずだ」

「いえ、友人以外には、言葉遣いに気をつけるようにしています。気にする方もいますので」

「私は気にしないけど」

「そう簡単に切り替えは出来ませんので、お気になさらずに」

 カムイは全く、マティアスに取り付く島を与えない。個人的には親しくなれそうだとは思っているのだが、マティアスが、ヒルデガンドの最も信頼する側近であることは明らか。あまり馴れ合っては、碌な事にならないとの判断だ。

「じゃあ、仕方がないか。それでルッツくんだけど、一応は私が勝った」

「やはり、強いのですね?」

「少しの差だ。一手間違えれば私が負けていたと思うな」

「そうですか。そう言ってもらえるとルッツも喜びますね」

 勝敗は紙一重とマティアスに思わせた事を。駆け引きには、不器用なルッツも、剣に関して違っていた。

「そのルッツくんだが」

「ルッツが何か?」

「聞いていないかな? ヒルデガンド様に仕えてもらえないかと誘っている」

「ルッツは私の臣下ですが?」

「ああ、それは悪いと思っている。だから、今日こうして話をしている。君の許しを貰えないかと思ってね」

「何故、ルッツを求めるのか。理由を聞いてもよろしいですか?」

 問いを発したカムイの視線は、ヒルデガンドに向いている。

「東方伯家の者として、優れた者を求めるのは当然の事です」

「そうですか。でも無理ですね。ルッツは私の部下でもありますけど、その前に友人です。私に話をしてきたという事は、ルッツは断ったのですよね? 私は友人の意思を尊重したいと思います」

「でも友人であれば、尚更、相手の将来を考えるべきではなくて?」

 ヒルデガンドの言葉に、マティアスが苦い顔をしている。良い答えではないと思ったのであろう。実際に最初の答えの時点で、カムイはヒルデガンドへの評価を決めてしまっている。当然、最低の評価だ。

「どういう意味でしょうか?」

「私に仕えるという事は、東方伯家に仕えるという事です。彼にとっては、栄転だと思いますよ」

 予想していた通りの答えではあったが、はっきりと口にされると、気分の良いものではない。クロイツ子爵家よりも、イーゼンベルク東方伯家のほうが上、そう言われているのだから。

「ヒルデガンドさんは、東方伯爵家を継がれるのですか?」

「……いえ、実家は弟が継ぐ事になります」

「では、ルッツは東方伯家に仕える事にはなりませんね? 仕える家がないという事は、栄転と呼べるのでしょうか?」

「貴様! ヒルデガンド様に対して無礼だぞ!」

 今度は右隣の男子生徒だ。声からして部屋に入るときに入れと怒鳴った生徒だと分かった。こちらはマティアスに比べて、あまり仲良く出来そうもないという印象だ。

「これは失礼しました。ヒルデガンド様、ご無礼をお許しください」

 内心を表に現さず、素直に侘びの言葉を告げるカムイ。またマティアスが苦笑いしている。わざわざ様付けした事に気がついたのだろう。

「いえ、かまいません。……すぐに結論とは言いません。少し考えてみてください」

 自分の質問には答えていない。そう思ったが、もう話をする事にカムイは辟易している。

「分かりました。お言葉は胸に留めておきます。では、今度こそ、失礼してよろしいですか?」

「ええ。こちらの話は以上です」

「では」

 席を立って、出口に向かう。部屋を出る所で振り返って一礼したが、カムイに目を向けている者は、マティアスだけだった。
 マティアスが軽く頭を下げているのを見て、カムイもまた、もう一度、マティアスだけに向かって頭を下げて、部屋を出た。

(……疲れるな。まあでも大体分かった。良くも悪くも貴族とは、こうあるべきって感じだな。そして警戒すべきはマティアスって人か。もったいない。どう見てもあの人のほうが人の上に立つ人材だと思うけどな。さて、次か)

 ヒルデガンドが終わっても、まだディーフリート・オッペンハイムが残っている。かなり憂鬱な気持ちになりながらも、ディーフリートの待つ部屋に向かった。
 カムイにとっては残念だが、目的の場所は直ぐそこだ。ディーフリートの待つ部屋は、同じフロアの反対側にある。ほんの数分でカムイはそこにたどり着いた。気持ちを切り替える時間もない。

「またか」

 案の定、その部屋の前にも西方伯家の紋章旗が飾られていた。東方伯家が赤地に百合と剣を描いたものであれば、こちらは青地に鷹と剣。なんとも言えない気分になった。
 気を取り直して、扉を叩く。すぐに扉が開いて、中にいた生徒が問いかけてきた。

「どなたですか?」

「カムイ・クロイツです」

「お待ちしておりました。中にお入りください」

 同じ方伯家でも応対の仕方が違うんだな、こんな事を思いながら、カムイは、部屋の中に入る。

「ディーフリート様、カムイ・クロイツ殿がいらっしゃいました」

「ああ、席に案内して」

「はっ。どうぞ、奥へ」

 促されるままに奥に入ると、突き当りに大きな机、その前に向かい合った形で、ソファーが置かれていた。

「どうぞ。ソファーに掛けてくれ」

 机の椅子に座っていた男子生徒が声を掛ける。名を聞くまでもない、ディーフリートだ。そのまま、ディーフリートは席を立って、カムイの正面に座った。

「こうして向かい合うのは初めてだね。僕はディーフリート・オッペンハイム。わざわざ来てもらってすまない」

「いえ。カムイ・クロイツです」

 同席する者は誰もいない。それとなく辺りを窺うと、他の生徒は皆、壁沿いに置かれた机に座って何かをしている。

「ああ、彼らの事は気にしないでくれ。彼らは自分の勉強で忙しいんだ」

「そうですか」

「君も忙しいだろうから、早速話に入ったほうが良いね?」

「出来れば」

「本人から聞いていると思うが、君の所のルッツくんに僕の所に来てくれないかと誘っている」

「はい。でも、ルッツは私の臣下ですが?」

「すまない。本来はまず君に話を通すべきだったのだが、こちらもちょっと焦ってしまってね。ヒルデガンドの所も誘っている事は?」

「知っています。それに今、そのヒルデガンドさんと話をしてきた所です」

「あっ、しまった。また先を越されたか……」

 大貴族の子弟とは思えないような気さく雰囲気を、カムイは、ディーフリートから感じた。

「すみません。あちらの方から先に連絡が来ましたので」

「そうか……。話の内容は聞いても良いかな?」

「ディーフリートさんと同じです。ルッツを譲れと言われました」

「だろうね。それで結果は?」

「お断りしました。あちらは諦めていないようですが」

「そうか。それは喜ぶべき事だろうけど、僕が同じお願いをしても結果は同じかな?」

「お聞きしても良いですか?」

「どうぞ」

 返事は決まっているのだが、カムイは、ヒルデガンドにした質問を、ディーフリートにもする事にした。為人を知る為だ。

「何故、ルッツを求めるのですか?」

「ああ、そうだね。まずは、それを説明するべきだった。君は学院で行われる競技会を知ってるかい?」

「競技会ですか?」

 全く予想と違う話の内容に、少し戸惑うカムイ。

「知らないのか。学院では年に一回、競技会が行われる。もっとも中等部の参加は二年生からだ」

「はあ」

「競技会というのは、要はどのグループが一番強いかを競う剣技大会だ。一チーム五人で、トーナメント方式で行われる」

 競技会は、その世代の最強チームを決める大会。学院内のイベントとはいえ、武を誇る皇国では、学外からの注目度も高い。

「そのチームにルッツをですか?」

「そう。僕が西方伯家の人間であることは知ってるよね?」

「もちろん」

「中々面倒なんだ。大貴族の息子というのもね。その大会で良い成績を残せるかどうかは、家の面子に関わってくる」

 出場チームは、有力貴族家の看板を背負う形になる事が多い。そうなると、その勝敗は、実家にまで関わってしまうのだ。

「はあ、そうですね」

 カムイには、全く興味のない内容だ。

「呆れられたかな? 一応言い訳させてもらうけど、ただ家の為ってだけじゃない。家の名誉を高めれば、その分、僕の実家での発言力も増す。……言い訳になっていないか。これじゃあ、ただの自分の欲の為みたいだね?」

「そうですね」

「……割と、はっきり言うんだね」

「あっ、すみません」

「いや、良いよ。事実だから。でも、今度は本当に言い訳させてもらおう。西方伯家は皇国の中でも、それなりの発言力を持っている」

「はい……」

 それなりどころではない。皇国における四方伯家の影響力は、他家とは桁違いに大きい。皇帝でさえ、四方伯家を全く無視しては物事を進められないのだ。

「実家での発言力が強まるという事は、皇国での発言力も強まるという事だ。まあ、先の話だけどね。それでも将来の為に、出来ることはしておきたい」

「発言力を強めてどうするのですか?」

 言い訳をすると言いながらもディーフリートは中々、話を進めない。それに焦れたカムイは、やや突っ込んだ質問をしてみた。

「……君は今の皇国をどう思う?」

 返ってきた言葉は、想像以上のもの。ディーフリートもかなり踏み込んできたようだ。

「私はまだ学生です」

うかつに答えられる質問ではない。とりあえずはカムイは、はぐらかしてみた。

「……そうだね。君の立場で答えられる質問じゃあなかった。僕が話そう。僕は今の皇国は良くない方向に進んでいると思っている」

「良いのですか? そんな話をして」

「事実だ。それにどうやら君は本心を隠していては、何も応えてくれない人間のようだ。君を知るには、まず自分を曝け出す必要があるだろ?」

「そんな事は……」

 正確には、カムイは、相手に曝け出されても、自分は晒さない人だ。

「続けよう。僕はそんな皇国をなんとか出来ないかと考えている。その為には、僕という存在を実家だけでなく、皇国に認めさせる必要があるんだ。具体的に何をするかは話せない。そもそもまだ、どうすればいいか、悩んでいる所だからね。とりあえず競技会で勝つことは、その為の一つの手段だ」

「そうですか。おおよその理由は分かりました」

「分かってもらえて嬉しいよ」

「でも、ディーフリートさんの所には、既にそれなりの方々が揃っているのではないですか?」

 東方伯家のヒルデガンドが居るのは分かっているのだから、西方伯家は、対抗する為に、それなりの人材を付けているはずだ。

「ああ、信頼できる者たちはいる。だが、競技会に勝つとなれば、今の仲間では無理だ」

「ヒルデガンドさんの所には勝てませんか?」

「ヒルデガンドとオスカー。両方だよ。この二人に僕は勝てない」

「団体戦ですよね?」

「二番目、三番目も勝てないんだ。ヒルデガンドの所には、マティアスとランクの二人がいる。残念ながら、この二人にも僕の陣営で勝てるものはいない。残り二人が勝っても、二対三でこちらの負けだ。そしてオスカーの所は、オスカー以外には突出した者はいないが、全体的に強い。全員、騎士の家系だからね。こちらは勝てても二人。やはり負けだ」

「組み合わせを考えれば良いのでは?」

 わざわざ勝てない組み合わせで、正面から戦う必要はない。お互いの力量を比べて、勝てる組み合わせを考えれば良いのだ。
 カムイは、こう考えたのだが。

「実際の戦争だったらそうする。でも、競技会は名誉を掛けた戦いだからね。組み合わせの順番は、先鋒から強い者順というのが約束事なんだ」

「……意味のない大会ですね。最初から結果が分かってる」

「僕もそう思うよ。でも仕方がない」

 貴族である為の約束事。ディーフリートもヒルデガンドも、縛られているという点では同じかと、カムイは思った。

「……二年以上先の話ですよね? これからまだ他の人も強くなるでしょう?」

「その分、向こうも強くなる。実際に今の戦力で満足せずに、ルッツくんを勧誘しているだろ?」

「戦力の奪い合いですか……。たかが競技会で、なんて言ったら怒られますよね?」

「怒りはしないけど、僕にとっては大切な事だ」

「少なくともルッツがヒルデガンドさん、それにオスカーさんの所に行くことはないです。それで満足してもらえませんか?」

「残念ながら。現状維持で困るのは僕の所だからね」

「しかし、困るのはこちらの方なのです」

「まあ、大切な臣下だからね」

「それもありますが、ディーフリートさんの所にルッツが行けば、ヒルデガンドさんに睨まれます。それは逆でも同じですよね? 方伯家に睨まれるような事態をこちらが望むわけがありません」

「……それについては僕がなんとかする」

「それはディーフリートさんに実家ごと、賭けろという事です。私が判断できることではありませんし、父はそういう事は望まないでしょう。辺境伯領が皇国内での中立を望むことはご存知ですよね? 中立という表現は正しくありませんね。辺境領はあくまでも皇帝陛下の直下にあります。そういう領地なのですから」

 辺境領主が、どこかの貴族家の従属貴族になることはない。辺境領とは皇帝直轄地とほぼ同等の扱いなのだ。貴族家の人間が送られてきても、それはあくまでも皇国の役人としての立場であって、必ず一定の任期が過ぎると入れ替わることになっている。
 特定の貴族家が辺境領に影響力を持つには、婚姻という手段しかない。それ故にセレネのような状況は狙われることになるのだ。

「……そうだね」

「正直、今の状況も困っています。どちらにも付かなくても良い印象は持たれないでしょうからね」

「僕のほうは大丈夫。根に持つことは決してしないと約束しよう」

 これはディーフリートがルッツの勧誘を諦めたことを意味する。とりあえず片方が片付いたことで、カムイは内心ほっとした。

「お願いします」

「でも一つだけお願いがある」

「……何でしょうか?」

「これっきり付き合いを止めるというのは無しにしてもらえないか?」

「どういう意味でしょう?」

「実は僕は君にも興味を持っていたんだ」

「……私ですか?」

 どこで失敗したのか。頭の中で、カムイは考えている。この答えは、直ぐにディーフリートが教えてくれた。

「君が怪我をした時の行動さ。君は周りが思っているような人間じゃないよね?」

「何かしましたか?」

「あんな状況で、よくあの行動が取れたなと思って。ルッツくんと、もう一人。たしかアルトくんだったね? 二人の初動もすばやかったけど、ほとんどは君の指示だよね? 剣に毒が塗られていることが分かって、すぐに君は暗殺を想定した。だから信頼出来る者以外を近づけようとしなかったんだよね?」

「たまたまです」

 周りを気にする余裕はなかったとはいえ、それで目を付ける者が出たという事実にカムイは内心で大いに反省している。それでも表面上は、そんな気持ちを見せることなく、惚けてみせた。ディーフリート相手では恐らく無駄だと分かっていても。

「それにその後の治療。どうして君は、毒に対する治療法なんて知っていたのかな?」

「それもたまたまです」

「そしてなによりも今日話して確信した。君は頭が切れる。その上、僕が皇国の批判をしても、顔色ひとつ変えなかった。噂に聞いた君と、目の前の君は僕には別人に見えるよ」

「頭が切れるのはそちらの方でしょう? そうやって、私を煽ててどうしようというのですか?」

「……これでも駄目か。やっぱり君の本当の姿を知るには時間が必要のようだ。だから、その時間を僕にもらえないかな? 君の正体を暴く時間じゃない。君に僕という人間を知ってもらう時間だ」

「……ディーフリートさんは随分と人たらしですね? 中々にうまい表現です」

「それは褒められているのかな?」

「ええ、褒めてますよ。さて随分と買い被られているようですが、良いでしょう。別にこちらから避けるような真似はしません。私の事を知れば、失望することは分かっていますから」

「そうは思えないけど、今はその約束をもらえただけで満足するべきだね。じゃあ、これからもよろしく頼むよ」

「出来る範囲で」

 拒否しなかっただけで、親しくなる事を認めたつもりは、カムイにはない。

「……本当に慎重だね」

「そういう性格なのです。ではこれで失礼しても?」

「ああ、時間を取らせてすまなかった」

 席を立ち、扉に向かうカムイ。カムイが手をかけるまでもなく、近くにいた生徒が扉を開けてくれた。
 振り返って一礼しようとすると、ディーフリートが軽く手を振っている。それに苦笑いで応えて、カムイは部屋を出た。

「これは又、とんでもないのがいたな」

 部屋に出て思わずカムイの口から呟きがこぼれた。
 ディーフリートの印象は、正に人の上に立つべき者。西方伯家でさえ、ディーフリートには相応しくないと思えた。
 それ以上となれば……、ディーフリートは、そうなる可能性を持っているのだ。最大の危険人物になるかもしれない、その人に何故かカムイは危機感よりも安心感を持った。
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