018:そのやる気、ダメだと言う気は、無いけれど
「イヤよ」
ユノが工房から一歩外に出ると、どうやら待ちかまえていたらしい少年がいた。
彼を見かけるなり、ユノの口が勝手に開く。条件反射というやつだ。
「まだ僕は何も言ってないじゃないかーッ!」
まだまだ幼げな様子の残るその少年はほっぺたを膨らませ、ぶーぶーと文句を垂れる。
だが、その程度でユノが動じるワケもなく、ハッキリと拒絶してみせた。
「アンタに関わるとロクなコトになんないからねッ!」
「ふふふふ……そう言っていられるのも今のうちだよ、ユノ・ルージュ!
今日という今日は、キミの口から賞賛が漏れるコト請け合いの、勝算ばっちりの大実験だッ!」
「その実験って、毎度毎度命核がいくつあっても足りないようなコトばっかりだからイヤだって言ってるの」
「ユノ、付き合ってよーッ! 今回は平和的なやつを作ったからさーッ! 命核の危機とかないはずだからーッ!」
「イヤよ」
「つーきーあーってーッ!」
「イヤ!!」
心の底からの拒絶を見せてやると、少年の瞳がじわじわと潤んでいく。
「うー……」
「ぐっ……な、泣いたって……」
「ずーるーいーよーッ!!」
泣いたって無駄だ――そう口にする前に、少年が涙を流しながら、子供特有の甲高い声で叫ぶ。
「この間、僕はユノの実験に付き合ったのにーッ! ユノは僕の実験に付き合ってくれないんだーッ! ユノの嘘つき嘘つき嘘つーきーッ!!」
うあーん! と彼が大声で泣き出せば、ご近所からの視線がこちらへと向いてくる。
世間体なんて正直どうでも良いが、自分自身のことはともかくとして、師匠から受け継いだ工房の評判が下がってしまうのはいただけない。
「うあー……んッ!!」
「わかった……わかったわよ。付き合えばいいんでしょ、付き合えば」
「……ぐすっ……ホント?」
涙を拭いながら、上目使いで訊ねてくる少年に、ユノはうなずきながらどうしようもない敗北感に打ちひしがれるのだった。
♪
カイム・アウルーラの職人街にある、公共公園。
公園とは言うものの、子供用の遊具などはほとんどなく、疎らに生えた木と、その木陰にベンチが設置差れている程度で、あとはほぼ芝生のような場所だ。
そもそも、居住街と違い働き盛りの大人たちが多いこの辺りでは、遊び場としての公園よりも憩いの場としての意味合いが強い。
だいたいは、タバコを吹かしている大人たちが、灰皿の近くのベンチを占拠していることが多い。
そんな場所であっても、広々としたこの場所は子供にとって遊び場である。
午後にもなれば、どこからともなく集まってきた子供で賑わっていく。
しかし、今日はそれも少し様子が違っていた。
「あ~っはっはっはっはっはッ! よくぞ来たなユノ・ルージュッ!!」
「来たく無かったのにあんたが工房の前でどうしても来て欲しいってびーびー泣いたんでしょうが」
やたらとテンションの高い少年と、やたらとテンションの低い少女が、公園の真ん中を陣取っている。
どこか気怠げな面持ちで、手にした杖にやる気無く体重を預けながら、少女の方――ユノは周囲を見渡しすと、野次馬達は少なからずいた。
「ユノとエーデルが何かするのか?」
「ユノも付き合いいいよな。エーデル坊やの暴走は面倒くさいし」
「嬢ちゃんも暴走する時あるからどっちもどっちなんじゃないか」
ギャラリーから聞こえてくる声に、自分でも何で付き合ってるんだろう――と思わなくもない。
しかもそれなりの回数、少年の実験と称した戯れに付き合っている気がする。
気がつくと彼の実験の数々は、この辺りでの暇つぶしの見世物と化しているようだった。
その事実に、なおさらうんざりとした心地が増していくが、来てしまったものは仕方が無いと、ユノは諦めて彼を見遣る。
彼の歳は、ユノよりもだいぶ下だったか。十になったかなってないかぐらいの年齢だったはずだ。
光に照らされれば白く輝いて見える長い銀髪を三つ編みにした、黙っていれば美少女と見間違おうこともありそうな容姿をしているこの少年は、何やら腕を組んで、酷く挑発的で挑戦的な笑みを浮かべている。
髪型に関しては、母親の趣味だとかで、以前はポニーテールだった時もある。なぜか女性的なものばかりなのが不思議ではあるが、少年自身はあまり髪型に興味はないらしかった。
力強く輝いている桃色の大きな瞳は――さっきまで大泣きしていたので、少し赤い。
フード付きのトレーナーに、茶色のハーフズボンといういかにも子供らしい格好の上から、白衣を羽織っている。
その白衣は大人用のものらしく、袖はダボダボだし、丈も膝よりも長く、風が吹くとマントのようにはためいていた。
そして、何より一番の特徴はその頭の上に乗った狼のような耳だ。
髪の毛の銀と違い、こちらは光沢の少ない薄い灰色をしているが、決して作り物なのではなく、彼の自前の耳である。
白衣に隠れているが、狼のようなしっぽも持っている。
この辺りではあまりみない少数民族アニマ族の特徴だ。
彼らは種族的に、身体に動物的特徴を持つ。世間的に差別されやすい種族であるが、この街ではあまり気にする者はおらず、そのことを気にして見せる住人も居なかった。
彼の名前はエーデル・スノーレオン・ブランゲルバー。
ユノが認める、数少ない本物の天才。ただし、色々と難のある人物ではあるが。
「それで、今日は何の用?」
「何の用とは連れないなユノ・ルージュ!
僕がキミを誘うなんて理由は一つだけだ。そう。科学。マナ無き人々も安心して使うことができる安全安泰安産祈願な新アイテム! 名付けて『科導具』……のお披露目会に決まっているだろう。キミに認めてもらわなければ意味がないからなッ!」
「別にあたしが認めなくたって実用性あるなら世間が勝手に認めてくれるわよ」
「例え世間が認めてもキミが認めてくれなければ僕は自分を認めないッ!」
「あーもー……本当に面倒ね、アンタ」
この少年、どういうわけなのか、妙にユノに付きまとう。
ユノに認めて貰うまでは、自分の発明は認められたことにならないという――変なコダワリを持っているらしいのだ。
「手っ取り早く行きましょう。何を作ったの?
アンタの背後にある、その木組みのよく分からないのが今日の発明?」
「知識人に手っ取り早くとは連れないなユノ・ルージュ。
我々はインテリだぞ。知識人だぞ。そんなインテリ知識人ならば、そのインテリジェンスを世に知らしめる為に、インテリ感たっぷりにインテリちっくなインテリっぽい会話を楽しみながらインテリア見学をしてこそ、インテリな感じのインテリア生活だと思うのだがどうだい?」
「内容に微塵もインテリ感の無い寝言言ってないでとっとと先に進んで」
大袈裟な仕草で、大仰にインテリな発言――と本人は思ってる――をしているエーデルに冷たく告げて、ユノは彼の背後にあるものを見た。
一見すると、遊具に見えるそれは、ユノの身長の二倍くらいの高さはある。
木材で組上げられた、がんばって人の形を模そうとしたカクカクしい形。中にはヒモやら、フラスコやら、ギザギザした円形パーツだとかで、ごちゃごちゃしていた。
外装が無いので中身が丸見えになっているような感じだが、それだけ見ても、ユノにはそれで何ができるのかよく分からない。
「これの説明の前に、まずは語らせてくれたまえッ!」
バッっと両手を広げ、その瞳を爛々と輝かせながら、エーデルは声高らかに、歌うように語り出す。
「さて、僕は常々言っているが、花学とは、即ち花によって導かれる学問だ。
精霊の宿たる花。その精霊が生み出せしマナ。その二つの恩恵を、より大きくより豊かに用いるコトを是としているッ!」
「そうね。それは否定しないわ」
「だがッ! 同時に人間が体内に取り込んだマナを外へ放出し、ある程度コントロールする術――それがなければ、花の導く恩恵はないッ!」
「花術不能者問題ね」
「その通りッ!」
ビシッ! とユノを指さして、彼はオーバーにうなずいた。
「人はッ、生き物はッ、習うコト無くマナを巡らせる術を得ているッ! だがそれは、マナを巡らせることを行う体内器官――霊力門の在り方に依存している。これは生まれ持っての才能の分野だッ!」
「昔、『より少ないマナと、より少ないマナ流動で動く花導具の開発をするべき理由』って論文を書いたわ」
「うむ。一般公開されている範囲は拝読した。実に素晴らしい内容だったよッ! あれが叡智集まる都でウケが悪かったというのが信じられないッ!」
頭を掻きながら、ユノはふいっと彼から視線を逸らした。
これだ。正直なところ、付き合う理由はないし、だいたいバカな結果――時には命核にかかわるから洒落にならないのだが――に終わることが多いのに、彼はこうやってユノを褒めてくる。
ガキ――と切り捨てたいのに、なかなか鋭い指摘もしてくるのだ。そのおかげで、どうにも無碍にしづらいのは事実である。
「さてッ、ユノ・ルージュの研究の一つは実に有意義であることは認めるがッ、だがそれはどこまで言ってもッ、残念なコトにマナ流動能力が最低限必須なのだッ!!」
これには反論のしようがない。
少数ではあるものの、世の中には完全花術不能者と呼ばれる人が存在する。
彼らは体内の霊力門が全く開いていない為、マナ流動を行えない。
故に、ユノがどれだけチカラの必要量を抑えた花導具を開発したところで、使うことができないのだ。
どれだけマナの必要量を抑えようとも、動かすには最低限のマナ流動が必要になってしまうのだから。
「そこで、僕の出番だ。強くて凄くてカッコいい、僕が提唱する新たな理論にして学問ッ! 皆さんッ、お馴染みお待ちかねッ! その名も自然科導学ッ!」
だからこそ――例えトチ狂っていて、ロクな結果を残さなくとも――エーデルが提唱しているこの自然科導学を、ユノは否定する気はなかった。
彼が披露するたびにユノが疲労困憊になるとはいえ、要所要所はそれなりにできているのだから。
少なくとも、自然科導学理論は、花学と同じくらい世界を変えるだろうポテンシャルを秘めていると、ユノは密かに思っていた。
口に出すとエーデルが調子に乗るが目に見えてるので、絶対に口にすることはないが。
「おーけー。いつものところまで来たわね。毎度毎度この問答しなきゃならない理由がよく分からないんだけど」
「ギャラリーがいるからねッ! お茶の間にいるのが常に同じ人であるとは限らないのだから、お約束っていうのは大事なのさッ!」
ふふふん! と胸を張って、エーデルは白衣を翻しながら、その背後にそびえ立つ木組みの巨人モドキを示した。
「そして、これが僕の作り出した科学の申し子ッ!
光るッ、回るッ、音が出るッ! 空飛ぶ縁の下の力持ちッ、自律歩行型問答無用平和的解決兵装ロンド・ベル君三号さッ!」
「どこが光るの?」
「予想負荷に耐えうる素材が見あたらなかったので今回は見送ったッ!」
「回るの?」
「ここの歯車がぐるぐるとッ!」
「音が出るの?」
「全体的にボディが軋む音とかッ!」
「……空を飛ぶそうだけど」
「将来的にはそういう装備をしたいと思っているッ!
どこからともなく飛んできて背中とドッキングする赤い翼とかロマンを感じない?」
「自律とか言ってたけど」
「男には見栄を張りたい時もあるッ!」
「歩行」
「名付けて祈れば心が宿って歩き出しそうだよねッ!」
深く、とても深く、ユノは息を吐いてから、改めて問いかける。
「それで、それは、なにが、できるの?」
「うむッ! それなッ!」
力強くうなずくと、エーデルはロンド・ベル君三号とやらの背面に設置してあったらしい梯子部分を昇って、握り拳ほどの黒い何かを一つ、後頭部にあたるだろう部分に設置した。
それから、梯子から降りてきて、左足(?)に当たる部分に設置されていた巨大なフラスコのようなもの下にある、何かに火を付ける。
「まあ見て貰った方がわかりやすいだろうからねッ!」
フラスコの中に入っている液体はただの水のようだ。
それが沸騰し、蒸発し、蒸気となって吹き出すと、そのチカラで歯車が回り始めた。
「へぇ」
何が起きるのかはまだ分からないが、それだけでユノは感動する。
大したことがないように見えるが、これを見れただけで、割と呼び出された価値があった気がするのだ。
蒸気のチカラ――案外、馬鹿に出来ないかもしれない。
一つの歯車が回り始めると、それに連なる歯車が連鎖的に回転し始める。それによって頭部に設置された筒の先端が開き、先ほどそこへ設置したらしい握り拳ほどの鉄球が顔を出した。
ころころと鉄球は転がりはじめると、設置された道に沿って転がり落ちていく。
その動く様が楽しいのか、ギャラリーの子供たちには大ウケだ。
鉄球は途中でジャンプしたり、振り子にぶつかったりしながら、ロンド・ベル君三号の中をぐるぐると巡っていく。
最後は右腕に内蔵されていた筒の中へと転がり落ちていくと、その筒に蓋がされた。
「これだけ?」
「いや、最後の〆があるッ!」
無意味に胸を張るエーデル。
いつものことながら、その様子に面倒くさいものを感じつつも、ロンド・ベル君三号の様子を見遣る。
何やら右腕の筒も熱されているようだ。
しばらく待っていると――ボンッ! という音が聞こえた。
直後――
「うわぁっぁッ!?」
その右腕の先端から、ユノへ向かって鉄球が射出されたのだ。かなりの勢いで発射されたそれを、彼女は本能的に横へ飛んで躱した。
ドゴン――という鈍い音とともに、先ほどまでユノがいたあたりに、鉄の球がめり込んでいる。
ユノが呆然とそこを見つめていると、それはもう満足そうなエーデルの声が響いた。
「ビバ☆科導学ッ!」
「殺す気かッ!」
「名付けてッ、アイアンレーザーッ!」
「聞いてないッ!!」
立ち直ったユノが思わず叫ぶ。
「今回は割と平和的って話はどこに行ったのよッ!?」
それに、エーデルは首を横に振って、真顔で告げた。
「花導学も、自然科導学も、犠牲は付き物だと思わない?」
「思うけど……でもその犠牲は絶対にあたしじゃないッ!」
「密閉した筒を熱すると、膨張した空気によって蓋の代わりとなっていた鉄球が吐き出される――素晴らしいとは思わなかったのかね?」
「そうね。最初の蒸気とその部分は、それなりに見るべきものだったかもしれないわね。あたしに球が飛んでこなければ」
そこまで答えて、ユノは半眼になった。
「ねぇ、最初の蒸気はともかく、途中の鉄の球が体中を巡っていく理由はなに?
単純なお披露目だけだったら、蒸気のチカラと、鉄の球を吐き出すところだけで充分だったじゃない」
「何を言うんだ。緻密に計算された無駄な機構というのもインテリには付き物だろう?」
「やっぱ意味なかったのッ!?」
「意味ならあったさ」
「どういう?」
「子供たちの歓声を聞いたかな? ギャラリーウケが良くないと、スポンサーが付かないからね」
こめかみを抑えながら、ユノが天を仰ぐ。
これだ。この少年と付き合うと、だいたい頭痛がセットなのだ。
「ねぇ――さっき問答無用平和的解決兵装とか言ってなかった?」
「争う二人の片方が黙ればとりあえず状況は解決はするだろう?」
「別に発生する問題はまるっと無視すればね」
ユノがうめいていると、偉そうな態度から一転して、何か期待するようにエーデルが抱きついてくる。
「ねぇねぇ、それでどうだった? どうだった?」
それはもうキラキラした眼差しで、少年が上目遣いで訪ねてきた。
「僕すごいよね? ロンド・ベル君三号すごいよね?」
「蒸気で歯車を回すのと、熱で鉄の球を発射するのは……まぁ悪くはなかったんじゃないかしらね」
「いえすッ!」
握り拳を天に掲げて、それはもう嬉しそうにエーデルが叫ぶ。
「とはいえ、ロンド・ベル三号そのものは無用の長物よね」
「ロマンがな~い」
「実用性が無さすぎるって言ってるの」
「そうかなぁ」
「まぁ物好きな貴族にだったら、一点ものの面白兵器として売れるかもね」
「そういう扱いにもお金にも興味はないなぁ」
口を尖らせるエーデルに、本気で不思議になってユノが訊ねる。
「どこを目指してるワケ?」
「さぁ? 花導学を用いない導具の発明って楽しいからしてるだけだしね」
「道楽だったの?」
「道楽の果てに完全花術不能者たちも楽しめる未来があったら素敵じゃないか」
「つまり、マナ流動の必要のない導具の開発は、道楽のついで?」
「どうしてそう解釈するかなぁ……。
僕の道楽も、僕の夢も、僕の失敗も、僕の成功も――ただ目的地が同じってだけさ。だから僕は好きなように楽しみながら、進むんだ。
科導具を作り続けている限りは、間違いなく、先には進めてるはずだからねッ!」
ユノにとっては、眩しすぎる――そう感じるエーデルの言葉。
返す言葉がでてこなくて、ユノはそのまま黙り込む。
自分は、花学が好きだ。
花導品が好きだ。
修理も鍛冶も開発も大好きだ。
だけど、自分が進む果てというのはどこにあるのだろうか。
エーデルのように、何かを見据えているわけではない。成したいことがあるわけではない。
「まぁ難しくてギャラリーウケの悪い話はさておこう」
ふっふっふ――とエーデルが不敵に笑う。
あまり良くない思案に沈みはじめていたユノの意識が、再びエーデルに向いた。
「さぁユノ・ルージュッ! このロンド・ベル君の改良点はないか、キミに聞かせてもらいたいッ!」
「存在そのもの」
とりあえず即答してみせると、エーデルは意味が分からないとでも言いたげに、大笑いをしてみせた。
「はっはっはッ! 斬新な目の付け所だ。さすがはユノ・ルージュ!」
「あるいは、開発者の頭の中身とか性格とかかしら?」
「僕はいつもで自分の改造と開発に余念はないから、問題ないさッ!
具体的には、朝晩のストレッチッ! あと食生活にも気を付けつつ、三時のおやつは欠かさないッ! 読書の時間も大事だよッ!」
だんだんと相手にするのが面倒くさくなってきたのを感じながら、ユノは嘆息する。
「改良点が思いつかないんだったら仕方ないさッ!
もう一度、アイアンレーザーのターゲットになってみれば良いんだからねッ!」
「アンタ、本当はあたしのコト始末したいの?」
「右手のアイアンレーザーがダメなら、左手のアイアンクラッカーを見てみないかい?」
「…………いいわ」
もう一度、鉄球の的にされるのは勘弁願いたいが、まったく別の機構があるなら、一応つき合いで見てやらなくもない。
ユノがうなずくと、エーデルは嬉しそうに鉄球を頭部にセットして、今度は右足のフラスコの底に火を付けた。
さっきと同じように歯車が回り出すと、さっきとは別のルートで鉄球がロンド・ベル君三号の体中を巡っていき、勢いよく左手の近くの皿の中へと落ちた。
皿は左手の先端から伸びる紐と繋がっており、その張りつめた紐は、勢いよく鉄球が皿に落ちてきたことでより強く引っ張られる。
直後――パンッ! という乾いた音が聞こえた。
ユノは反射的に身を竦ませる。
さっき同様に、発射まではタイムラグがあると勝手に思いこんでいた。だが、今回は皿に乗るのとほぼ同時に音が出たのだ。
(何が起きる……? ケガとかしないわよね……ッ!?)
最悪、ケガは最小限に抑えられるように、身構えていると、目の前を花びらが無数に舞った。
「え?」
それは、ロンド・ベル君三号の左手から放たれたようだ。
舞い散る様々な花びらと一緒に、数本のリボンと、紐に結ばれた周辺国の国旗のミニチュアが飛び出してくる。
「…………」
「びっくり☆どっきり☆クラッカーッ!」
エーデルが、テヘペロっと舌を出しながら、グッと親指をサムズアップしてみせることで、ようやく何が起きたのかユノの脳味噌が理解をしてみせた。
「ちょいなーッ!」
「甘いッ!」
理解すると同時に、蹴りを放つ。
だが、エーデルはそれを華麗にかわして見せた。
「キミの足癖の悪さは把握済みさ。残念だったね!」
チッチッチと指を振って調子に乗るエーデルに、ユノの中に、割と本気で殺意が芽生える。
「……で? 今のは何の意味があったの?」
「争いごとの最中にこれを使うと、何事かって騒ぎが止まって平和的かな、と」
「今現在あたしの中からあふれ出る殺意は平和的かしら?」
「ユノが短気なだけだろー?」
悪意も悪気もなく、エーデルがべーっと舌を出す。
「アンタさ、実はあたしのコト嫌い?」
「え? そんなコトないよ? そもそも嫌いだったら、自慢の一品の実験なんかに誘うわけないじゃないか。
わざわざ実験を邪魔する為に顔を出すアホとか――そういうのユノだって嫌いだろ?」
「その通りなんだけど、なんか納得いかないわね……」
半眼でうめいて、ユノは確認するように訊ねる。
「ところでさ、ロンド・ベル君三号って壊れても大丈夫?」
子供相手に大人げなかろうが、我慢しなくていいや――なんてことを考えながら。
誰だって命は惜しい。あの鉄球は間違いなく怖かった。
左手のイタズラも直前で鉄球の破壊力を見ていたから、正直びっくりドッキリで済まないくらい驚いた。
「もちろんッ! 壊れてしまうコトは考慮にいれているよッ! っていうかパーツごとに分けてしてここに持ち込んで、ここで改めて組み立てたんだけど、すっごい大変だったからさー、木製なのを良いことに、ここで処分していこうかなーって思ってはいたのさッ!」
「そっか。それは良いコトを聞いたわ」
そろそろ疲れてきたところだから、丁度良かった。
ニッコリと笑って、持っていた杖をロンド・ベル君三号へと向ける。
「始まりは燃え広がる枯れ葉の乱舞、続章は膨張する焔罪、終章は記録を焼き尽くす魔王ッ!」
「え?」
「重ねて三つ――其は灰燼を求める腕ッ!」
躊躇うことなく、火炎系の詠唱を三つ重ねて、花銘を言い放つ。
花銘を発するのと同時に、ユノの背後に大きめの火の玉が二つ現れた。
その火の玉のそれぞれからは、まるで腕が伸びるように炎が吐き出され、吐き出された二条の火の腕は地面を走りながらロンド・ベル君三号を撫でると、あっという間に粉砕し、その破片のことごとくを燃やし尽くした。
「な、な、な……何をするのさぁーッ!!」
「燃やして処分するつもりだったみたいだから、お手伝い」
ユノが爽やかな笑顔を向けてそう告げると、エーデルも笑いながら、目を眇める。
「ふっふっふ……キミはいつもそうやって、僕の発明を壊すよね」
「うふふふ……アンタの発明はいつもあたしに危害を加えるわよね」
ギャラリーがゆっくりと輪を広げていく。
ユノが花術を使った辺りで、直感的にやばいと気づいた人たちが多いようだ。
もっとも、当事者二人はまったくそんなことなど気にしていないようだが。
エーデルが、腰にぶら下げていた奇妙な形の導具――彼はガンと呼んでいる。剣や花術にとって代わる未来を担う武器の模型とは本人の弁だ――を抜く。その先端に咲いているガーベラの霊花をユノへと向けた。
エーデルは両目に涙を称えて、詠唱を口にする。
当然ユノも、対抗するように愛杖の先端にある蓮の霊花をエーデルに向けた。
「1行目、エクスプロージョン! 2行目、エクスプロージョンッ! 3行目、エクスプロージョン!」
「始まりは燃え広がる枯れ葉の乱舞、続章も燃え広がる枯れ葉の乱舞、終章も燃え広がる枯れ葉の乱舞!」
詠唱も、花銘も、その呪文に意味は無い。
マナ流動への集中と、動かすマナと自分のイメージを結びつけるのに言葉を発するだけだ。
一種のプリショットルーティーンとも言える。特定の言葉を口にすることで、即座に使いたい術のイメージを思い浮かべられるようにしているのである。
また舌にマナを乗せ、はっきりと言葉にすることで――より正しく確実に、術者の希望を精霊や花へ伝えられるようになると言われている。
もっとも効果を出しやすい言葉が術者ごとに異なるのだから、結果として術者独自の呪文となっているわけだ。
まぁそれはともかく――
二人の周囲に、火炎のチカラを持ったマナが大量に渦巻き始める。
素人目に見ても大規模な術行使であると見てとれるそれに、ギャラリーたちは悲鳴をあげながら、逃げ始めた。
「重ねて三つッ、エクス・エクス・プロージョンッ!!」
「重ねて三つッ、其は咲き誇る華焔の種ッ!!」
そして、職人街の憩いの場に、無数の火柱が乱立する。
「どうしてユノは僕をあんまり認めてくれないんだよーッ!」
「認めてるけど、認められない箇所が多すぎるのよーッ!」
「ユノのばーかッ、ばーかッ!! すぐに花術ぶっぱなしやがってーッ!!」
「アンタだってガンガン術をぶっぱなしてくるでしょうがアホーッ!!」
「ばーかッ、ばーかッ、ユノのばーかッ!!!」
「アンタだってアホでしょうがーッ、アホーッ!!!」
罵り合いから、どんどんインテリちっくさが抜け落ちていきながらも、公園の中では破滅的で破壊的な――それでも、公園の外には影響を与えないように制御している――高位の花術が乱舞する。
「あー……間に合わなかったかー」
ユノがエーデルに連れて行かれた。それを聞いたユズリハが慌てて駆けつけてきたのだが、どうやら間に合わなかったらしい。
目の前で低レベルの言い争いをしながらも、高レベルの花術が舞い踊る光景を見ながら、ユズリハが呆然と天を仰ぐのだった。
それでも勇気を出したユズリハが止めに入った後、割って入るタイミングを計っていた行政局の人たちがやってきて、ユノとエーデルは滅茶苦茶怒られることとなる。
怒られることとなるのだが……
それは……これより数時間ほど先の話――
明日はもしかしたら更新できないかもしれません。