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魔王の器 作者:月野文人

第三章 皇国動乱編

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悲願達成と思わせて、これはない

 アーテルクロイツ共和国に帰還した軍は領内に入ると幾つかの部隊に分かれて散開していった。最終的に国都ハルモニアに到着したのは、千の騎馬隊と、ヒルデガンドに付いて来た四千ほどの軍勢だけだ。

「ルッツ! 妃殿下の軍に宿舎の割り当てを!」

 軍の駐屯所に到着した所で、カムイがルッツに指示を出す。

「了解! えっと、マティアスさん、ランクさん、手伝ってくれ!」

「ああ」「おお」

 マティアスとランクの指示で、細かく分けられた部隊が、順番に割り当てられた兵舎に入っていく。

「大丈夫なのですか? いきなり五千近い人数を」

「平気。元々、国都にはそれ以上の人数が駐屯している」

「その人たちは、どこへ?」

「途中で別れたのが、そう。ノルトヴェッヘとか周辺の街にしばらく居てもらう事にした」

「そうですか……。ごめんなさい、押しかけるような形になってしまって」

「別に平気だから」

 なんとなく気まずい雰囲気の二人の間に、更に気まずさを増す存在がやってくる。

「カムイ王!」

「ルシアか」

「お帰りなさいませ、カムイ王」

「ああ、ただいま」

「お食事にされますか? それともお風呂? それとも……」

 わざとらしいシナを作って、カムイにアピールするルシアだが。

「そうじゃないだろ?」

 軽く冗談としてカムイに流される。

「冗談ですわ。御食事の用意ですが、そろそろ出来上がるそうです。すぐにお出ししますか?」

「……そうだな。兵舎の食堂への案内も必要か。ルッツに言って、順番に食事を取ってもらう様に伝えてくれ」

「はい!」

 カムイに返事をしながらも、ルシアは挑戦的な視線を隣のヒルデガンドに向けている。

「あの、貴女は?」

 そんな事をされてはヒルデガンドもこう尋ねるしかない。

「私ですか? 私はルシア・シュトラッサー。カムイ王の妻です!」

 いつものように答えるルシア。もう、これは国都を訪れる女性に対するお約束と化していた。

「……妻?」

 ルシアの言葉を聞いたヒルデガンドの顔が曇る。

「貴女は?」

「わ、私はヒルデガンド・ヴァルスヴォルクです」

「ああ、貴女が……、げっ!?」

 相手がヒルデガンドだと知って、ルシアは自分の失敗を悟った。

「そう。貴女がカムイの……」

「あっ、違います! 今のは、いつもの冗談で。人が来ると、いつも、こう言ってからかうのです!」

 女性限定で。しかも、からかうではなく、カムイに変な気を起こさないように牽制するが正しい。

「でも……、そうなりたいのでしょう?」

「もちろん!」

「…………」

 ヒルデガンドの目がすっと細くなる。案外、ヒルデガンドはヤキモチ焼きなのだ。

「あっ、違います! 今のも冗談です!」

「そうそう。ルシアはいつもこうなんだ。そんな冗談じゃあ、誰も笑わないのにな」

「「鈍感」」

 ヒルデガンドとルシアの口から、同時に突っ込みがはいる。

「あら、ヒルデガンド様、私たち気が合いそうですわね?」

「そうでしょうか?」

「…………」

 ルシアのフォローは、ヒルデガンドに完璧に拒絶された。

「同志ルシア」

「わっ!」

 背中から聞こえた冷たい声に、ルシアの体が固まる。

「同志ルシア。こちらに来てもらおうか」

「……はい。同志アルト」

 恐る恐る振り返ったルシアが見たのは、両手を後ろに組んで、直立しているアルトの姿。その後ろにも冷めた目で自分を見詰めている秘密同盟員が並んでいた。
 足を震わせながらも、アルトたちの目の前に、ゆっくりとルシアは歩いて行った。

「さて、同志ルシア。今の行動を説明してもらおうか?」

「ち、ちょっと間違えて」

「ほう。ターゲットが、今日ここに来ることは分かっていたはず。見知らぬ顔がいて、それをターゲットと認識出来なかった。そう言うのだな?」

「は、はい」

「信じられんな。裏切りか?」

「ち、違います!」

「同盟は裏切りを許さない。血の掟を忘れたのか?」

 何気にアルトは、目的を達成出来て、すこぶる機嫌が良い。こんなワルノリをする程に。

「……そんな掟あった?」

「なるほど。どうやら、同士ルシアには教育が必要なようだ。同志イグナーツ、同志マリア」

「「はっ」」

「同志ルシアに同盟の思想を叩きこんでさしあげろ」

「「了解!」」

「ち、ちょっと!」

 イグナーツとマリアに両腕をがっちりと掴まれて、拘束されたルシア。

「ふふ。楽しみなのです」

「マ、マリアちゃん?」

「同志マリアと呼ぶのです」

「ど、同志マリア、私はこれから給仕の仕事があって」

「その心配は無用だ。同志ティアナ、代わりを」

「はい」

「私は同志ティアナを信用している。同志ルシアと同じ間違いはくれぐれもしないように」

「お任せください」

「よし。では、同志ルシア。生まれ変わった君と会える事を楽しみにしている」

「い、いや! 誰か! 助けてぇえええ!」

 抵抗も空しく、ルシアはイグナーツとマリアに引きずられて、その場から消えて行った。

「…………」

 その様子をヒルデガンドは呆然と見送りしか無かった。

「では、ヒルデガンド様。お部屋にご案内致します」

 そんなヒルデガンドにティアナが声を掛ける。

「あの、あれは?」

「お気になさらずに。命まで取られる事はありませんから」

 にっこりと笑って、物騒な台詞を吐くティアナに、思わずヒルデガンドは後づさった。

「カ、カムイ?」

「平気。何か新しい遊びでも見つけたんだろ?」

「でも」

「さあ、部屋に行こう。きっと驚くから」

「……はい」

 建物に入っていくヒルデガンドの耳には、遠くから聞こえる誰かの叫びが届いていた。

「いっ、いやぁあああああ! 虫、いやぁあああああ!」

「……あれは?」

「虫ではないでしょうか? 大丈夫です。悪い虫はちゃんと追い払いますから」

「はい……」

 何気にティアナもノリノリだ。ヒルデガンドには怖いだけだが。

◇◇◇

「どうぞ。入って」

 部屋の前に着いたカムイは意味ありげな笑みを浮かべながら、ヒルデガンドに部屋に入る様に進めた。

「……はい」

 少しそれを訝しく思いながらも、言われた通りに部屋の扉を開けて、中に入ろうとするヒルデガンド。だが、その足がすぐに止まった。

「貴女は?」

「驚いた? さあ、入って」

 ヒルデガンドを驚かせる事が出来たと思って喜んで、その背中を押して、部屋に入るカムイだったが、驚くのはカムイの方だった。

「アウラ? あれ?」

「お帰りなさいませ。王よ」

 部屋に居たのはアウラだけ。そのアウラが恭しくカムイに向かって頭を下げている。

「ああ、ただいま。……あの人は?」

「テーレイズ殿であれば、出かけております」

「えっ?」

 思いがけない名前を耳にして驚くヒルデガンド。

「あっ、名前言った。せっかく妃殿下を驚かせようと思っていたのに」

 もっと違う驚かせ方をしたかった、カムイは残念そうだ。

「……驚きました。テーレイズ様はこちらにいたのですね」

「そう。それで、テーレイズ様は今どこに?」

「旅に出ております」

「えっ!?」

 これにはカムイも驚いた。旅に出るなど、全く聞いていない。そもそも旅に出られる体ではない。

「戻ってくるかは分かりません。戻ってくるとしても、かなり先の事でしょう」

 だが、アウラは平然として話を続けている。

「どうして!? あんな体で旅なんて!」

「あんな体? どういう事ですか?」

 テーレイズの体の事をヒルデガンドは聞かされていない。

「ああっと……。テーレイズ様は病気で」

「病気の身で旅に……。大丈夫でしょうか?」

「えっと……」

 ヒルデガンドにいつ死んでもおかしくないとはカムイは言えない。

「王よ。病気は大丈夫です」

 返事を躊躇うカムイにアウラが思いがけない事を告げてきた。

「どういう意味だ?」

「テーレイズ殿の病は治しました。完璧とは申しませんが、少なくともすぐに死ぬことはありません」

「死ぬ?」「治った?」

 同時に声をあげたカムイとヒルデンガンドだったが、その反応の中身は正反対だ。

「まずは、ご説明さしあげたほうが良いのでは?」

「そうだな。実はテーレイズ様はずっと病を患っていたそうだ」

「……知りませんでした」

「隠していたから。リタさんも知らなかったみたいだから、知っていたのは誰もいなかったんじゃないかな?」

「リタさんもここに?」

「そう。あと……、子供も」

「リタさんに子供が?」

「……そう」

「それは良かったわ」

 ヒルデガンドの喜ぶ様子を見て、カムイはほっと胸をなで下ろす。話には聞いてはいたが、ヒルデガンドとリタの仲は本当に良いようだ。

「それで男の子? 女の子?」

「ああ、男の子。ジグムンドと名付けた。守護者って意味だ」

「カムイが名付け親になったの?」

「テーレイズ様に頼まれて。どうしてもって言うから」

「そう。ありがとう」

「ああ。それで話をテーレイズ様本人に戻すと、ここに来る前に死相が出るくらいだったらしい。もうすぐ死ぬと言われた」

「それが治ったのですね。それは良かったわ」

「そうだけど、死ぬって言われていたのに。どうやって治した?」

 一応はカムイもテーレイズに治癒魔法を試している。だが、全く手応えがなく治す事を諦めている

「王よ。これでも私は元神族であって、万年の時を生きてきたのです。全てを治せるとは言いませんが、ある程度の治療の知識はあります。それに、それを治す力も」

「つまり神族の力を?」

「今の私にはそれ程の力はありませんが、根源としてはそれに近いものです」

「……無理をしたな」

「少々」

 カムイの指摘をアウラは認めた。だが、これが逆に怪しい。
 元神族であって、今のアウラはそうではない。人族にとって奇跡と評さる力を発揮するには、かなり無理をする事になる。神族の力など分からないカムイでも、これくらい想像がつく。

「……少々じゃないだろ?」

「問題ありません」

「……そうか。ありがとう。テーレイズ様を助けてくれて」

 カムイはこれ以上の追求を止めた。アウラが決めた事だ。それを責めるよりも、感謝の気持ちを告げるほうが大切だ。

「私からも。ありがとうございます」

「テーレイズ殿から二人への手紙を預かっております。読んだ後の事は、お二人で決めてください。手紙をここに置いておきます。では」

 アウラは懐から手紙を取り出すと、それをベッドに並べて、部屋を出て行った。
 ベッドに置かれた、それぞれ宛ての手紙を手に取って読むカムイとヒルデガンド。手紙といっても書かれているのは短い文章。二人はすぐに読み終えて顔を見合わせた。

「何と書いてあったか聞いても?」

「……離縁すると。それと自由に生きろと書いてありました。カムイへの手紙には?」

「それが……」

「何ですか?」

「預かりものは返すから、好きなようにしろと」

「……もしかして、私が預かりものですか?」

「多分、そういう事かな?」

 学院を卒業してノルトエンデに戻ったカムイに届いていた、テーレイズからの書状。それには確かに預かると書いてあった。
 その事をカムイは思い出した。

「それで、どうするのですか?」

「好きなようにしろって……」

「はい」

「し、しても良いのかな?」

「し、知りません!」

 ヒルデガンドの顔が真っ赤に染まる。

「違う! 変な意味じゃないって!」

 カムイも同じだ。顔を赤くして、慌てて、言い訳をしている。

「じゃあ、どういう意味ですか?!」

「それは……。ずっと、側に置いておきたい」

「あっ……」

「俺は今もヒルダが好きで。ヒルダがもし良ければ俺の隣に」

「……私は、離縁された身で」

 本音を隠して、ヒルデガンドはこんな事を口にしてしまう。

「そんなの関係ない」

「カムイの事を想っている人は他にもいて」

 ずっと胸に秘めた思い。それがいざ実現するとなると、何となく怖くなったのだ。

「俺が好きなのはヒルダだ」

「私は……」

 本当に自分の思いを口にして良いのか。これは何かの間違いではないのか。そんな思いが、ヒルデガンドを躊躇わせてしまう。

「俺の妻になるのは嫌か?」

「……いえ」

「じゃあ……、俺と結婚してください」

「……はい」

 カムイの顔が照れて赤く染まっているヒルデガンドの顔に近付いて行く。
 二人の唇が重なる、まさにその時――。

「おめでとうございます!」

「きゃあっ!」

 部屋の扉を開けて、ルシアが大声で叫んだ。

「……ルシア。無事だったのか?」

「いえ、死ぬかと思いましたわ。大嫌いな虫が私の足を……。ああ、嫌!」

 その特の事を思い出してルシアは体を震わせている。そんなルシアをカムイは冷たい目で見ている。

「それでいつからルシアは部屋の外に?」

「……それは、その」

「タイミングを見計らって入ってきた訳か。マリア!」

「はい、なのです!」

「やっぱりいたか」

「あっ」

「まあ、良い。どうやら同志ルシアはまだ反省が足りていないようだ」

 カムイは思いつきでアルトの口調を真似てみた。

「おっ?」

 それにマリアが反応する。

「同士マリア。更なる教育を頼む」

「了解なのです!」

「い、嫌! 嫌ぁあああああ!」

 そして邪魔者はマリアに引きずられて強制的に部屋を出て行く事になった。

「どうでも良いけど、同志って何だ?」

 そんな疑問をカムイに残して。

◇◇◇

 マリアがいたという事は、当然、邪魔者たちは他にもいて、二人きりの時間はお預けとなった。
 そのまま全員が揃っての食事。ヒルデガンドたちにとっては、久しぶりのゆっくりとした食事の時間だ。話す事は数知れずあって、歓談の時間はいつまでも続いた。
 そして、すっかり夜も更けて、夜勤の者たち以外は寝静まった深夜。
 夜勤でもないのに眠れない二人がいた。

「…………」

「…………」

 部屋に入ってからもずっと落ち着かない様子でうろうろしていたカムイ。しばらくたって、ようやく覚悟を決めたようで、ヒルデガンドの隣に座った。

「そっ、そろそろ寝ようか?」

「そっ、そうですね」

「つ、疲れているよな?」

「そ、そうですね」

「……そうか」

 あからさまに落ち込んでしまうカムイだった。

「あっ、で、でも、もう少し起きていられます」

「そっ、そうか!」

「は、はい」

「……えっと」

 躊躇いながらも、カムイはそっとヒルデガンドの肩に手を伸ばした。そのまま、優しくヒルデガンドを引き寄せると、その唇に自分のそれを重ねていく。
 ヒルデガンドも少し躊躇いながらも、それに応えて、そのまま二人はベッドに倒れ込んでいく。
 いよいよ二人の待望の時間……、なのだが。

「始」

「諾。静」

「「「諾」」」

 邪魔者たちは、相変わらず廊下の外に集まっていた。
 しかも、通常であれば聞こえないはずの部屋の中のささやき声が、何故か廊下にまで届いている。


「……ヒルダ」

「何?」

「お、俺、初めてで」

「そ、そう」

「う、うまく、ないと思うけど」

 こんな恥ずかしい会話まで。


「馬鹿」

「「「同」」」

 野次馬たちはあまりに情けないカムイの様子に呆れ顔だ。


「恥ずかしい事言わないで。私は、そんな事気にしません」

「あ、そう」

「それに私もですから」

「あ、そう……。ええっ!?」

 まさかの返事にカムイは大声をあげてしまう。


 ヒルデガンドの告白に驚いたのは監視者たちも同じだ。

「ヒ、初?」

「無、信。驚」

「「「同」」」


「わ、私も男性と、その、こういう事は……」

「正式に結婚していたよね?」

「はい。知っていますよね?」

「ああ。えっと……、皇子殿下は、こういう事が出来ない人だったのかな?」

「子供がいるのですよ?」

「……そうか。じゃあ、何故? あっ、俺にとっては、その、嬉しいというか。あっ、別にこだわりがある訳じゃないけど」

 どういう反応が正しいのか、カムイにはさっぱり分からない。

「強い女は嫌いだと。初日にそう言われて、それっきりでした」

「もしかして、寂しかった?」

「少し。テーレイズ様がどうという事ではなく、何の為に妃になったのかと思って」

「そうか」

「でも、良かったです。結局、口づけも、あの、これもカムイが初めての人になりますね?」

「そうだな」

 そして、この二人の告白が、又、監視者たちを驚かす。


「接、口、初、カ?」

「無、知」

「隠」

「要、罰」

「「「同」」」

「待」

「何?」

「ヒ、初。無、許、今」

「何故?」

「要、後、式、婚。ヒ、妃。要、知、民、下、皇」

「アウラ師匠、無理。意味が分からねえ」

 テーレイズ流の暗号言葉は、まだ完成にはほど遠い。アルトは素直に諦めた。

「ヒルデガンド様が、まだ乙女であるなら、正式な婚姻の後に初夜を迎えるべきですね」

「その必要あるのかな?」

「一つは、結婚するまで純潔を守る事は、神のご意志に沿うものであるという事。もうひとつは、ヒルデガンド様は正妃になる御方です。失礼な言い方になりますが、皇国のお下がりではないと、国民に知らしめるべきではないですか?」

「……確かに」

「では?」

「可哀そうだが、断固阻止だ」

 監視者たちの決断が下された。カムイのもっとも望まない形で。


「ヒルダ……」

「カムイ……」

 いよいよという雰囲気の二人だが、そこに思いっきり邪魔が入る。

「そこまでにしてもらおう!」

 アルトはまだワルノリが抜けていないようだ。

「きゃあっ!」「な、何だ!?」

「悪いが、この先は正式に結婚式を挙げてからにしてもらう」

「どうして?」

「ヒルデガンドさんは正妃になる人だからな。そういう事は、きちんとしておく方が良い」

「……理屈はそうだろうけど。そこまでしなくて」

 カムイとしては納得出来る事ではない。諦めていた二人の時間が、すぐ目の前まで来ていたのだ。

「じゃあ、聞くけどよ。いつ、ヒルデガンドさんと口づけなんてした?」

「な、何故それを?」

 カムイの気持ちはアルトにはお見通し。そうであるなら無理やりにでも納得させるしかない。

「いいから答えろ」

「……学院を卒業した日」

「二人きりで話した時か。全く、よくも隠してくれたな」

「言える訳がないだろ?」

「そりゃそうだけどよ。やっぱり仲間内で隠しごとは良くねえ。式までお預けは、その罰だ」

「こじつけだな。それよりも、どうしてそれを知っている?」

 ここでカムイが反撃に出た。

「色々と調べていて偶然にな」

 何食わない顔で答えたアルトだが、さすがにこれは無理がある。

「ヒルダ、この事を口に出したのは?」

「さっきが初めてです。誰にも言える事ではありませんから」

「そうだよな。さて、アルト?」

「……俺の情報網を甘く見るな」

「口にした事がない事を調べられる訳ないだろ!?」

「……さっき、偶然聞こえた」

 ここまでは譲歩が必要とアルトは判断した。

「ほう。俺たちの声が部屋の外に漏れるとは、この部屋の造りはどうなってる?」

「ちょっと欠陥があるのかもしれねえな。後で調べさせとく」

 ここで折れない所がアルトの強さだ。

「後、もうひとつ」

 だが、カムイの追撃は止まらない。

「なんだ?」

「どうやって気配を消した? 部屋の近くまで来れば、さすがに俺は気付く。だが、アルトが部屋に入ってくるまで、全く気配を感じなかった」

「……夢中になっていたからじゃねえか?」

「しぶといな」

「そうじゃなきゃ、カムイに仕えられねえだろ?」

「……マリア!」

「はい、なの……、しまった!」

 実にマリアらしいボケである。

「ミ・ト」

「……は、はい」

 カムイに呼ばれて無視する事はミトには出来ない。

「後は誰がいるんだ?」

「一言にすると……、全員?」

 こうなると、もうアルトも強弁は出来ない。

「出て来い!」

 そして現れたのは、アルトの言った通り全員と言える面子だった。

「師匠たちまで?」

「王の悲願成就の時であるからな。立ち会わない訳にはいかないな」

 ライアンには全く悪びれる所がない。

「可愛い弟子が一人前になるのよ。立ち会うのが当然ね」

 それはシルベールも同じ。

「新たな主。王妃の誕生の瞬間ですから、臣として当然の行動です」

 当然、アウラも、二人と同様だ。

「……つまり、全員の気配を消したのも、部屋の中の声を拾ったのも、師匠たちの仕業と」

「さすがに三人がかりだと気付かなかったでしょ? まだ修行が足りないわね」

「悪趣味」

「あら、私たちは気にしないわ。魔族もエルフ族も、こういう事には寛容なのよ」

「俺が気にする!」

「とにかく、事はお預けだ。その日が来るまでは、部屋も別々な」

「そ、そんな……」

 さすがのカムイも師匠たちには逆らえない。王の強権という手はあるが、それをカムイが使うことはない。

「これこそが隠し事をした罰だ。隠れて、こそこそと事を成される訳にはいかないからな」

「……式はいつ?」

「招待客の選定とかが決まってからだな。つまり未定」

「お、おおおっ」

 目の前にあった幸せが、一気に遠ざかっていった。

「さてと、ヒルデガンドさんには部屋を移ってもらう」

「……はい」

「ティアナ。部屋に案内してくれ」

「場所は?」

「ティアナの部屋の隣」

「すでに部屋は使われていますけど?」

「追い出せ」

「分かりました」

 アルトの指示に即答したティアナの横で驚いている男が一人。

「い、妹よ、それ俺の部屋だろ?」

「ラルフ、とっとと荷物をまとめて部屋を出てくれる?」

「……俺は何処に?」

「さあ?」

「おい!」

「じゃあ、そういう事で。夜も遅い。俺たちも引き上げる」

「……俺の初めての夜が」

 カムイはまだ立ち直れていない。がっくりと肩を落としている。

「残念だったな。それは後のお楽しみという事だ。じゃあな。……同志ルシア」

「何?」

「何故、お前がベッドで寝ている?」

 いつの間にか、ルシアはベッドに潜り込んでいた。

「カムイ王は経験がない事を心配していましたわ。私は臣として、王の為に身を投げ出して練習台になりますわ!」

「あっ、虫」

「ひいっ!」

「それだけ怖がっていているくせに、ほんと懲りねえな。ほら、とっとと部屋を出ろ。何かあるとしてもルシアは後だ」

 邪魔をしたり文句は言っていても、ルシアの事も応援はしているのだ。

「……はい」

◇◇◇

 先帝の療養所は皇国中央の北部にある。北方伯領まで北に行くと、冬の寒さが厳しくなるのだが、この辺はそれほどでもない。夏も冬も温度差はそれほど変わりなく、一年中が涼しいという感覚で過ごせる場所だ。
 先帝と皇太后がこの療養所に移った後も、そこを訪れ者は誰もいない。そもそも、この場所にいるという事が知られていない事なのだ。
 その療養所に今日、初めての訪問者が現れた。

「皇太后様にお会いしたいだと?」

「そうだ」

「いきなり訪ねて来られても会わせられる訳がないだろう? 一度、皇都で許可を得てから来い」

「それが出来ないから直接来たのだ」

「何故出来ない? まあ確かに許可が出るかどうか分からないが」

 先帝への接触はクラディアの嫌がる事だ。自分の地位を脅かす可能性に対しては、実にクラディアは気が回る。

「そうではなくて、申し入れが出来ないのだ。俺は皇国に追われる身だからな」

「なっ! お前、罪人か?」

「俺は罪人だとは思っていない。ただ俺の存在が邪魔なやつが居るだけだ」

「あっ! ええっ!?」

 ようやく相手が誰だか分かった護衛騎士。変装はしているが、確かに護衛騎士の知る人物に間違いない。 

「捕まえようが殺そうが構わないが。それは父上と母上に会った後にしてもらえると助かる」

 素性を自らバラしたテーレイズだったが。

「……何の事だ?」

 護衛の騎士は白々しく惚けてみせた。

「ん?」

「さて、皇太后様への面会だったな。ふむ、本来であれば許可が無ければ許せないのだが、訪問者など初めてだ。御二方も誰でも良いから話をされたいかもしれないな」

「訪問者は初めてなのか?」

「そうだ。先帝への扱いとして、こんな事が……」

「その先は言わない方が良いな。さて、では通してもらえるのかな?」

「ああ。通れ」

「ありがとう」

「御礼の言葉など不要。自分は何もしていない」

「それでも、ありがとう、だ」

「……はっ」

 療養所はそれ程、大きな建物ではない。玄関を抜けて、建物の中に入ってすぐに皇太后の姿を見つける事が出来た。

「……そ、そんな」

「ご無沙汰しておりました。母上。お元気そうで何よりです」

「テーレイズ……、貴方話せる様になったの!?」

 テーレイズが現れた事だけではなく、その言葉も皇太后を驚かせた。

「はい。地道に練習をしているうちに。どうやら病気ではなく、ただ鈍っていただけのようです」

「まさか?」

「まあ実際はどうだかわかりません。誰かが治してくれたのかもしれません」

「誰か……」

 テーレイズの説明は皇太后には理解出来ない。テーレイズに説明する気がないのだ。
 戸惑う皇太后をそのままに、テーレイズは、後ろに控えていたリタに前に出るように促した。
 そのリタの腕にはジグムンドが抱かれている。

「紹介します。リタとの子供であるジグムントです」

「まあ! 子供が出来たの!?」

「はい」

「それはおめでとう。……大丈夫なの? こんな所に来てしまって」

 ようやく皇太后も動揺から落ち着いたようで、テーレイズの身を心配する余裕が出来た。

「どうしても顔を見せたかったのです。それに、まあ大丈夫でしょう」

「そう」

「父上に会えますか?」

「もちろんよ! あの人も喜ぶわ。孫が出来たのですもの」

「そうですね。そうあって欲しいです」

「さあ、来て。こっちよ」

 皇太后に案内されて着いた所は、庭に面したテラスだった。先帝はソファーに腰掛けて、ぼうっと庭を見詰めている。

「貴方、テーレイズが来てくれたわよ」

「…………」

「驚いたでしょう? 顔を会わせるのはいつ以来かしらね」

「…………」

「しかもね、テーレイズには子供が生まれていたの。貴方の孫よ。顔を見たいでしょう」

「…………」

 皇太后の言葉に先帝は全く反応を示さないが、それを全く気にする事無く、皇太后は話を続ける。

「さあ、テーレイズ。孫の顔を見せてあげて」

「母上」

「たまにね。反応する時もあるの。でも、そのきっかけが分からなくて。とにかく、ずっと話していれば、どうにかなるかなと思ってね」

「そうですか」

「さっ、子供の顔を見せてあげて」

「はい」

 テーレイズはリタから、ジグムントを受け取ると胸に抱えて先帝の前に立った。

「父上。ご無沙汰しております。テーレイズです」

「…………」

「今日伺ったのは、息子の顔を見せたかったからです」

「…………」

「名は、ジグムント。ジグムント・レイ・ヴァイルブルクです」

「うっ……、うあっ……」

 テーレイズの言葉に先帝が反応を見せる。怯えたような反応だ。

「貴方!」「父上!」

「レ……、イ……」

「それはミドルネームです。名はジグムント」

「レ……、イ……」

 先帝はレイの言葉に反応していた。

「もしかしてご存じなのですか? レイの意味を?」

「ダ……、メ……、レ……、イ……」

「レイには特別な意味があるそうですね? ジグムント一代だけという事で許してもらえたのです」

「……ナ、……ナ」

 テーレイズの言葉に先帝は大きく目を見開いている。言葉の意味が分かっているのだ。

「守護者としての在り方を忘れないでいた俺への褒美だそうです。正直、俺には何の事か分かりません」

「ソ……、ソ……、レ……」

「名付け親がいます。ジグムントの名付け親は……、カムイ・クロイツです!」

「あっ、あ、ああああああ!」

 カムイの名を聞いて、先帝は更に大きな反応を見せる。

「やっぱりそうか。カムイがジグムントの名とレイのミドルネームを与えてくれました。ジグムントは守護者という意味だそうです」

「し、しゅ……、しゅっ……」

「これにも反応する? 後はなんだ?」

「テーレイズ?」

「父上はカムイ、魔族に関わる何かに反応しています。それをもっと刺激してみたくて」

「そう」

「……皇家には、魔王の血が入っているそうですね!?」

「うっ……」

「ちょっと違う。……皇国は国名を変えます! シュッツアルテンの名は皇国から外され、シュッツアルテン皇国はこの世から消えます!」

「あっ……」

「クラウディアがそれをします。恐らくカムイの策略で。クラウディアはカムイの策に乗って、シュッツアルテン皇国を消してしまうのです!」

「……お、おっ、おっ、おおおおおお!」

「父上!」「貴方!」

「……お、おっ、おっ、おわっ……、た?」

 途切れ途切れだが、先帝は言葉を話した。意識が戻った証明だ。言葉だけでなく、先帝の顔には確かな意思が現れている。

「父上? 話が出来るのですか?」

「ゆ、ゆっ、ゆっ、ゆっ、ゆる、さ、され……、た、のか?」

「それは分かりません。ただ俺の病気を治してくれた魔族がこう言っていました。父親を、どうしても治したければ、アーテンクロイツ共和国に連れて来いと。診るだけは診てやると」

「まっ、まっ、まっ、まぞ、く、が?」

「アーテンクロイツ共和国ってどこにあるの?」

「ああ、知りませんでしたか。ノルトエンデでカムイは建国してアーテンクロイツ共和国の王になりました。魔族だけではなく、人族の王にもカムイはなったのです」

「そう。遂にやったのね」

「まだ出来たばかりですから、これからです。でも、良い国です」

「よっ、よっ、よっ、よか……、た」

「父上。話せるのは良いのですが、それでは前の俺より酷いですね?」

「ちっ、ちっ、ちっ、ちっ、ちがい、なっ、ない」

「……ちゃんと話しているわよ。ちゃんと会話出来ているじゃない」

 皇太后は顔は笑っているのか泣いているのか分からない複雑な表情だ。だが、感情は一つ。喜びに満ちている。

「まあ、俺は慣れていますから平気です。ゆっくりと話をしましょう」

 療養所に人々の笑い声が響く。それは先帝一向がこの場所に来て初めての事だった。
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