032:慌ただしく咲く騒乱の花
ユノ達がリリサレナ広場へやってくると、確かに大時計の前で二人の騎士が言い争いをしている。
その片方――女性騎士の方にはユズリハは見覚えがあった。
「なんだ? リーゼを知ってるのかユズリハ嬢」
「うん。この前、私がカウンターにいる時に修理依頼品を引き取りに来た人」
「――っというコトは、姫も彼女のコトは……っと、うん? 姫はどうした?」
一緒に横を走っていたはずのユノが居ないことに気がつき、カーネイリは訝しむ。
「え? あれ? ユノ?」
ユズリハもそれに気がつき、二人で周囲を見渡す。すると、ユノは足早に――というか、全速力で騎士達の元へと突き進んでいく。
「うあーッ、ややこしくなる予感しかしないッ!?」
ユズリハが頭を抱えるが、時すでに遅し。
「正気かシニアーティス? これは街のシンボルであり生きた先史花導器なんだぞ?」
「生きた先史遺産だからこそ、ですよッ! シャンテリーゼ隊長ッ!!
分解してその仕組みを完全解明すれば、花学はより高みに至ると思いませんか?」
「言いたいコトは分からないでもない。だが、街の所有物である以上は、我々は勝手など出来るわけがなかろう。やるのであれば、この街の行政局に許可を取る必要がある」
「グラジ騎士が分解すのです。文句を言うなんて大それたコト……ぶべっ!?」
「ぶべ?」
シニアーティスと呼ばれていた若い騎士の言葉が、途中で奇妙なうめき声へと代わり、シャンテリーゼが眉を顰めた。
見れば、彼は地面に突っ伏している。
「なぁにがッ、グラジ騎士がッ、分解すのですッ、よぉぉッ!!」
足をあげた姿勢のまま、ユノがハッキリと口にする。
言葉が遮られたのは、ユノが彼を背後から蹴り飛ばしたからだろう。
「何様のつもり? アンタらみたいな連中に、この花導器を分解させるもんですかッ!
例え行政局の連中が許しても、このあたしユノ・ルージュが断固として拒否するわッ!!」
足を下ろし、怒気を隠そうともしないで宣言する。
「そもそも、あたしがバラすの我慢してるのは、先史技術の塊だから分解したら戻せなくなる恐れがあるからよ?
この街のシンボルで観光名所で収入源でもある以上、そういう懸念があるのだから、それこそ好き勝手出来るモンでもないでしょうがッ!」
突っ伏したまま立ち上がらないシニアーティスに怒鳴りつけるユノの言葉を、シャンテリーゼが肯定する。
「彼女の怒りはもっともだ」
それから、シニアーティスが立ち上がるのを待ってから、訊ねる。
「改めて聞こう。花学の発展――その言葉は、確かにお前の言葉であろうが、本心には聞こえない。本当のコトを答えた方がいいぞ?」
シャンテリーゼは剣に手を掛けながら、まっすぐにシニアーティスを見据える。
それに、勘弁したように彼は両手を挙げた。
「……団長に頼まれました。
『濡れ沈む遺口』はこれと関係があるだろうから、可能ならば分解してこい、と。グラジ騎士が壊すのだから、文句などどこからも出てこないだろうって」
シニアーティスの言葉に、シャンテリーゼが嘆息した直後、再び彼はユノに蹴り飛ばされた。
石畳に打ちつけられた彼は、蹴られた場所を押さえつつも顔を上げた。
「何をするッ!?」
「壊そうとしたコトにも、花学の発展に貢献するという言葉にも、グラジ騎士だから大丈夫って言葉にも……アンタの意志や思想は介在してないの?」
相手の抗議を無視して、顔を上げるシニアーティスを下目遣いで睨みつけながらユノが問う。
その怒気に気圧されたのだろう。彼は激しく首肯してまくし立てるように答えた。
「あ、ああッ! 全て団長に頼まれたッ! そうすれば大丈夫だって言ってたんだッ!!」
「その服――学術騎士よね? 騎士学校卒なのか、騎士試験合格なのかは知らないけど……腐っても学術騎士になれる程度の実力はあるんでしょう?」
「ああ……」
「だっていうのに、団長の言う通りです? 団長に言われました? 団長の指示です?
それってつまり、団長って奴に取り入って気に入ってもらいたいってコト?」
淡々と問いかけるユノに、シニアーティスは力強くうなずいた。それから、彼女に言い返すように告げる。
「そうだよ、それの何が悪い! 末端とはいえ皇王家の血筋でッ、しかも共修騎士始まって以来の天才と呼ばれている人だ! 尊敬し、付き従い、手伝って何が悪いッ!!」
ギリッ――と、奥歯を噛みしめてから、ユノは叫ぶ。
「序章は紅蓮に爆ぜる大木ッ、続章は落雷で砕ける岩山ッ、終章は光海の果ての消失ッ!!」
グローブに施された霊花繊維の刺繍を触媒に、マナが巡り――
「重ねて三つッ! 其は轟音の――モガっ……」
「ユノすとーっぷ!」
そこへ、慌ててユズリハがやってくると、ユノを羽交い締めして口を塞いだ。
「姫、流石に広場でその三重はマズい」
顔をひきつらせながら、カーネイリもそう言いながらやってきた。
ユズリハは周囲のマナを探り、ユノの言葉に導かれていたマナが霧散していくのに安堵する。
火炎と雷撃、それと閃光の三つを混ぜ合わせ、破壊に特化させられた術を解放しようとしたのだ。
シニアーティスと呼ばれていた騎士がどうなろうと、カーネイリもユズリハもどうでもいい。だが、広場の一部にクレーターが出来たりするのはよろしくない。
ジタバタと暴れるユノを必死になだめているユズリハを横目に、シャンテリーゼはシニアーティスに問う。
「あくまでも団長に指示されただけ、自分はその通り動いただけだと、言うのだな?」
「はい」
うなずくシニアーティスに、シャンテリーゼは手を伸ばし、その手を握った彼を立たせてやりながら、さらに問いかけた。
「では、私が来る直前、お前に声を掛けてきた住民に対して杖を抜いた理由はなんだ?」
「そ、それだって……自分が団長の命令を遂行しようとしたのを邪魔しようするから……」
「そうか」
そううなずき、シャンテリーゼは握っていた手を離した。
「ならば仕方ない」
「隊長!」
分かってくれますか――そんな表情を浮かべた彼の頬に、シャンテリーゼの拳が叩き込まれる。
「けじめは必要だ」
たまらず吹き飛び、地面に横たわりながら、何が起きたのかとシニアーティスは目を白黒させた。
「これで溜飲を下げてくれ、ユニック工房の店主よ」
「……いいわ」
ユノは完全に納得したわけではなかったが、一応納得してうなずいた。
「隊長……なぜ!?」
「何故だと? それが分かっていないから殴ったのだがな」
シャンテリーゼの言葉の意味が分からない。そんな顔をする彼に、ユノは告げる。
「別にさ、団長とやらにとってアンタなんてどうでもいいのよ。死のうが、行方不明になろうが、知ったこっちゃない。運良く役に立てばそれでいい。
アンタみたいな自分を高めるコトより、自分より有能な相手に媚び売るのを優先するような、馬鹿の扱いなんてそんなもんよ」
「そんなはずはないッ!」
「何で? 実際、アンタは自分がやらかしたコトを団長とやらのせいにしてるでしょ? 完全に足引っ張ってるだけのクズじゃない」
別にユノは団長とやらの肩を持つ気はない。
だが、目の前にいるこの騎士は、かつて自分の周囲に寄って集ってきたアホ共とダブって仕方がないのだ。だから――どうしようもないほど腹が立つ。
例え団長とやらが、自分にとって最悪の敵であったとしても関係ない。この騎士はムカつく。それだけだ。
言いたいことは山ほどある。
だが、これ以上は言っても仕方ないだろう。
大きく息を吐いて、気分を落ち着かせる。
それだけだと、なかなか気持ちが落ち着かないので、ユノは大花時計の方へと視線を向けた。
現存する先史花導器。その偉大なる存在を見るだけで、気持ちが落ち着いてくる。
赤い長針と黒い短針。
最近は、数刻み――時間を表すのに数字も使うこと――もだいぶ使われるようになってきたが、目の前にあるのは先史遺産の花時計だ。
時刻は花刻み――時間を表すのに花を使う昔ながらのもの――だ。
零時の蘭からはじまり、右回りにスイートピー、チューリップ、フリージア、ガーベラ、アルストロメリア、ヒマワリ、トルコキキョウ、グロリオーサ、ユリ、コスモス、ブバルディア。
昼である今は蕾であるこの花たちは、夜にならば発行しながら花を開く。その幻想的な光景は、何度見ても見飽きない。
「……やっぱり、これよね」
だが、今はその幻想的な光景の思い出よりも、この大時計で咲く花が重要だ。
遺跡の中で出した答えが、ここへ来て改めて確信へと変わった。
これならば――そう思った時だ。
「二代目ッ、ミスタッ!」
先ほど孔雀の冠亭に飛び込んできた男が、駆け寄ってきた。
「お前も忙しいな、おい」
カーネイリが思わず苦笑する。
それにはユノとユズリハも同意するが、どうにも様子がおかしい。
「そんなに血相変えてどうしたの?」
ユズリハに訊ねられて、男は呼吸を整える間もおかずに答えた。
「孔雀の冠亭にグラジ騎士が数人やってきて暴れやがったんだ!」
「ちッ、グラジの連中めッ!!」
それを聞くなり、ユノ、ユズリハ、カーネイリは同時に走り出す。
シャンテリーゼもユノ達を追いかけようとして、一度足を止めた。
周囲を見渡し――
「アレン」
知った顔を見つけて声を掛けた。
「大変だな、お前も」
「まったくだ。どこから見ていた?」
「最初から。やばそうなら割って入るつもりだったが、ユノやカーンの旦那が来たからな」
肩をすくめる彼に苦笑し、シャンテリーゼが頭を下げる。
「不躾な頼みで済まないが、出来れば彼を拘束しておいてほしい。後で私が尋問するのでその余地さえ残しておいてくれるのなら、この街の流儀で構わない」
「あいよ。カルーアのとこ行くんだろ? 詫びは早い方がいい。とっとと行きな」
「感謝する」
シャンテリーゼは、アレンに一礼すると、ユノ達を追って駆けだした。
その背を見ながらアレンは呆然としているシニアーティスに近寄った。
「さて……街のシンボル壊そうとしたんだ。落とし前、付けてもらうぜ?」
そして、彼の側で腰を落とすと、その耳元でアレンは囁くように告げるのだった。
「マスターッ! カルーアッ!」
ユノ達がお店に飛び込む。
「安心しろ、デカイ被害は何もねぇよ」
それに、マスターが苦虫を噛み潰したような顔で答えた。
「多少店のモンを壊されたのと、カルーアが顔に軽い怪我をしたくらいだ」
やれやれと肩を竦めるマスターに、ユノは周囲を見渡す。
確かにテーブルなんかは多少ひっくり返っているようだが、今は従業員達が、お客さん達と一緒に片づけをしている。
「ああ、もう。カルーアの綺麗な顔に傷つけて」
ユズリハがほっぺたの血を拭っているカルーアへと駆け寄る。
「これ刃物の傷だね。剣の先っちょで脅された?」
「ええ、そんなところよ」
気丈に振る舞っているようだが、声が微かに震えている。いくら荒事に馴れているとはいえ、怖かったのだろう。
「カルーアこれ」
ユズリハは小さな容器を取り出すと、カルーアに手渡した。
「滲みるけどよく効く軟膏。塗っておけば、傷も跡になりにくくなるから使って」
「ありがとう」
「怪我してる人がいたら、みんなで使っていいから」
ユズリハとカルーアのやりとりを横目で見ながら、カーネイリが訊ねる。
「マスター、連中の目的はなんだった? 普通、意味もなくこんなコトなどすまい」
「うちの赤バラのカンテラだ。何に使うのかは知らねぇがな」
マスターが答えるなり、ユノがカウンターに自分の拳を叩きつけた。
突然の音に驚きながら、マスターはユノへと視線を向ける。
「あいつらも……ッ、気づいてたッ!」
頭の中に、お腹の中に、胸の中に、様々な感情が渦を巻いていく。
それらをひっくるめたその感情を一言で言い表すなら――
「ムカつく。何重にもムカつくッ!」
沸々と沸き上がる気持ちを抑え切れず、ユノは毒づく。
丁度その時、シャンテリーゼもお店へと入ってきた。
「マスター、カルーア嬢。うちの者達が本当に申し訳ないコトをしました。頭を下げても仕方がないコトだとは思っておりますが……」
そうして、お店を見るなり、彼女は頭を下げる。
そんなシャンテリーゼに対して、マスターは静かに口を開く。
「頭を上げな騎士の嬢ちゃん」
「…………はい」
「グラジの騎士として、嬢ちゃんが今すべきコトは何だと思う?」
マスターの射抜くような視線を真っ直ぐに見返して、彼女は告げる。
「過激派を止めるコトです。このようなやり方、正さなければなりません」
その言葉に、マスターはうなずくと、ふっと力を抜いて口元に笑みを浮かべた。
「じゃあ頼むわ。これ以上は、さすがに街の連中も黙っちゃいないぞ?」
コクリと、シャンテリーゼはうなずいた。
二人のやりとりの横で、気持ちを落ち着けていたユノが、大きく息を吐き告げる。
「マスター。カンテラは取り戻すの無理かもしれないわ」
「お前さんが貸してくれって言ってた理由と同じってところか」
「ええ。あれは大花時計の秘密を解き明かす鍵の一つなの」
「なるほど。後で報告を寄越してくれるってんなら納得してやる」
「うん」
マスターの言葉に了承して、ユノはユズリハへと向き直る。
「ユズリハ、常濡れの森海へ行くわ。工房に戻って準備するわよ」
「了解」
うなずくユズリハに続いて、シャンテリーゼが言って来る。
「私も一緒に行っても良いか?」
それに、ユノはやや逡巡してから、首肯した。
「いいわ。道中の騎士達を説得してもらえそうだしね」
続けて――ユノはカーネイリへと告げる。
「カーネイリさん、最悪、過激派達は街へ戻ってくるわ」
「最悪というと……?」
「別にあたしらが殺される――ってワケじゃなくて、連中を止められなかった場合よ。
遺跡が稼働したら、間違いなく大花時計に何か変化が生じるわ。それを確認するには街へ来るしかないもの」
「なるほど。最悪を想定して使えそうな腕利きを揃えておけというコトか」
「ええ。行政局やミス・ゴールドも最悪を想定して昨晩から準備してたわよ」
「ふんっ――夜勤明けだというのに……。
だがまぁ、この街の為だというのなら、一肌脱ぐのもやぶさかじゃあない。西に一足遅れなのは気にくわないがな」
カーネイリはユノにそう言うと、ふらりと店の入り口へと向かっていく。
「だが……お前たちよりは先に仕事を始めさせてもらう」
入り口のドアに手をかけ、カーネイリは背中越しに視線を投げて、不敵さと信用が混ざったような笑みを浮かべた。
「森の方は任せるぞ。二代目、ユズ嬢、リーゼ」
シニアーティスはただの囮。
冠亭には綿毛人も多く来るという情報から、念のため広場で騒ぎを起こし、多くの目をそちらへと向けておいてから、冠亭でカンテラを借りるというダン団長の采配。団長側から見れば大成功の部類。
次回、シャンテリーゼをパーティに加え再び遺跡へ突入します。
最奥の謎解き答え合わせまでは行きたいところ……