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女勇者セレス 作者:松宮星

剣と仲間と

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死の荒野 3話

 右手のみで印を切り、ジャコウはありったけの気をこめて、忍法を唱えた。
「忍法、かまいたちの術!」
 武闘僧の前の空が乱れ、無数の鋭い刃の風と化す。風の刃は武闘僧を包み込むように、その周囲を駆け抜けた。
『かまいたち』は直撃させられれば一撃で標的を葬れる、致死性の高い忍法だった。しかし………
 風が通り抜けた後、武闘僧は変わらぬ姿でたたずんでいた。槍を構え、摺り足で距離を詰めて来る。
「残念でしたね………来るとわかっている魔法でしたら、私、簡単に防げるんですよ。神獣クールマの御力でね………」
 武闘僧の両腕両脚の黒い装甲が光る。邪を払い魔力を防ぐ、神聖防具だ。
「もうお終いですか?もっとも、ただの忍法では、私はびくともしませんがね………私を倒したかったら神魔をも葬れる力で挑んできなさい!」
 武闘僧から凄まじい殺気が伝わる。
 ジャコウは手裏剣を投げた。が、その全てをはじき、武闘僧は歩を進めて来る。怒りに形相を歪めながら。
 もうさほど距離はない。ジャコウは背の忍刀を抜いた。命にかえてでも、ユリネを守る覚悟で。
 だが、武闘僧は攻撃に移れなかった。背後から、ぬっと陰が差したからだ。
 左へと避けた武闘僧は、地面を叩きつける棍棒を視界にとらえ、振り返った。
 単眼の鬼が棍棒を振り回している………
 武闘僧から急速に殺気が消えていった。
「あなた、あんな大怪我だったのに………背中がまる焦げだったのに………動けるんですか!」
 棍棒を避ける顔は嬉しそうな笑みを浮かべていた。
「そういえば、あなた、痛覚が無いんでしたっけ。忘れてました。でも、ともかくも、ご無事で何より」
 武闘僧は棍棒を槍で受け止めた。
 力勝負となった二人を見つめ、ジャコウは安堵の息をついた。命拾いをしたのだ。爆発の衝撃で気絶していたダイダラが目覚めてくれねば、自分もユリネも死んでいた事だろう。
(あの武闘僧、ダイダラとの勝負を邪魔され、怒っていたのか。それと後は義憤か………コゲラが仲間を巻き添えにした事を怒っておったのだな。さすがはインディラ僧、戦闘中に敵に同情するとは………甘い奴め)
 ジャコウの覆面の下の顔には微笑が浮かんでいた。敵への侮蔑の気持ちもあったが、武闘僧の怒りはジャコウの怒りでもあった。死と隣り合わせの戦場において、仲間を大切にしない者ほど憎らしい者はいない。
「ジャコウ」
 ユリネの呼び声だ。
 ジャコウは肩越しに振り返り、弟子に頷いた。
 相手に好意を抱いてしまったが、敵は敵。討つべき者は討たねばならない。
 ジャコウは声を張り上げた。
「ダイダラ、引けぃ!」
 単眼の鬼は低くうめき、武闘僧をはじき飛ばした。


 ナーダは、棍棒を構えたまま距離をとった単眼の鬼と、左腕のない忍者とその背後の小柄な忍者へと順に視線を走らせた。
「武闘僧、悪いが、おまえにはここで死んでもらう」
 片手の忍者の声が、木々の間に静かに響き渡る。
「おもしろい冗談ですね、あなたが私を殺すとでも言うのですか?」
「おまえは、もはや生きられぬ」
 生きられぬ………
 生きられぬ………
 と、木霊が響く。
「なぜならば、心の臓が痛む」
「!」
 ナーダは息を詰まらせた。本当に心臓が苦しくなってきたのだ。
「呼吸もままならぬ」
 呼吸もままならぬ………
 呼吸もままならぬ………と、木霊が聞こえる。
「腕が重い」
 腕が重い………
 腕が重い………
「槍などもう持てぬ」
 槍などもう持てぬ………
 槍などもう持てぬ………
「く………」
 ナーダの手より『雷神の槍』が離れ、地面に転がった。
(これは………強力な暗示?術だとわかっているのに抗えない………)
 神聖防具に助力を願っても、術の強制力が消えない。神聖防具の守護力は装備者の能力次第だ。敵の技量がナーダを遥かに上回っていれば、その魔法も防げなくなる。
(馬鹿な………カルヴェル様のような大魔術師の魔法ならともかく………相手は忍者………私が負けるはずが)
 ぎりっと唇を噛み、気力でナーダは術に抗った。
 この魔法を止めるには………
 肺が空気を求め、悲鳴をあげる。
 もう時間はない。
 ナーダは地を蹴った。右の拳をふりあげ、片腕の忍者を狙う。
 術師さえ倒せば、術は解ける!
 だが、彼の拳が片腕の忍者に達する前に………
「止まれ!」
 その背後にいた者の声で、ナーダの動きは止まってしまった。
 若い女の声だ。
「ジャコウに触るな!」
 ナーダの耳に、その声は雷鳴のように轟いた。
 凄まじい強制力のある声………
 絶対者の声だ。
(しまった………)
 胸と喉を押さえ、ナーダは蹲った。
(術師は、女の方だ………女が暗示の為の場をつくっていたのか)
 再び男が口を開く。
「動悸が遅い」
 動悸が遅い………
 動悸が遅い………
「きさまの心の臓は間もなく止まる」
(まずい………) 
 ナーダは懐をかきむしり、忍ばせてあったモノを地面に叩きつけた。


 爆発的に黒い煙が広がる。
 武闘僧が使ったモノは、煙玉だった。
「馬鹿な?」
 忍者ではない者が煙玉を使うなんて、ありえない。
 しかも、周囲に複数の人の気を感じるのだ。武闘僧以外に敵が三人は居る。
 ユリネをかばい、ジャコウは忍刀を構えた。
 だが、誰も仕掛けてこないまま煙は引いた。おろおろと周囲を見回すダイダラ、背後のユリネ、うずくまるマツムシ、地に転がるコゲラ、居るのはそれだけだ。『雷神の槍』も無い。
「こちらも逃げたか」
 木の上からふわりと、忍者ジライが地面に降り立つ。
「では、女勇者も?」
 ジライは頷きを返した。
「誰かが横から光玉と煙玉を投げつけてきおった。まばゆい光にほんの一瞬、目を奪われた隙に、黒煙を広げられ、逃げられた」
「一体、誰が?」
「知らん。知らんが、忍であろう」
 ジライの左袖を単眼の鬼がひっぱる。しゃべる事ができない巨人は、指で荒野をさし、それからついて来てほしいとばかりにジライの袖をひっぱり続ける。
「何ぞわかったのか?」
 一つ目鬼が大きく頷く。
 ジライは絶命しているコゲラと、低くうめいているマツムシへと視線を向けた。
「マツムシ、コゲラの亡骸を処分し、おまえは引き揚げよ」
 腹部を押さえながら、がりがりに痩せた長身の男は頷いた。
 巨人は、ジライにジャコウとユリネを、ある木のそばの大岩の前まで連れてゆき、岩をひょいと持ち上げた。岩の下には穴があり、かなり長く、遠くまで続く地下道があった。所々に灯りが灯っているのが見える。ダイダラは大岩をひっくりかえして裏側をジライに見せた。ハリボテだった。
「なるほど、地下道を使って逃げたのか」
 と、ジャコウ。首を傾げながら、ダイダラに尋ねる。
「何故、わかった?」
 ダイダラは大きな手で自分の耳をぽんぽんと叩き、両手をそよそよと動かした。
「風の音でわかったそうじゃ」と、ジライ。
 ダイダラは嬉しそうに、うん、うんと頷いた。
「この通路を抜ける風の音でも耳にしたんじゃろ。こやつ、今は、視覚と聴覚以外の感覚を封じておるからの、残った目と耳は獣以上に利く」
「………そうとう遠くまで続いていますな、この通路。荒野の番小屋と通じているのやも………」
「敵は地下道の存在を知っており、地下に味方を………おそらく忍を潜ませておったのだ」
「忍を………」
「引くぞ、ジャコウ」
「それが賢明かと」
「引いてはなりません、ジライ様」
 木枯らしが吹き、枯葉が舞い上がる。小さなつむじ風が現れ、女の甲高い笑い声が響いた。
「女勇者をお殺しあそばしませ」
「お(かしら)様の為に………」
「大魔王教徒として」
「その手を血に染めるのです」
 ホホホホホと笑いながら、つむじ風からサヨリとヒサメが現れる。忍の里との連絡役のくノ一だ。二人とも忍者装束だが覆面はつけておらず、ざんばらに乱れた黒髪を風に舞わせていた。
「ジライ様、又、動かれぬおつもりですか?」
「あなたが動かれなかった為に」
「ジャポネの大魔王教団は滅びました」
「愚行を繰り返してはなりませんよ」
「はやく、女勇者を殺すのです」
「………」
 ジライは無言のまま二人に近寄り………『ムラクモ』を抜刀した。
 雨が降る………
 サヨリが身二つとなり、サラサラと塩となって崩れ落ちる。傷口より一滴の血も流さずに………
 残ったヒサメがジライをキッ!と睨む。
「仲間を斬られるのか!」
外見(そとみ)はともかく、中身は違おう」
 ヒサメをねめつけるジライのまなざしは冷たい。
「何時、入れかわった?何時、その体をのっとった?」
 ヒサメはホホホと愉快そうに笑った。
「アスカ様の代わりにあなた様の元に参った時には、既に私は私でありましたよ!」
「………サヨリとヒサメを殺したな」
「だったら何だと言うのです!この身を魔族への贄に捧げたのは、あなたもよくご存じの方ですわ!」
「なに?」
「ジライ様、ただの人間が魔族に気に入られるにはどうすれば良いかご存じですか?」
「知らん」
「簡単な事にございます。贄を捧げれば良いのです、大魔王様の手足となって働く魔人、それに生まれ変わるのにふさわしい贄を………。若く美しく魂が柔軟なものを捧げれば、大魔王様は殊の外、喜ばれる事でしょう」
「………」
「ジライ様、あなたはお強すぎた。それに、若い者や異形どもの世話を焼かれすぎ、彼等から人望を得すぎたのです。お(かしら)様のお言葉を何一つ逆らわなければ良かったものを………あなたは命に抗い、女勇者の暗殺を遅滞させた………あなたはもはや危険な存在………目障りなのです」
「ふん」
 ジライは顎をしゃくった。
「もはや老いぼれのきゃつより、(われ)の方が強い。(われ)が反逆を起こさぬかと(かしら)は怯えておるのか」
「あなたはお(かしら)様に絶対服従を誓っておればよかったのです。ならば、あなたは里の誰もが認める次期頭領………数十年後にはお(かしら)様の跡を継がれたでしょう」
「老人の妄想じゃ………」
 ジライはぎりりと歯を噛みしめた。
(われ)に逆らう意志などなかったものを………」
「もはや遅うございます。あなたとあなたに忠実な部下は、忍の里より選ばれた贄………ここより逃れても、幾千幾万の大魔王教徒があなた方の命を狙うでしょう。その運命から逃れるには………」
 ヒサメはニィィッと笑った。
「より良き贄を代わりに捧げるしか道はございませぬ」
 ヒサメ、いや、ヒサメの内の魔族は荒野を指した。
「女勇者とその従者を殺しなさい。あちらなら、あなた方よりも上物(じょうもの)………大魔王様もお許しくださるでしょう」
「断る!」
「ジライ様!」
 覆面から不安そうな目を覗かせる、ジャコウとユリネ。
 二人の部下を目で制してから、ジライはヒサメを睨んだ。
「共倒れを狙っておるのだろ?我らと女勇者一行、どちらかの勢力が果てた後、きさまが残った方の止めを刺す………みえすいた手じゃが、効率はいい。(われ)がきさまなら、(われ)でもその手を使う」
 ヒサメは口に手をそえて、甲高い声で笑った。
「さすがはジライ様!ほんに、あなたはおかわいらしい。殺すには惜しい………その邪悪な魂、しばらくの間、生かしておいてもよろしゅうございます。あなたが忍の里を捨てて、我が主人の直属の部下となると誓われるのなら………」
「きさまの主人?」
 ヒサメは艶っぽい笑みを浮かべた。
「我が主人の御名はサリエル………今世の大魔王様の四天王が一人………」
「つまらんな」
 ジライは皮肉っぽい口調で言った。
「どうせなら、ケルベゾールド神直属の部下にしてもらいたいものだ」
「それは高望みというもの!たかが人間が!」
「サリエルとやらの部下になれば良い事があるのか?」
「あなたとあなたの部下の命が助かります。それ以上の良い事がありましょうか?」
 ヒサメの背後の空が揺れ、武器を手にした大魔王教徒や魔人の軍勢が現れる。移動魔法だ。その数………百や二百ではきかなかった。
 ジライの背後で二人の部下が身をよせ合う。ダイダラは事情がのみこめていないようだったが、何時でも殴れるよう棍棒を構えていた。三人を見渡し、ジライは唇をかみしめ、拳を握りしめた。
 ヒサメの提案に………今は、『否』とは答えられなかった。


「ジライ様、覆面をお取りください。(しるし)をさしあげます」
 ジライは言われるままに、覆面を外した。白髪、染め粉に染まった肌が露わとなる。その顔には何の表情も浮かんでいなかったが、鋭い光を放つ黒の瞳は魔族を正面から見つめていた。不遜なまでに。
「のちほど、我が主人サリエル様より、本当の印がいただけましょうが………今は形だけ………」
 妖しい笑みを浮かべ、ヒサメはジライにしなだれ、頬を撫で、顔を引き寄せ、その唇に自分の唇を重ねた。
(む………)
 黒く淀んだ気が流しこまれるのを感じ、ジライは眉をしかめた。口づけをされていた時はそれほど長くなかったが、離れた時、吐き気を堪えねばならなかった。
「………何をした?」
「ホホホ。何ほどの事はございませぬ。あなたがサリエル様の下僕である印をつけたまでの事。他の魔族に、あなたに手だしをされては困りますもの」
 吐き気はすぐに治まった。小物魔族の気など、精神を集中すれば楽に払えるはず。
 しかし、覆面をつけながら、ジライは、何か取り返しのつかない事を許してしまったかのような、漠然とした不安を感じていた。


 火薬玉から広がった火災が枯葉を焼き、木を飲み込んでゆく。その様子を少し離れた木の上から、三人の忍者が眺めていた。
「ちょいとやりすきたかも………」と、アカハナ。
 キスケは周囲を見渡し、死体が転がっていないのを確認した。赤毛の傭兵も武闘家の少年も居ない。
「逃げられちゃったみたいだしなあ」
「ジライの兄貴………怒るだろうなあ」と、クロベエ。
 三人は顔を見合わせ、溜息をついた。
「おおい」
 木を渡り、アオザが近寄ってくる。
「来いよ、おまえら。オレ、すっげぇモノ見つけたんだぜ」


 アオザは草むらの中の大岩の前まで三人を連れて行き、得意そうに岩をひょいと持ち上げた。
「うお!」
「すげえ!」
「おまえ、ダイダラかよ!」
 アオザは片目をつぶってみせ、大岩をひっくり返して裏側を見せ、それがハリボテである事を兄弟に教えた。キスケが岩の下を覗きこむ。地下道だ。遠方にポツン、ポツンと灯りがついている。相当、遠くまで続いているようだ。
「そうか」
 アカハナがパチンと指を鳴らす。
「荒野の番小屋にいたはずの二人が何で北の丘に現れたのかと思ってたけど、これか!」
「そーそー」と、アオザ。
「あいつら、さっきも、コレ使って逃げたんだぜ。オレ、陰に隠れてこっそり見てたんだ」
「じゃ、これ荒野まで続いているのか」と、キスケ。
「追っかけようぜ」と、アオザ。
「え?けどさ」
 左手に血どめを塗りながら、クロベエが首を傾げる。
「待ち伏せされてるんじゃ?」
「それに、さっき撤収の合図もあったし」と、アカハナ。
 四人はう〜んとうなった。
「でも、南でも戦闘してたよな。火薬玉や煙玉の煙が上がってたろ?」
「じゃ、撤収はなし?」
「なあ、行ってみようぜ」
 と、アオザが兄弟達を見渡す。
「危なそうなら引き返せばいいじゃん」
「けど」と、アカハナがしぶる。
「それに、うまくいけば大手柄だ。敵の背後をつけるんだから」と、アオザ。
「そっか。そうすりゃ、失敗も帳消しか」
 森に広がる火災を見ながら、キスケがポンと手を叩く。
「行ってみよう!罠があるかもしれないけど、ちょっとづつ進めば大丈夫さ!」


「………どこが大丈夫なんだよ」
 アカハナは兄弟達を睨みつけた。
 横木で補強した剥きだしの岩と土でできた狭い地下通路は、落とし穴あり、仕掛け弓あり、動く壁あり、落下天井ありの罠地帯だった。忍の体術がなければ、何度死んでいる事か。
「罠だらけじゃん!」
「けど、変だよな」
 クロベエが首をひねる。
「こんな地下道とか罠が何であるんだろ?」
 そう言ってクロベエはしゃがみ、壁の横木を撫でた。
「ほら、この湿気といい、古び方といい、昨日、今日できたモノじゃないだろ?地面の中だから湿度が高いんで、はっきりはわかんねえけど、ここ、できてから何年か経ってるよ。女勇者達、この地下道があるのを最初から知ってて、あの番小屋に籠ったんじゃないかな?」
「て、事は、ここは敵のアジト?」と、アオザ。
「やっぱ、敵の罠に誘い込まれた?」と、キスケ。
 覆面から覗くアカベエの目が、ギンと二人を睨む。
「わかったよ、引き返そう」
「ごめん、アカベエ!」
 慌てて引き返し、しばらく進んだ彼等は………
 地下道を塞ぐように佇む男達に気づいた。
 今まで人の気配などなかったのに………
 先頭の男が右手を振るう。
 あまりの素早さに、忍である四人ですらその動きを追いきれない。それゆえ、己が身に何が起きたのかわからぬまま………キスケはその首を宙に舞わせる事となった。
「キスケ!」
 首から血を噴き出し倒れる兄弟の体を目で追って、アオザも倒れる。胸から血を噴きながら………
 アカハナとクロベエは、手裏剣を男に投げた。
 しかし、男は右手で宙を切るだけで、全ての武器を弾いてしまう。
「ひ!」
 アカハナが悲鳴をあげた。忍者とはいえ、まだ少年。得体のしれない敵に、本能的な恐怖を感じたのだ。
 クロベエの方が、まだ少し冷静であった。手で印を結び、忍法を放つ。
「忍法、かまいたちの術!」
 男の周囲の空が刃と化す。だが、その忍法ですらも、男は右手の一振りで防いでしまった。
「そんな………」
「逃げるぞ、クロベエ!」
 アカハナは、たった今、引き返そうとしていた道とは反対へ………罠が続く荒野への地下道を走った。罠の方が、あの敵よりマシだ。
 クロベエは兄弟の命を奪った敵を一睨みしてから、アカハナの後を追った。
 敵は、体つきは三十代でも通るが、顔の皺からして、五十代と思われた。白髪交じりの黒の束髪、額の中央に黒子、口元には髭………その右腕には銀色に輝く長い爪武器がつけられていた。


 忍者ジライは横にジャコウを伴い、荒野へと続く地下道を歩いていた。いや、歩かされていた。すぐ後をユリネが続き、棍棒をひきずりつつ体をかがめたダイダラが窮屈そうについてきている。
 その更に後ろには………ジライ達を追い立てるように、人外の魔人や大魔王教徒が歩を進めていた。
 ヒサメの肉体をのっとった魔人は、ジライ達に地下道を行くように命じ、自身は部下と共に地上から攻撃を仕掛けると笑った。
『私達の攻撃に恐れをなし、女勇者達は地下へ逃げ込むでしょう。ジライ様、地下道を進み、退路を断ってください』
(何が退路を断てじゃ。罠とわかった道を進ませおって………このような地下道で敵を始末するには油を撒き火を走らせるのが上策………中の者をたやすく一網打尽にできる)
 女勇者達が同じ策を抱いていない事を祈るしかなかった。
 ジライと元諜報部員のジャコウが、注意深く罠を外してゆく。歩みが遅い為、後ろのヒサメの部下達はしびれをきらし何度となく不満を訴えた。が、先頭を代わろうとはしなかった。周囲を調べ、罠を外すなど、忍でなければ無理だ。
 ジライは時々、壁を叩いてみた。横木で補強してはあるが、ほとんどが剥き出しの岩や地面である。壁に耳を当てて罠を探るふりをしながら、この地下道とその近辺を探っているのだ。
「ここは、おそらくインディラ忍者の隠れ処(アジト)にござろう」
 手を休めることなく、ジャコウがポツリと呟く。
「ほう?」
「ここよりインディラとの国境はそれほど遠くなく、街道を進めばシャイナの大都市も遠くありませぬ。シャイナへと放たれた間諜(スパイ)隠れ処(アジト)に位置的に最適かと」
「では、先ほど戦闘を邪魔をしたのは、インディラのクズ忍者か」
 今から八百年前、ジャポネに忍の里が誕生した。
 当時の書物には、インディラ系渡来人より諜術を学んだ男が、土着の宗教・武術を昇華させ、忍者集団を作り上げたとある。
 つまり、忍者の祖はインディラにあるのだが………
 ジャポネの忍は、インディラ忍者を軽んじていた。
 忍の里は特定の主人に仕えず、ずっと独立を保ってきた。
 対するインディラ忍者は、王侯貴族・寺院の配下として働いている。安定した生活が保障されている為か、東国忍者より技量は劣る。
 インディラ忍者には本家としての誇りがあり、東国忍者には一流の忍である自負があった。もう長いこと、忍の里とインディラ忍者軍団は犬猿の仲だった。忍の里の抜け(にん)を、インディラ国が受け入れ庇護している事も、対立に拍車をかけていた。
 口ではインディラ忍者への侮蔑を吐きながら、ジライはジャコウに目配せを送った。
 ジャコウも目で合図を返す。壁の向こうに何があるのか、ジャコウも気づいているのだ。
 片腕の忍者は他にも、ジライの意を汲み取っていた。先ほどからずっと気を練っているのだ。ジライからの合図があれば、何時でも得意の幻術が使えるように。
「ユリネ」
 ジライは背後のくノ一を振り返った。
「疲れたであろう?」
「は?」
「おなごの身で、戦闘をした上、こうも長く歩いては疲れたろう。ダイダラに運んでもらえ」
 ユリネは首を傾げた。ジライの意図がつかめないのだ。ダイダラと行動を共にしろと命じているのはわかるが。
「わかりました………」
 くノ一は単眼の鬼に寄り添った。狐のような目で、歩きづらそうな巨人を睨んで。
「抱えてもらえ」
「え?」
「抱えてもらって、肩に顎でものせておれ」
「………」
 ユリネは頷いた。ジライの狙いがわかったのだ。ダイダラは左手だけでくノ一を抱く。ユリネは火傷を負ったダイダラの肩や背に何の頓着もせず、ぐいっと両手をかけ、背後の者………魔族の手下に顔を見てもらえる位置に移動する。
「おっ!これは!」
 壁をさすっていたジライが声をあげる。
「新手の罠だ。ジャコウ、外せるか?」
 ジライの目を見て、ジャコウを困惑した声をあげた。
「難しゅうございますな。こんな複雑な罠、見たことはございませぬ」
「複雑な罠よ」
 複雑な罠よ………
 複雑な罠よ………
 地下道にユリネの声が響き渡る。
「外せましょうか、この罠を」と、ジャコウ。
「外せなきゃ、罠が発動するわ」と、ユリネ。
 罠が発動する………
 罠が発動する………
「大岩の罠だ。天井より大岩が落ちる」と、ジライ。
「たいへん!天井より大岩が落ちるのよ!」
 天井より大岩が落ちる………
 天井より大岩が落ちる………
「大岩が転がり、皆、ヒキのように潰れる」と、ジライ。
「死ぬのよ、あたい達、大岩に潰されて………ぺっちゃんこに潰されちゃう。誰も逃げられないわ」
 死ぬ………
 大岩に潰されて死ぬ………
 誰も逃げられない………
「ほぉぉぉぉら、落ちた!」
 ユリネがそう叫んだ途端!
 最前列を歩いていた魔族の手下は、断末魔の悲鳴をあげて絶命し、その後方に居た者は恐怖に顔を歪めながらもと来た道を引き返そうとする。だが、仲間にぶつかって果たせず、将棋倒しとなり、悲鳴をあげて死んでゆく。上になっている者も後方から迫る目に見えない何かに怯え、死んでゆく。その死骸には魔人すら含まれていた。形を保てず崩れ去り、塩と化す魔人………
「見事」
 ジライは覆面の下に笑みを浮かべ、言霊を操って幻を生み出したユリネと、暗示にかかりやすくなる空間を練気によって作り出したジャコウに、賛辞の言葉を送った。
「魔人すらこれで果てるとはな!」
「言霊を理解できる知能がある者は、我らが幻術からは逃げられませぬ。言葉がもたらす心象に飲まれ、己が生み出した恐怖に負け、自ら息の根を止めるのです。この技が効かぬのは、人語を理解できない動物と………」
 ジャコウはチラリと視線をダイダラに向けた。
「想像力の無い阿呆だけにござりまする」
 そう言われても何の事かわからず、一つ目鬼はただ単眼をぱちくりとさせるだけだった。
「下ろしな、ウスノロ」
 ユリネが乱暴に一つ目鬼の上から飛び降りる。このくノ一は、上役以外の誰に対しても攻撃的だったが、ダイダラを相手にする時が最も残虐だった。この巨人に己の技が通じない事、幾らなぶっても巨人が怒らない事も理由だ。が、無毛症で劣等感の強い彼女は、巨人を貶める事で上位に立ち誇り(プライド)を保っているのだ。
「ジライ様」
 壁に右手をかけ、ジャコウが上司を見る。
「しばし待て」
 ジライは両手で印を結び、目を閉じ、気を高めた。体内の黒の気は、ジライの気の輝きに敗れ、無と化した。
 呼吸を整え、白子の忍者は瞼を開けた。
 ヒサメの姿の魔族より与えられた気は、全て消し去った。残滓(ざんし)は無い………無いはずだ。
「開けろ」
 ジャコウが頷き、壁を押すと………
 からくり音が響き、その真横の横木がずれてゆき、じきに壁に大穴が開いた。
 冷気が流れてくる………
 大穴の先には洞窟が開けていた。天井からは氷柱(つらら)のごとく数多くの鍾乳石が垂れ、下には石筍(せきじゅん)が広がっていた。遠くから水の流れる音もする。
 あっけにとられるユリネとダイダラを促し、全員で大穴をくぐり、洞窟(鍾乳洞)へ向かった。ジャコウが鍾乳洞の壁面を注意深く探り、再びからくりを発動させ、今度は大穴を閉じた。
「あの荒野の下に、こんな洞窟があったんだ………」
 ユリネはきょろきょろと辺りを見回した。周囲は闇だったが、忍の目ならば見渡すのに不自由はない。それに、遠所には灯りが灯っている。
「先ほどまでいた通路は、侵入者をひっかける為の罠にすぎん。こちらが本当の隠れ処(アジト)だ」と、ジライ。
「何でわかったの?」
 ユリネが片腕の師に尋ねる。ジャコウは師匠というよりは肉親のようにユリネに接しているので、ユリネの方も師に敬語を使わない。
「壁を叩けばその反響で、壁の向こうがわかる。壁の先にあまりにも広い空間が広がっておったので、ジライ様と、ずっと、そちらへ抜ける扉を探していたのだ」
「女勇者と坊主、それにインディラ忍者はここに潜んでおったのだろう」と、ジライ。
 周囲の気を探るジライに、確認するかのようにジャコウは問いかけた。
「こうとなっては、抜け忍になるしかありませんな?」
「む?」
「お(かしら)が我等を魔族の贄に捧げる気とあっては、もはや従えませぬ。ケルベゾールド神への信仰に偽りはござりませぬが、大魔王教の教義は『欲望に忠実にあれ』にござる。贄になぞなりとうはないし、部下を贄に差し出す男を(かしら)と呼ぶ気もござらぬ」
(われ)とて贄になりとうない。じゃが、ジャコウ、ヒサメの口から出た言葉、全てを真実と思うは愚かぞ」
「と、申しますと?」
(かしら)が我等を贄に捧げたと言うたのはヒサメ………今、あの体は魔族のモノ。目的の為には平気で嘘をつくじゃろう。『里に見捨てられた以上、もはや魔族に従うしかない』と思い込ませ、女勇者と対決させようと画策したのやもしれぬ」
「なるほど!」
「ま、ヒサメの語った事が真実そのものかもしれぬが。(かしら)は異形を好いてはおらんからの。亡き師匠(せんせい)のご助力もあって(われ)は中忍に出世しておるが、本来、異形は生涯下忍………(われ)よりももっとまともな外見の後継者が欲しくなっても不思議はない」
「ジライ様………」
「いずれにせよ、(かしら)の本心を確かめるにしても先の話。そんな事より、今は生き延びる算段を立てるべきじゃ」
「生き延びる算段?」
「これじゃ」
 そう言うや、ジライは姿を消した。高々と跳躍し、天井から垂れる鍾乳石を目指す。そこから投げつけられる手裏剣をクナイではじき、そこに潜んでいた者の首の根を押さえ、ひきずり下ろして着地した。
「動くな!」
 チュニックとズボンからなる紺地の忍者装束、頭部を覆うのは兜で、口元は布で隠している。着物に袴と覆面の東国忍者とは、明らかに異なる姿だ。その者をクナイで脅しながら、ジライは天井の鍾乳石の陰に潜んでいる者達に向かって叫んだ。
「ここで我らとやるのは本意ではあるまい!我らとやれば数で勝るきさまらとて無傷ですまぬ!いざという時、主人(あるじ)の為に働けぬぞ!」
 ジライの相手―――インディラ忍者達からは答えは返らない。構わず、ジライは交渉を続けた。
「聞け!我らは、しばし女勇者と手を組む!サリエルの部下は、我らにとっても敵!滅ぼすのに手を貸してやるわ!」


 アカハナは天井から降ってきた槍に串刺しとされた。平常心があれば避けられた罠だった。しかし、背後から迫る敵に怯えて、不用意に先を急ぎすぎたのだ。
 クロベエは右足を槍に貫かれていた。もう走れない。
 銀の爪を装備した男が迫る。
 その背後の者達が、キスケの首や胴、アオザの亡骸を運んでいた。兄弟の遺体をどうする気なのだろう?
 そう思ったクロベエに………
 鋭い銀の爪が振り下ろされた……… 
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