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桜楓姫譚《おうふうきたん》 作者:栗田隆喬
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第四回


 ◇

 目が覚めた。あたりはまだ薄暗い。すでに隣のおばばの床は、からになっている。
 サワネは薬置きにあがった。思った通り縄梯子が降りている。上にあがると、おばばが若い男の額を覆う手ぬぐいを取り替えているところだった。
「起きたか、サワネ」
「おばば、おはよう。……様子はどう?」
 男をじっと見つめるおばばの顔が陰った。
「熱が出てきた。こりゃ、そうとう厳しそうだの。今夜か明日あたりがヤマかもしれん」
「そう……」
 サワネはうつむきながら呟く。
「おばば。おら、とりあえず戻るよ。置いてきた山刀も気になるから」
「いいかい、サワネ」
 おばばが顔を上げた。暗闇の中、ロウソクの光をうけた二つの目が、サワネをじっと見つめている。
「この男のことは村のだれにも言っちゃいけないよ。だれにもね。それと、こやつの鎧や剣は捨てておしまい。分かったかい」
「……うん」
「山にいる間は夜旅も避けるんだよ。今夜の満月は特に。森が騒がしい」
「わかった」
「囲炉裏の横に握り飯がある。もってけ」
「ありがとう、おばば」
 サワネは縄梯子を下った。笹の葉に包まれた握り飯を腰袋に詰めると、そっと裏の戸口を開き、夜明け前の薄明かりへと駆け出した。

 ◇

 村の周りの雑木林を抜ける小道の向こうから人がやってきた。サワネが素早く茂みの中に隠れようとすると、目ざとく見つけたのか声をかけてくる。
「サワネっ! そこにいるのサワネだろ!」
 ため息が漏れてしまう。サワネは舌を鳴らして小道に戻った。
「早起きはいいことあるって言うけど、本当だな。まさかサワネに会えるなんて思わなかったよ。今朝はついてるなぁ」
 小柄な少年が笑顔でサワネのもとにとんできた。まるで迷子になって飼い主を見つけた子犬のようだ。
挿絵(By みてみん)
illustrated by 長月 晶

 少年はヨヘイと言った。年はサワネとそれほど違わないが、ヨヘイはひとまわり体が小さかった。それに力もない。だが、やたらすばしこかった。勘も冴えてるようで、サワネの隠れをなぜか見つけてしまう。野に住む獣を欺くほどの隠れなのにヨヘイには見破られてしまうのがサワネには面白くなかった。
 薄暗闇の中でヨヘイの黒い目がじっと見あげている。このところ村に降りるたびになにかと声をかけられるのもサワネは嫌で仕方なかった。眉根を寄せ腕組みしながら近づくヨヘイを見下ろし、睨みつける。
「おはよう、ヨヘイ。なんか用?」
「おはよう。いや、べつに用ってほどのことはないんだけどさ……」
「じゃ、さよなら」
 歩きだそうとするサワネをとうせんぼでもするようにヨヘイが横へ動いた。
「な、サワネ。村に降りてくるの久しぶりだろ、それでさ、おいら……」
「おら、忙しい。もう山にもどらなきゃ」
「こんな時間に? せっかく村に降りてきたんだから、もう少しゆっくりして、帰るのはおひさまがのぼってからにしなよ。……薬師のおばばのとこにいられないなら、おいらのとこにくればいいよ。昨日、子ウサギを何羽も取ってきたんだ、それもおいらひとりでだよ。サワネにも見せたかったよ……」
「ごめん。通して」
 サワネは歩きだした。ヨヘイはサワネをぽかんと見送る。
「また遊ぼうな、サワネ。今度くる時はそのまえに教えてくれよ。もう少し暖かくなったらさ、ハナイチゴの実、取っておくから。好物だろ?」
「知らないっ」
「サワネ、じゃあなぁぁ!」
 ずっとすすんで木立の陰を曲がる。ヨヘイが見えなくなると、サワネは足元の小石を拾った。向こうの木立へ思い切り投げる。また拾って、思いきり投げて、拾っては投げて……。
 その手を止め、小石を落とした。あわてて両の手を森に向かって合わせる。
 ――森の神様、なんかむしゃくしゃしたからって、石なんぞ投げて申し訳ありませんでした。
 頭をあげると、はぁ、とため息をついてサワネは再び歩き始めた。
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