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桜楓姫譚《おうふうきたん》 作者:栗田隆喬
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第五回

 斜面がきつくなるあたりでサワネは獣道にわけ入った。人が使う道はなだらかだったが、急な上り下りを避けるために歩く距離は伸びる。獣道は険しく目立たないが、よっぽど近道だった。
 しっかりとした足取りで斜面を登っていくと、タガシ村はとっくに木々の間に隠れてしまった。
 白んだ空に照らされて下草や木々の枝振りがぼんやりと見えはじめた。新しい朝に目覚めた小鳥のさえずりが、あちらこちらで聞こえてくる。
 しばらく歩くと、うっそうとした木々から霧を通して橙色の光がさしこむようになった。
 遠くからは水音が響いてくる。あたりは森深かった。湿った草と木々の香り。大きな岩とゴツゴツした木の根。雪解け水で豊富な流れの沢。緑や赤黄色の苔で覆われた獣道が沢に沿うようにして続いている。サワネはその見えない往来を休むことなく進んでいった。
 木漏れ日が頭の上からさしてきた。腹の具合から言ってもそろそろ昼時だろう。サワネは沢へ下った。水しぶきを上げる流れの両脇には岩が積み重なっている。冷たい流れで手を清めてから、緑に苔むした岩の一つに腰掛けると、笹に包まれた握り飯を取り出した。
 ――いただきます。
 ほんのりとした塩味。まぶされたゴマの風味が口に広がった。
 米は滅多に口にできない。茶色の米粒を味わうようにして噛んだ。噛めば噛むほどに米は口のなかで甘くなっていく。そのうちにまるで解けるようにして米粒はなくなってしまった。
 腰の竹筒で沢の水を受け、一口含むと、次の握り飯を口に運んだ。再びゆっくりと噛む。
 ふと目をやると、手が届くほどの石の上に小鳥が舞い降りてきた。黒い瞳でサワネの方を見ながら、その足元の流れに下り水浴びを始める。頭を下げ、水に全身をくぐらせては羽根を小刻みに動かし、嘴でからだのあちらこちらをつついていた。それから小石に飛び移って全身の羽毛を逆立て体を震わせる。そこへ別の小鳥が飛んできた。二羽は見つめ合い、円を描くように岩を跳びはねてから交替で、水に入っては石の上で体を乾かし、それをなんども繰り返した。
 サワネがぼんやりとその様子を眺めていると、やがて二羽の小鳥は飛び立った。食事を済ませたサワネも立ち上がり、流れで手を清め、竹筒を水で満たしてから歩き始める。
 やがて大きな岩が垂直な崖になって目前に迫ってきた。カエシノイワだ。サワネは一休みしてから、壁面のくぼみや引っかかりを足場として、跳ねるように崖を駆け上がっていく。
 カエシノイワの崖を登り切ると、その上は森も切れて平らになっていた。山ノ上と呼ばれ、サワネの住む小屋があった。
 わずかばかりの平地は畑になっていた。耕したばかりの土からは、点々と小さな緑の芽が列になって顔をのぞかせている。薬草採りに山に入る前、種をまいておいたヤマソバだった。
 サワネは満足げに畑をぐるっと一回りすると自分の小屋に向かった。
「ただいま」
 引き戸を開ける。暗い部屋に一筋の光が差し込んだ。うっすらと砂埃のかかった小屋の中はがらんとして何もない。特に荒らされてる様子もなかった。カエシノイワぐらいしか人の通れる道がないから、山人やまびとでもないかぎり、誰もここを訪れるはずもなかった。
 サワネは隅に置かれた行李を開いた。中から山道に備えてツナカズラで結った縄を取り出す。奥の戸棚からは迷った時のために干し飯に干し魚、干した野菜の漬物を取り出して笹の葉に包んだ。
「じゃ、いってきます」
 小屋の扉を閉じるとヤマソバ畑の横を通り過ぎ、カエシノイワを下る。
 サワネは山へと歩みを進めた。
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