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魔王の器  作者: 月野文人
第三章 皇国動乱編
125/218

迷える皇国

 アーテンクロイツ共和国との外交交渉を続けている皇国だったが、その成果といえば、東部辺境領主との停戦合意のみ。

 停戦合意といっても、皇国が軍を引き上げた後では、何を決める訳でもない。ただ、お互いに何の要求もしないという事をアーテンクロイツ共和国を仲介役として合意しただけで終わった。

 それは、いつでも戦争が再開出来るという事でもある。皇国にとって、それが良いことなのか、皇国側の誰も判断がついていない。

 ただ、休みたい。王国との戦争から休む間もなく戦い続けていた皇国の気持ちはそれだけだった。

 もっとも休めるのは一般兵たちだけで、皇国の上層部は目が回るほどの忙しさに追われている。


「南方の情勢で分かった事を報告します」


「うん、お願い」


「南方伯は変わらず、皇都への召喚を拒否しています。少し探りを入れ過ぎたのかもしれません。南方伯もこちらが気が付いた事が分かっているようです」


「そうだとすると?」


「もう引くに引けないという所でしょう。南方伯は皇国から完全に離れたと考えて、今後の対応を考えるべきです」


「討伐するって事?」


「今は無理です。軍はまだまだ休ませる必要もありますし、再編も終わっていないはずです」


「でも、それじゃあ」


「南方伯が皇国側に攻めてくる可能性は極めて低いです。心配はいりません」


「どうして可能性は低いの?」


「それを南方伯が行えば南部辺境領主反乱軍が、南方伯領に攻め込みます。南方伯は自領を離れられないのです」


「その南部辺境領主はどうなのだ?」


 オスカーが問いを発してきた。オスカーが個人的に気になるのは、南方伯よりも、南部辺境領の方だ。


「南方伯家が邪魔で中々に情報が届かないが、かなりの部分が反乱側に染まっているようだ。中心となっているのはエリクソン家。セレネ・エリクソンの所だ」


「またカムイ絡みか」


 セレネの名が出てきた事で、オスカーがうんざりした顔になる。


「今更言うな。辺境領主へのカムイの影響力はこちらの想像以上だった事は分かっているだろ?」


「それは分かっている。だが、辺境領の中心となっているのは、全員が皇国学院の同学年だ。それが不思議でならない」


「黄金の世代と呼ばれていたのは正しかった。ただ、範囲を間違えていただけで」


「……悪かったな」


 黄金の世代の代表の一人はオスカーだ。今、これを言われるとオスカーには嫌味にしか聞こえない。


「別にオスカーを卑下している訳じゃない。それだけの人材がいた。そう言っているだけだ」


「奇跡だな」


「いや、半分は必然だ。そういった優秀な人材をその学年に引きつけたのが、オスカーたちだ」


 ケイネルも又、そういった者の一人だ。この辺の事情は良く分かっている。


「落としたり、持ち上げたり」


「だが、皇国にとっての最大の不幸は、そこにカムイまでいたという事だ。これは良くない偶然だ」


「そうだな」


 この考えは間違いだ。皇国にとっての最大の不幸、というより、過ちはカムイを敵にしてしまった事だ。

 もっとも、これが今分かっても、何の役にも立たない。


「昔話はもういいだろ。今の話に戻る。南方はしばらく様子見だ。すでに制御下にない状況では、これ以上は悪化のしようがない。注意するのは南方伯領が攻め込まれた時だ」


「南方伯は南方伯のままか?」


 方伯爵の爵位は皇国が与えたもの。皇国に背いたのであれば、それを剥奪するべきだと、オスカーは思っている。


「それについては考えた。爵位の剥奪だけでなく、従属貴族の引き離しもな。だが今それをやれば、南部辺境反乱領主を助けるだけだと判断した」


「なるほどな」


 南方伯は南部辺境反乱軍の抑えでもある。その力が弱まれば、南部辺境反乱軍が喜ぶ事にもなる。今の皇国には南方に軍を向ける余裕はないとの判断だ。


「次が西方。こちらも良く分からない。西方伯家からあまり情報が上がってこない」


「おい、まさか?」


「いや、それはないと思う。西方は静か過ぎるのだ。軍を動かしている様子が見られない」


「辺境領は安定しているのか?」


「どうやら、そのようだ」


「それは良い事だな」


「そうなのだが、一応、情報収集は続けておく。次が北方。これも又、動きがない。北方伯家からの報告では反乱の気配も見られないとの事で、何も動きようがないそうだ」


「それも良い事なのか?」


 さすがにこれについてはオスカーは楽観出来ない。北部辺境と共和国の距離は近い。東部と同じくらいの影響力を共和国が持っていても不思議ではない。


「共和国が交渉中なので動かないだけかもしれない。決裂すれば、北方は荒れる可能性が高い」


 ケイネルも同じ考えだ。


「そうか。その共和国との交渉はどうなのだ?」


「思わしくない。交渉を打ち切る気はないようだが、纏める気があるとも思えない」


 共和国側は東部辺境領主との停戦合意に少し動いただけで、後の事は全く動いていない。皇国から見て、外交態度は相変わらずだった。


「その意図はわからないのか?」


「王国との歩調を合わせるつもりかもしれないが、それだけでは交渉を引っ張る意味が分からない。交渉を打ち切っても、こちらが攻め込む事が出来ないのは分かっているはずだからな」


「まだ何かを恨んでいるのか?」


「思いつくのは国名を変えていない事くらいだな。共和国には伝えてあるが、正式に発表されるまでは信用されないのかもしれない」


「いつ発表するのだ?」


「それは陛下の即位式の時と決めてある。それの準備がな」


「滞っているのか?」


「陛下の前では……」


 クラウディアに話しづらい事情がある。


「えっ、良いよ、別に私は気にしないよ」


 とりあえず、言葉ではクラウディアはこう言う。これが嘘である事はケイネルには分かっているのだが、これで話せないとは言えなくなる。


「……では。招待客の問題です。先帝の時は、王国も招待に応じています。それによって王国の向こう側にある東部諸国連合からの来賓も王国南部の諸国の使者も参加出来ました。ですが、今回は招待しても応じるかどうか。王国が応じなければ、外国招待客の数はかなり少なくなります」


「ええっ、酷い。それじゃあ私が人気がないみたいだよ」


 個人の人気の問題ではなく、皇国と他国の力関係の問題なのだが、クラウディアにとっては理由など関係ない。


「気にしないと……。まあ、こちらは気にしないで話させて頂くと、国内の招待客も少なくなります。南方からはほとんど参加しないでしょう。東方もかなり減ることが予想されます」


「……最悪だね」


 戦乱の最中だ。多くの来賓を期待するほうがおかしい。


「但し」


「何?」


「アーテンクロイツ共和国がもし招待に応じた場合、話は変わるかもしれません。辺境領を外国の招待客として扱うのは、癪ですが、数は揃います。それに停戦から一歩先に進むきっかけになるかもしれません」


「一歩先って?」


「東部辺境領主とは最終的に軍事的な同盟関係を結びたいと思っております。王国からの侵攻の盾とする為です。盾は言い過ぎですね。連合を組んで戦う為です」


「そっか」


「その為には、深く刻まれた溝を少しずつ埋めていく必要があります。そのきっかけを即位式を利用して作りたいのです」


 東部辺境領主は交渉事は一切、共和国に任せて、交渉の場に立とうとしない。これも皇国の悩みの種だ。

 これを打破するきっかけとケイネルはしたかった。 


「じゃあ、結局、カムイさんと仲直りするのが一番だね」


「カムイ王と」


「良いじゃない。公式の場じゃないのだから」


「では公式の場ではちゃんとお願いします。それで結局の所、結論は国名の変更を後にして、アーテンクロイツ共和国と友好を結びたいが結べない。そういう事です」


「困ったね……」


「困りました」


「じゃあ、ちょっと使者を変えてみる?」


「それに何の意味がございますか?」


「もっと親しい人にするとか」


「カムイ王と親しい者で、皇国に残っている者というと……。オスカーか?」


 学院の同学年というだけで親しくはない。ただ、個人的な悪意も持たれてはいないというだけだ。


「無茶を言うな。自分が行っても、ただ転がされるだけだ。それに親しいとまで言える仲ではない。ケイネルの方が余程、接点が多かっただろ?」


「私は色々と反発があったから」


 ケイネルの場合は、親しいどころか、仲が悪いといえる関係だ。それもケイネルが一方的にカムイを敵視しての事。


「そのせいではないか? 交渉が進まないのは」


「それを謝罪して交渉がまとまるのであれば、いくらでも謝罪する。だが、それは無駄だ」


「何故だ?」


「謝罪したくなくて言っている訳ではないからな。カムイ王には昔から一つの癖というか、こだわりがある」

 

「それは何だ?」


「他人の呼び方、口調を相手への親密度によって変える。信頼度とも言える」


「気付かなかった」


 ずっとカムイを意識してきたケイネルだからこその気付きだ。一方でオスカーは、カムイが話している場に居る事もほとんどなかった。気づかなくても仕方がない。


「ヒルデガンドがヒルダ。ディーフリートがディー。セレネはセレと愛称のように呼んでいた。しかも、有力貴族家の子弟の二人に敬語も使わなくなっていた」


「なるほど、親しい者は愛称か。確かに自分はさん付けの敬語だったな」


「俺も最初はそう思ったが、実は違う」


「ん?」


「オットーはいつからか本名の呼び捨てになった。辺境領主の同級生でいうとラウール、トリスタン、カルロス、そしてアレクシス。同じ辺境領主の子弟でも差をつけていた」


「今のカムイ王に近い者ばかりか。つまり呼び捨てが一番信用されている証」


「そうだ」


「よく分かったな」


「当時は競争相手として、かなり意識して、言動を追っていたからな」


「しかし、ひとつ疑問がある。ヒルデガンドは何故、愛称なのだ?」


「それが分かった事で気づけたのだ。ヒルデガンドとは、カムイ王はぎりぎりで一線を超えないようにしていたのだと思う。親しいという意味ではもっとも親しかったと思うが、カムイ王にとってヒルデガンドは政敵となるテーレイズの婚約者だったからな」


「なるほど。辻褄は合っているな」


「余談だな。皇国に残っていて呼び捨てにされていた者を私は知らない」


「俺は……、やはり知らん」


「敬語を使わない相手は?」


 クラウディアには一人心当たりがある。他の二人も知っているのだが、まず思い浮かばない人物だ。


「まあ、それなりと言う事でしょう」


「一人知ってるよ」


「そんな者が皇国にいましたか?」


「二人共、よく知っているけどな」


「……いや、それは。あれは仲が良いとは正反対の関係ではないですか」


 ケイネルにはクラウディアの言っている人物が分かった。分かったが、それは到底、今、話していたような条件の人物ではない。


「でも、時々、敬語使ってなかったよ」


「口喧嘩の時です」


「でも、私は試して見ても良いと思うけどな」


「かえって反感を買います。昔と違って今は一国の王です。不敬を問われて罪に落とされても文句は言えません」


「良いと思うけどな?」


「……まさか、そうなっても良いと?」


「えっ、何が? 私は仲直りして帰ってくると思っているよ。それに怒らせているなら、少しくらい罰を受けても仕方ないよ。それでカムイさんの気が済むなら」


「気が済めば……。本当によろしいのですね?」


 クラウディアの心を読めないケイネルでも、隠れた言葉の意味を理解する能力はある。理解出来るように、踏み込んでクラウディアが話しているおかげもあるが。


「もちろん。私はカムイさんと仲直りしたいの」


「分かりました。変な約束をさせられてきては困りますので、非公式での友好の使者という体裁でよろしいですか?」


「そうだね。外交なんて出来ないもの」


「すぐに手配致します。では共和国については、その結果も受けてという事で」


 ケイネルも成功するとは考えていないが、膠着状態を動かすきっかけになれば程度の期待はある。それだけ共和国との交渉に行き詰まっているという事だ。


「次は軍の方です。まずはオスカー」


「ああ、皇国騎士団の再編はまだまだ途上だな。予定通り、実戦経験が豊富な騎士を集めた精鋭部隊を編成した」


 対共和国軍、それも魔族部隊を意識した部隊だ。東方で共和国軍を目の当たりにしたオスカーは、真っ先にこの部隊の編成にとりかかっていた。


「戦えるのか?」


「まだ集めただけ。鍛えるのはこれからだ。ただ残りの部隊の問題が大きくてな。新騎士訓練も終わっていない新人と、騎士学校からの早期編入組をかなり入れた事で、全く使い物にならない」


「それを使い物にするのが騎士団長の役目だろう」


「精鋭部隊を後回しにしてやっている。だが、そう簡単に部隊は育たない。基本訓練が終わったら、盗賊相手の実戦。それが終わっても、その後がな」


「……そうなるといっその事、西か北で反乱が起きて欲しくなるな。実戦に投入出来るのは、そこしかない」


「南は駄目か?」


 オスカーも実戦の場は求めている。実戦が軍を成長させる事を身をもって知っているのだ。


「さっき言った通りだ。南方伯を弱らせれば、すぐに南部辺境反乱軍。それが実戦調練の一貫で済むか?」


 南部辺境反乱軍の情報はほとんど入っていないが、カムイにもっとも近かった辺境領関係者、セレネが纏める反乱軍が弱いはずがない。


「済まないな。それは調練どころか、実戦でも最悪の部類。せっかく編成した部隊が崩壊する」


「そういう事だ。中央貴族に反乱でも起こさせるか?」


「過激な事を言うな。そもそも出来るのか?」


「起こさせる事は出来る。だが、治める自信はない」


「それは出来ないというのだ」


「まあ、そうだ。しばらくは今のままだな。そもそも実戦調練が必要な状態にもなっていないのだろ?」


「ああ」


「では騎士団はこれまで。次は魔導士団だな。マイケル」


 騎士団以上の問題が魔道士団にはある。それもかなり深刻な問題だ。


「うまくない」


「それは分かっている。どの点でだ? 統制が取れないのか、それとも、肝心の方か?」


「両方だ。魔導士団の実力主義は長年続いた伝統。そう簡単に意識が変わる訳じゃない」


「それについてはもっと深く説明してくれ。離反者はいないのだろうな?」


「それはどういう意味だ?」


「恍けるな! 皇国からマリーの元へ向った者はいないのかと聞いている!」


 失敗隠しをしようとしたマイケルにケイネルの堪忍袋の緒が切れた。魔道士の亡命、それは騎士のそれとはわけが違う。

 それを魔道士団長でありながら、マイケルは分かっていない。


「……いる」


「何故、それを報告しない!? こちらが分からないとでも思っているのか!?」


「すまない。しかし、それは俺のせいじゃない」


「では何のせいだ?」


「探究心だ」


「何だそれは?」


「共和国には魔族もエルフ族もいる。どちらも魔導についての知識はいくら我らが研究を重ねても及ぶものじゃない。それを堂々と学べる絶好の機会と思う者は少なくない」


「……もう一つの方を」


 魔道士の亡命の最大の問題は、魔導技術の流出。だがよく考えて見れば、マイケルの説明の通り、共和国の魔導は皇国よりも上だ。

 だからといって亡命を許せる訳ではないが、とりあえずケイネルは、話題を次に移すことにした。


「結論から言うと魔法融合の実現は不可能だ」


「辺境領主軍は実際にやっているではないか?」


「俺が指示する前に研究を行っていたそうだ。その研究の結論が魔法融合は不可能と出ている」


「説明になっていない。では何故、辺境領主軍は出来ている?」


「少し分かりにくい説明になる」


「構わない」


「魔法には属性がある。それぞれの属性は反発する事はあっても、融合する事はない。水と油を容器に入れて、混ぜても結局分離するのと同じような事だと考えてくれ」


「それで」


「異なる性質を持つ二つを融合するには、その二つだけでなく媒介となる物が必要になる。その媒介が生み出せない」


「何故だ?」


「媒介は属性を持っていてはいけない。属性を持っていれば反発して、そもそも媒介としての役目を果たさないからだ。そして魔法において属性を持たないものはない」


「まだ説明になってない」


「ここからは仮説だ。属性を持たない魔法があるとすれば、それは魔族が持つ魔法。闇魔法などと呼ばれている無となる魔法だ。つまり、魔法融合はそれを使える魔族がいないと実現出来ない」


「実は魔族も魔法を放っていた?」


「魔族が辺境領軍の全てに同行しているとは思えない。魔道具の利用ではないかと考えている。それほど大規模である必要はなく、少しでも融合を誘発させれば良いだけのようだ。ただ、これも仮説だ」


「なるほどな」


 魔道士の研究らしく、実に論理的で矛盾が感じられないものだ。だが、一つ、ケイネルは、これを報告したマイケルも忘れている。

 魔道士団にはマリーの影響力がかなり浸透していた事を、そして、そのマリーは今どこに居るのかという事を。


「実現には共和国の協力が必要。また話が戻った」


「魔法の幅、知識はやはり魔族に及ぶものではない。皇国魔導師団は決して共和国の魔導部隊には勝てない とまで結論付けられてしまった」


「だから、共和国に移る魔導士が出てくるか。なるほどな」


「分かってくれたか?」


「ああ、よく分かった。ご苦労だったな」


「ああ」


 ほっとした様子を見せたマイケルだが、これは少し早かった。


「もう魔導士団長は辞めてくれ」


「何だって!?」


「勝てないからと諦めるような者に魔導士団を率いてほしくない。魔法融合が不可能であれば、何故、別の方法を模索しない?」


「しかし」


「やはり、お前はマリーに遠く及ばない。マリーは魔法融合を使わなくても、それに近い魔法を身に付けているではないか」


「あれの才能は特別だ」


 才能で終わらせる所にマイケルの無能さがある。才能がなければ、努力と工夫で。カムイが広めた辺境領の魔法は、魔族の優れた力からではなく、この考えから生み出されたものなのだ。


「お前が出来なければ出来るものを探しだせ。それが上に立つ者の役目だ」


「そんな……」


「すでにお前の解任は陛下の了解を得ている。ご苦労だったな」


「へ、陛下?」


「ごめんね。マイケルさんには少し荷が重かったみたい。もう楽になった方が良いと思うの」


 いつものように、幼さを感じさせる雰囲気でマイケルに話すクラウディア。だが、この状況でマイケルがこんな態度に誤魔化される訳がない。


「……皇帝になったらもう用済みですか?」


「えっ?」


「マイケル! 口が過ぎる!」


 慌ててケイネルは、マイケルをたしなめる。だが、そんな事でマイケルの気持ちは治まらない。


「そうではないか! 元々、俺に魔法の才も人望もない事も分かっていたはずだ! そんな俺を魔導士団長に押したのは、ただ多数決の一票が欲しかっただけだ!」


「口が過ぎる!」


「俺は役目を果たしていた! どんな馬鹿な事だと思っても、全て賛成してきたのに!」


「出て行け! これ以上は不敬罪に問う事になる!」


「……皇国は終わりだ。こんな愚かな皇帝を」


「黙れ! 黙って部屋を出ろ!」


 ケイネルはマイケルに怒っている訳ではない。とにかくマイケルをこの場から離したいのだ。だが、残念ながら、ケイネルの思いはかなわない。


「マイケルさん。私は皇帝だよ?」


「だから何だ!?」


「皇帝に対する不敬は罪なの。ケイネルさん、可哀想だけどマイケルさんには罰が必要だね」


「……分かりました。衛兵!」


 クラウディアの口から不敬を咎められれば、それはもう公式に罰せざるを得ない。


「はっ!」


「マイケル殿を拘束して、自宅に軟禁しろ。罰は追って沙汰する」


 後はどれだけ罪を軽く出来るか。これは今すぐに出来ることではない。


「はっ! では、マイケル殿、こちらに」


 衛兵に連れられて、マイケルは会議室を出て行った。それを見送るケイネルとオスカーの心中は複雑だ。二人はマイケルが言った事が事実だと知っているのだ。

 そして、クラウディアが功臣を切り捨てる事が出来る人物だと知ってしまった。


「後任については、魔法師団からの推挙で決めます。実力を認められている者を選ぶべきですので」


「そうだね。それで良いよ」


「では、本日の会議はこれで終わります」


◇◇◇


 壁にかかる綺麗なドレスを見ていても、テレーザの気持ちは沈んだままだ。

 顔を見た事もない男の下に嫁ぐ不幸と、人並みに幸福を得られるかもしれないという期待の間で、ずっと心は揺れ動いていた。

 結婚が決まって、その準備は着々と進んでいる。壁にかかっているドレスは、式で着るドレスだった。

 純白のドレスではなく、真っ赤なドレスを選んだのはテレーザの小さな抵抗。

 自分は純潔にはほど遠い。それでも嫁にするのかと、相手に思い知らせるつもりだったのだ。

 だが、それも今では後悔の方が大きい。


「やっぱ、嫌われるかな? 結婚するのだから、好かれた方が良いよな」


 ドレスを見る度に、こんな事を呟いている。

 作りなおそうにも、式までは一月を切っている。それなりに凝ったドレスを作るには時間が足りなかった。


「気にしない優しい人だと良いな。よし、そうである事に賭けよう」


 そして、無理やりに自分を納得させる。何度も繰り返している事だ。

 すでに呟く台詞さえ、全く同じものになっている事にテレーザは気が付いていない。


「よし。大丈夫」


 儀式を終えて、部屋を出ようとした所で、扉を叩く音が聞こえた。


「何?」


「お嬢様、お城から書状が届いております」


「……お、お城?」


 城と聞くだけでテレーザの心の中は不安で一杯になる。


「入ります」


「あ、ああ」


 扉を開けて、執事が部屋に入ってきた。テレーザの実家であるハノーバー家に長く仕えている執事だ。


「こちらでございます」


「う、うん」


 本心は受け取りたくはないのだが、そういう訳にもいかない。執事が差し出した書状を受け取り、封を切って、中身を取り出した。

 それを読み進めるうちに、テレーザの目からは涙が零れた。


「お嬢様!? どうされました?」


「……どうして」


「お嬢様?」


「どうしてだ! どうして私を……、私を……、幸せにさせて……、くれないんだ」


 途切れ途切れの呟きを残して、テレーザはその場に崩れ落ちていく。


「し、失礼します」


 床に落ちた城からの書状を拾って、それを読んだ執事も、『そんな、馬鹿な』と呟いて、呆然と立ち尽くす事になった。


 その日から数日後には、テレーザの姿は屋敷から消えていた。壁にかかっていたドレスと共に。

 婚約者の下に、婚約の破棄を告げる使者が到着したのは、その更に数日後の事だった。

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