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女勇者セレス 作者:松宮星

剣と仲間と

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死の荒野 2話

 シャイナ南東部のシャングハイに着いた女勇者一行は、熱狂的な歓迎を避けつつ、西のインディラを目指した。
 北方諸国と国交が断絶している現在、北に向かうには、北から発行される特別な通行許可書が必要だ。しかし、大魔王復活直後からエウロペ国王が協力要請の親書を送っているにも関わらず、北方側からの動きは未だになかった。ジャポネ王城の宮廷魔術師の魔法でエウロペ国王と会話し実情を確認したセレスは、インディラ行きを決めた。
 普段、勇者一行の進むべき道を決めるのは、勘が鋭い赤毛の傭兵だった。砂漠越えも樹海越えも、彼の天性の勘に助けられ、一行は無事に道を進めたのだ。
 しかし、インディラまでの道は武闘僧が先頭に立つ事となった。道案内を任せて欲しいと強く訴える武闘僧に、説得するのも面倒とばかりに赤毛の傭兵は簡単に折れ、羅針盤の役目を放棄した。
 武闘僧は地図を広げ、野鳥を呼び寄せては情報収集をし、通りすがりのインディラ寺院には必ず立ち寄って進むべき道を決めていた。
 彼が選ぶ道には、赤毛の傭兵ならば安全上の理由から決して選ばない道も数多く含まれていた。


「セレス、朗報です。あ、いや、朗報はマズいですね、不謹慎でした。まあ、つまり、ついに待ちに待った情報を掴めました」
 先ほど赤毛の戦士がシャオロンを体術の稽古に連れ出したのだが、それと入れ違うように武闘僧が宿屋のセレスの部屋に入って来たのだ。赤毛の傭兵と示し合わせて、シャオロンに席を外させたようだ。
「『サリエル様』の目撃情報です」
「サリエル!シャオロンの家族や村の方を殺した仇の首謀者格の奴ね」
「ええ。やはり、サリエルは魔族でした。それも、かなり上位の………」
「………どこで目撃されたの?」
「ここより南西のウンナン県のインディラ寺院で。五日ほど前の事です。サリエルは金髪碧眼の西国風のけっこうな美男子で、細剣を持っていたとか。サリエルとその部下の魔人、大魔王教徒は、突然、寺院の中に現れたそうです」
「突然、現れた?」
「ええ。移動魔法でしょう。インディラ寺院には何重にも魔封じや外部からの侵入を防ぐ結界が張られています。しかし、大半が事前に壊されていたそうです。内通者によってね………。その愚か者はウンナンの僧正様が既にご処分なさったとのことですが」
 ナーダの顔が渋いものとなる。
「敵はやりたいことだけやって移動魔法で逃げたそうです。その襲撃で、聖なる武器の独鈷『蓮華』が盗まれ、三人死亡、八人の行方が知れなくなりました………不明八人は、おそらく魔族に肉体を運び去られたのだと思います。魔族の憑代にする為に。ここまで被害が広がったのは、敵が突如現れた為に対応が遅れたのも理由の一つですが………」
 言いにくそうに武闘僧は溜息をついた。
「魔族に神聖魔法が効かなかったせいなんです」
「え?」
「神族の御力を借り穢れを浄化する神聖魔法は、本来、魔族には絶大な効果があるはずなのですが………サリエルとその部下の魔族には全く効果がなかったそうです」
「………」
「神聖魔法を無効にした奴等は、全員、武器を持っていたそうです。剣や槍、サイ、長刀、どれも切れ味抜群の名品ばかりだったとか。敵の中には、右手に爪を装備している魔人も居たそうです」
「それって!」
「その武器の特徴は、銀色に輝く五爪と、腕にはめこむ為の黒の小手からなっている事。間違いなく『龍の爪』です」
「魔人が聖なる武器を装備しているの?」
「………更に言いにくい事を言えばですね」
 武闘僧はきゅっと唇を噛み、それから言葉を続けた。
「年の頃は三〜四十代と見える壮健な肉体、白髪交じりの黒の束髪、額の中央に黒子、口元に髭………その魔人の外見的特徴を、武闘家連盟に照会したところ………ユーシェンだと………シャオロンのお父上に酷似しているというか、彼そのものだという回答を得たのです」
「………」
 セレスは拳を握りしめた。予想していた事ではあったが………やはり憤りを押さえられない。
「シャオロンのお父様の亡骸を、魔族が悪用しているのね………」
「ええ。聖なる武器と持ち手の絆を残したまま、魔族が持ち手の肉体を手に入れたということです。神聖魔法が通じなかったのも道理です。聖なるものでは、聖なるものを破壊できませんからね。聖なるものを装備する者も、ね」
「ということは、聖なる武器が魔族を守る結界の役割をしてしまったのね?」
「そうです。前にシャオロンのお父上がおっしゃってたでしょ?敵の狙いは聖なる武器の収集で、格闘家の肉体を奪ったのはその余禄にすぎないって。つまり、聖なる武器の振るい手の亡骸を魔人にしたて、本来は魔族には致命的な神聖魔法を無効にしてしまったわけです」
「………」
「しかも、移動魔法で神出鬼没。なんか、お手上げって感じでしょ?」
「でも………」
 セレスは拳をぎゅっと握りしめた。
「お手上げなんて言ってられない。魔族は浄化しなきゃ」
 武闘僧は頷きを返した。
「その通りです。聖なる武器を持った魔人でも無敵ではありません。倒せます。ですから………多少、汚い手を使ってでもサリエルと魔人をおびき寄せて、退路を断って倒すべきでしょう」
「汚い手?おびき寄せて倒す?」
「ええ。ちょっと、えげつない罠を準備したんですよ。あんまり正義の味方向きの策じゃないんですが………好き嫌いも言ってられません。不承不承ですが、アジャンは策に同意してくれました。後はあなたの許可をいただくだけなのですが」
「どんな罠なの?」
「それを説明する前に、先に欠点を述べます。今、我々は魔族の他に忍者にも狙われています。魔族を退治するはずの罠に忍者がかかってしまうかもしれませんし、魔族&忍者の両方に襲撃されちゃうかもしれません。はっきり言って相当、危険ですよ」
 セレスは武闘僧をジッと見つめた。
「でも、あなた、勝算があるんでしょ?」
 武闘僧は胸をそらせた。
「当然です。勝てると思ったからこそ提案しているのです。私、負けるのは大嫌いですからね」
 セレスはにっこりと笑みを浮かべた。
「私も負けるのは大嫌いよ。ナーダ、聞かせて、あなたの作戦を」
「ええ、それで、セレス」
「わかっているわ。あなたの作戦が納得できるものだったら………私からシャオロンに作戦の事もお父様の事も話すわ。そうして欲しいんでしょ?」


 その六日後………


「夜明けと共に街道をひた走っていた女勇者一行は、さきほど地元シャイナの大魔王教徒の襲撃を受けました。荒野で戦闘を繰り広げ、これを撃退したのですが、その際に武闘僧が喉を負傷。かなりの深手のようです。勇者一行には武闘僧以外、治癒魔法の使い手がおりませんので、付近の警備兵用番小屋に駆け込み薬草にて治療しております。尚、現在は巡回時期ではないので番小屋は無人にございます」
「番小屋周辺は?」
「北と南に丘が連なる盆地にございます。街道ではありますが、樹木はなく、草もまばら、岩ばかりの荒れ地で、付近に民家も畑もございません。対して南北の丘の上は森となっており、身を潜めるのに適しております」
「ふむ」
 キクリの報告に、ジライは首を傾げた。
 女勇者一行とさほど距離の開かぬ街道ぞいの森に、ジライとその部下は潜んでいた。全員、黒装束に覆面の忍姿だ。この数日、つかず離れず勇者一行を追っていたのだが………県令の館、シャイナ軍駐屯城、インディラ寺院の外房など、襲撃に不適な場所にばかり女勇者は滞在していた。
 ジライは横に控えていた片腕の忍者ジャコウに尋ねてみた。
「どう思う?」
「襲撃する好機かと。ただ、」
「ただ?」
「いささか出来すぎという気も。人里離れた荒野で、治癒魔法の使い手が喉を負傷というのも………」
 ジライは頷きを返した。昔、諜報部隊の第一線で活躍していただけあって、ジャコウの洞察は鋭い。
(われ)も罠だと思う」
「では、襲撃を見合わせますか?」と、ジャコウ。
 ジライは視線を、サヨリとヒサメに向けた。アスカに代わり忍の里との連絡役として送られてきた、くノ一だ。
「大魔王教徒の動き、里では何ぞつかんでおるのか?」
 サヨリがかぶりを振る。
「ジライ様、ご存じのように東国の大魔王教徒本部は女勇者に滅ぼされました。教団長も捕縛され、神官達も散り散りにございます。忍の里を頼り逃げて来た者も居りましたが、大物は居りませぬ。ジャポネ、シャイナの大魔王教団は指揮系統が乱れておりまして、生き残りがそれぞれ勝手な活動をしているとしか言えませぬ」
「大魔王教徒に関しての、お(かしら)様よりの伝言は『教団の活動の邪魔をするな』、それだけにございます」
 と、ヒサメもつけ加える。忍者(がしら)は大魔王教徒でもあったが、常に信仰よりも里の利益をとる。顧客(大魔王教団)との関係を考慮し、活動を妨害するなと指示したのだろう。
「大魔王教徒が仕掛けていない時に殺れ、という事か?」
「おそらく………」と、ヒサメ。
「キクリ、女勇者のそばに今、大魔王教徒はおるか?」
 勇者一行の監視役のくノ一は、かぶりを振った。
「いいえ。今朝方の奴等は蜘蛛の子を散らすように逃げました。周囲に大魔王教徒は居りませぬ」
「女勇者一行にも動きはないな?」
 少しの間をおき、キクリは頷きを返した。
「ございませぬ。番小屋に籠っております」
 忍犬を使役するキクリは、己が手駒の犬と精神感応する術も心得ていた。彼女の代わりに現在、女勇者一行を監視しているのは忍犬。それが死の危険に合うか、或いは女勇者一行に動きがあれば、術師たるキクリに伝わるのだ。
「ふむ」
 ジライは溜息をついた。
「いた仕方ない………やるか」
「罠かもしれぬのに?」
 ジャコウが眉をしかめる。ジライは覆面の下に苦笑を浮かべた。
「罠かもしれぬし、好機かもしれぬ。いずれにしろ慎重に仕掛ける。まずは遠距離から、の。ジャコウ、もしかすると、おぬしが得意技を披露する前に決着がついてしまうやもしれぬぞ」

 太陽は蒼天にあった。
 単眼の鬼ダイダラは火矢をつがえ、ニメートルはある強弓を引き絞っていた。
「気持ち左、もそっと上に向けよ」
 忍者ジライの指示通りに、巨人は目標を狙う。
 三百メートルほど先の、荒野の南側にぽつんとある番小屋。それを南の丘の上から木々に隠れ、狙っているのだ。
 並みの人間ならば引く事すらかなわない大弓である。単眼の鬼のバカ力を、侏儒のコゲラは呆れたように見つめ、痩せっぽっちのマツムシは無関心そうに眺めていた。
 ユリネは番小屋を見つめていた、キツネのように細い目を大きく見開いて。番小屋が燃え、中から火だるまになった敵が転げ出てきたら………それがあの豊かな金の髪の女だったらどんなに痛快かと思い、惨劇を待っているのだ。
 ジャコウはダイダラの手並みを拝見しようと、その動きを見つめていた。
 全員、忍者装束だったが、ダイダラだけは覆面をしていなかった(ジャコウは左袖が無い、彼専用の黒装束を着ている)。単眼の鬼は素顔を晒してこそ相手の畏怖を誘えるので、覆面をしない事が多い。
 荒野を挟んだ北の丘の森には、アカハナ達四兄弟が潜んでいる。木々の茂みにうまく隠れており、その姿はこちらから見えない。
「放て」
 一つ目鬼が火矢を放つ。放物線を描いて火矢は空を飛び、番小屋の屋根を貫き、屋根に穴を開け………目標を貫いてすぐに爆発した。矢の芯に火薬がしこまれていたのだ。
 番小屋に火災が広がる。
「二の矢を」
 ジライの指示を受け矢を絞っていたダイダラの背後から、マツムシが矢羽に火をつける。巨人は再びジライの指示通りに火矢を放った。
 矢は番小屋の屋根を貫き、爆発した。
 ユリネ同様、コゲラとジャコウも、番小屋の様子を窺った。しかし、中から出て来る者がいない。
 番小屋の周囲は荒野。隠れるべき樹木もない。火を恐れ出てきた瞬間、勇者一行の命運はつきる。魔法の唱え手が負傷とあっては結界も張れない。火薬入りの火矢よりも逃れたとしても、北と南の丘を押さえているのだ。その高みから忍法や攻撃の雨を降らせれば、一行の命を奪うのは易いはず。
 番小屋の扉を蹴破り、中から大きなものが躍り出る。馬だ。勇者一行をその背に乗せていた馬だ。四頭の馬は火を恐れ、一目散に逃げてゆく。
「三の矢!急げ!」
 ジライの命令に、単眼の鬼とマツムシが動く。
「ジャコウ、ユリネ、コゲラ、(いかずち)!馬を狙え!」
 気を高めていた三人が、(いかずち)の忍法を放つ。距離が開いている上、目標が走っている馬なので狙いが定まらない。しかし、雷の光と音に驚き、馬は棹立ちとなり、或いはどうと倒れる。けれども、馬の腹部に敵はしがみついていなかった。
「三の矢、番小屋の入り口を狙え。もそっと右。そこじゃ、撃て!」
 ダイダラの矢は、燃え盛る建物に止めを刺した。
 ごうと音をててて燃え上がる番小屋。凄まじい炎に全てが飲み込まれてゆく。
「………」
 ジライは崩れゆく建物を睨むように見つめた。
 もはや脱出は不可能………
 ついに、誰も、そこより飛び出さなかったのだ。
「撤収!」
「え?」
 コゲラが驚き振り返る。
「死体を確かめないんで?」
「阿呆」
 ジライが横目で侏儒をじろりと睨む。
「あそこは無人ぞ。勇者一行は既にどこぞに逃げておる」
「へ?でも、キクリの報告じゃ、あいつら、あそこに籠ってるって」
「キクリにも忍犬にも気づかれぬ方法で、奴等脱出したのだ。(すべ)を確かめるのは後で良い。逃げるぞ。ユリネ、アカハナ達に合図を」
 くノ一は頷き、懐から出した鏡に光を集め、向かいの丘に合図を送る。
「!」
 ジライは急ぎ、左に避けた。彼が居た場所の空を切り、矢が木の幹へと突き刺さる。
 忍者が振り返って、少し離れた木々の向こうに見たものは………
『勇者の剣』を背負い、弓を構える女勇者。
 槍を手に、彼女を守るようにたたずむ武闘僧。
 その二人であった。


「偽の大魔王教徒に襲撃を演じてもらって罠を張ったのに、魔族じゃなくて忍者をひっかけちゃったわね」
「残念ですねえ。私、負傷の演技までしたのに」
 そう言いながら、二人の頬は緩み、目は爛々と輝いていた。二人がそれぞれに再戦を望んでいた敵が、ほんの少し走れば手が届く距離にいるのだ。
「似たような恰好の人が大勢いますが、獲物を間違えないでくださいよ、セレス」
「失礼ね。間違えるわけないでしょ、忍者ジライを………」
 背には忍刀、腰に大小の二刀を差す忍………セレスはその男を真っ直ぐに見つめていた。
「こっちが大当たりって事は、アジャン達、ハズレを引いちゃったのね」
「さあ?あちらの丘にもそれなりの敵が居るのでは?それに忍者と戦ってたら、その機を狙って魔族が攻めて来る可能性もあります。ですから、」
「わかってるわ。まずは敵の数を減らさなきゃね………」


 矢をつがえ、女勇者が弓を連射する。木々の間から。素早く正確な攻撃であった。ジライ達は弓を避け、左右に別れた。
 風を切って侏儒のコゲラが跳躍し、手裏剣を投げる。だが、武闘僧が槍を旋回させ、その攻撃を難なく防いだ。
 セレスの弓はジライを狙っている。狙われながらセレスとの距離を詰めるジライ。
 セレスをジライとの戦いに専念させる為、武闘僧が雑魚(コゲラ達)を引き受け、道を塞ぐ。
 コゲラの放つ手裏剣の雨の中、忍刀を右手で抜き背の高いマツムシが突進する。武闘僧の槍の間合いに入るや跳躍し、刀を振るとみせかけて左手で手裏剣を投げる。
 武闘僧は槍と共に己が体を旋回させ、薙いだ槍で手裏剣を落としつつ、棍底でコゲラの腹部を突き、回転の勢いののった左足でマツムシの腹部を蹴り飛ばした。
「ぐぇぇぇっ!」
 体を二つに折り、マツムシが蹲る。武闘僧の重い蹴りを受けたのだ。確実にあばら骨が折れているだろう。コゲラはすぐに立ち上がったが、マツムシは動けない。
 槍の穂先を向け、武闘僧は動けぬ忍に止めを刺そうとした。が、ぶぅぅぅんと激しく空気が振動する音がする。武闘僧は急ぎ身を引いた。周囲の木々の幹のそちこちが、爪でえぐられたかのように削れ、砕け散る。
「忍法、かまいたちの術!」
 と、叫んだのはジャコウだった。右手のみで印を結んでいる彼は、弟子のくノ一に目配せを送った。ユリネは頷き、気を高め始める。
 この隙にと、コゲラが相棒の体を引きずって連れ去り、代わりとばかりに巨大な棍棒を持つ単眼の鬼が襲いかかる。その岩をも粉々に砕く重い一撃を、武闘僧は笑みと共に槍で受け止めた。
 凄まじい勢いに、火花が散る。
 単眼の巨人は力を振り絞る。が、武闘僧も引かない。二人は武器を交えたまま睨み合った。
「お久し振りですね………確か、ダイダラというお名前でしたよね?」
 話しかけても、荒い息を漏らし、肩までの髪を振り乱し、鬼は顔をしかめるばかり。構わず、武闘僧は言葉を続けた。
「私はインディラの武闘僧ナーダです。あなたとの再戦、楽しみにしてたんですよ」
 やはり相手は何も答えない。顔を真っ赤にして単眼で睨み、棍棒に力をこめるだけだ。
「無口な方ですねえ………」
 余裕を装っていたが、実はナーダの方にも余力はない。武器を持っての対決は互角であった。
「ちきしょう!」
 マツムシを運び終えた侏儒のコゲラが、懐から出したモノを武闘僧と単眼の鬼めがけて投げつける。
「よせ!」
 ジャコウは叫んだ。が、間に合わなかった。
「逃げろ、ダイダラ!」
 コゲラが投げたモノは………火薬玉だった。


 爆発。
 爆炎。
 爆風。
 さほど威力のある火薬玉ではなかったが、直撃をくらった者の四肢を飛び散らせるほどの殺傷力はあった。
 黒々とした煙が立ち込める中、侏儒は喉を詰まらせたような笑いを漏らしていた。
「へへ、ざまあみろ、へへ」
「このたわけ!」
 ジャコウは怒鳴った。コゲラの退路を確保する為に武闘僧を押さえに走ったダイダラを………この男は………巻き添えにしたのだ。
「へへ、大丈夫さ、あのうすらバカは、岩みてぇに硬いから、へへ、死にゃあしねえよ」
「きさま………」
「けど、まあ、へへ、普通の人間なら死ぬよな、へへ」
 笑いながら侏儒は黒煙の中を覗きこんだ。
「あの僧侶なんざ、へへ、イチコロ」
 ぐっさり、と………
 コゲラの胸に、鋭い刃が突き刺さる。
 信じられない!と驚き、コゲラは己の胸と煙を見比べた。
「………最低ですね、あなたは」
 黒煙の中から、槍を構えた武闘僧が現れる。皮膚に多少の裂傷があるものの、ほぼ無傷だ。
「仲間を巻き添えにして、そうまでして、手柄を立てたいのですか?それが忍者というものなのですか!」
 がくっと頭を垂らした侏儒を、右の足の裏で武闘僧は蹴り飛ばした。侏儒の体から槍の先端が抜ける。血を撒き散らせながら、侏儒は地面に倒れた。
 片腕の忍者ジャコウは、すばやく視線を走らせた。虫の息のコゲラ、うずくまっているダイダラ(その背中は焼け焦げている)、槍を構える武闘僧………。ジライはやや遠方で女勇者と刃を交わしている。ジャコウの後方には、気を練るユリネと、重傷のマツムシが居る。
(気が足りぬ。大技を二つ使った後じゃ、うてて後一つ………)
 ユリネの技を効果的に用いる為には、彼自身の得意技は、今、封印すべきだ。普通の忍法と体術で時間を稼ぐしかない。敵の槍は鎖帷子を装備した忍を一撃で貫き殺すというのに、頼りない盾じゃとジャコウは覆面の下に苦笑を浮かべた。


 その少し前………
 セレスの方は………


 弓での攻撃は長くは続かなかった。
 木を渡り距離をつめた忍者は、カルヴェルが『ムラクモ』と呼んでいた神秘の刀を抜いたのだ。雨を降らせる刃が矢を斬り落とす。
 セレスには次の矢をつがえる間はなかった。『ムラクモ』を構えた忍者が、木の上から飛び降りて来たのである。
 初撃は身をかわして避けた。が、刃の向きを変えて放たれた二撃目はよけられない。仕方なく弓束を握り、弓の上半部で、その攻撃を受け止めた。
 忍者の刃から岩を砕く波のように水飛沫が飛び散り………弓がウォォォォンと異音を発した。セレスは弓束を握る右手に刺すような痛みを感じた。『エルフの弓』に触れている箇所が痛む。
(又………)
 以前、忍者の刀を受け止めた時、『勇者の剣』もセレスの武器となる事を拒んだ。聖なる武器は持ち手を選ぶ。武器と一体化している忍者に対し、未熟すぎるセレスをあの時、『勇者の剣』は見放したのだ。
 そして、今、『エルフの弓』も………
 セレスは背の剣の鞘にかけていた弓袋に弓を戻した。
 ジライは攻撃を止め、刀を正眼に構えた。そして、覆面から覗く目を細め、笑みを見せる。
「抜かれるがよい」
『勇者の剣』を抜け、と言っているのだ。
「丸腰のあなたを斬ってもつまらぬ」
「ご親切ね………でも、あなた、後悔するわよ」
 セレスは『勇者の剣』を抜いた。セレスの身長ほどもある巨剣は、今………手にしている事を忘れてしまいそうなほど軽かった!
 忍者は地を蹴り、空中より『ムラクモ』で斬りかかる。
『勇者の剣』は、すかさず、その刃を受け止めた。
 激しく飛び散る水。
 けれども、『勇者の剣』は異音を漏らさず、重量も増えない。忍者の二撃、三撃目を耐えてくれる。
 後方に跳び退り、忍者はセレスとの距離を開いた。
「少しは出来るようになられたようだな」
「ありがとう。でも、まだまだ修行中よ」
 そのまま隙を窺う忍者と、焦って仕掛けまいと敵の出方を見るセレスは、睨み合った。
 と、そこへ………
 爆音が響き、セレスの集中力は途切れてしまった。
(なに?)
 ナーダが居た方だ。セレスは爆発へと顔を向けかけ、目の端に駆け寄って来るジライを捉えた。
(いけない!)
 セレスは剣を突き上げ、忍者の攻撃をそらせた。
『勇者の剣』の重量が増している。辞書一冊分ほどの重さだろうか。戦場で集中力を欠いた持ち手に、怒っているのだ。けれども、ジライの刃を受けても、『勇者の剣』は異音を発しなかった。まだ、見捨てられてはいない。
(『勇者の剣』と一体となり、『勇者の剣』が望むように剣を振り………目の前の忍者を倒すのよ!)


 アカハナ達四兄弟は苦戦を強いられていた。
 北の丘に配置されたのは四兄弟のみなのに(番小屋が盆地の南側にあったので、主力は南に固まったのだ)、赤毛の傭兵と武闘家の少年の二人が突然、丘の上に出現したのだ。
 アオザは武闘家の少年の相手をした。攻撃をしかけた後、わざと逃げて少年をその場から引き離したのだ。残り三人で木の上から投げ縄をもって赤毛の傭兵の動きを奪い手裏剣や火薬玉を投げつけて倒す算段をたてたのだが………
 アオザ一人ではシャオロンを押さえられなかった。
「何だよ、こいつ!何で忍より動きが速いんだよ!」
 泣き言を漏らし、アオザはできるだけ相手から離れようと木を登った。敵の武器は爪。接近戦用の格闘武器だ。離れてしまえば勝てると思ったのだが………
 敵の少年は立ち止まり、左手を大きく振った。
「へ?」
 少年の前の空が揺れ、風の渦巻きが現れる。木の上のアオザめざし、まっすぐに昇ってくる。
「げ!」
 違う木へ、より高みへとアオザは逃げた。
「魔法使うなんて、聞いてないよ!」
 やがて竜巻は宙に飲み込まれるように消えた。ホッと胸を撫で下ろしたのも束の間、アオザは悲鳴をあげた。
「うあ!そんな!ちょっとタンマ!それ無し!」
 慌ててアオザは木を渡った。
 武闘家の少年はアオザに背を向け、もと来た道を引き返していた。赤毛の傭兵のもとに戻る気なのだ。
『ザコぐらい倒せよ』と兄弟達に武闘家の少年の相手を任されていたのに………
 アオザは焦った。距離は開くばかりだ。背を狙い投げた手裏剣も、ことごとく避けられてしまうし。
 一方………
 アカハナ達は打つ手がなく困っていた。
 赤毛の傭兵の動きがおかしいのだ。鈍重かと思えば素早く、走ったかと思うと止まり、森の中で非常識なほど大きな大剣を振り回すのだ。動きの予想がつけづらい上に、敵は三兄弟の遠隔攻撃を難なくよけ、拘束するはずだった投げ縄を全て斬ってくれたのだ。
 赤毛の傭兵は周囲を見渡し狙いを定めると、木の幹に体当たりをかました。その衝撃にクロベエは体勢を崩し、真っ逆さまに木から落ちる。空中で回転し、どうにか足から着地する事はできたが、そこには………刃を構えた赤毛の傭兵が居た。
「クロベエ!」
 アカハナとキスケが、傭兵の左右の木から手裏剣を放つ。
 けれども、傭兵は後ろに目があるのか、それとも勘が鋭いのか、死角から放つ手裏剣すらほんの少し体を動かしただけで避けてしまう。
 クロベエは、傭兵の大剣を、すばやい体術で、かろうじて避けた。左手を浅く斬られたが、首を刎ねられるよりは遥かにマシだった。
「アジャンさーん!」
 遠くから駆け寄って来るシャオロンを見て、アカハナは怒った。
「アオザの馬鹿!ザコも一人じゃ()れねえのかよ!」
 つづいてキスケが懐に手を入れ、
「面倒くさい、もう殺っちゃおうぜ!」
 と、火薬玉を取り出す。
「けど、外しちまったら」と、アカハナ。
「そん時はそん時だ」と、クロベエ。猿のように木を登り、赤毛の傭兵から逃げて来たのだ。
「三人同時に投げよう」
「そうだな」
「誘爆すれば」
「倒せるかもしれん」
「アオザは?」
「大丈夫。まだここまでは来ない」
「そうだな、今の内だ」
「投げるぞ」
 三人は傭兵めがけ、木の上から火薬玉を投げつけた。
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