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花修理の少女、ユノ 作者:北乃ゆうひ

日常編-01- フルール・ユニックの日々

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019:過去にあったいくつかの出来事

今回はユノの一人称と、とある人物中心の三人称が、途中で何度か切り替わります。

 幼い頃に、両親に先立たれたあたしは、母の姉――つまり叔母に引き取られた。

 不慣れにも自分を育てようとしてくれる叔母に、幼心に迷惑を掛けたくなかったあたしは、元々興味があった花学を本格的に勉強し始めた。

 そして、あたしは叔母に無理を言って学術都市の最高峰とも言われる学院――通称『高嶺の花の種』を受験したのだ。

 学院始まって以来の最年少受験者にして、最年少合格者となったあたしは特別寮をあてがわれ、そこでひたすらに花学――とりわけ、花導学に傾倒していった。

 最後には、学院の最短受講数卒業生であり、最年少卒業生などとなってしまった。

 ついでに、飛び級の天才。花に愛された娘、精霊の申し子などなど――そんな風に勝手に二つ名を付け、博士だの教授だの特級花術師だのと勝手に肩書きを与えて、ついでに、あたしをマスコットとして学院にとどめておきたいのか、専用の研究室まであてがわれた。

 そういう見え見えの魂胆は敢えて見ないフリをして、与えてくれる研究資金や資材を有効利用していたのだけれど……。

 あたしの研究は媚びを売るべく手伝いにくるアホに足を引っ張られ。
 あたしの成果は恩着せがましい自称恩師に持っていかれる。

 嫌気がさしたあたしは、学院から与えられた肩書きのすべてと、資金も施設も資材も返上した。

 研究の合間に街へ出て、簡単な修理やメンテナンスでお金も稼いでいたおかげで、幸いにも全額一括で返上出来た。

 そうして、肩書きも卒業履歴も全て投げ捨てて、あたしはただのあたしになった。

 少しのお金があって、
 後は誰にも裏切られない環境で、
 花学を触れればいい。
 花導学を研究できればいい。
 花導具(フィオレ)を作れればいい。
 花導器(フィオリオ)を診れればいい。
 花導品(フィーロ)を愛せればいい。
 あたしにとってはそれが全てで、
 それだけでよ良かった。

 それなのに――学院は、そういうことが出来ない場所だと気づいてしまった。
 学院と繋がりの強い、花導職人互助協会(フィーローズギルド)をまったく信用できなくなってしまった。


 そうして全てを捨ててアテなくあちこちさまよっていた頃――あたしは師匠に出会った。

 無口で無愛想。
 身体は大きくて筋肉質。
 花を愛でるよりも、バカでかい両手剣や、戦鎚を振り回すのが似合いそうな体躯な上に、強面。

 花修理職人(フルール・リペイア)なんて言葉が似合わないほど無骨な見た目をしたその人は、だけどあたしと同じくらい花導品(フィーロ)を好きな人だった。

 その人が、あたしの故郷(カイム・アウルーラ)で腰を落ち着けて工房を開くって言うから、半ば押し掛け同然で弟子になった。

 それが、今のあたしの始まりだ。
 あの時、無理矢理にでも弟子にしてもらえなければ、
 あたしはきっと、どこでもない場所で、野垂れ死んでいただろう。


 そして――子供の持つ無駄な矜持と言われてしまえばその通りだけれども――この期に及んで、当時のあたしは心の奥底に一つだけ、こだわっていることがあったのだ。

 叔母夫婦には迷惑をかけたくない――と。


     ♪


 かつての、ある日――


「職人工房開店許可を取りに来たはずなのに、どうしてオレはお前と茶なんて飲んでいるんだ?」
「数年ぶりに街へ戻ってきた貴方と話がしたかった――ではダメかしら?」
「口説き文句としては悪くないかもしれねぇが、旦那も子供もいる女の言う台詞じゃあ、ねぇな」

 彼の目の前にいる女の名前は、ネリィ・レッド・クレマチラス。
 本当はもっと長ったらしい名前なのだが、よほどかしこまった場所ではない限り、彼女は正式なフルネームを名乗らない。

 だから彼も、基本的にはネリィとしか彼女を呼ばない。

「連れないわね。それで、工房を作るだなんて、どういう風の吹き回し?」
「弟子が出来ちまってな。連れ回すのもどうかと思ったんで、馴染みの街に腰を落ち着けようと思っただけだ」
「それこそどういう風の吹き回し?」

 そういうキャラじゃないでしょう――と、彼女は大真面目に驚いた。
 失礼な……と、彼は思ったものの、自分の普段の行動や言動を思い返してみれば、なるほどそう思われるのも仕方がない。

「強いて言えば、お前ら夫婦への恩返し――かな」

 行く宛も無くやることもなく、ただ無為に世界をさまよっていた自分に、手を差し伸べてくれたのは、まだ結婚する前のネリィとその夫だったのだ。

 彼はそれを返しきれない恩だと思っている。

 今の自分が、放浪の修理屋なんぞをしながら食っていけているのは、間違いなく、ネリィたちのおかげなのだから。

「恩なんていいのに――と言ったところで、意味ないか。
 それで? この街に落ち着くことが恩返し……というのがよく分からないのだけれど」
「ん? まぁなんつーか、その弟子ってのがだな……」

 どこで拾って、どういう経緯で弟子入りさせたのか――それについて話してやれば、彼女はあからさまに顔色を変えた。

「……便りがないのは元気な証拠――なんて、信用できない言葉ね」
「小娘なりの矜持があるらしい。お前らとは顔を合わせづらいらしいから、面倒見てやるさ」
「悪いわね」
「そう悪いものでもない」
「え?」

 思わず漏れた言葉に、ネリィが目を瞬く。
 失言だったな――と思いながらも、彼は頭を掻きながら答えた。

「かつて、お前たちがオレを見つけた時――こんな風に思ったのか……ってな気分だった」

 記憶がなく、目的も思い出せず、だけど、胸には思い出せない使命の重圧だけがくすぶったまま途方に暮れていた、かつての自分。

 憧れを(けが)され、夢を投げ捨て、目標を閉ざし、だけど、胸に燃える思いだけにすがって、途方に暮れていた拾い者(女の子)

 どこか、似ているものを感じたのだ。
 同時にずっと分からずにいた、ネリィたちが自分に手を差し伸べた理由というのに、ようやく納得行く答えを得れた気がした。

 なんてことはない。
 なんとなく――だったのだろう、と。

 自分もそうだ。
 小娘なんて放っておいて、未だ思い出せない己の使命を思い出すのが先決だ――そう、思ったはずのに。


     ……


 荒野の真ん中ともいえる場所で、枯れ木の下でうずくまるように一人で野営していたまだだいぶ幼さ残す少女に――気がつけば、彼は手を差し伸べていた。

「どうした、嬢ちゃん」
「行く宛がない」

 しばらく何も食べていないのだろう。
 酷く痩せて、やつれて、弱々しくて――なのに、

「食いたいモンはあるかい? 偶然とは言え、こうして出会えたのは何かの縁だ。ごちそうしてやる」

 そう言った彼に対しての、彼女の返答は、彼を大いに驚かせた。

「その杖……」
「ん?」
「おっさんが背負ってる杖と、鎚を見たい。花導具(フィオレ)……しかも花導武装(フィオレプス)でしょ? そこまで完璧な実用品、見たコトないの。見たい」
「メシは?」
「あとでいい」
「…………」

 あとでいい――などと言える体調には見えない。今ここで食事のチャンスを逃せば、すで準備を終えている命核(ソフィル)が、確実に旅立つだろうことは明白なのに、彼女は花導具(フィオレ)を求めた。

「……お前さん、名前は?」
「ユノ……ユノ・ルージュ」
「確かその名は……」
「なに? 【紅才愚者(フールージュ)】とか【愚かなる赤(フールズ・ルージユ)】とでも呼ぶ?
 その名前で呼んだら殺すわ。おっさんが誰であろうと……いえ、おっさんであろうがなかろうが……その名で、あたしを呼ぶコトは、誰であろうと許さない」

 殺意とともに、怨嗟が姿を得たような声で、彼女は告げる。

 彼が考えていたのは別のことだったが、名誉と栄誉の全てを投げ捨てて、学院から姿を眩ましたという生徒の噂くらいは聞き覚えがあった。

「……まずはメシだ」
「え?」
「オレの杖と鎚は、先史文明(アルテ・ブレーメ)――いや、そのそのさらに前の文明に生まれ、時代に取り残されていた貴重品だ。
 お前が誰であれ、どんな腕前の職人や術者であれ、そんなフラフラのやつに触らせて傷つけられたらたまらん」
「……言い分はわかるわ」
「とりあえず、手持ちのモンを食わせてやる。そんで、近くの街で身なりを整えろ。色んなもんを整え終わったら、見せてやる」
「……ほんとうに?」
「信じるか信じねぇかはテメェで決めろ。オレが何を言おうと、最後に判断するのはテメェ以外の誰でもねぇ」
「…………」
「少なくともここで野垂れ死んだら、オレの杖と鎚だけでなく、あらゆる花導品(フィーロ)が見納めになるぞ?」
「…………わかったわ」

 散々悩んだ後で、その娘はうなずいた。
 それは生きる目標を見定めたというよりも、死ぬ前に最高の娯楽を得たような、そんな顔だった。

 ただそれでも、この場では少なくとも生き延びる気になってくれたのであればそれで良い――と、彼はそこに腰を下ろすと、保存食で作る旅料理の準備を始めた。


 ややして、保存用の乾燥野菜と乾燥肉を煮込んだスープを食わせてやったら、彼女は妙に驚いた顔をしてから、どこか困ったように告げる。

「おっさん……」
「なんだ?」
「料理ヘタね」
「ほっとけ」

 自分があまり上手でない自覚はある。
 だが、他人に言われるとちょっと腹が立つ。食わせてやってるのに、口うるさいやつだ――そんな風に思っていると、彼女は安堵したような表情で、小さく続けた。

「でも、あったかい」

 そのささやかな言葉に、どれだけの意味があったのかは、彼には理解できない。

「そうかい」

 だから、彼はそれだけを返した。


     …


「フリック。あのね……」
「ネリィ。虫の良い話なんてものはどこにもないぞ」

 古い友人が言いそうなことを先回りして、彼は言葉を制す。

「これはオレの気まぐれだし、気まぐれとはいえ弟子にした以上、面倒は見る」
「……そう」
「折りを見て、お前らとは知人だってコトは話すつもりだ。
 だが、今は――もうしばらくは、あいつの好きにさせてやってくれ」
「お願いしても良いの?」
「仲の良い相手に対して、そのお願いとやらを躊躇うような殊勝な女じゃなかっただろ、お前さんは」
「そうね。なら、娘をお願いするわ。出来るなら定期的に娘の状況の報告とか欲しいのだけれど」
「そっちは虫の良い話だな。そんな面倒なコト、オレがするとでも?」

 ガラにもなくおどけて言ってやれば、それもそうだと、ネリィは肩をすくめた。

 それから気を取り直したように、行政局員の顔で訊ねてくる。

「それで、フリッケライ・プロテア工房長。
 我が街に新しく開く工房の名前はなんと仰るのかしら」
「おう。掛け替えのない花(フルール・ユニック)ってのにしようと思ってな」

 良い名前だろ――と、自信たっぷりに口にすると、彼女はしばらくキョトンとしてから、やがて吹き出した。

「あははははは――似合わないッ! センスは認めるけど、フリックッ! 貴方の姿からはまったく想像できないくらい似合わないわッ!」
「ほっとけ」

 ケラケラと笑うネリィに、彼は頭を掻きながら憮然とした表情で口をとがらせるのだった。


     ♪


「お前は、もう少し花導品(フィーロ)以外に心を開いたらどうだ?」

 それは口数の少ない、師匠の口癖のようなものだった。
 あたしにとっては、師匠に対する数少ない嫌いな点の一つでもある。
 この口癖自体、あたしを弟子にとった故のものなのだろうけれど。

「だって、みんな馬鹿なんだもの」

 師匠の口癖に、そんな風に返していたら、気づけばその頃のあたしは、それが口癖になっていた。

「そうか」

 そして、そう返すと決まって師匠は小さくうなずいて、また元のへの字口に戻る。
 嫌いな口癖ではあったけど、師匠と交わす数少ない会話でもあって……。

 だからだろう。

「お前は、もう少し花導品(フィーロ)以外に心を開いたらどうだ?」

 普段とは違う師匠のリアクションを見てみたくなったあたしが、ある日気まぐれに、返答を変えてみたみたのは。

「だってみんな馬鹿なんだもの。
 馬鹿だからみんな、天才(わたし)に嫉妬して裏切るの。でも花導品(この子)達はあたしを裏切らない。あと、ついでにお金も……」

 修理中の花導具(フィオレ)を撫でながらあたしが答える。

 それは、ただの経験から来る言葉だった。
 なのに――師匠はなんだか、とても申し訳なさそうな顔をした後で、急にあたしを抱きしめた。

「そういうコトだったのか。気づかなくて悪かった」
「な、なによ……?」
「すまねぇな」

 戸惑うあたしに、師匠が急に謝ってきた。

「師匠?」
大人(オレ)達のせいで、そんな風にしちまって。
 人間(オレ)達のせいで、花学にしか開かない心にしちまって」
「なに言ってるの、師匠?」

 意味が分からなかった。
 まるで、あたしを困らせてきた全ての馬鹿を代表するように、師匠が謝ってくるものだから、面をくらってしまったのだ。

「だが、俺はお前を裏切らない」

 騎士が誓いを宣誓するように、師匠はそう告げてあたしをより強く抱きしめる。

「は? なに言ってるの? そんなの……最初から……知って……あれ……?」

 それに、いつも通り素っ気なく返そうとして、ふりほどこうとして……自分の声が震えて、自分の瞳が潤んでいるのに気がついて……。
 自分が泣いているんだって、気がつくのに時間がかかった。理解が出来なかった。

「この街もだ。この街自体も、良くも悪くも、互いの信頼と信用で成り立っている街だ。お前が信じている限り、この街も、この街の連中も裏切らない」

 そのまま、師匠の腕の中で大泣きしたのを覚えてる。

 両親を亡くして以来、一度も流さなかった涙を、今までため込んできた全ての涙をその場で流し尽くすかのように。

 後になって思えば、あの時になって初めて師匠に対して、本当の意味で信頼と信用をしたのだと思う。

 カイム・アウルーラについても、師匠がそう言うなら多少信頼と信用をしてやってもいいかな、と。

 その日以来、あたしの信頼するものは三つになった。

 花導品(フィーロ)とお金――それから師匠。
 付け加えるなら……現在進行形で様子見中ではあるけれど、この街――カイム・アウルーラ。

 まぁもっとも――こんだけのことを言っておきながら、このやりとりの三年後に、師匠は幻蘭の園へと旅立っちゃったわけで……。世の中ほんと分からない。

 だけど、師匠があそこで抱きしめてくれてなかったら、あたしは今ほど、街の人たちから信頼してもらえてなかったんじゃないかなって思う。


     ……


葬儀(あれ)から、もう二年なのか……」

 作業を一段落した時、大きく伸びをしながら、あたしは天井を見上げた。

「ってコトはあたしは来年、成人祭(せいじんさい)か……」

 とりとめのない思考がそこへと結びついて、思わず口から漏れる。

 来年……あたしは十八だ。
 十八になれば、この大陸では正式に成人扱いとなる。

 それを祝い、精霊から祝福を受ける、成人祭。
 祝福を受けるだけでなく、新成人は、その日まで成長できたことを、精霊とお世話になった人に感謝する場でもある。

 だから――というわけじゃないけれど、ちゃんと帰った方がいいかな、と思えるようにはなってきている。

 できれば、成人祭の前に。

 薄々とは気づいてた。
 あたしは、知らず知らずのうちに、叔母さんと叔父さんの支援を受けていたのだ。そのことのお礼をちゃんと言いたい。

 でも、あたしはやっぱりひねくれ者で、素直になれないから――なーんか、キッカケ……ないと動けそうにない。

 今年中になんかキッカケ……あればいいんだけどねー……。

2/13変更 師匠没後3年経っているとしていましたが、先のネタや設定との整合性から、2年に変更しました。
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