026:突入の即席花術弾
二人と一匹がしばらく歩いていると、ユズリハが口を開く。
「あ、そうだ。さっきの池にさ、鬼灯を大きくしたような花があったよね?」
「ええ、あったわね」
黙々と歩くのが暇だったのだろう。ユズリハが雑談がてらそう切り出すと、ユノがうなずいた。
「あれって鬼灯の一種?」
「そうよ。この森の――特にあの池の周囲に群生してるオーガランプっていう品種。姿形を覚えておくと良いかもしれないわ?」
ユノはその話題に乗っかり、ユズリハへと講義するように語りだす。
ついでに、ドラも覚えられるなら覚えておきなさい――と告げる。
「何で?」
「『悪酔い草』とか『死な安草』とか言われる、強力な毒消し草なのよ」
「ロクな二つ名じゃないよね、それ?」
苦笑するユズリハに、ユノも苦笑混じりにうなずく。
「ええ。副作用が強烈過ぎるからね。でもね……もっとも解毒成分の強い実の部分を口にすれば、強力な致死毒も、ただの死にたくなるような悪酔いに変わるわ」
「悪酔いって……」
「体験談によると、いっそ幻蘭の園へ連れて行ってくれって思うくらいには強烈な気分の悪さだったらしいわよ。まぁ一ヶ月ほどそれに耐えたら、致死量を超えた致死毒から生還出来たそうだけど」
「なるほど」
死な安草とは言ったものである。
ようするに、死ぬことなく最後に健康へ戻れるのであれば、死にたくなるような苦しみだろうと安いモノ――という意味で名付けられたのだろう。
もっと縮めて言うなら、『死ななきゃ安い』。それをさらに縮めて『死な安』となったのだろう。
「……と、講義はここまでみたいね」
言われて、ユズリハはユノの視線の先に自分の視線を向ける。
「みたいだね」
地面が隆起したのか窪んだのか。
樹齢だけはありそうな、ほぼ枯れて葉もない大木の根本。そこにぽっかりと人が入れそうな口が開いていた。
よく見ればその口は傾斜した階段になっているようだ。
「どうするの?」
ユズリハに問われて、ユノが思案する。
入り口が見えているとはいえ、流石に見張りの騎士たちがいるのだ。
「んー……」
ユノは周囲を見渡す。
そして、何やら近場の木の根から何かを取った。
「キノコ?」
「あ、これ。上手に調理すると美味しいわよ」
「でも食べる為に取ったんじゃないよね?」
「そりゃあね」
ちょっと持っててと、ユズリハにキノコを手渡してから、うなずいて、ポケットから小瓶を取り出す。
軽く小瓶を振って、中に入っていた赤い粉を少量、自分の手のひらへと出した。
「キノコ、乗せて」
「うん」
赤い粉末の上に、キノコを乗せてもらいつつ、口の開いた小瓶と蓋を預かってもらう。
「粉末霊花?」
ユズリハの問いにうなずきながら、ユノは軽く目を伏せ、自らの霊力門を開く。
「ユノって火のマナ――というか、火の術が好きなの?」
「あのハデさは嫌いじゃないわね」
そう言いながらも、別に火を起こすわけではなさそうだ。
「何するの?」
「ちょっと黙ってて。見てればわかるから」
人は呼吸などで無意識にマナを体内に取り込む。だが人は花と違い、マナをマナのまま自らの力として吸収することが出来ない。
故に、人は霊臓器と呼ばれる器官にて、取り込んだマナを保管する。
保管されたマナは徐々にオドという人間が吸収しやすい力に変換されるが、変換しきれず、吸収しきれなかったマナは霊力門より外へ強制的に排出する。
ちなみ余談だが――オドに関する器官も存在し、それぞれを命臓器、命力門と呼ぶ。
ともあれ。それが人の、自然なマナとの関わり方であった。
だが人はその在り方を大きく変える術を身につけた。一度取り込んだマナを、自らの意志で霊力門を開閉することによって自由に行使する術。
それを用いてマナを利用し、花や精霊の助力を願い、マナの動きをコントロールする花術。
「始まりは失われゆく聖水。続章は餓え渇きゆく望み。終章は衰退し枯渇しゆく水場」
言葉によって花と精霊に方向性を訴え、マナの動きの制御に協力してもらう。
花術としての詠唱。マナを用いた術の種。術を使用する準備のひとつ。
それは――言い換えれば、マナに名前を付ける作業である。これには一定のルールはあるものの、使う言葉の指定は特にない。
そして、名前を付けたマナを花や花導品といった媒体に乗せる。今回の媒体は粉末霊花だ。
「重ねて三つ」
詠唱は重ねれば重ねただけ、より綿密かつ正確な方向性を示せる。その為、重ねた数が多いほど、術の効果や精度、あるいは範囲が増大していく。
だが、せいぜい人が制御出来るのは三重程度と言われている。一度に使用出来るマナの量も、霊力門の開ける大きさも、その辺りが人間の限界だと結論づけた論文が発表されていた。
実際、ユノも四重以上は成功したことがない――わけでもないが、個人的には成功とは言い難いと思っている――くらいだ。
最後に――それら詠唱を受けて、変じたマナに花銘を告げる。
詠唱で方向性を与えられ変質したマナを内包する媒体は、すでに本来の媒体から逸脱した存在となっているのだ。
故に、新たな名前を与えることで、詠唱に沿ったマナの排出方法を提示する。
「其は湿地も乾かす枯渇の風」
その言葉にも意味はない。
花銘もどんな名称でも良いとされている。その為、詠唱も花銘も術者の個性が出る。最終的に術が発動さえすれば、何の問題もないのだ。術者にとってみれば、詠唱も花銘も、術を発動するプロセスの一端にすぎない。
それら一連の流れを、特定の言葉とイメージを結びつけて、集中力を高めて成功率を上げる――そんなプリショットルーティーンでしかないと言う術者もいるくらいである。
そんな詠唱と花銘だが、ユノはその効果を端的にイメージした言葉を使うことを好んでいた。
術者が花銘を口にすると媒体が、銘に沿ってマナを放出し、精霊の助力を得て世界を一時的に塗り替える。
それにより、ユノの手中の赤い粉末は仄かに光りだした。やがて光は粒子となると、ゆっくりとキノコの中へと吸い込まれるように消えていった。
そして、粒子を吸い込んだキノコはあっという間に干涸らびていく。
「干し野菜を作るのに便利な術だね」
「どういう感想よ、それ」
ユズリハが言う通り、キノコはあっと言う間に乾燥していた。
「即席花術弾用の小筒って、中身が空のものある?」
「あるよー」
「それ、貰っていいかしら?」
「うん」
ユノはさらに花術を用いて、キノコを粉末に変えた。それを粉末霊花と共に小筒へと入れる。
それから特殊な紙を取り出して、それに複雑な紋様を描くと、その紙を丸めて、小筒の中へと入れた後、蓋を閉じた。
「即席花術弾。ユノも作れちゃうんだ」
「そりゃあね。この程度は花導具作製の基礎みたいなものだもの。
もっとも、趣味であれこれしてるだろう本職と違って、即興だとあたし自身のマナに反応する程度のモノしか作れないけどね」
「それでもお喋りしながらサッサと作れちゃうのは大したもんだって」
感心するようにも、呆れているようにも見える表情でユズリハが肩を竦める。
「アンタがこの森に不慣れなだけ。土地勘や植物特性の知識とか、それが届く範囲でなら、私と同じコト出来るでしょうに。
しかも、もっと応用力とか対応力を広げたアレンジをしながらさ」
「うん。まぁね」
呆れ顔を向けてくるユノに、ユズリハはあっさりうなずく。
「さて――これは、私のマナを通したら三十秒後に炸裂するわ。
こいつを、炸裂五秒前くらいの状態で、見張りの足下へ投げてほしいんだけど」
「おーけー。お任せあれッ!」
この即花弾にどんな効果があるかは分からない。
だけど、ユズリハにとっては何一つ問題はなかった。
ユノが作った即花弾に触れること。ユノが自分に仕事を託してくれたこと。それだけで、ユズリハにとっては充足に満ちた出来事だ。
ならばそれに対する返礼として、与えられた仕事をキッチリとこなすだけである。
「んじゃあ、やるわよ」
「うん」
ユノのマナに反応し、起動した即花弾を手渡される。
投げる先を見据え、軽く呼吸を整え、機を伺う。
「そ~れっと」
どことなく気の抜けるかけ声と共に、ユズリハはそれを投げた。
それが、地面に落ちるよりも早く、ユノが告げる。
「いくわよッ、息は止めておきなさいッ!」
言うなり、ユノはそこから走り出す。
「りょーかいッ!」
ユズリハとドラもそれを追いかける。
まだ、炸裂していない――それを問うことには意味がない。
作り手が時間を指定してまで、投擲させたのだ。
ならば、ここで走り出すことこそが最良なのである。
「なんだお前たちはッ!?」
地面に転がる筒に気を取られていた騎士の一人が、顔を上げて叫ぶ。
だが直後、その筒から猛烈な煙が吹き出して視界を覆った。
「なんだ? 火事かッ!?」
「うああああああ……ッ!!」
「げほっ……息が……げほっ」
途端にパニックが起きるが、二人はそれを気にせずに、目的地へと向かっていく。
舞い上がる煙に紛れて、入り口へ向けて駆ける。
だが、煙によって視界が悪くなってしまっていたがゆえに、ユノは泥濘に足を取られてしまった。
「げっ」
前につんのめるように滑るユノの手を、ユズリハは取って引っ張った。
そこから、たたらを踏みながらも体勢を整える。そうして一気に煙を抜けて、二人は遺跡へと無事に侵入した。
その直後、背後から悲鳴が聞こえてくる。
「いてぇッ!?」
「どうしたッ!?」
「何か、針のようなものが……ッ!?」
「トカゲのような魔獣がいたぞッ!?」
「けほっ……気をつけろッ! 女どもよりも、そっちが先だッ!」
「煙に乗じて襲ってくるかもしれんッ! 警戒しろッ!」
混乱する煙の中から、うっすらと赤い線が出てくる。
その線は、ユノたち前までくると、周辺がゆっくりと色を持って、この場でドラの姿を形作った。
「時間稼ぎご苦労さま、ドラちゃん」
ユズリハが笑って見せると、ドラはドヤっと言いたげな表情を浮かべた。
ドラと合流した三人はそのまま、遺跡の廊下を歩いていく。
その道すがら、ユノは声を潜めながら言い辛そうに、ユズリハへと告げた。
「ユズリハ、ドラ、助かった。ごめんっ」
「ごめんじゃなくて?」
「クァゥ?」
「え? う、……あ、ありが、と」
「よろしい」
「クァゥ」
顔を真っ赤にして、そっぽを向きながらお礼を告げるユノに、ユズリハとドラは楽しそうにうなずくのだった。
ちょっと短いですが、キリが良いのでここで切ります。
ユノがお礼を口にするのは実はレア。ユズリハもドラちゃんもレアな言葉を聞けて大満足。
次は遺跡の中の探索です。