066:思わぬ思惑、錯綜する策謀
ユノの問いに笑いながらうなずいたジャックは、ベンチから立ち上がった。
「さて、名前は知られちまってるみてぇだが、改めて名乗るぜ」
彼は不敵に笑うと、堂々と名を名乗る。
「俺の名はジャック。ジャック・プロテア。
今代のプロテアにして、組織『かけがえのないプロテア達』の首魁でもある」
「プロテア……もしかして、また偽筋肉の人ッ!?」
ジャックの名乗りに、ライラが思わずそう反応すると、彼は困ったように頭の後ろを掻きながら首を横に振った。
「いや――アレと一緒にされるのは勘弁願いたいんだが……」
「まぁ本物からすればいい迷惑だよね。あの一族――貴方が本物なら、なおさら」
含みのあるユズリハの言葉に、信じてもらえないのも仕方ない――とジャックは嘆息した。
「それを言われちまうとな……。別に何か証明するモンとかがあるわけもなし……参ったな」
「あの――七光花刃の一つでもお持ちになってないのですか?」
七光花刃――かつて、クイン・プロテアとともにジャンク・アマナと戦った七人の戦士達がそれぞれ携えていたという、ある種の伝説の武器だ。
当時は特に総称があったわけではないが、現代では彼ら七人が所有していた武器を七光花刃とまとめて呼ばれている。
ドリスの問いに、やはりジャックは困った様子で首を横に振る。
「持ってないな。そもそも、七光花刃は――クインが率いた連中の中でも特に腕利きにくれてやったっていう花導具のだろ?
白薔薇の剣はこの国の国宝になってたハズだし、あとの所在はよくわからなくなってる。
黄薔薇の剣に関しちゃ、直系だったどっかの騎士が持ってたものがどこからか流出して、どっかの街で何でも屋を名乗る兄ちゃんが持ってるって噂は聞いたが……なんであれ、そられを持ってたところで、プロテアの証明にはならんな。あれはクインが個人で用意したものであって、プロテアの所有物ってわけでもない」
ジャックの話を途中から聞き流しながら、ユノとユズリハは顔を見合わせた。
「……黄薔薇の剣の所在……分かっちゃった気がするんだけど」
「奇遇だねユノ。私も分かった……」
そうして、二人は揃って胸中で「――あれ、七光花刃だったのかよッ!」と絶叫する。
そんな二人はさておいて、ライラが腕を組みながら訊ねた。
「おじちゃんが本物かどうかはさておいて、おじちゃんの言う『かけがえのないプロテア達』って何?」
「ん? ああ、それはな――」
ライラの問いに、ジャックはちらりとユノに視線を向けてから肩を竦めると、なんてこともないように答えた。
「特定の花導品を壊すために組織した。
最初は一人でやるつもりだったんだがな。思ってたより量があったんで、クインにあやかって人を集めたわけだ」
「ちょっと!? 花導品を壊すッ!? 聞き捨てならないんだけどッ!!」
ユノが噛みつくような剣幕を見せるが、ジャックはそれは予想済みであったかのように、小さく肩を竦める。
「特定の――って言っただろ。すべてを壊すわけじゃあない」
「何の理由があって壊すのよッ!?」
「その理由を聞いたら嬢ちゃんは素直に引き下がるのか?」
噛みつくユノに対して、仮面の下のジャックの目がすーっと細まった。
「ユノ・ルージュ。俺はお前に期待している。同時に恐れている」
「……どういう意味よ?」
「お前は正しく理由を話せば壊して回るのに協力してくれそうであるし、あるは逆に喜々として、その壊さねばならない花導品を量産しかねない」
その言葉が含む意味に気づかないユノではない。
ユノが後者の人間であるのならば、この男はためらうことなく、ユノを殺すと言っているのだ。
「だから、今はまだ理由は話せない」
そうして、ジャックは小さく息を吐くと改めてこちらに視線を向ける。
「その上で――少し互いの目的のすりあわせをしないか?
ユノ・ルージュ。お前個人の感情は別にして、今のところ俺たちとお前たちが敵対する理由はあるか?」
問われて、ユノも大きく息を吐いた。
ここへ来た目的を見失ってはいけない。
「花噴水の修理。あたし達の目的はそれだけよ」
「俺たちの目的は、さっきの通りだ。
そして、花噴水には、壊さねばならない機能は有していなかった」
「……指輪は?」
ふと、ほとんど思いつきで、ユノがそれを訊ねるとジャックは失念していたとばかりに、手を叩いた。
「そういや、修理にはそれが必要だったな。
だが、こっちは見つけしだい壊すつもりだからして……」
うーん――と眉を顰めながらジャックはしばらく悩んだあとで、ユノに向かって、何かを一つ放ってきた。
放物線を描いて飛んでくるそれは、小さなダイヤモンドを中心に芝桜の花があしらわれた指輪だ。
「俺の作った指輪だ。機能としては代用品になるだろ」
「使い方は?」
「マナを巡らせればダイヤモンドの部分から、いろいろ出る。人に向けるんじゃねーぞ?」
「ふむ」
一つうなずき、ユノはその指輪を右手の中指にはめる――ちょうど良いサイズなのはありがたい――と、その指輪をジャックに向けてマナを巡らせた。
「おいッ!」
瞬間、ダイヤモンドが赤く輝くと、そこから小さな炎が飛び出して尾を引いた。
飛距離としては、ユノの大股数歩分……といったところか。
「大した威力はねぇが、痛ぇもんは痛ぇんだぞ、それッ!」
焦ったような声をあげるジャックを無視して、ユノは少し考える。
「既存の花導品に、こういうのちょっとないわよね。
コンロや水道とは違う――この指輪自体が、花術に近いコトをしてる」
「おうよ。さすがは天才児。よく見抜いた。
俺様自慢の花導品としての新ジャンルよ。起術花導具と呼んでるぜ」
「エグゾダス・ケルンも、それに分類されるのかしら?」
「まぁな」
「こともなげにうなずくの、ムカつくわ」
毒づきながらも、興味は指輪に向いている。
「代用品としてはどう使うの?」
「必要な場所で、そっちの姫さんの指につけて、水のマナを巡らせればいい」
その言い回しで、ユノは確信を持った。
「アンタ、花噴水の内部を知ってるわね」
「ああ。直してやる義理はねぇが、壊す必要があるかの確認はしたかったからな」
「そう」
素っ気なく返しながら、ユノは内心で悔しくて仕方がなかった。
この男は、鍛冶技能も、修理技能も、知識すらも自分を軽く上回って居るのが分かるのだ。恐らく、花術や葉術すらも。
「俺が壊して回ってるモンが何か――自力でたどり着いてくれや。
その時には、改めて、色々と説明してやるからよ」
ジャックがそう告げると同時に――突然、彼の横に仮面を付けた少女が一人現れた。
手にエグゾダス・ケルンがあることから、どこからか飛んで来たのだろう。
「お迎えにあがりましたジャック様」
「おう。良いタイミングだ、レイン」
「恐れ入ります」
「それじゃあ、ひとっ飛び頼むぜ」
「はい。失礼します」
レイン――と呼ばれた、侍女服の少女は恭しく一礼してから、ジャックの手を取った。
「待ってッ! アンタらにはまだ聞きたいコトがッ!」
だが、ユノの制止に意味はなく、ジャックは笑いながら告げる。
「じゃあな。また会おうぜ」
「それでは、みなさまごきげんよう」
レインが優雅に一礼すると、二人は光に包まれその姿を消してしまった。
「クソッ!」
毒づきながら、ユノは拳をベンチに打ち付ける。
拳の痛みで少し気が紛れたのが、ゆっくりと息を吐いた。
「ユノ」
「ユノお姉ちゃん」
「お姉様」
三人からの不安げな視線に、少しバツの悪い顔をして頭を掻く。
「大丈夫よ。腹は立ってるけど、まぁそれはそれ。
必要な情報や、新しいジャンルの花導具が手に入ったのは嬉しいしね」
「無理してる?」
「してない――ワケでもないけど、したところで意味ないしね。
気になるコトは気になるコトで心の中のメモに刻んで、今はできるコトをやるだけよ」
上目使いのライラに問われ、ユノは苦笑しながらその頭を撫でた。
「地図を見る限り、未踏遺跡は途中の分岐を安全じゃない方に入っていったところにあるみたいだし、ちょっと様子だけ見てきましょうか」
全員に寄ってく気力があるかを確認すれば、問題ないと返ってくる。
「それじゃあ、行きましょう」
♪
ハニィロップ首都サッカルム・某所。
サッカルムに暮らす貴族の一人、コキゾザークは内心で焦っていた。
格好は美綺麗でも、その肉体までは美しいとは言えない肥満気味の男は、怒りで脂汗を滲ませながら忌々しげに苛立ちを言葉にする。
「どこでバレたッ!?」
彼は派閥としては王子派の貴族だ。
その中でも特に、兄妹の感情など考えず自分の利益だけを見据え、王子を王とすることに躍起になっている貴族の一人でもある。
「コキゾザーク殿。まずは落ち着いてください。そのように荒れていられては、対策の話し合いもできません」
「……すまぬ。そうであるな」
ヒースシアンに窘められて、コキゾザークはテーブルに置かれていたグラスを掴むと、冷たい蜂蜜茶を一気に呷った。
「ところで、気になっていたのだが、そちらの仮面のお嬢さんは誰なのかね?」
「ああ。彼女はサニィと言いまして、本来は武芸専門の家庭教師なのですが、今回は無理を言って護衛としてつきあってもらっているのですよ」
「ほう。武芸専門。なるほど、らしい身体つきをしておりますな」
舐め回すように見てくるコキゾザークに、サニィは思わず蹴りを入れたくなるのをグッと堪えて、曖昧な笑みを浮かべて受け流す。
こういう時、貴族教育を受けていて良かった――と思ってしまう。
そんな空気を打ち破るように、部屋へと入ってきたのは、でっぷりとした姿の男――モブレス男爵。
「申し訳ない、遅くなった」
「おお。モブレス、ようやく来たか」
親友ともいえる間柄のモブレスの登場に、コキゾザークが嬉しそうにソファから立ち上がった。
二人が嬉しそうに握手を交わしてるのをヒースシアンが妙な眼差しで見つめている。
その視線の意味に気づいたサニィは、当の二人に気づかれず、かつヒースシアンの耳に届くような囁き声で言葉を紡いだ。
「養豚場と屠殺場。お好みはどちらで?」
「……ッ!? けほっ! ……サニィ……」
思わず噎せ込んでしまったヒースシアンは恨みがましい視線をサニィに向ける。
「失礼しました」
微塵も失礼とは思っていないサニィの言葉に、だがヒースシアンも咎めることはしない。
事実、彼も似たようなことを思っていたからだ。
視線を向けたのは、お茶を口に含んだタイミングで囁いてきたからである。
「ヒースシアン殿、どうなさった?」
「すまない、モブレス殿。茶を飲んだ際に、変なところに入ったものでして」
そう誤魔化して口を拭ってから、ヒースシアンは二人にソファへ座るよう促した。
それに従い、二人が揃って腰を下ろしたところで、本日の話し合いのはじまりだ。
「さて、そろそろ話し合いを始めましょう。
王女の暗殺――その計画がバレてしまったからには仕方がありません。ですので、どうするべきか――という話です」
暗殺を計画し、いざ実行日をどうするかというところで、王女が突然行方を眩ませたのだ。
その理由が、暗殺者に狙われていると独自の情報網で掴んだので落ち着くまで姿を消す――というもの。
これには、その計画者であるコキゾザークとモブレスは大いに焦った。そして、慌ててこの会議を開くこととなったのである。
(俺としては、今の王が退き――王子だろうが王女だろうが、どちらでも良いからとっとと玉座に着いてもらいたいのだが)
ヒースシアンは胸の裡で呟きながら、こっそりと息を吐く。
彼の理想を言えば玉座につくのは王女であってほしいが、王女派ではない。王女であれば、自分の能力で傀儡にしやすいだろう――とは思うが。
「やはり、暗殺計画は一度とりやめて様子をみるべきか……」
「だがモブレス殿。其方は来年――貴族の肩書きが剥奪されてしまうのだろう?」
モブレスは詳細を語らないが、何やら現王の怒りに触れることをしてしまったらしい。
今年の残りの日々は、領地引き継ぎの為の仕事の整理に費やせ――と厳命されているそうだ。
「……だから暗殺をして王子を祭り上げ、その王命を破棄してもらう計画だったわけだが……」
王女を殺し、王を殺し、王子を王とする。
なるほど。理屈としては簡単だ。
だが、彼らは肝心なところが抜け落ちている。
(王子が王になったからといっても、王命って破棄されるものかしらね?)
サニィは思わず胸中で首を傾げた。
彼らの計画には、王子を傀儡にする方法が抜け落ちている。
まっとうな貴族としても、暗躍する悪辣貴族としても、彼らはどちらの実力も足りていないのだろう。
モブレスに至ってはもう後がない。
だがその状況を作り出したのは、彼の領地経営手腕の下手さと、身に余る野心のせいだとは気づいていないらしい。
(もっとも、モブレス男爵領は、後任の方がうまくやるでしょうけれど)
そもそもこの話し合いだって、二人は「どうしよう」ばっかりで、提案や実行方法などの案を出すのはほとんどヒースシアンだ。
だが、どれも二人は乗り切れないようで、未だ方針もアイデアも決まらないでいる。
(悪役になりきれない悪役は、本物の悪役に良いように利用される――なんて話は聞くけど、この空間はまさにそれね)
ヒースシアンも悪役と言うには後一歩なところはあるが、少なくとも豚二匹よりもまともな方である。
そんな中で、ヒースシアンは小さく嘆息した。
「このままでは埒があかないようですね」
それからあまり気乗りしないような様子で、服のどこかに隠し持っていたらしい、二つの指輪をテーブルにおいた。
「……仕方がない……お二人とも、これを」
その指輪はオダマキと呼ばれる大陸東側原産の花を台座に、黒い石が取り付けられたものだ。
「オダマキの武護花導具ですか?」
「ヒースシアン殿、この黒い石は?」
「特殊な種朱でしてね。副作用が強いので取り扱いは注意ですが――マナを巡らせるコトで通常の種朱の十倍以上の身体能力増幅効果があります」
その言葉に、仮面の下でサニィの片眉がピクリとうごいた。
「とある遺跡から出土したものを行商人が買い取り、そして私がその行商人から買ったものです。
まだいくつかありますので、お二人は遠慮せずそちらをお持ちください」
その上で――と、ヒースシアンは紙を一枚テーブルに置く。
「私が独自に掴んだ情報です。お二人がどう使うかはお任せします」
ヒースシアンが見せてきたその紙を、二人は顔をくっつけながらのぞき込む。
子供であれば微笑ましくも見えるだろうその姿だが、やっているのは脂ぎった太めの男が二人である。
「王女は綿毛人として、この街の協会に出入りしている?」
「あるいは、綿毛人としてシェラープに向かっている?」
その紙に書かれていたのは、王女の動向らしきものだった。
二人はその内容にむむむ――と眉を寄せた。
「毎度のコトではありますが、私とあなた方は――表向き付き合いはありません」
「ああ。分かっている。いつも協力を感謝している」
「指輪と情報――どう使うかは我々次第というコトか」
「はい。そういうコトです」
二人がヒースシアンの言葉にうなずくのを確認すると、彼は立ち上がる。
「さて、もう少し――その指輪を使う作戦などの話を続けたかったのですが、生憎とこの後に予定が入っておりましてね」
「多忙な中、すまないなヒースシアン殿」
「また何かあったらよろしく頼む」
「ええ、こちらこそ。では失礼します」
ヒースシアンが部屋から出ていくのに、サニィはそのまま留まるわけにもいかない。
(……ジャックに報告するべきね、これは……)
ヒースシアンを監視していろ――その命令の意味をようやく理解したサニィは、指輪を食い入るように見ている二人に背を向けて、ヒースシアンの後を追いかけるのだった。
♪
道中の別れ道を、地図の通りに進んでいくと、そこに小さな石造りのような建物があった。
その入り口にいる兵士に、綿毛人のライセンスを見せればあっさりと中に通してくれた。
「今回は、煙幕とか使わなくてもすんなり入れたわね」
「あの時は大変だったよねぇ……」
「お二人ともなにをなさったんですか……?」
ユノとユズリハがしみじみと口にすると、ドリスが何とも言えない顔をする。
白い石で出来たようなその遺跡の入り口は、思ったよりもしっかりと建物としての形状を残したまま口を開いていた。
ただ建物としてみるととても小さい。
この一階部分は、単純に下へ降りる階段を保護するためだけに存在しているようだ。
「ライラ、ドリー。一つだけ忠告しておくわ。
遺跡の中ではむやみやたらに、何かに触らないで」
「ついでに、わたしとユノよりも前を歩くのも厳禁だからね」
踏破済みのエリアにだって、今までの探索者が見落としてる何かがある可能性があるのだ。
ましてや、今回はドリスがいる。
先ほどジャックが、指輪がないと修理は難しい――というようなことを口にしていた。
それはつまり、王家の血筋の者が特定の花導具を持っているのが前提となっている場所があるということだろう。
「……って、あれ?」
そんな思考の途中で疑問が沸いて、ユノは首を傾げた。
「どうしたの、ユノ?」
「ああ、ごめん。考えゴトしてたらちょっとね。
とりあえず進みましょう」
思考は続けたまま、ユノは全員を促して階段を降りていく。
ジャック・プロテアは、この花噴水は目当ての花導品ではなかった――と言っていた。
それはどうやって確認したのだろうか。
(先への進み方を知っているコトを思うと、中に入って調べたとしか思えない……だけど、なら王族が必要な場所はどうしたのかしら?)
不可解な矛盾が胸に沸くが、ユノはひとまずそれは心の隅に追いやった。
「なにはともあれ、楽しまないと遺跡に失礼よね」
「お姉ちゃん。目的忘れないでね?」
「だいじょうぶ、だいじょうぶ」
ライラのツッコミに気楽に返事をしてユノは笑う。
推定、第三文明次代終盤に作られたの遺跡。
この遺跡がアタリでもハズレでも、ユノとしては存分に楽しむつもりである。
遺跡、気になる情報、興味深い話、新たなジャンルの花導具……と、話題がいっぱいありすぎて悩んだ結果どれも選べず、とりあえず通常モードのユノ。
実はいつどこで暴走モードに突入するのだろうかとハラハラしてるユズリハ。
そんな状態のまま、遺跡探索開始です。
次回は元気に遺跡の未踏区画探索の予定。