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桜楓姫譚《おうふうきたん》 作者:栗田隆喬
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第三回

 サワネは男をかつぎ上げると、丸太の階段を登った。上の階は薬置きになっている。下から伸びた太い柱の間に棚がいくつも作られ、さまざまな乾燥した草や木の根っこ、小動物の干物などが粉末になって、広げた紙の上に置かれていた。古い本が積み重ねてその脇に置かれている。サワネが男を降ろそうとすると、
「そこじゃない、こっちじゃで」
 おばばが指さしたのは縄梯子だった。そのまま口にロウソクを咥え、するすると昇って行く。残されたサワネがどうしようかと思案していると、上から一本の帯が落ちてきた。
「なにをぐずぐずしとる。そやつをくくりつけてさっさと昇って来い」
 男のからだがずり落ちないように赤ん坊を背負うように帯で結んでやると、サワネは揺れて不安定な縄梯子を危なげなく上りきった。
 上には、ほとんど屋根に近い梁の陰にわずかな床面があった。もの入れの小箱が置かれているほかは何もない。背丈のないサワネでも屋根が迫っていて立ち上がれず、中腰でいるのがやっとだった。
「いいか、そこへゆっくり降ろせや。そおっと、そおっとな」
 帯を解いて男を降ろして寝かすと、おばばは首を留めていた鞘を外すように言った。
「なんとかここで傷の手当をしてやれそうだの。まずは降りて湯を沸かそう」
 おばばはそう言うと、するすると縄梯子を降りた。サワネも続く。下の囲炉裏いろり端でおばばは振り返った。
「サワネ。このことは誰にも秘密だでに。いいか?」
 黙ってうなずく。
「水を汲んできておくれ」
 サワネは土間の水瓶から柄杓ひしゃくで鉄鍋に水を汲んだ。囲炉裏に戻るれば、おばばがおきの灰をかき回している。火種を取り出すと、その上に薄い木の皮を置いて口をとがらせ、ふぅっ、とひと吹きした。赤く輝いたおきから白っぽい煙がうっすらと出ると、やがて炎がポッと上がった。そこへさらに木皮を数枚置いてから小枝を積み重ねる。細い煙を上げながら木皮を舐めるように炎が燃え広がった。火はどんどん大きくなって、やがて小枝も燃え始める。
 おばばは小さめの薪を囲炉裏に加えると鉄鍋を火にかけた。
「さっそくお前さんがとってきた薬草が役に立つわい」
 赤い新芽を奥から持ってきた石の薬臼に入れると、ゴリゴリ音を立てながらすりつぶしていく。臼の底には汁がたまって、新芽のもつ青草の香りが広がった。
 湯が沸くとおばばは手ぬぐいを濡らしてから臼に浸しナビゴケの汁を染み込ませた。立ち上がると、柳李こうりからきれいにたたまれた古い男物の着物を取り出す。さらに数本の手ぬぐいを手にすると丸太階段を昇り始めた。
「サワネや、その鍋をもって来ておくれ。湯はこぼさんようにな、火傷やけどするぞ」
 そういってロウソクを手に上へ行ってしまった。
 サワネは鍋の取っ手を布でくるんで火から降ろした。暗くてほとんど見えない丸太階段を勘だけで昇ると、続いて片手に湯の入った鍋を持ったまま、器用に縄梯子をのぼって行く。上ではおばばが、男の額から傷を覆っていた布をはがしているところだった。
「鍋はそこに置いてくれの。手ぬぐいを湯で湿らせてくれ。まずは汚れをふきとらにゃならんからな」
 サワネは鉄鍋の湯に手ぬぐいを浸して、やけどをしないように注意しながら絞った。湯気のあがる手ぬぐいをおばばに手渡す。おばばは男の額にこびりついた血を丁寧に拭いはじめた。
「なんだかんだ言っても、助手がいると助かるわい……」
 おばばは汚れをふき取った手ぬぐいをサワネに返すと、青汁を染み込ませた手拭いを額の傷口にあてがい、別の手ぬぐいを上からぐるぐると巻いた。
「額の傷はこれ以上何もできんな。……あとは体でも拭いてやるか」
 サワネが新しい手ぬぐいを手渡す。
「ふん。よく見りゃなかなかの美丈夫じゃないかい。このまま死なすにはもったいないの」
「縁起でもないこと言わないで」
「からだも立派よのぉ。死んだおじじの若いころみたいじゃ。ますます惜しくなってきたぞ」
 おばばはニヒヒヒヒ、と笑いながら、男の肩の辺りの衣を脱がし、体を拭いていく。手ぬぐいを替え、さらに衣を脱がしながら首、胸、腹と徐々に下の方へと拭いていった。やがて腰帯に手をやるとおばばは顔を上げた。
「……時にサワネ。もう湯は十分だで、手ぬぐいを置いたら鍋をもってお前さんは先に下へ降りといで」
「えっ……。もういいのか」
「ああ、十分じゃ、十分。さっさとお行き」
 サワネが薬置きの階に戻ると、しばらくしてからおばばが、使い終えた手ぬぐいと男の着物を手に降りてきた。
「持っておれ」
 手にした着物をサワネに渡すと、おばばは棚の間にある暗闇の中でごそごそと音を立てた。すると、さっきまで垂れ下がっていた縄梯子が上にするすると巻き上げられていく。
「さて、これで終わりじゃ。囲炉裏端にでも戻ろうかの」
 おばばは土間から鉄鍋をもってきて、囲炉裏の火にかけた。少し弱まった火に薪をくべる。
「サワネ、ご苦労だったの。座って一旦落ち着きな。粥をあっためてやるから、お食べ。山に背負子も置いてきたんじゃあ、どうせなにも口にしてないだろ?」
「そういえば……忘れてた」
 恥ずかしそうにサワネは笑う。
「でも、山の中だと、いくら歩いてても不思議と腹が減らないんだ」
 おばばは鼻を鳴らすと火を挟んで斜め向かいに座った。
「ふん。山人やまびとはみんなそういうよ。山の神が腹を満たしてくれるから、腹が減らないとな。だが、それは気のせいだでに」
「違うって、おばば。本当に山にいる間は腹が減らないんだ」
 そういった瞬間、サワネの腹がきゅぅ、と鳴った。火の具合を見ていたはずのおばばと目が合う。きまり悪そうにサワネは笑った。
「ほれみろ。人間、だれでも腹が減るもんだって」
「違う。山の中だと干し飯に小魚だけでも十分なんだ。本当に、腹が満たされて、どうしても食べたいって感じがなくなるんだ」
「そういうもんかの」
 しばらくして鍋からコポコポと音がし始め、美味しそうな匂いが漂ってきた。おばばは匙でいったん鉄鍋をかき回すと、粥を木製の椀によそう。
 サワネの腹が再び、大きな音を立てて鳴った。
「ふふん。なんだかんだ言うても、からだは正直よの」
「だから……」
 湯気を立てた椀がサワネの目の前に置かれ、箸が渡された。
「……頂きます」
 おばばは黙ってうなずいた。
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