風呂
クーラタルの迷宮五階層では、魔結晶も見つけた。
偶然に。
コラーゲンコーラル Lv5
コラーゲンコーラル Lv5
魔結晶
チープシープ Lv5
魔物が現れたときに鑑定をしたら、その中に入っていた。
一瞬四匹出てきたのかと思ってあせった。
まずは魔物にファイヤーストーム三発を喰らわせる。
コラーゲンコーラルの体当たり攻撃をワンドでいなし、四発めを放ってけりをつけた。
「戻ったところ、すぐ近くにいます」
「いや。あそこに魔結晶がある」
来た道を戻ろうとするロクサーヌを抑えた。
前に進む。魔物を見つけた辺り。
岩肌のような洞窟のくぼみに隠れるように、黒魔結晶が半分埋まっていた。
「暗くて距離があったのに見つけるなんて、ご主人様、さすがです」
「たまたま魔物を見つけた辺りにあったからな」
「それでも、黒い魔結晶は光らないので見つけにくいのです」
なるほど。黒魔結晶は光らないのか。
これまでも見逃していた可能性はある。
そうそういつもいつも鑑定ばかりするわけにはいかないが、これからは折に触れて何もないところでも鑑定していくようにしよう。
「他は光るのか」
「はい。ぼんやりとですが」
最後は白魔結晶になるのだし、光るのだろう。
光る方が見つけやすいには違いない。
「黒魔結晶だと、売らずに取っておいて魔力をためるしかないか」
「えっと。魔結晶は融合できます」
ロクサーヌが黒魔結晶を取って、渡してきた。
「融合?」
「はい。二つの魔結晶を押しつけると、簡単に一つになります」
「そうなのか。融合で魔力が失われることはないな」
「大丈夫です」
予備の魔結晶も何個かは持っておきたいが、試しに使ってみてもかまわないだろう。
所詮は十ナールだし。
俺はリュックサックから緑魔結晶を取り出した。
右手の手のひらの上に置き、見つけた黒魔結晶を左手に持って重ねる。
さしたる抵抗もなく、黒魔結晶が緑魔結晶の中に沈んだ。
手で押すとぐんぐん入っていく。
なんか気持ちいい。
硬くもなく、軟らかくて反応がないのでもない絶妙の抵抗感。
ダンボールに入っているプチプチを手でつぶしていく感じに似ている。
ちょっとくせになる。
「で、こうなるのか」
入りきると緑魔結晶が一つ残った。
見つけたのは黒魔結晶だから十匹分未満の魔力しかなかったはずだ。
一万匹分以上の魔力がある緑魔結晶の色を変えさせるほどの魔力はなかったのだろう。
結局、たらいができるまでにベイルの迷宮五階層の探索も終えた。
ベイルの迷宮五階層のボスはすでに一度戦っているビープシープだ。
その階層に現れる魔物とボスの組み合わせは、どの迷宮でも同じらしい。
ビープシープにスキルを出させるわけにはいかない。
ぴったりと張りつき、詠唱中断の効果を持つデュランダルで常につけ狙う。
蹴ってきたときにも飛び退かずに剣で受けるようにしたので、隙は作らせなかった。
スキルさえ封じれば、後は正面をロクサーヌにまかせて、ひたすら背中から斬りつけるだけだ。
クーラタルの迷宮の方は、珊瑚魔物には前後の区別がないらしく、ちょっと苦労した。
それでも二人いれば攻撃してくる回数は半分になる。
デュランダルを振り回してなんとか勝利した。
「薬をお返ししますね」
ロクサーヌがリュックサックを下ろす。
何が起こるか分からないので、ボス戦の前にロクサーヌに薬を渡していた。
前回のボス戦から得た教訓だ。
俺が眠らされている間にロクサーヌが毒でも受けたら、大変なことになる。
普通の攻撃に追加効果があるだけなら、ロクサーヌの場合何事もなく避けるだろうが。
「六階層の魔物を見るまでは持っていた方がいいんじゃないか」
「大丈夫です。クーラタルの迷宮の六階層に出てくるのはミノのはずです」
ベイルの迷宮の六階層の魔物も、クーラタルでは二階層の魔物だったナイーブオリーブだ。
すでに戦ったことのある魔物ならば比較的安心である。
Lv6の魔物も魔法四発で倒すことができたので、六階層での狩も問題ないだろう。
デュランダルや薬をしまい、六階層へと移動した。
木製品屋からの使いは、約束どおり五日で来た。
すぐに受け取れるというと、一旦引き返し、荷馬車を引いて戻ってくる。
「でか」
そのまま外で待っていたので、荷馬車が遠くに見えたときに思わず口に出してしまった。
大きい。
荷台の上に円形の巨大なたらいが縦に置かれている。
荷台の高さが一メートル、たらいの大きさが二メートルとして、合計で三メートルもあるのだろうか。
馭者の頭の上からたらいが半分くらい突き出ていた。
同じくらいの高さの家具もあるだろうから、実際は極端にでかいわけでもないのだろうが、所詮はたらいかと思うと異様に迫力がある。
荷馬車が近づき、受け取ってみてもやはり大きい。
本当に二メートルくらいある。
人の高さより少し大きいという俺の注文どおりに作ってくれたようだ。
「こちらが注文の品になります」
「板も厚くて、丈夫そうだな」
板はかなり分厚いものが使われている。
底の板の厚みも相当あるようだ。
「これくらいはないとすぐに壊れてしまいます」
運んできた使いの人はそう言い残して帰っていった。
これくらいないと壊れるって。
どれだけ水が入るのだろう。
考えてみよう。
一リットルは千シーシーだ。
一シーシーは一立方センチだから、一センチ×一センチ×一センチ。
百センチ×十センチ×一センチで千シーシー、一リットルになる。
一メートルは百センチなので一メートル×十センチ×一センチで一リットル、一メートル×一メートル×一センチは十リットルである。
面積が縦横一メートルで深さ一センチの容器には水が十リットル入る。
あれ?
思ったよりだいぶ多いな。
たらいの面積は、半径×半径×円周率だから、直径が二メートルの半径一メートルとして、三.一四平方メートル。
深さは五十センチとして、三.一四平方メートル×五十センチ×十リットルは、千五百七十リットル?
落ち着こう。
落ち着け。
計算間違いは……ない。
再度計算してみたが、間違いはなかった。
このたらいには水が千五百七十リットルも入るのか。
水一リットルは一キログラムだから、千五百七十キログラム。
約一.五トンということになる。
ものすごい水量だ。
トンなんていう重さが日常生活に出てくるとは思わなかった。
それは板も厚くなるわ。
「と、とりあえず二階に運ぼうか」
「はい、ご主人様」
ロクサーヌと二人でたらいを二階に上げる。
いや。もうたらいではなく湯船でいいだろう。
重さも結構あるようだが、転がすことができるので無理なく運べた。
階段も二人で押せば問題ない。
排水口のある二階の部屋に入れる。
中に入れた後、ロクサーヌと二人して注意深くゆっくりと寝かせた。
部屋は八畳間くらいの広さがあるので、湯船を置いても余裕がある。
「さすがは邸宅だな」
「えっと。これは何なのでしょう?」
「聞いて驚け見て笑え。これを湯船として利用する」
ロクサーヌに宣言した。
入って極楽、水を作るのが地獄だ。
ウォーターウォール一回で十リットルの水が作れるとして、満杯にするには百五十七回も魔法を念じなければならない。
百五十七回か。
しかも水を作るだけで。
頭が痛い。
「湯船というのは、お風呂に使うものですか」
「そうだ。風呂に入る。早速これから準備したい」
「かしこまりました」
どれだけ時間がかかるか分かったものではない。
準備は早めにしておくべきだろう。
まずは湯船を軽く水洗いし、ウォーターウォールで水がめに水をためた。
たまったら、水がめにファイヤーボールをぶち込んで水を温める。
ファイヤーボール一発だとぬるま湯程度、二発で熱湯になる。
準備の間にお湯が冷めることも考え、二発撃ち込んでから湯船に移した。
最後に熱すぎたら水で薄めればいいだろう。
陶器の水がめと違ってたらいは木だから、湯船に水をためてからファイヤーボールを撃つのはやめた方がいい。
燃え移ったら大変だ。
湯船にお湯をためながら、魔力を消費すると迷宮に飛んで充填する。
大変だ。
「これでは風呂に入るのは一週間に一度くらいだな」
「イッシュウカンですか?」
「……十日に一回か二回だ」
何回めかに迷宮にワープしたとき、思わず愚痴が出てしまった。
この世界には週という概念はない。
ロクサーヌから見れば、俺はときおりわけの分からない言葉を話す変人だろう。
大変な変人である。
途中からは、風呂場の温度が上がってもっと大変になってしまった。
サウナ状態だ。
ロクサーヌは外に待たせ、俺だけが入って作業する。
少しいるだけで汗びっしょりだ。
「はい」
外に出ると、ロクサーヌが手ぬぐいを渡してくれた。
汗を拭き、さらに迷宮と往復する。
こうまでしてロクサーヌと風呂に入りたいのか、俺は。
大変な変態だ。
最後は意地になって風呂に湯をためた。
やけくそだ。
それはもうためてやりましたですよ。
準備を始めてからおそらく二時間以上はかかっている。
水がめに予備の水を用意し、外に出た。
「今日のところはこのくらいにしといてやる。完成だ」
たらいには九割がたお湯がたまっている。
風呂場の中は白い蒸気が充満していた。
「おつかれさまでした」
「時間もあるし、一度迷宮に行き、夕食を取ってから風呂に入ろう」
ロクサーヌから手ぬぐいを受け取り、汗を拭く。
手を入れたらまだかなり熱かったので、数時間は大丈夫だろう。
「えっと。私もよろしいのですか」
「もちろん、そのつもりだが?」
ロクサーヌは風呂嫌いなんだろうか。
嫌だと思っても入ってもらいたい。
命令してでも入ってもらう所存である。
「風呂に入るのは王侯貴族だけです。それに、途中から外で待つように言われましたので」
「外で待ってもらったのは中が蒸し暑いからだ。二人とも汗まみれになることはない」
「そうだったのですか。何かご主人様にとって特別なことがあるのかと思っていました」
そんなことを思っていたのか。
手ぬぐいを返しながら、イヌミミをなでた。
「まあ特別は特別だな。ロクサーヌと一緒に入るから」
「え。……あ、あの」
「一緒に入ってくれるよな」
「は、はい。ありがとうございます」
よかった。
一緒に入ってくれるようだ。
最後の最後で断られたりしたら、何のために苦労したのかまるっきり分からなくなるところだった。
その日の作業をすべて終えてから、風呂場に入る。
お湯はまだ少し熱かった。
たらいの上に直接ウォーターウォールを作り出し、水で薄める。
温度の調整も一苦労だ。
魔法だと微調整するのは難しい。
右手を湯船に突っ込み、かき回した。
こんなもんだろうか。
お湯を作るのにかかる時間も大体把握したし、次からは半分くらいのお湯は水がめにファイヤーボール一発でいい。
少しは楽になるだろう。本当に少しだが。
レベルが上がったらもうちょっとは楽になるのだろうか。
湯船には、夕食の前にレモンを浮かべている。
正確にレモンと同じかどうか分からないが、レモンで翻訳されたのでレモンだろう。
菖蒲湯では代わりにどんな草を入れたらいいか分からない。
変に生ぐさいにおいがしても大変だ。
柚子湯ならば、何かの柑橘類で代用可能ではないだろうか。
レモンなら香りはいい。
食用だから変な成分が溶け出すということもないはずだ。
ロクサーヌが部屋についている穴にカンテラをセットした。
体にお湯を浴びて軽く洗い流す。
ロクサーヌの身体も洗い流してから、二人して風呂に入った。
気持ちいい。
温かなお湯が全身を包み込んだ。
のびのびと手足を広げる。
湯船が大きいだけに、温泉気分だ。
檜ではないので芳醇な木の香りこそないが、それでも素晴らしい。
たらいのふちに手ぬぐいを敷き、その上に頭を乗せて寝転がった。
ロクサーヌも横に寝転がる。
腕を伸ばし、抱き寄せた。
気持ちいい。
細くしなやかな身体が隣に来る。
浮力のおかげか軽々と抱き寄せることができた。
足を絡めて、しがみつく。
お湯の中、ロクサーヌの肌はなめらかだ。
しっとりかつさらさらしていて、非常に気持ちがいい。
「うーん。最高だ」
「はい。とてもいい気分です」
ちょっと意味が違うような気がしたが、ロクサーヌも喜んでいるようなのでどうでもいいだろう。
俺の膝の辺りを、さわさわと何かがこすった。
妙に心地よい。
何だろうと思い、手を伸ばす。
尻尾だ。
ロクサーヌの尻尾が、風呂の中で水草のように広がっていた。
腕ですくうと、柔らかい筆で刷いたかのように、手をなでる。
お湯の中、どこまでも軽く、繊細に、腕をさすった。
これは意外な発見だ。
「ロクサーヌの尻尾が気持ちいい」
「そうですか? ありがとうございます」
手を伸ばし、何度も尻尾をゆする。
お湯の中で優しく揺らめいた。
そよ風が通り過ぎるように尻尾がなびく。
ロクサーヌの尻尾は風呂こそよけれ。
ロクサーヌと一緒に風呂に入るのは、思った以上に素晴らしい。
準備が大変なので毎日は無理だが、十日に一度、いや、一週間に一度、いや、五日に一度は入りたい。
三日に一度でもいいくらいだ。
体をずらし、頭ごと湯船につかった。
髪の毛一本一本の間にお湯がしみこんでくる。
お湯の中で髪の毛をかきむしった。
今までの汚れを全部落とすように何度も手ですいてから、頭を上げる。
「気持ちいい。ロクサーヌもやってみな」
「はい」
ロクサーヌが頭部をお湯につけた。
俺も腕を伸ばし、お湯の中でロクサーヌの髪の毛をすく。
イヌミミももみ洗った。
髪の毛にはさすがに尻尾のようなさわさわ感はない。
それでも、お湯の中でしっとりと指に絡みついてくる。
ロクサーヌは優に一分近くお湯に沈んでいた。
やがて上半身を持ち上げ、水を払う。
水から上がったとき、巨大な山がぶるんぶるん震えていたのを俺が凝視していたのは内緒だ。
やはり風呂はいい。
風呂は最高だ。